新型コロナの感染拡大が進んで米大統領のトランプが国家非常事態宣言を出し(3月13日)、それから6月にかけて失業者が急増して、1930年代の世界恐慌時を上回る最悪の水準になった。ところがちょうど同時期、3月からのわずか2カ月半で、アメリカのビリオネア(億万長者)約600人が保有する富は19%・5650億㌦増え、総額3兆5120億㌦にまで膨れ上がった。
彼らの富の源泉は主に保有株式である。同時期、とくにIT関連の株は「在宅勤務が普及するアフター・コロナの世界で一段と強みを発揮する」と評価されて急騰した。そしてアマゾン創業者のジェフ・ベゾスの富は362億㌦、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグは301億㌦もの富を増やしたといわれる。
その一方でコロナの感染者や死者が貧困層に集中し、「黒人の死亡率は白人の2倍」と指摘されていた、その真っ最中のことだ。次にはワクチン開発にかかわる製薬企業の株が注目されているという。
本書は、ジャーナリストの著者がこうした富裕層の実体を明らかにしようとしたものである。
電子商取引大手・アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスの保有する富は黒人家庭平均の4400万倍--アメリカの政策研究所(IPS)は昨年発表したレポートでこうのべた。IPSはベゾスの保有する資産を1600億㌦と推定している。ベゾスは世界のビリオネア番付で、2018年にそれまで1位だったマイクロソフト創業者ビル・ゲイツを抜いてトップに立った。
ビリオネア番付の上位には、その他にフェイスブックのザッカーバーグ、グーグルのラリー・ペイジなどGAFAや、全米スーパーマーケット・チェーン「ウォルマート」のウォルトン一族、投資家のウォーレン・バフェット、ソフトウェア大手オラクル共同創業者の一人ラリー・エリソンなどが入っている。
保有資産が10億㌦をこえるビリオネアの数は、世界で2095人。うちアメリカが614人(約3割)、資本主義化し国有企業を民営化している中国が389人、ドイツ107人、インド102人、ロシア99人と続く。日本は26人で、ファーストリテイリングの柳井正、キーエンスの滝崎武光、ソフトバンクの孫正義などが入っている。
1%が世界の富の半分独占 飢餓人口は8億人
本書によれば、こうした富裕層の富と貧富の格差は、1982年頃から急拡大している。それは市場原理を重視した新自由主義的経済運営で企業利益が拡大したことと、長期にわたる金融緩和で過剰になったマネーが株価を押し上げたことによる。世界のトップ企業の株式時価総額はこの30年の間に10倍以上も膨れ上がり、その株式を大量に保有する創業者やその関係者がそれにつれて大富豪になっているという関係だ。
スイスの大手金融機関クレディ・スイスによると、このビリオネアを含むミリオネア(百万長者、100万㌦以上の富を保有)は世界に4700万人いるが、世界人口で見るとわずか0・9%の彼らが世界の富の43・9%に当たる158兆㌦を保有している。つまり上位1%が世界の富の半分近くを独占しているわけだ。その一方で世界には飢餓人口が8億2160万人もいる。世界全体では食料は有り余っているのに、世界の9人に1人が餓死の危険に直面している。
こうしたビリオネアがロビー活動で政治家に圧力をかけたり、アメリカのように政府の中にポストを占めて、彼らに都合のいいように政治権力を使うので、こうした不合理はなくならない。しかもあり余る資産をタックス・ヘイブン(租税回避地)に逃がし、その国の運営に不可欠な税金すら支払いを拒否している。
今年1月、米軍がイランのソレイマニ司令官を殺害し「あわや第三次世界大戦か」と世界に緊張が走ったとき、ロッキード・マーティンやボーイング、ゼネラル・ダイナミクスなど米軍需産業大手の株価が急上昇した。軍需産業は人間が生きていくうえで必要な物資の生産とは何の関係もなく、それどころか逆に人間の殺傷と環境の破壊によって金もうけをする「死の商人」に他ならない。コロナで苦しむ貧困層を横目に、もうけを増やすことを第一にするIT企業や製薬企業も同じで、それは新自由主義、株価至上主義の反社会性をあらわしている。
(ちくま新書、230ページ、定価820円+税)