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『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』 著・柳原三佳

 赤ちゃんを激しく揺さぶって虐待し脳に大けがを負わせたとして、親が逮捕、起訴された刑事事件で無罪判決があいついでいる。今月6日に大阪高裁で傷害の罪に問われた母親に、7日には東京地裁立川支部で傷害致死の罪に問われた父親に無罪判決が下された。その背景には、「虐待」の根拠とされた「乳幼児揺さぶられ症候群」が医学的に疑問視され、非科学的な基準に当てはめて、えん罪を拡大する構図が暴露されてきたことがある。

 

 「乳幼児揺さぶられ症候群」(SBS)は、乳幼児を強く揺さぶったことによって起こるとされている傷病名である。その判断の基準として使われるマニュアルでは、乳幼児の頭部に、①硬膜下血腫、②網膜出血、③脳浮腫といった三つの徴候が確認でき、かつ交通事故や3㍍以上の高位からの落下事故の証拠がない場合は、SBSである可能性がきわめて高いとされてきた。

 

 そこから、病院、警察・検察、児童相談所などでは、体に目立った傷がなくても「一緒にいた大人による激しい揺さぶり(=虐待)」を疑うことが当然のようになった。そこから、「子どもはつかまり立ちから転んだだけ」「ベビーベッドから落ちてしまった」「ちょっと目を離した瞬間にけがをさせてしまった」など、どんなに虐待はしていないと主張しても、機械的に「虐待した親」と決めつけられるようになった。それにマスコミの報道が輪をかけ、「ひどい残虐な親」の汚名をかぶせられたうえ、逮捕・拘束され、釈放されても愛情を注いできた子と強制的に分離させられるという理不尽がまかり通るようになった。

 

 しかし、3年ほど前からこうしたSBS診断に対する疑問の声が大きくなり、2017年の秋には、弁護士や法学者を中心に「SBS検証プロジェクト」が発足。無罪を訴える親たちの側に立って刑事裁判に協力する脳神経外科医も加わり、逮捕されても不起訴となったり、裁判で無罪判決が出るようになった。

 

 2018年には大阪で3件、静岡で1件が不起訴となり、同年3月から2019年1月の間に大阪地裁だけで3件の無罪判決が下されている。日本の刑事裁判の有罪率が99・8%という実態から見ても、この間のSBSによる「虐待」とされたえん罪事件の深刻さがわかるとの指摘もある。

 

「三兆候」に科学的根拠なし

 

 昨年2月、東京の弁護士会館で、国際シンポジウム「揺さぶられっこ症候群(SBS)を知っていますか」が開催され、海外から参加した医学者ら専門家から、「三兆候が見られる乳児が“揺さぶられた”という推定に、科学的根拠がない」との発言があいついだ。「通常分娩で生まれた健康な新生児でも硬膜下血腫が46%(吸引分娩では75%)、網膜出血が30%見られた」「三つの症状は揺さぶりではなく、さまざまな原因で起こりうる」「SBSに関する3700以上の論文を検証したが、三兆候に科学的なエビデンスがない」などの発言は、日本における「SBS虐待」の判断を厳しく批判するものとなった。「SBS検証プロジェクト」の共同代表・秋田真志弁護士はこのシンポジウムで、「虐待を見逃すことは許されない。しかし、えん罪も絶対に防がなければならない。虐待をしていない親から子どもを分離するのは、国家による虐待だ。SBS理論について思考停止するのではなく、建設的な議論をしていきたい」と訴えた。

 

 子どもへの虐待による死傷事件が多発し、衝撃的に報じられるなかで、「虐待をしていない」と主張することが難しい空気が覆っていることも事実である。「虐待している親は、虐待していないとウソをつくのはあたりまえ」という前提でつくられたマニュアルに従って、事件の処理が機械的に進められてきた。

 

 今月14日、東京で開かれた日弁連(日本弁護士連合会)のセミナーでは、親や脳神経外科医、弁護士らが参加し、「虐待かどうかを見抜くには医師の意見だけに頼らず、関係者や現場の状況も検討することが大切だ」という切実な訴えが続いた。個別の事例を具体的に検証するのではなく、役所や医師がつくった規定・手順書に当てはめて、簡単に「正誤」を判定するシステムの無謀さへの批判である。一方こうした事態の進展のなかで、最近では警察の捜査においてSBSという言葉のかわりにAHT(乳幼児の虐待による頭部外傷)という用語が使われるようになっている。

 

 ノンフィクション作家の柳原三佳氏は『私は虐待していない--検証・揺さぶられっ子症候群』(講談社)でこのことについて、「SBS=虐待」という行為に限定して保護者を逮捕したり、親子分離したりするのが難しい場合、どのような方法で傷を付けたのかは特定できないが「殴る、たたく、放り投げるといった何らかの虐待行為で頭にけがを負わせた」という広い解釈で診断でき、保護者を「“加害者”と見立てるハードルが下がるから」だと指摘している。そして「SBS虐待を疑われ、潔白を訴える保護者たちを取材していると、この国の行政機関は、“虐待”の二文字に振り回されて、あえて子育てしにくい社会をつくろうとしているのではないかと疑いたくなります」「ひとたび、SBSを疑われてしまったが最後、周囲に相談できる身内や友人のいない環境で、必死に子育てをしている親の叫びまでも虐待の根拠としてこじつけられる--。」とのべている。

 

 各自治体は育児相談窓口をもうけ、育児相談会などを開催したり、保健師などを家庭に派遣している。警察や児童相談所が、虐待を疑う親の相談回数や内容をとり寄せ、「育児ノイローゼ」「育児不安が強すぎる」と否定的に判断する根拠にしているというのだ。

 

 柳原氏は、ある脳神経外科の医師の次のような訴えを紹介している。

 

 「病院に運ばれてきた子どもが、愛情をもって育てられているかどうかは、親を見ればわかります。それなのに、三兆候があるからというだけで虐待と決めつけて、親子分離だ、逮捕だと……。とんでもないことです!虐待の専門家なら、お母さんと直接会って話を聞いてみてください! 子どもを見てください! そして、なぜ、けがを防げなかったのか、そこまでの対策まで含めてちゃんと考えてください! 話もしないで、何がわかるんですか」

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