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『バッタを倒しにアフリカへ』 著・前野ウルド浩太郎

 アフリカや南西アジアで、たった1日で2500人分の食料を食い尽くすといわれるサバクトビバッタが大発生し、各国で深刻な食料危機を引き起こしている。国際連合食糧農業機関(FAO)はこの地域のバッタ、豪雨、コロナ禍の三重苦を「食料安全保障を脅かすかつてないほどの脅威」として警鐘を鳴らしている。

 

 本書の著者はこのサバクトビバッタの研究者で、現在、つくば市にある国際農林水産業研究センターの任期付研究員だ。その著者が、博士号を取得したが就職が決まらない2011年4月、西アフリカのモーリタニアにある国立サバクトビバッタ研究所に2年間を期限に派遣されることになった。バッタが大量発生することで定評のあるモーリタニアに行き、サハラ砂漠で野宿しながらバッタの生態を観察して、アフリカを飢餓から救い、ついでにその成果を持って日本の研究機関に就職先をみつけようという夢を抱いて…。

 

 ところがモーリタニアに着いてみれば、現地の人が話すフランス語はさっぱり理解できず、イスラム教国のためにアルコールと豚肉は御法度。日中は45度をこえる猛暑であり、郵便局のワイロの文化にも翻弄される。

 

 肝心のサバクトビバッタだが、発生地の砂漠が余りにも広く、バッタがいつ、どこで、どれだけの規模で発生するか予測できない。モーリタニアでは7、8月の雨期に大量の雨が降り、土砂が流された後に緑が芽吹き、9月以降にバッタが大量発生するのが通例だが、著者が行った年は運悪く60年前の建国以来の大干ばつで、雨がまったく降らず、バッタが忽然と姿を消した。

 

 その後2年たっても成果はなく、無収入となってもう1年残ることに。そして、ついにバッタの大群が発生した。

 

 著者はサバクトビバッタの生態をくわしく書いている。

 

 サバクトビバッタはアフリカの半砂漠地帯に生息し、しばしば大発生して農業に甚大な影響を及ぼす。その被害は聖書やコーランにも記され、ひとたび大発生すると数百億匹が群れ、東京都ぐらいの土地がすっぽりとバッタに覆い尽くされる。農作物のみならず緑という緑を食い尽くし、成虫は風に乗ると1日に100㌔以上移動するため、被害は一気に拡大する。年間の被害総額は西アフリカだけで400億円以上になり、アフリカの貧困に拍車をかけている。

 

 サバクトビバッタはなぜ大発生できるのか?それはこのバッタが、混み合うと変身する特殊能力を持っているからだ。低密度下で発育した個体は孤独相と呼ばれ、おとなしいバッタになり、お互いを避けあう。一方、高密度下で発育したものは群生相と呼ばれ、群れをなして活発に動き回り、成虫になると翅(はね)が長くなり、飛翔に適した形態になる。大発生時にはすべての個体が群生相となって害虫化するという。

 

 いつ大発生するのか?それは干ばつ後の大雨だ。干ばつによってバッタも天敵も死滅し、生き残ったバッタはアフリカ全土に散らばって、わずかに緑が残っている場所で細々と生き延びる。その後、大雨が降ると緑が芽生えるが、そこにいち早くたどり着ける生物こそ、天敵がいなくなった後の、長距離移動できるサバクトビバッタで、短期間のうちに個体数が爆発的に増加すると著者は見ている。

 

 どうやって駆除するのか? 移動力の弱い幼虫のうちに殺虫剤を散布して防除するのが鉄則。卵から孵化した幼虫が成虫になるまで1カ月弱かかるので、早期発見が必須だ。そのためバッタ研究所が砂漠のあちこちに調査隊を派遣し、発生情報の連絡を無線で受けると、防除部隊が殺虫剤散布に出発する。ただ、100人の職員で日本の広さの約3倍の国土をカバーするのは物理的に不可能だ。そこで、バッタを観察し殺虫剤を使わない防除方法を発見するのが著者の使命となる。

 

 本書を読んで浮き彫りになるのは、アフリカでは何年かに一度、バッタが大発生して農作物を食い荒らし、深刻な飢餓を引き起こしているというのに、過去40年間、専門的知識を持ったバッタ研究者がアフリカで腰を据えて研究をした例は皆無だということだ。世界のバッタ研究は実験室内でおこなわれたものがほとんどで、著者が現地に赴くまで、サバクトビバッタの野外観察は手つかずの状態だったという。

 

 バッタ研究所のババ所長は「ほとんどの研究者はアフリカに来たがらないのに、コータローは先進国からよく来たな。誰もバッタ問題を解決しようなんて初めから思っちゃいない。現場と実験室との間には大きな溝があり、求められていることと実際にやられていることとは、大きな食い違いがある」と話している。世界は金融資本の論理で動いており、バッタ問題の解決は国際金融資本にとってもうけにならないからだ。

 

 ところがそこに、ポスドクで就職も決まっていない日本の若手研究者が単身で乗り込み、ババ所長や運転手のティジャニ氏や現地の多くの人たちに支えられつつ、サソリに刺されながらも日の目をみないがとても重要なバッタ研究に献身した。そして、「本気でやろうとしている日本人がいる」と評判になり、現地のミドルネーム「ウルド(○○の子孫の意)」を授かった。後に続く研究者、とくに農林水産関係の研究者をめざす学生に勇気を与える書である。


 (光文社新書、378ページ、定価920円+税

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