共同労働が教えたこと
山口県や北九州市の小学校教師、PTA関係者が参加した教師交流会が1月29日に下関市で開かれた。20代の若手教師を中心にして約20人が参加した。昨年、以東底引き網漁業の同行取材をまとめた本紙のルポ『福寿丸に乗って』が広く反響を呼び、学校現場でも漁業の実態をありのままに伝える教材として歓迎された。交流会では、以東底引き漁船に乗った記者が写真や映像で労働の現場を伝えた。それを通して教師自身が労働の実際を学び、どんな教育をしていくのか、どんな子どもを育てていくのか活発な論議を交わした。
以東底引き漁船の乗船取材聞く 教育に不可欠な働く親との連携
はじめに本紙記者が、プロジェクターを使って船上で撮影した操業の様子や漁師の写真、動画を映し出した。映像は福寿丸に乗船する漁師たちが息を合わせて網を引き揚げ、大量の魚を手作業で選別し船底にある冷蔵庫に入れていく様子、鮮度を保つために水揚げしてから冷蔵庫に入れるまでは約2時間で作業を終える様子、漁を終えて下関に戻るとすぐにベルトコンベアーで鮮魚を市場に卸し、またすぐに出航する様子を映し出した。また船上で網を修繕する漁師たちの姿、合わせて長さ1・6㌔㍍もあるロープと網を引き揚げるときには、次に網を海に入れやすいように考え整理して置かれていることも記者が解説した。記者は「まとまった睡眠がとれるのは漁場に着くまでの10時間と帰りの時間だけで、あとは昼夜を問わず2時間おきに起きて網を揚げて選別する作業のくり返しだ。網を引くときも選別するときも、それぞれ役割があり、自分の作業が終わり手があいた人はサッと次の作業にうつり、作業が滞らないように黙黙と動いていく。漁師同士のコンビネーションがあった」と語った。1艘に10人乗員しており、インドネシア人研修生の10代、20代の2人の若者以外は、50代、60代が主で、45年間も船に乗っている人もいたと語った。
「取材のきっかけとなったのは会社でのどぐろを食べる機会があり、この魚が実は下関で多く水揚げされており、さらに全国一位の水揚げを誇っていることがわかったことだ。ではこの魚を誰がどうやって獲っているのかを取材し、みんなに新聞で伝えたいと思った。このような苛酷な作業と連携があって魚が獲られていることを知ってほしいし、関心を持っていただきたいと思う」と語った。また今回のルポが下関市内の教師たちから歓迎され「地元の水産業を教えたいが、参考にできるものがなかったので、教材に使いたい」という声もあることを紹介した。
技術や知恵に尊敬の念 無言のチームワーク
写真や映像を使った報告を聞いて、教師たちは一様に「初めて知った」という感想を出し、学校で教える「漁業」の学習が、実際の漁業の現場といかにかけ離れているかを痛感していた。そしてこのような漁師たちの厳しい労働によって人人の食卓に魚が並んでいるということを、子どもにどう伝え、教育に生かしていくかという問題意識を次次と出した。
祖父が漁師だったという20代の教師は、「(映像や報告を聞いて)大変だなと思うと同時に、かっこいいなと思った。子どもたちにどういう指導をするか考えながら映像を見た。子どもたちは動画を見ると大変だなと感じるだろうが、その思いを食育や地域愛につなげたい。子どもたちが漁業という仕事をかっこいい、すごいと思える指導をしていきたい。実際に現場の漁師の仕事への思いや誇りを聞いてみたい」と語り、自分の母親は祖父に誇りを持っていたと語った。
別の20代の教師は、「農業も漁業も第一次産業で日本の基礎をなすものだが、3K(危険、きつい、きたない)という物差しで見がちだ。テレビなどの影響もあるが、子どもたちにはそういう目で仕事を見てほしくない。僕は映像を見てきついという印象を持ったが、それ以上に漁師の仕事がかっこよく見えた。職業を見るときに、きつい、汚いという目線ではなく、そこに培われた長年の技術や経験、知恵に対して尊敬の念で子どもたちに見てほしいと思う。そのために教師として何をどのように伝えるべきかを考えていきたい」と語った。
別の20代の教師も「一言でいうと苛酷だと思った。睡眠時間も2時間ずつしかとれないなかで表に見えない漁業の仕事について子どもたちに教えたい。僕は漁業というのは力仕事だと思っていた。魚も工場で仕分けていると思っていたが、魚を選別したり網の修理までやっていた。網がからまないように考えながらの作業があるなど、漁師同士の連携と頭を使う仕事だという奥深さを知り、尊敬した」と語った。
