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『消えゆく砂浜を守る』 著・コーネリア・ディーン

 著者はサイエンス・ライターで、アメリカ科学振興協会の一員である。本書で、アメリカでのハリケーンによる海岸災害とのたたかいの歴史を通じて、人間社会と海とがどのように共生していけばいいかを提起している。東日本大震災の後に巨大防潮堤建設が進むなか、問題意識を持った研究者らの努力で翻訳・出版にこぎ着けた。

 

 著者は全米各地の海岸災害の歴史と今を丁寧に調べている。たとえばアメリカ南部テキサス州の、メキシコ湾に面する防波島の街・ガルベストンについてこうのべている。防波島とは日本ではなじみがないが、浅瀬に大量の砂がある海岸の沖にできる、巨大な砂州のような島のことだ。

 

 ガルベストンは、港の出口にある細長い砂州(長さ50㌔、幅3㌔)に築かれた街で、港湾と鉄道が整備された20世紀初頭には綿花取扱量世界1になった。当時、住民1人当りの所得は全米で一番高かったという。そこを1900年9月9日、ハリケーンが襲い、人口4万人のうち6000人以上が犠牲になった。

 

 災害後、街の有力者たちは当時では考えられないような規模の構造物を、考えられないような費用をかけて建造する計画を思いついた。高さ約5㍍、基部の幅も約5㍍、頂上部の幅が1・5㍍のコンクリートの護岸壁を約5㌔にわたって建設し、さらに壁の内側の土地を5㍍かさ上げすれば、どんな嵐にも耐えられるというわけだ。来る日も来る日もガルベストン湾の海底から砂を掘り上げ、最初は護岸壁の脇に、続いて街中に順次砂が盛られた。

 

 このかさ上げ工事は1928年まで続いた。護岸には約125万㌦、かさ上げには約200万㌦が費やされた。その結果、有力者たちの意に反して、ガルベストンは長い衰退の坂を転げ落ちていくことになる。

 

 現在の海岸工学で判明していることから考えると、砂浜と護岸構造物は長く共存できないということを無視したからだ、と著者はいう。

 

 嵐が来ても、砂浜には修復する力が備わっている。強い風が吹き始めると、砂浜表面の細かい砂は陸上の砂丘に吹き上げられる。吹き飛ばされなかった粗い砂が後に残り、表面を覆って浜を防護する。砂が波に運び去られても、海底砂州まで運ばれた砂は海中に沈んで溜まる。この海底砂州が、打ち寄せる波の力を砂浜に到達する前に弱める役割を果たす。嵐が過ぎ去ると、穏やかな波のうねりが沖の海底砂州から砂を波打ち際へと運び、砂浜が再生する。

 

 この砂浜がもともと持っている機能が、護岸壁を建てることで妨害され、失われてしまった。壁の内側にある砂は、海側に移動することができなくなった。ハリケーンが来たとき、浜は砂丘の砂を利用できない。壁の海側の緩やかな傾斜の浜の砂はますます減って、急傾斜の浜に変貌する。こうなると波の衝撃は大きくなり、浜の浸食がさらに進む。

 

 何十年の間に波はガルベストンを蝕み続けた。浸食が進む砂浜にある護岸壁は、常に延長し、かさ上げし、造り直し、補強していかなければ、やがて基部が波に洗われるようになって倒壊する。現地では、波の力を弱める構造物がもう一列追加建設され、護岸壁を守る13基の岩積みの防波堤もつくられ、護岸壁自体も約10㌔まで延長された。

 

災害に脆弱 自然の摂理に逆らう開発

 

 その後、こうした経験から、海岸線を抱える州のなかには、護岸壁を禁止する規制を設けるところが出始めた。ところが1980年代のリゾートブームでこの規制は緩和された。

 

 今、ガルベストンの有力者たちは、海浜リゾートとして生き残りをかけ、消失した砂浜をとり戻すために、再び海底から数百立方㍍という砂をポンプで汲み上げ、浜に撒いている(養浜)。

 

 アメリカでは現在、東海岸でも西海岸でもメキシコ湾岸でも、投資目的のリゾート開発や別荘の建設、住宅建設が止まらない。同時に道路や駐車場、上下水道といったインフラが整備され、そうすると「護岸壁をつくれ」との声が上がるという。

 

 何十年というスパンで見ると、「砂浜はできたり、消えたりする。そしてそのうちまた元に戻る」という存在だ。この自然の摂理に逆らってもうけのために海岸開発をやり尽くした結果、逆に自分の首を自分で締めている。つまりハリケーンの被害を拡大し、災害に脆弱な国をつくっているのである。

 

 著者はその他、ジョージア州とサウスカロライナ州の島でのリゾート開発の例をあげている。そこの砂浜は、島の湿地帯を浚渫(しゅんせつ)した砂で埋め立てて排水した人工ビーチで、常に砂を足して養浜しなければならない。ここは以前は、アフリカの伝統と言語が数百年も生き続けたガラ人の入植地だったが、リゾート開発のために大規模に土地が買収され、彼ら黒人は追い出されて文化も消滅した。その末裔は今島の外に住み、年収1万㌦(100万円余)以下の非正規雇用として島のリゾート施設で、白人富裕層の世話をして働いているという。

 

 アメリカの砂浜と日本の砂浜とは、その自然条件も成り立ちも規模も違うので、単純に比較することは難しい。しかし日本でも、その沿岸域は数千年の長い期間に形成され、人間は漁村コミュニティをつくって自然と折り合いをつけながら巧みに利用してきた歴史がある。それを無視して漁業権を民間開放し、沿岸域を民間企業の大規模開発や巨大洋上風力の建設のターゲットとするなら、いかなるしっぺ返しを受けるか。それを考えるうえでも、本書の内容は示唆に富む。   
        
 (地人書館発行、四六判・456ページ、定価3600円+税

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