いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『ネクスト・シェア』 著・ネイサン・シュナイダー 訳・月谷真紀

 著者はジャーナリストで、米コロラド大学ボルダー校助教授。2011年に始まった「ウォール街を占拠せよ」やスペインの15M運動などの担い手が、まだ変革できていない資本主義経済のなかで、生計を立てるすべをもとめて行き着いたのが協同組合運動だった。本書は「古くて新しい哲学」である協同組合運動について、その最前線を過去から現在まで取材した記録である。

 

 協同組合の誕生は19世紀のイギリスにさかのぼる。産業革命をへた当時のイギリスの労働者は、無規制の企業間競争のなか、14時間労働や児童労働を強いられ、借金生活から一生抜け出せないほどの低賃金に苦しんでいた。そのなかでイギリスの紡績工たちが、ロッチデール公正先駆者組合という小さな団体を組織した。彼らは自分たちが決めた価格で小麦粉やロウソクを買える店を設立した。それを実現する手段が、共同所有と共同統治を旨とする協同組合だった。それはやがて一つの世界的運動となっていく。

 

 本書では、8時間労働制を実施したイギリスのロバート・オーエンのニュー・ラナークやその後継者たちの運動、20世紀の世界大恐慌時のアメリカにおける協同組合運動などが紹介される。著者の祖父も、当時大規模チェーン店に対抗して、全国規模の金物卸売協同組合を創設した人である。だがその哲学は第二次大戦後、アメリカの経済学の教科書から消えてしまったという。

 

 しかしその協同組合の哲学が、株主利益の最大化に奉仕する金融資本主義のもと、アメリカ資本主義のど真ん中で新たな形で復活している。それは1955年と比べ、生産性は254・3%と上昇し続けているのに、労働者の実質賃金は70年代以降頭打ちとなって113・1%にとどまり、リーマン・ショックでは失業者や家を失う者が急増するような、1%vs99%の対立が顕在化している現実が背景にあるようだ。

 

ハリケーン被災地の復興へ 5つの事業立上げ

 

 新しい時代の協同組合の一つの典型が、「オキュパイ・サンデー」の運動だ。

 

 2012年10月、ハリケーン・サンディがニューヨーク市を襲い、10万人以上が暮らすロッカウェイ半島を壊滅させた。建物は瓦礫となり、長い商店街は火災で全焼、公営の高層アパートは電気も暖房もなくとり残された。そのとき、数千人ものニューヨーク市民がボランティアで復旧作業に参加したが、それをまとめあげたのが「オキュパイ・サンデー」だった。「ウォール街を占拠せよ」で共鳴し合った人たちが立ち上げた組織で、数日のうちにボランティア志願者の受付、トレーニング、カビ除去装置、寄付で集まった物資の配布センターなど複雑なしくみをつくりあげた。

 

 彼らはその後、五つの協同組合事業を被災地域に立ち上げた。それは、パナデリア(スペイン語でパン屋の意味)、生鮮食品の「庶民マーケット」、ププセリア(エルサルバドルの郷土料理の店)、エンターテインメント会社、建設作業員グループという生活再建に不可欠な組織だ。ボランティアの一人は「ここ数年、抗議活動を多数やってきたが、今回の活動は現状に変わる社会構造をつくる手段だった」と話してくれたという。

 

 こうしたオキュパイ運動と協同組合の新しい関係は、リーマン・ショックの最中にアメリカで起きた新しい動きの一つに過ぎないと著者はいう。

 

 たとえばデンバー市では、ウーバーのアプリ配車サービスの事業破壊、労働破壊に対抗して、東アフリカ出身の移民労働者らが結束して、同市のタクシー事業者の3分の1を組織しグリーン・タクシーを設立した。移民労働者がみずから2000㌦ずつを出資して組合員兼所有者となり、上前をはねるボスを排除する道を選んだのだ。

 

 こうした労働者協同組合は全米で広がり、彼らの要求はサンダースの政策の一つにもなったという。

 

 また、コロラド州ボルダー市の住宅協同組合の運動も紹介されている。それは家を失った貧困層が、友人同士または仕事仲間同士が自分たちの意志によってコミュニティをつくる権利を認めさせる運動だ。それは住宅を投機の対象とする米国政府の政策に対抗するものであり、庭付き一戸建て住宅地とショッピングセンターというこれまでの枠にはめられた人生に対する異議申し立てでもある。

 

 そのことを実現するためには、一軒の家に血縁のない者3~4人以上が同居するのを妨げる居住者数制限を市議会に撤廃させる必要がある。そのために住民が大挙して市議会に押しかけ、88人が議会で発言し、「優先すべきは住宅の資産価値か、それとも住む場所を奪われることか」と口々に訴えて協同組合条例を可決させていった経緯を、著者はくわしく報告している。

 

 その南のデンバー市では、ホームレスのために協同組合の小規模住宅村を創設しようという運動が起こっている。また全米各地で、トレーラーハウスや組立式プレハブ住宅など移動式住宅の住民が、協同組合の形で自分たちが暮らすホームパークを買いとって所有しようという運動も起こっているという。リーマン・ショックで家を奪われた人たちが、住民の生活保障のためになにもしない国や行政に対して、協同の力で住むための家を保障させる運動に発展している。

 

 こうして「ウォール街を占拠せよ」の運動が、現状への抗議や反対にとどまらず、貧困を背景にしたさまざまな現実課題の解決で横につながって、自分たちの力で新しい社会のあり方を創造する運動に飛躍していることがわかる。それは世界的な趨勢であるに違いない。本書を読んで、「今の時代の協同組合運動は、組合員にサービスを提供するだけではなく、その先にある世界に役立つものでありたい」という、あるスタッフの言葉が印象に残った。
        
 (東洋経済新報社発行、B6判・358ページ、定価2600円+税

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