コロナ禍では、人々の生活に不可欠な労働に従事し社会を支えているエッセンシャルワーカー(医療や介護、物流、食料の生産・販売などで働く人々)に光が当たった。本書の写真を撮影したのは、同じく社会に不可欠な労働でありながら、その現場を普段あまり目にすることがない、道路、トンネル、橋梁の建設とメンテナンスで働く人々を撮り続けてきた女性写真家。福島県伊達郡川俣町につくられた泡吹地トンネルの工事現場に1年あまり通って、その準備段階から完成までを追い、現場監督や作業員、技術者の後ろ姿からにじみ出る緊張感、喜びや誇りを写真で表現した。
雪を踏みしめて起工する山肌を見に行く場面から始まり、神主と作業員たちによる安全祈願祭をへて、いよいよ掘削作業へ。硬い岩盤の山は、切羽(掘削最前線)に火薬を仕込み、爆破させながら掘り進む。壁面が崩れないようコンクリートを吹き付け、アーチ状の鉄骨をとりつけたうえ、3~4㍍のロックボルトを打ち込む。岩盤とコンクリートを、ロックボルトを奥深く打ち込んで一体化させ、地山自体の保持力を利用するNATM工法だ。
トンネルが貫通し、坑内に「万歳!」の声が轟いたのも束の間、それは工事の半ばでしかなく、完成後の水漏れを防ぐためにトンネル内側全面に防水シートを貼り、鋲打ち機で固定する。それはライトで照らされると、まるで黄金色の幻想的世界だ。さらにシートの内側に人力で鉄筋をくみたて、コンクリート打設を施す。コンクリートの厚さは30~35㌢になるという。最後にトンネル名を刻んだ銘板がとり付けられた瞬間、作業員の目が潤む。現場を見つめる若き現場監督の面持ちも、工事開始前と比べて別人のようにたくましく感じられた。
かつてトンネル工事現場は女人禁制だったという。業者の協力でそこに足を踏み入れた山崎氏は、「トンネルには母が子を産む産道のような神秘と、貫通に立ち向かう強靱なパワーとが折り重なり、一本のトンネルが開通していくように思えた。銘板がトンネルの入り口に付けられた時には、生まれてきた子供に名前を命名したような、愛おしい気持ちがあふれて泣きそうになってしまった」と記している。
今、トンネルや橋などの道路インフラは老朽化が進み、全国77万カ所ある橋やトンネルのうち、腐食やひび割れで5年以内に補修が必要なものだけで約8万カ所もあるという。ところがこうしたインフラ整備への国の予算は、この20年間、世界の先進国が2倍、3倍と増えているのに、日本だけが半減以下に落ち込んでいるという指摘がある。オリンピックの経済効果はいわれても、365日間私たちの生活に必要な道路や橋の経済への貢献は顧みられない。
山崎氏は他にも写真集『インフラメンテナンス~日本列島365日 道路はこうして守られている』『Civil Engineers 土木の肖像』を、同じグッドブックス社から出している。これらの写真集は、高校で教材として使用されたり、建設会社が地元の学校に寄贈したりしているという。人々の生活を縁の下の力持ちとして支えるインフラが、人の力によってつくられる。それを見て、自分もこんな仕事につきたいと決意した高校生もいるそうだ。
(株式会社グッドブックス発行、A4変形判・96ページ・オールカラー、定価2200円+税)