ノンフィクションライターである著者が、九州一の歓楽街、博多の中洲のすぐそばにある夜間保育園を2年間にわたって取材し、夜働く親たちと保育園の深い関わりや、その親や子どもたちを支える国の仕組みがいかに脆弱なままであるかについてまとめた。
現在、認可夜間保育園は全国に81カ所、定員の合計は3385人。基本保育時間は午前11時から午後10時までの11時間だが、実質的に24時間保育が可能だ。博多の夜間保育園・どろんこ保育園の場合、午前2時まで預けることが可能なので、中洲のホステスや割烹料理屋の店主、医療・介護で働く母親、なかには新聞社勤務の女性が、幼い子どもを夜遅くまで預けて働くことに悩みながら、毎日子どもを連れて来る。シングルマザーやシングルファーザーが多く、フィリピン、台湾、モンゴル人の親もいる。
夜間保育園といっても、子どもたちは夜登園するわけではない。24時間の生活のリズムを大切にするため、遅くとも午前中に登園させる方針だ。保育園のうちに朝きちんと起きて、昼間体を動かして活動するリズムを整えておかないと、小学校に上がったとき大変だからだ。だがそのためには、夜働く母親の努力が必要になる。
本書にはどろんこ保育園と親たちの悲喜こもごものエピソードが綴られている。たとえば4歳の息子を1人で育てる真弓さん。幼い頃に両親が離婚し、小学校低学年から母親と新聞配達をして家計を支えた。21歳で年下の男性と結婚し、2人の子どもを産むが、離婚し、子どもを置いて家を出た。次に知り合った男性と再婚し、唐揚げ屋の開店資金を貯めていたところ、男性が現場作業の事故で働けなくなり、暴力を振るうようになって離婚した。息子を抱えて漂流するようにしてどろんこ保育園にたどり着き、緊急扱いで入園が認められた。
それでも初めの数カ月はろくに登園せず、担任の保育士とのやりとりもけんか腰。だが保育士たちが、彼女の頑張りを心から応援するなかで、次第に心を開くようになり、今では「子どもが小学校に上がる前に」とホステスの仕事を卒業し、保険会社で働いている。「この子が卒園するときには私にも卒園証書をくれるって、先生たちがいうんですよ」と嬉しそうに語る。夜間保育園を通じて親も保育士も成長し、内側から人生を立て直す力が湧いて来る様子が伝わってくる。
しかし、今、保育士を配置する義務のないベビー・ホテルに3万人の幼児が預けられているという。夜間保育園が圧倒的に不足しているからだ。夜間保育に対する国の補助が少なすぎて、負担の大きい勤務体系にもかかわらず賃金が低いために、保育士の確保が困難なためだ。そのなかで本来等しく保育を受けるべき幼児たちが放置されている。
どろんこ保育園の経営者は、学生時代保育士をしていた今の妻が夜間に子どもを預かってくれと頼まれ、その手伝いをしたことがきっかけで、そのまま中洲のホステスの子どもたちを預かる夜間保育園を始めたのだという。妻は60歳を区切りにこの保育園をやめ、子どもを育てられない親の子どもを里子として預かるファミリーホームという事業を始めた。自分の子どもが児童養護施設にとり上げられたことを嘆きながら死んでいったユキさんのことが忘れられず、そうした親たちの防波堤になろうとして。今、児童養護施設や乳児院などで暮らす子どもが全国で4万6000人いる。
以上の事実は、今の社会で働く者の労働環境がいかに劣悪か、そして国としての子育て支援がいかに貧困かをあらわしている。この本に出てくるような人人の善意の奉仕に依存するばかりで、国としての役割を果たしていないのである。
最近、親による幼児の虐待報道が絶えない。メディアは「親の無責任や非情」「周囲の無関心」を責めたてる。だが、夜間保育園に関わってきた専門家は本書のなかで「若年出産だから、経済的に不安定だから、虐待するのではない。その人が両親や友人、保育士など、逆境のなかで生きていくうえでどれだけ自分を支えるものを持っているか、また社会がそれを準備できているかどうかが問題だ」とのべている。
本書でとりあげられている夜間保育園だけでなく、日本の保育士の地位そのものが低い。保育士の正社員の年収は全産業の正社員の年収より3割も低く、東京では保育士が集団で辞める事例が後を絶たない。子どもが自由に産め、子どもたちを豊かに育てることができるように保育制度を充実させることを、すべての親が切実に求めている。
(文藝春秋発行、B6判・231ページ、定価1500円+税)