いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『日本の医療崩壊をくい止める』 著・本田宏、和田秀子

 三度目の緊急事態宣言の下でも東京や大阪などの毎日のコロナ新規感染者は過去最多を更新し続けており、自粛生活を続けてきた国民のなかで、「この1年間、政府はなにをやってきたのか」との声が渦巻いている。本書は、日本で人口10万人当りの医師数がもっとも少ない埼玉県で、26年間外科医として働いてきた本田氏と、医療現場の実情を取材してきたフリーライターが、その背景に迫っている。

 

 コロナ禍の昨年5月、あるシンポジウムで本田氏は、大卒後2年目の研修医から次の意見を投げかけられた。「若手の研修医に過労死ラインの2倍働けっていう制度、本当にふざけんなと思います」。これは安倍政府が決めた「働き方改革」で、若手の研修医には年間の時間外労働を1860時間まで認めるとしたことを批判したものだ。

 

 背景には、日本の医師の絶対的不足がある。人口1000人当りの医師数で日本はOECD加盟国中最低水準にあり、医師総数でもOECD平均が45万8000人のところ、日本はそれと比べ13万人不足している。

 

 医師総数だけでなく、感染症の専門医やスタッフも不足している。日本感染症学会は2010年、全国に約1500ある300床以上の医療機関には感染症専門医が常勤すべきで、専門医の数は3000~4000人が適正との見解を発表していた。ところが昨年1月段階で専門医の数は1560人と、それにはほど遠い。それどころか政府は、1996年に1万床あった感染症病床をどんどん減らし、2018年には1882床、5分の1以下に激減した。

 

 さらに、感染症治療の最後の砦である感染症指定医療機関にも専門医がいないということが、今回、暴露された。昨年7月の感染症学会の要望書によると、全国に351ある第二種感染症指定医療機関のうち、専門医がいるのは3分の1以下の100施設だけだった。

 

 日本は集中治療の専門医も足りない。人口8000万人のドイツには8000人の集中治療医がいるが、1億2000万人の日本には約1800人しかいない。また、日本は急性期のベッド数は多い(これを今、減らそうとしている)が、重症者に対応するICUのベッドは少ない。人口10万人当りのICU病床数は、米国34・7、ドイツ29・2などに対し、日本は7・3である。

 

 そのうえ、国は医療支出を削減し続けてきた。2017年の日本の総医療費は約43兆円で、その財源を見てみると、国庫負担が約10兆9000億円(25%)。一方、患者の窓口負担は約5兆円(12%)、国民が健康保険料などとして毎月払っているお金が約12兆2000億円(28%)。国庫負担といっても国民の税金なので、国民は消費税などの税金を払ったうえに、その1・5倍の金を医療のために支出していることになる。これに対してヨーロッパでは、窓口負担ゼロという国も少なくない。

 

 これは国の予算を軍事費その他に回すために、1981年の土光臨調以来、「このまま医療費が増え続ければ国がつぶれる」といって医療支出を削減し続けてきたからだ。病院収入の原資となる診療報酬についてもずっと抑制してきた。コロナ感染拡大で多くの病院や診療所が経営危機に陥っている背景にそれがある。国民と病院双方にしわ寄せがきているのだ。

 

 コロナ以前から医療費を削減して新しい感染症にきわめて脆弱な体制にしてきた結果、その矛盾がコロナ感染拡大で一気に顕在化している。

 

 問題は、コロナ禍でこの医療費削減に拍車がかかっていることだ。政府は医師不足を改善するどころか、2023年度からは医学部定員の削減計画をうち出した。現状でも人口10万人当りの医学部卒業生数はOECD諸国で最下位なのに。

 

 また、2014年に成立した医療介護総合推進法による「地域医療構想」で、政府は病床を全国で16万~20万床削減する目標を掲げた。政府はそれを計画通りに進めるため、昨年11月26日、コロナ感染者が急増し西村大臣が「勝負の3週間」といった翌日に、病床数を削減する医療機関に支出する給付金など約195億円を来年度予算案に計上した。ベッド不足がこれだけ深刻な問題になっている真っ只中のことだ。

 

 さらに、都立病院の独立行政法人化=民営化が粛々と進んでいる。現在8つある都立病院と6つある公社病院のほとんどが、今回のパンデミックの初期段階から多くのコロナ感染者をいち早く受け入れてきた。それができたのは、「都民の健康と命を守る」という使命から、感染症や周産期、小児、精神などの採算が見込めない分野でも体制を削減せず維持してきたからだ。また、そのうち3つある第一種、第二種感染症指定病院では、ICT(感染症対応チーム)のスタッフでなくても、感染症対策の指導を定期的に受けてきたので、病床を緊急に増やすことにも対応できた。それを民営化すればどうなるか。

 

 あれだけ現場の医師たちが要求してもPCR検査を増やそうとしないのも、本田氏は、同じ医療費削減の文脈のなかでとらえている。政府は検査数を増やすための保健所の体制や人員拡充をしなかった。昨年の第一波後にやろうと思えばできたのに。

 

 患者ファーストでなく、マネーファーストで国民の命をないがしろにする日本。結果、「患者の受け入れ先がなく、医師5人が8時間半も電話をかけ続けた」(東京)、「看護師大量離職のあとにコロナ禍が襲った」(千葉)、「介護施設では“救急車を呼ぶな”と消防から釘を刺された」(東京)という事態になり、次々と患者が死んでいる。それは和田氏のルポに詳しい。

 

 「今回のコロナ危機は医療福祉再生のラストチャンス」と見る本田氏は、後半、医療再生のための提言をおこなっている。その基本は、医療従事者と国民が力をあわせて政府を動かすこと。そして、消費増税で国民負担は増すばかりなのに、大企業には巨額の内部留保がたまり続けているのだから、それを再分配して医療費を捻出するのが国・財務省の仕事ではないかとのべている。

 

 各地の新しい動きにも勇気づけられる。徳島県は、新型コロナに対応するため、「地域医療構想を土台から見直す」と発言した。そこには、国立病院機構の統廃合とベッド数削減に反対する住民運動があった。住民たちは地元自治体人口の1・3倍にあたる5万6000筆の署名を集め、徳島県全体の市町村議会の議員に働きかけて病院存続の意見書を可決させ、県議会でもそれを全会一致で採択するところまでもっていった。この問題でも地方から新しいうねりが起こっている。

 

 (泉町書房発行、B6判・270ページ、定価1900円+税

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