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『アナログの逆襲』 著・デイビッド・サックス

 周囲を見渡せば、年寄りも若者もみな自分のスマホに夢中…という光景によく出くわす。新聞や雑誌という紙媒体の読者が減ってオンライン化が進んだり、買い物はネット通販が広がったりと、あらゆるものがデジタル・テクノロジーにとってかわられ、アナログは効率の悪い無用の長物のようにいわれたりもする。だが、カナダ・トロント在住のジャーナリストである著者は、もう一つの世界的に顕著な新しい動きに目を向けている。レコードや紙、フィルム、ボードゲームや印刷、リアル店舗、熟練工の仕事やデジタル先端企業など各業界の取材を通じて、それを明らかにしている。

 

 その中の一つ、「紙の逆襲」の章を見てみると、デジタルの脅威にさらされた最初のアナログ技術が紙だった。この40年で、紙に書かれた膨大な情報があらゆるオフィスから駆逐され、パソコンのデータやEメールやPDFファイルにとってかわった。ところが今、世界的に紙のノートが売れているという。

 

 デザイナーとして出版業界で働き、ミラノにスタジオを立ち上げてデザインや社会学を教えていたイタリアの女性経営者は、「創造的思考を生み出すために、私たち人間は、視覚、嗅覚、味覚、触覚、聴覚という五感によって肉体的な刺激を受ける必要がある」とのべている。ところが1980年代にデザイン界にコンピューターが導入されると、デザイナーは手を使わない視覚だけの経験にのめり込み、そして創造性が枯渇する限界を感じるようになったという。

 

 著者は、ある神経科学者の次の意見も紹介している。デジタル機器による情報過多は、極度の疲労を引き起こし、「栄養素がないカロリーだけの脳のキャンディ」を与えたように脳に悪い。それに対してメモを手書きするという作業は、デジタル機器で作業するよりも集中力を高め、その内容をよく記憶しているし、精神衛生によいことがわかっている。

 

 最近のノート製造会社の乱立という社会現象は、手書きの時代へのノスタルジー(懐古趣味)ではなく、紙を重んじる市場が存在するからだと著者は指摘する。日日の仕事や生活のなかでメモをとるという作業が、デジタル時代において、画一性に陥らず、創造性を生み出す重要な行為になっているようだ。

 

アメリカで増える個人書店

 

 また、「リアル店舗の逆襲」では、アメリカで地域の小規模な個人書店が増えていることに触れている。

 

 これまでアメリカでは、大型チェーン店が価格の安さと品揃えで全米の本屋を駆逐し、オンライン書店アマゾンがそれにとどめを刺した。アマゾンはどんなものでも実店舗より安く、早く、送料無料で顧客の玄関に届けることができるということを売りに、まず本を、次には他の商品を次次と呑み込んで、インターネット最大の小売店になった。「もうすぐ実店舗は消滅し、買い物はすべて電子商取引でおこなわれる時代がくる」と予測する起業家すらあらわれた。

 

 全米の書店は、2000年に1万店あったものが、リーマンショックまでに数千店が廃業した。しかし、その後は徐徐に出店を増やし、現在1万3000店あるという。とくに増えているのが街の本屋だ。

 

 街の本屋が得意とするのは経験の提供である。そこにはフレンドリーで知識豊富な書店員がいて、洗練された本が並び、その店らしさを感じさせている。そこは顧客が自分の目で本を見て回り、手にとって開いてみる場所であり、偶然の出会いがあり、思わぬ方面へ好奇心の幅が広がったりする。

 

 顧客との交流のなかで2冊目の推薦本を見つけたときのあるベテラン書店員の言葉、「誰かが書いた言葉を読んでその人がどう感じたか、それを探り当てることで人とかかわるのよ! コンピューターのアルゴリズムじゃそんなことは絶対にできない」、は印象的だ。

 

 幾人もの書店員へのインタビューが掲載されているが、「買い物という行為は、消費の欲求だけではなく、社会とかかわるための口実が秘められている」「本屋や小売店が集まって街ができ、それらの店が税金を払い、市民が集う場所を提供し、その街の文化と環境をつくりあげるのであって、それがなくなれば街がなくなる」という意見など、まるで日本の商店街で聞く話に思える。

 

 一方、アマゾンは、商品を安く販売したり無料で配達するなど、競合他社を全滅させ市場を占有しようとするあまりコストがかかりすぎ、利益率は高くない。専門家は、米国内の電子商取引は小売全体の10%未満に落ち着くと予想している。

 

 IT革命は、科学技術そのものをおおいに進歩させ、新たな広大な市場を創出した。しかしそれが持つ便利さは、今の社会のもとでは、労働者の人員削減の手段、過酷な長時間労働のテコとなり、大量の失業者や過労死、精神疾患を生んできたのも事実である。そしてこの時代のイデオロギーが「今だけ金だけ自分だけ」という、目先の短期的利益の最大化を望む新自由主義、金融資本の論理だった。それが今では破綻している。

 

 本書のなかでは、シリコンバレーのIT企業が、社員を集め一切のデジタル機器を遮断して瞑想の時間をもうけたり、テレビ電話やネットでのやりとりを禁止して、エンジニアと営業マンがサシでディスカッションするなかで、はじめて斬新なアイディアややる気が出る、という場面が出てくる。現状がいかに息苦しいかということの裏返しでもあるだろう。

 

 アナログかそれともデジタルか、という問題ではない。働く者が協働して生き生きと働き、地域社会のなかで安心して暮らせる社会が切望されており、そのために斬新な科学技術が応用できる社会をどうつくるかということではないか。
 ((株)インターシフト発行、B6判・393ページ、定価2100円+税

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