いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『病気は社会が引き起こす』 著・木村知

 新型コロナウイルスの感染拡大が、人々の社会生活に深刻な影響を及ぼしている。一方アメリカでは、コロナウイルスの死者の7倍近い1万4000人がインフルエンザで死亡しており、国民皆保険がなく貧乏人は医者にかかれない格差社会のむごさを突きつけている。本書の著者は働き始めて25年になる医師で、外科、小児科、内科をはじめとした総合診療をおこなう診療所などに勤務している。「社会保障費とりわけ医療費の増大が国を滅ぼす」などと宣伝して健康や病気に対する自己責任を強調し、医療費削減をおし進める政府やメディアを疑問に思い、医療はどうあるべきかを提起している。

 

 著名人が白血病や膵臓ガンなどの闘病生活を告白したり、新しい感染症が国内で発生した、とのニュースがテレビの情報バラエティ番組などでとりあげられると、直後から心配のあまり医療機関を訪れる人が急増するという現象が、ここ数年後を絶たない。しかもその番組というのが、外科医がインフルエンザの専門家として登場したりするものだ。

 

つくり出される薬への依存

 

 2年前、「今年のインフルは熱が出ないとテレビでいっていたので、怖くなって来た」という無症状の患者が急増したので、「恐怖を煽って無症状の人を一番感染リスクの高い医療機関に誘導するのではなく、微熱でも体調不良の人は学校や職場を休んで自宅療養すること、という常識を報じてもらいたい」と著者がツイートすると、大きな反響があったという。

 

 「その症状、もしかしたら○○かもしれません。思い当たる方はすぐお医者さんへ」というテレビCMは製薬会社のもの。事前に製薬会社の担当者が医師に「患者さんにはぜひ当社の△△という商品の処方を」と頼んでおく、典型的なステルスマーケティング(消費者に気づかれないよう宣伝する)だという。こうして一般用医薬品の国内市場約6500億円を奪いあうために、人間が生まれながらにして備え持つ免疫力を高める方向は否定され、過度な薬への依存がつくり出される。

 

 政府は「少子高齢化にともない、年金や医療、介護などの社会保障費用は急激に増加しており、そのため国の歳入の3分の1を借金(国債の発行)に頼っている。子どもや孫、ひ孫たちにこれ以上の負担の先送りはできない」という。財務省自身が「自国通貨建て国債のデフォルト(債務不履行)は考えられない」といっており、そうした主張自体が悪質なプロパガンダに他ならないが、政府は「国が滅びないためには医療費を削減すべき」といって医療費削減を強力に進めてきた。

 

 この医療費亡国論を最初に具体的にのべたのが1983年の厚生省(当時)官僚の論文だといわれるが、それは「日本は医師も看護婦も病床も多すぎる」「医療の受けやすさ世界一のために、病院のサロン化が進んでしまった」として医療費抑制が待ったなしと主張している。

 

 その結果、今では日本の医師数は人口1000人当り2・4人で、OECD加盟35カ国中30位という少なさ。その偏在(東京や首都圏に集中して地方にいない)も大きな問題になっている。医療行為をしているにもかかわらず、雇用契約もなく給与も支給されない「無給医」が、全国50の大学病院に少なくとも2191人おり、民間病院の夜の当直アルバイトを掛け持ちしないと食べていけない。また、診療報酬の引き下げや消費税率引き上げで、赤字経営をよぎなくされている病院が5割をこえるという調査結果も紹介されている。

 

 一方患者には、国保料の大幅引き上げや、窓口の自己負担額の増大が押しつけられている。子どもの7人に1人が貧困、1人親世帯に至っては半数の世帯が貧困という日本。2018年の1年間を見ても、保険料が払えず無保険になっているか「短期保険証」しか持っていないなどの経済的理由で、受診が遅れて死亡した人が77人にものぼるという。

 

 そして、本書のなかで著者が厳しく批判するのが自己責任のイデオロギーだ。国の為政者や大企業の経営者という、本来その国に生きる人々や企業の従業員の生命と生活を守る責任を有する立場にある者が、その責任を放棄して個人に転嫁するための、きわめて使い勝手のいい方便になっているからだ。

 

30年で医療面でも後進国に

 

 1948年にできたイギリスの医療制度NHSは、①医療の国営化、②医師の公務員化、③医療費は税金でまかなう、④国民は無料で医療が受けられる、というものだった。それはその後、サッチャーの新自由主義改革で攻撃目標にされるけれども、このように窓口負担がゼロか少額の国はヨーロッパでは珍しくない。逆にいえば、日本が世界標準から見ていかに遅れているか、この30年余りで医療の面でもいかに後進国化が進んできたか、である。

 

 著者は最後に、無駄な武器の大量購入をやめ、富裕層や大企業への優遇税制を抜本的に改めて、医療・介護・貧困・教育に手厚く投資し、充実した社会保障政策に転換すれば、国民が真の意味で健康になって生きる活力が生まれ、税収も増えるだろうし、医療費を減らすことにもつながるだろう、と訴えている。まっとうな意見である。
 (角川新書、223ページ、定価840円+税

 

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