いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『天井のない監獄 ガザの声を聴け!』 著・清田明宏

 著者は日本人の医師であり、2010年からは国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の保健局長として、ガザ地区やヨルダン川西岸地区、および周辺国に離散している約550万人のパレスチナ難民の治療に携わってきた。医師として毎日、患者一人一人の肌の温もりや心臓の鼓動を感じつつ、日本ではほとんど知ることができない彼らの生の声を伝えようと本書を著した。

 

 UNRWAは1948年のイスラエル建国と第一次中東戦争のさい、戦火を逃れるためにパレスチナ人が難民となったナクバ(大災厄)の翌年、国連総会で創設が決まった。パレスチナ難民を医療・教育・社会福祉の各面で支援するのが目的で、711ある学校は日本の義務教育にあたる期間、無償で子どもたちの教育に携わっているし、著者が管轄する144の診療所では500人の医師と1000人の看護師が無償で患者の治療にあたっている。そして、当初3年間と想定されていたUNRWAの活動が70年たった今も継続していること自体、難民問題がいまだ未解決であることを示している。

 

 今、ガザはどうなっているか? 約194万人が暮らし、そのうち144万人が難民であるガザ地区は、イスラエル政府の厳格な経済封鎖下にある。ガザはかつて世界有数のイチゴの産地で、外貨獲得の貴重な手段だったが、空港は破壊され、港湾からの輸出も禁止され、エジプトに通じる陸路も検問所が閉鎖となって「陸の孤島」と化している。パレスチナ人はガザを出るときにはイスラエル政府が発行する移動許可証が必要だが、許可を下ろさないこともままあるという。

 

 経済封鎖の影響で、ガザでは電気が1日2~3時間しか使えず、上下水道の設備も多くが破壊されている。イスラエルがしかけた2014年の戦争からの復旧には、家の再建にコンクリートが必要だが、これも地下トンネルの建設に流用するかもしれないといってイスラエルが搬入を規制している。ガザ全体の失業率は44%、若者に限れば60%をこえ、世界最悪だ。UNRWAが200人の新規教員を募集したら、何と2万7000人が応募につめかけた。

 

「人間の尊厳がほしい」 毎週金曜日に帰還大行進

 

 こうして70年間積もり積もったパレスチナ人の憤りは、米大統領トランプの「エルサレム首都宣言」と米大使館のエルサレム移転、そして最大の拠出国であった米国によるUNRWAへの支援の全面打ち切りを契機に爆発している。それがパレスチナ問題を「終わり」にしようとしているからだ。昨年3月以来、ガザでパレスチナ人たちは毎週金曜日に「自分たちが住んでいた土地に帰る」帰還権を示威する帰還大行進を始めた。

 

 この女性や家族連れも含んだ平和的なデモに対し、イスラエル軍が狙撃をくり返して大量の死傷者を出している。著者は「銃弾で撃ち貫かれた傷は、戦後の平和な日本ではまず見ることのない、すさまじい人体の損傷」だと書いているが、こうして治療を必要とする患者が桁違いに増えるなか、医薬品や医療機器の不足が慢性化した医療現場では、目の前で救えるはずの患者が次次亡くなるという歯ぎしりするような毎日となった。

 

 それでも、狙撃されるとわかっていて彼らは毎週のデモ行進をやめない。あるパレスチナ人の女性はその理由をこういった。「もちろん、銃で狙われることはわかっている。でも、私たちは難民キャンプで生まれ、育ち、ずっと難民として生きてきたの。だから、人間としての尊厳がほしい。人間として、世界中から認めてもらいたい。そのためには、自分たちの故郷に戻る権利をグレートマーチで示すしかない」

 

 10歳と8歳の2人の息子を持つ母親は、「日本の人たちに伝えてください」と前置きし、「私たちパレスチナ人は平和を愛する民族です。それを知ってください。殺戮はいりません。そして、子どもたちが平和な社会で安定した生活ができるように。それが私たちの願いです」とのメッセージを著者に託した。

 

 そのほか本書のなかでは、パレスチナ難民の医師や看護師たち(それはUNRWAのスタッフの99%を占める)が、イスラエルによる「50日間戦争」(2014年)の空爆の最中にも、1日も休まず診療所に通い続け、同胞の治療に献身する姿が描かれており、そこから自分たちのコミュニティで自分たちの仲間のために働く、高い誇りと決意が伝わってきて感動的だ。

 

 また、「戦争しか知らない子どもたち」、パレスチナ人の3人の中学生が釜石に招かれ、津波で肉親を失った話に涙する場面、3人がガザの50日戦争の体験を地元の高校生に話し始めると、教室が水を打ったように静かになる場面、そして別れ際に「私は今日、生まれてはじめて、何の恐怖もなく、自由に走り回りながら遊べました」と感想をのべる場面なども印象深い。

 

 本書は、ガザを70年にわたって監獄状態においているのはいったい誰かを改めて考えさせる。と同時に、患者を治療するだけでなく、みんなが健康に暮らせるためには平和な社会をつくらねばならないと奔走する、著者の医師としての使命感を感じることができる。なお、米国が拠出金を打ち切ったものの、世界各国から寄付があいつぎ、約600億円あった不足金が昨年末にはゼロになったという。
 (集英社新書、189ページ、定価780円+税

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