いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『黄色いベスト運動』 ele-king臨時増刊号

 昨年11月17日、フランス全国の2000箇所以上の交通要所で、自動車の運転手に携帯が義務化されている黄色いベストを着た人人が、燃料税に反対してピケを張る行動が始まった。以後この半年の間、週末にはパリ中心部や各地郊外のロータリーにつどい、さまざまな政治的要求もまじえて数万人規模のデモが続いている。この運動は政党や労働組合と一線を画し、知識人やマスメディアと距離を置き、代議制民主主義の欺まんを批判し直接的な民主主義を模索している。

 

 この大規模で力強い運動については当初、フランス国内ですら「想像もつかない運動」とみなされ、極右や極左との関係が取りざたされるなど、知識人の間でも評価が定まらないできた。日本では「暴動」「暴力」が強調されてきた。今年に入って、この運動がこれまで新自由主義下で支配層はもとより「左派」といわれる勢力から見向きもされずに来た下層の人人が、「エリート支配」に立ち向かう「新たなタイプの階級闘争」であるとの見方が飛びかうようになった。

 

 本書は、日本におけるフランス文学・思想の研究者、経済学者、ジャーナリストら十余人の専門家へのインタビューや論考による、最新の情報をもとにした黄色いベスト運動に対する評価・見解を集めたものである。

 

 フランス文学者の堀茂樹氏(慶應義塾大学教授)は、フランスでも想定外の黄色いベスト運動に驚きが走り、ジャーナリストや地理学者、人類学者までがくわしく調べるなかで、立ち上がっている人人が「声なき大衆」であり、「田舎の普通のさまざまな職業の中高年が立ち上がった穏健な運動」であることが明らかになったとして、次のようにのべている。

 

 フランスでの通説によればベスト運動の担い手は、社会階層的に見ると「中間層の下の方」で、「いつも月末を乗り切るのが大変で、クリスマスに孫のプレゼントを買えないのが悲しいと話す、そういう人びと」である。地理的にいえば、おもには大都市やその近郊でもない、「人口1万以下の地方都市やその周囲の田園都市--田舎と言っていい地域の住民」「自家用車がなければ仕事にも買い物にも行けず生活できない地域の人たち」である。産業空洞化で廃れた工業地帯のようなところで苦しんでいる「おじさん・おばさんたちによるエスタブリッシュメントへの反撃」だとみている。

 

 黄色いベスト運動では、地方の田舎町から中央につながる幹線道路にあるロータリー(「ロン・ポワン」)が、「公共空間としての広場」の役割を果たしている。この広場における交流で、お互いにバラバラにされ境遇が似た人人が、親密になり仲間を見つけることができた。論議を通して社会性、政治性を高めあっている。

 

 堀氏は、黄色いベスト運動におけるそうした社会的な絆を形成する側面に着目している。歴史的にフランスの庶民をつないでいた社会のネットワークはカトリック教会と共産党だった。この二つが80年代を通じて衰弱してしまった。戦後フランスでは共産党は比率でいえば第一党になるほど強かった。対独レジスタンスでいちばんたくさん死者を出したこともあり、社会的行事も大大的で、それが庶民のネットワークになっていた。しかし新自由主義のもと、こうした庶民層の「誇りの源泉」としてのネットワークが失われてきた。

 

 堀氏はさらに、黄色いベストに対してルペン、メランションなどの政党が支持を表明しているが、「特定の政党とくっつくようなことになっていない」「右翼左翼はあまり関係ない」ことを強調している。そこでは、従来強かったはずの社会党系がほとんどマクロンに飲み込まれ、一種の「文化左翼」になってしまい、かつての「階級的な、下層の味方」だという側面をなくしていることがある。「高学歴の文化左翼が同性愛問題だとか女性差別のようなアイデンティティ問題に流れてしまった」からだという。

 

 またこのような運動に対して、マクロン政府による弾圧が尋常ではなく、フランスの歴史上でもまれなことを強調している。すでに2000人以上が逮捕され、ゴム弾で撃たれて失明した人が20人近く出ている(執筆当時)。さらに、フランスの主要マスコミは『ル・モンド』や『リベラシオン』のようなものを含めて全部大企業に握られており、真実を伝えていないことに注意を喚起している。

 

 「選挙のときだけいい顔されて、あとで裏切られる。もううんざりだ、という思いが中下層の民衆には強い」「なぜエリートが言っていることだけがいつも正しいといえるのか」「自分たちの主権を返せと怒る人が増えてきている」

 

エリート化した左翼乗越え 主権取戻す闘い

 

 そこから、黄色いベストは究極の要求として、「市民発議の国民投票制度」(「RIC」)をあげている。イギリスの国民投票は諮問型で議会か国民投票で決めることになっているが、現在は五〇万筆、百万筆の署名を集めても市民だけの要求では国民投票はできない。RICができれば、フランスではいろんなことを主権者である国民自身がコントロールできるという考えからである。

 

 堀氏は、世界で十指に入るほどの金持ちが「階級闘争は現実だ。そして君たちは負けたのだ。私たち富裕層が勝ったのだ」という意味のことをいったことをあげ、次のようにのべている。

 

 「新自由主義経済は富裕層による階級闘争で、彼等はずっと勝利してきた。黄色いベスト運動はそれに対してやっと出てきた反発でしょう。これはマイノリティの運動とかアイデンティティの政治というものとは違うタイプの、社会経済的な階級闘争なのではないでしょうか。だから既成の左翼、労働組合が以外に冷たい。エリートになってしまった左翼は、素朴な庶民の気持ちと一体化できないのでしょう」

 

 そして最後に、「18世紀のフランス革命はブルジョワジーを押し上げた革命」であったが、黄色いベストは「個人主義一辺倒の新自由主義」によって社会を奪われた声なき大衆が「自己決定権を求め、主権者としての誇りを取り戻そうとしている闘いだ」と結んでいる。

 

 本書には、フランスの国際評論紙『ル・モンド・ディプロマティーク』紙からの翻訳記事や、フランスの推理小説作家・批評家であるセルジュ・カドリュッパニとフランス文学者・鵜飼哲(一橋大学言語社会研究科特任教授)の「緊急対論」も収めている。

 (株式会社Pヴァイン発行、A5判・160ページ、1660円+税

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