著者は物流ジャーナリスト。長距離輸送を担う大型トラックのドライバーや、通販商品を配達する軽トラックのドライバーたちに密着取材し、コロナ禍の下での日々の労働実態や生活実態など生の声を拾ったもの。
トラックは国内の貨物輸送の9割超(トン・ベース)を担う物流インフラで、そのハンドルを握るドライバーがいなければ日本経済は麻痺してしまう。ところが1990年の規制緩和以降、トラックは長時間の重労働のうえに賃金が低く、3Kに「稼げない」を加えて「4K仕事」だと揶揄されてきた。それが表面化したのが、年末の繁忙期に大都市圏で遅配が続出した、2017年の「物流クライシス」だった。
背景にはネット通販の急拡大があった。とくに、アマゾンが主な委託先としていたヤマト運輸の現場で、その矛盾が典型的にあらわれた。
現有のドライバーだけでは到底さばききれないほどの大量の荷物が毎日のように営業所に届く。それらを当日中、しかも指定された時間帯に届けなければならない。届け先が不在の場合には、何度もくり返し訪問する。当日の配達ノルマをこなすため、昼休みなどの休憩はとらず、夜遅くまで残業して街中を走り回る。常に人手不足状態が続き、休日出勤はザラ。「段ボールにプリントされたアマゾンのロゴを見るだけで吐き気をもよおす」ような状態だったという。
そのうえにドライバーを悩ませたのが、サービス残業の強要だった。本社の指示で、タイムカードを押さずに早朝の積み込み作業をおこなったり、タイムカードを押してから夜の退社前の事務作業をこなしたりして、勤務時間が短くなるよう調整することを強いられ、未払い残業代が230億円にのぼったことが社会問題になった。
そのなかで宅配便大手各社は「働き方改革」といって、宅配便の荷物受け入れの総量規制を導入するとともに、集荷や配達をおこなう時間帯にも制限を設けた。では、そのことでドライバーの労働環境は改善されたか?
ある男性ドライバーは、この「働き方改革」によって年収が15%ダウンした。子どもの教育費や家のローンなどをかかえ、家計にとって大きな痛手だ。だから彼の同僚たちのなかには、減収分を補うため副業を始めるドライバーも多いという。副業といっても同じ配達の仕事で、本業が終わった18時以降の夜間帯か、休日の日中に、いつもとは違うユニフォームに身を包んで街中を走り回っている。トラックドライバーには乗務終了後、交通事故などを発生させないために、継続8時間以上の休憩時間を確保することが法律で決まっているにもかかわらず…。
また、ドライバー未経験だったある女性は、午前7時半から10時半までの3時間だけ、軽バンで荷物を配達する仕事を始めた。彼女に集配業務を委託している元請の宅配便業者は最近発足した新興企業で、「働き方改革」をビジネスチャンスに、宅配便大手がカバーしきれなくなった早朝(午前6時~10時)や深夜(午後8~12時)に発生する集配ニーズを対象に、首都圏や関西圏に進出している。集配の担い手は中小零細の軽トラ運送会社や軽トラの個人事業主たちであり、その他パートタイム勤務も可能で、「初心者にはもってこいの“ゆるーい仕事”」と宣伝して彼女のような女性を集めている。彼女は昼間は他の仕事とかけもちだ。
さらに、ギグワーカー導入の動きもある。常時雇用ではなく、単発で短期の仕事を請け負う人をギグワーカーといい、それは企業にとって大幅なコスト削減となる。よく知られているものに、ウーバーイーツの配達がある。政府が「働き方改革」の一環として従業員の副業を推奨するようになってから拡大し、国内のギグワーカーは現在、1000万人をこえた。このギグワーカーを活用した宅配便ネットワークの構築(自転車を使い、自動車運転免許を必要としない)に、ヤマト運輸やセイノーホールディングスなどが乗り出している。
コロナ禍で工場の操業停止、店舗の営業自粛が続くなか、生活必需品以外の荷物の輸送需要は激減しており、市場に出回る限られた求車情報に対し、車両をもてあましている運送会社が採算度外視の運賃で入札してくるケースがあいついでいると著者はのべている。あるドライバーは「配車係から、東京―大阪間の大型トラックでの輸送を運賃6万円で引き受けたと聞いた。そんなに安い運賃になったことは今までになかった」という。それはドライバーの賃金引き下げに直結する。
また、コロナ禍の「巣ごもり消費」の拡大で、ネット通販やネットスーパーといった企業―個人宅間の宅配需要が急増しており、ここに軽トラ業界が軸足を移しつつあるが、そこで元請の委託料カットが露骨になっている。営業所には、コロナで求職中だったり、職を失ったドライバー未経験の求職者が殺到しており、「安い労働力はいくらでもある」という態度だという。ある軽トラドライバーはネットスーパーの配送の仕事を紹介されたが、「車両持ち込み、10時間以上の拘束で、委託料は1万2000円程度。相手はレジ打ちか品出しのアルバイトを雇うような感覚だった。とても話にならない」と憤慨して帰ってきた。
新型コロナ感染拡大のもとでも、国民のライフラインを守るという使命感から、トラックドライバーたちはハンドルを握り続けてきた。物流という社会インフラは、人間の労働力がなければ成り立たない。しかも高齢化が進み、2028年には約28万人のドライバーが不足するという。それにもかかわらず、大企業はもうけを最優先して雇用破壊を進め、ドライバーの生活を窮地に追い込んではばからない。社会を成り立たなくさせ、みずからの首をも締める愚行である。
(朝日新書、202ページ、定価790円+税)