低学年を担任している40代の教師は、「威勢のいい言葉やかけ声が飛び交っている現場を想像していたがまったく違った。黙黙と一人一人が役目をもって働いており、呼吸を合わせて一人も気を抜くことができない。そこに無言のコニュニケーションがある。映像から働くことの大切さやチームワークの大切さが伝わってきた。漁業については高学年で勉強するが、低学年でも映像を見て感じることがあると思う。ちょうど学校では給食週間があり、調理員さんに感謝しようという勉強をしたが、今日の学習を通して野菜や米をつくる人、魚を獲る人など、もっと広く働く人に学ぶきっかけになると感じた」とのべた。
50代の教師は「食べることは生きることなのに、水産業、農業に無知だった。これまでいかに薄っぺらい授業をしてきたかを痛感した。水産業の誇りや生きざまを命をいただくという視点から見ると、現場の実際を教育現場でもっと学ぶ必要があると思った」と語った。
その他にも「何よりも驚いたのは荷をおろしたらすぐ漁に出るということに驚いた。船上で自分の役割が終わったら、まわりを見て作業が滞らないように動くという漁師の連携は、明日から学級のなかで生かしたい。子どもたちに漁業の映像を見せたい。そして集団のなかでの自分の役割ということについて考えさせたい」「今日、漁業の現場を映像で見て話を聞いて、これまでと違った思いで子どもに語りかけられる。今ごろは子どものなかにも“楽をしたい”という風潮もあるが、動画を見ると人と協力できないと働けないし世の中ではやっていけないことを感じた。このなかに、世の中を生きていくうえで大事なことが多くあり貴重な機会をいただいた」などの意見が出た。教師たちは、明日から学校で生かしていきたいという意見を共通して出していた。
意欲高める20代教師ら 明日からの糧に
後半の論議のなかでは、20代の教師が「漁師だった祖父はほとんど家にいなかった。漁師の方は自分の家族にも会えないなかで、なぜこの職業についているのか、その思いや誇りにふれられるようになれば、子どもたちにも漁師の仕事をかっこいいと思えるのではないか」と問題意識を語った。それに対して記者が、取材の過程で中学生と小学4年生の子どもがいる乗組員から、「撮影した写真がほしい」と依頼されたことを語った。「その乗組員は“家族と過ごす時間があまりないのでこの機会に自分がどんな仕事をしているのか写真を見せたい”という。海の上の仕事で父親の仕事を見る機会も話す機会も少ないなかで、子どもたちに仕事を見せたいという気持ちが伝わってきた。その後写真を届けるととても喜ばれた」と報告した。
親が水産業に携わっていたという教師は、幼いころに父親と市場に行ったり船に乗ったりした経験があると語った。その話のなかで、以東底引きで出漁中に身内に不幸事が起こったりしたときなどは、漁場近くの漁船に無線で連絡をとり、船員が乗せてもらって帰っていたことを父親の話として語った。「それぞれ商売敵ではあるが連携もしている。父親の職業について幼いころから複雑な思いを抱いていたが、今日の動画や話を聞いて父親の職業に対する見方が変わった」と語った。
交流会では子どもや親との関わり方や悩みについても話が及んだ。
20代の女性教師は、漁業の現場で協力しながら働く姿を通して、自分自身の知識不足を痛感したと語り、もっといろんなことを学びたいとのべた。そして「子どもを見ると、気にくわなければすぐに暴力をふるう子もいる。今後、漁師さんたちのように子どもたちに協力する力をつけさせたい」と語った。
若い教師が「家庭との連携を大事にしないと成り立たない。何かあれば家庭訪問をしている。だが親が無関心で家庭訪問に行っても出てこない」という悩みを出したのに対して、PTA関係者は、多くの若い教師が同様の悩みを抱え、その相談に乗りながら父母と教師が連携して解決してきた経験を語った。そして「一人で抱えこまず、オープンにしてみんなで解決していくことだ。親の問題も教師対親ではなく、親同士の連携を強めて解決できるようにすることも大切だ」とアドバイスした。
最後の感想では、「教師という仕事に誇りを持ってやっているが、忙しいなかでその意味を見失うことがある。いろんな先輩の先生方の話を聞くことができてよかった」(20代・男性教師)、「授業といえば、ノートと教科書を開くと考えがちだが、今日のように記者さんが命懸けで撮ってこられた映像を子どもたちに見せたいと思う。子どもの反応が楽しみだ。教師がもっと勉強して子どもたちがワクワクする授業をしたい」(20代・男性教師)、「漁師と教師では仕事内容は違うが、船の上で漁師さんたちが協力したチームワークで仕事をしていたように、教師も一丸となっていけばもっとよくできると思う。頑張りたい」(20代・女性教師)という意見が出た。
今後もこのような交流会を継続していくことを確認して閉会した。