この本をまとめたのは、沖縄やアジアをフィールドに旅を書き続けているフリーライターだ。世界各国に在住する日本人に呼びかけ、それぞれの国でコロナ感染拡大のなかの暮らしはどのようなものか、また海外から眺める日本はどう映ったのかを書くよう依頼したところ、韓国、台湾、中国、ベトナム、タイ、フィリピン、カンボジア、フランス、アメリカの9人の知人が手を挙げた。本書はその寄稿をまとめたもの。出版が昨年12月で、原稿が書かれたのは9月から10月ごろと思われる。
フランス 生活補償と罰則をセットで
まず目が止まったのはフランスだ。パリ在住で、ガイドブックの編集や執筆などに従事している奥永恭子氏が書いている。
フランス革命の伝統を持ち、自由を重んじるフランス人は当初、人の移動を制限したりデジタル技術で感染者を追跡する政策を支持しなかった。しかし隣国イタリアで感染が拡大し、欧州で一気に拡大してからは、そうはいっていられなかった。仏政府は3月16日、全土にわたる罰則付きの移動、外出規制措置コンフィヌマン(隔離、監禁、幽閉)をうち出し、2カ月間続けた。
外出が許されるのは、テレワークができない職場への移動、生活に必要な買い物、遠隔でおこなうことができない診療・看護などで、目的を明示した自署入り証明書(内務省のページからダウンロード)を携帯しなければならず、違反すれば135ユーロ(約1万6470円)、再犯の場合には最大で3750ユーロ(約45万7500円)の罰金または六カ月の拘禁刑が科される。初日には8000人が罰金を科された。
フランス国民がこれを受け入れたのは、この政策が大規模な財政出動による生活補償とセットだったからだ。普通、失業した場合は賃金の84%が企業から本人に支払われ、政府はそのうち法定最低賃金分しか企業に払い戻さない。しかし今回は例外的に、法定最低賃金の4・5倍を上限に、企業負担分を全額国が補償して、企業が解雇しなくてもすむようにした。
飲食店などの中小企業には一店舗につき一律1500ユーロ(約18万3000円)の連帯給付金の補助があり、税金や家賃、光熱費やローン返済の延期、従業員への一時失業給付金もあった。自由業やフリーランスも対象に含まれ、外国人であっても対象からもれることはない。筆者の知り合いの理髪店主も、インターネットで申請したところ1週間後に振り込まれたという。
また、子どものいる低所得の家庭や支援が必要な学生の援助、給食を食べることができなくなった子どもへの食費補助金など、各機関へ申請すれば素早く給付金が振り込まれた。支援策は世論に応じて拡大されていった。
いまだに一般国民への直接給付がマスク2枚と10万円給付だけという日本政府の対応が、いかに世界の常識からかけ離れたものかがわかる。こうしてあらゆる企業と個人を救済するという政府の姿勢が明確にうち出されたことで、国民のなかでもソリダリテ(連帯)の精神が高まったという。病院近くのホテルや空き部屋は医療従事者のために無償で提供され、営業停止に追い込まれたレストランの料理人たちは連携をとって材料を調達し、ランチをつくって病院に届けた。お年寄りなど重症化しやすい人のために「買い物代行」のボランティアがあちこちで活躍した。
アメリカ NYから逃げ出す人々増加
アメリカ在住のコスギアツシ氏(音楽プロデューサー)は、コロナの感染拡大でニューヨークから逃げ出す人が増加し、冬を前に引っ越し業者が大忙しだと報告している。一方では、レストランやデパートや小売業、ホテルやエンターテイメントなどを生業とする人たちが、失業したり、また少額の給付金を受けとったとしても、高額な家賃と生活費のすべてをまかないきれないという理由で。もう一方では、週末を郊外のセカンドハウスで過ごすことが多い富裕層が、リモートワークの普及でマンハッタンの高級コンドミアムに住む必要がなくなったという理由で。所得税のない州があり、そこをめざす者もいるという。
新自由主義によって政府の公的機能が破壊されたアメリカは、さながらデフォーが『ペスト』で描いた絶対王制時代のロンドンのようだ。
また、ニューヨークに700軒あるホテルのうち、139軒(全体の20%)がホームレスのシェルターとして利用され、1万3000人のホームレスが滞在している。支援するNPOが強く要求し、行政が動いて1日200万㌦(約2億円強)の予算をつけたそうだ。ホームレスの施設で感染爆発が起き、彼らを隔離しなければ感染を抑えることができないためだ。
ベトナム 初動早く感染を封じ込める
一方、アジアの国々はどうか。ホーチミンシティ在住の中安昭人氏(編集者)は、ベトナムでは政府の初動が早く、3月からの第一波を乗り切り、7月からの第二波も押さえ込んだとのべ、その様子を報告している。
一月に中国で新型コロナの流行が伝えられると、マスクを買い求める人が増えて品薄になった。すると1月30日、首都ハノイの当局は無料配布用マスク2000万枚の確保を決定。2月5日にはホーチミンシティ保健局が、市場やスーパーなど小売業、ホテルなど宿泊施設、飲食業などで働く30万人に一人あたり1日3枚のマスク、合計90万枚の供給を始めた。
続いて2月8日、ベトナム保健省はすべての感染者の行動履歴をウェブサイト上で公開し、国民にPCR検査を受けるよう促した。
4月1日からは外出禁止要請、公共交通機関の運行停止、商業施設の営業停止など徹底した隔離政策をとった。それに先立ち、ホーチミンシティ人民委員会は「当局が市民生活に必要な食料品や生活必需品の供給を確保する」と発表。コミュニティも動き、「隔離期間中、毎日のように差し入れが届いた」との声を紹介している。
だから、ベトナムは親日感情が強い国だが、日本政府の感染対策に対しては「世界をリードする先進国がいったいなにをしているんだ」との声が聞こえてきて、日本人として肩身の狭い思いをしたと書いている。「アベノマスク」はベトナムでは驚きを持って迎えられ、何人もの知り合いのベトナム人が「あれはエイプリルフールか」と真顔で聞いてきて困ったという。
こうしてベトナムは3カ月以上にわたってコロナ感染者を一人も出していなかったにもかかわらず、日本人の商社マンなどは「先進国・日本は安全。途上国・ベトナムは危険」といった固定観念から抜け出せなかった。一方、そうした日本人を含めて外国人のことをベトナム人はよく観察しており、表面では「私はベトナムが大好きです!」といっても、それが本音かどうかを驚くほど鋭く見抜き、「よそ者」か「身内」かを峻別する、と中安氏はのべている。
「日本の常識は世界の非常識」ではないが、日本を国の外側から客観視して見ると、安倍・菅政府のコロナ対応がいかに無策の連続だったかがより鮮明になる。緊急事態にさいして、日本の為政者がいかに国民の生命を軽んじているかであり、それを世界の人々がよく見ていることも忘れてはいけない。本書は、日本のメディアが報道しない世界各国のコロナ対策のルポである。
(株式会社メディアパル発行、四六版・223ページ、定価1300円+税)