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『「反緊縮」宣言』 松尾匡・編

 新自由主義・グローバリズムのもとで貧富の格差が著しく拡大し、1%の超富裕層のための政治から99%の働く者の生活の繁栄をめざす政治への転換を求める運動が、国際的潮流となって発展している。スペインのポデモス、イタリアの五つ星、フランスの黄色いベスト運動、アメリカのサンダース現象、イギリスの労働党におけるコービンの躍進などがそうだが、それらの運動の中心的なスローガンが「反緊縮!」である。

 

 80年代以降、新自由主義的改革を推進する各国政府は、「財政難であり財政健全化のためには緊縮政策が必要だ」として、財政面から社会保障、医療・教育・福祉を切り捨ててきた。それは大企業には法人税を大幅に削減する一方で、大衆には消費税などの増税を強いるものであった。

 

 こうした「財政赤字」を理由にした緊縮政策に反対し、「金持ちのためではなく、失業や低賃金に苦しむ働く人人のためにもっとお金を使え」という「反緊縮運動」の主張は、大衆的な支持基盤を拡大し勢い良く発展している。だがこの潮流は、日本では欧米のような幅広い支持を得た運動として表面化してはいない。

 

 本書はそうしたなかで、国際的な「反緊縮運動」がとなえる経済政策について紹介したものである。日本において「反緊縮」を訴える経済学者や、それに共鳴する文化人、市民運動家らの寄稿文で構成している。

 

 編者の松尾匡・立命館大学経済学部教授(理論経済学)は、「反緊縮運動」が掲げる政策を特徴づけるものとして、①社会保障や教育など民衆のための支出を増やす、②景気を拡大して雇用を増やす、③金融緩和(中央銀行がお金をたくさん出すこと)を利用する、④金持ちへの課税の強化を主張し大衆増税に反対する--の4点をあげている。そこでは、「財政危機」を誇張する論は「緊縮派のプロパガンダ」と見なされているという。

 

 昨年、アメリカの中間選挙で、「民主社会主義」を掲げるオカシオ・コルテスがこのような政策を掲げて史上最年少で議員になったことで話題を呼んだ。彼女は「財政の収入と支出を合わせる必要はない」というMMT理論(現代貨幣論)を提唱する経済学を理論的な裏付けにしていると公言している。

 

 本書では、こうした「反緊縮」を支える経済理論が「景気拡大のための財政出動」をとなえたケインズ経済学の現代的な潮流であるとして、経済学者が独自に解説する小論もいくつか収めている。各論者は、深刻なデフレ不況下での財政赤字の削減が不況をより長引かせ、むしろ事態を悪化させることを強調している。消費増税についても同様で、「社会保障のために」というがその実、法人税率引き下げの財源確保のためであり、大衆消費購買力をさらに低下させるだけである。

 

アベノミクスの人為的失策 社会保障切り捨て

 

 アベノミクスについても、「機動的な財政出動」をとなえて大衆をまどわしたが、初動の財政支出は箱モノなどに使われ庶民の生活には回らなかったばかりか、社会保障などへの支出は容赦なく切り捨ててきたことを明確にしている。初年度に消費増税した後は財政規模を抑制し続け、公共事業への支出を社会保障の削減によって帳尻合わせするだけであった。

 

 「異次元の金融緩和」の効果もドルの基軸通貨体制のもとで円安を通じて外需に回され内需につながらない。大量の余剰資金が日銀の当座預金や大企業の内部留保にとどまり、大衆消費にまで回らない。本書は長期のデフレ不況から脱却できず、国民を苦しめているのは、そうしたアベノミクスによる人為的な失策にあったことを浮かび上がらせている。

 

 本書が着目するもう一つの点は、「反緊縮」を掲げた運動が旧来の「右派か左派か」といった枠組みでは対応できないことである。サッチャー、レーガンから始まった新自由主義はその後、欧米日の労働党や民主党など社会民主主義、中道左派、リベラル派を巻き込んでいった。そのもとで、新自由主義が政治的に「自由、民主、人権」を主張して市場の自由化を促進する立場に立つ一方で、これに対抗する勢力は欺瞞的な「自由と民主主義」への不信を強め、経済的平等を叫び直接的な民主主義で国家に富の配分を求めるという対立となってきたからだ。

 

 日本でも民主党を含めて野党の大部分が緊縮政策に陥ったことで、「反緊縮」を装ったアベノミクスの補完的役割を果たしてきた。本書では、そうした条件下で「反緊縮」を掲げた潮流が欧米のように大衆的支持を得て躍進する局面が見られないのは、日本やアジアに共通した現象であることを明らかにしている。

 

 この点についてはとくに、中国(香港も含めて)では「民主派」「リベラル派」が政治制度の改革を求めて新自由主義を推進する側に立ち、経済的な平等を求める広範な大衆の支持を得られないことに端的に示されているという。

 

緊縮策続けた左派への怒り 「右傾化」の背景

 

 松尾教授は世界的に見て右翼潮流が「反緊縮」や「ポピュリズム」を旗印にする側面もあり、アメリカの労働者のなかにトランプ支持、フランスの黄色いベスト運動にもルペン支持者が多いことにふれている。そしてこれを単なる「右傾化」ととらえるのではなく、その背後にはアメリカの民主党やフランスのマクロン(中道派)が続けてきた「緊縮政策への深い失望と反発」があることを見る必要があると指摘している。

 

 民主主義とは、「エリートが密室で作った政策より、生活に基づいた民衆の素朴な要求の方が尊重される」ことだという潮流が台頭しているのである。そこから、左派と見なされている野党の間で、「極右とは手が組めないが中道右派ぐらいまでは手が組める」とか、「世論が保守化しているから、中道リベラルあたりの勝てる候補で一本化を」などと考え野合するのは、「エリートが密室でつくってきた政治の典型」であり自殺行為であるとして、次のように警告している。

 

 「緊縮と長期不況の犠牲となった、あるいはその犠牲となるのではと不安に感じている若者たちの、もっとも嫌うものだ。……左派がそんなものと組んだら新自由主義に対する怒りをもろともにぶつけられる」と。

 (亜紀書房発行、B6判・174ページ、1700円+税

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