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全国一斉休校で学校は大混乱 科学的根拠なき思いつきでパニックに拍車

 「3月2日から春休みに入るまで、全国すべての小・中学校、高校、特別支援学校に臨時休校を要請する」という安倍首相の発言がニュースで報道され、全国の教育委員会、学校現場は騒然となった。この唐突な発表は2月27日(木)の夕方だ。首相の言葉通り休校するなら、発表の翌28日が最後の登校日となり、そのまま春休みに突入する。対応する時間はあまりにも少ない。学年末の通常でも多忙なこの時期、前代未聞の号令が下関市の学校現場でも大混乱を巻き起こしている。科学的根拠もないまま、周囲の反対も押し切って「リーダーシップを発揮したい!」と安倍首相が張り切ったおかげで社会的なパニックが拡大しており、新型コロナウイルスの脅威を増幅させている。

 

 全国一斉休校というニュースが報じられたその晩、学校現場は夜遅くまで対応に追われた。翌朝、市教委から連絡が入り次第、親たちに休業の詳細を知らせなければならない。今学期の授業も終わっておらず、通知表をどうするのか、卒業式をどうするのか、給食費の清算をどうするのか、休業期間中の過ごし方の指導をどうするのかなど、検討すべきことは無限にある。「なぜ最終日前日の夕方なのか」「全国一斉休校など聞いたことがない」「思いつきの指示にしか聞こえない」と憤りの声があふれた。深夜12時まで職員室に残っていた教師たちもいたようだ。

 

 下関市は安倍首相の要請を受けて28日早朝、小・中学校は3月2日(月)は登校し、午前11時に下校(給食なし)、3月3日(火)から26日(木)まで臨時休業とする方針を決めた。前田晋太郎市長は直後の市議会3月定例会の施政方針演説のなかで、この方針を説明し、「執行部と議員が一致団結して、市民のみなさまを守っていくという強い信念をもってこの議会に臨みたい」などとのべた。

 

 だが、共働きの家庭やひとり親家庭の親たちは急に仕事を休むことができない。安倍首相は「児童クラブは開設する」と簡単に発表したが、学童保育を開設するにも支援員の確保が必要だ。学童保育を担当する子ども家庭支援課も調整に追われた。現在、放課後の学童保育は市内38カ所(校)・54教室で開設しており、支援員124人と補助員で運営している。かりに朝から保育をするとなれば、少なくともあと倍の人数、100人程度の支援員を確保しなければならない。ただでさえ学童保育の支援員は不足がちで、2、3日で100人を確保することは不可能だ。

 

 検討した結果、下関市は3月2日(月)は下校後の午前11時から学童保育を開設、3月3日(火)以降は午後1時~午後6時30分の時間帯で学童保育を開設することになった(土曜日は通常通り午前8時~午後6時)。同課は「とりあえず、現状の支援員数で対応可能な午後1時の開設でスタートする。増員の募集をしており、今後状況が変わってくれば随時、開設時間を変更したいが、一校だけ延長するわけにもいかないので、状況を見ながら対応したい」としている。

 

 親たちのあいだでは「児童クラブが午後からなら、午前中は一人で留守番させるしかないのか」「午前中はどうしようか」と連絡が飛びかい、不安の声も広がっている。

 

 孫が小学校3年生で娘夫婦は共働きだというパートの女性は、「娘夫婦が休み期間中どうするかを必死で話しあっている。児童クラブを利用しているが、午後からだ。娘が午前中に休ませてもらえるよう、全員のシフトを調整しようということになったようだが、もともと人手不足の介護職。1カ月は大変だ。私も1日くらいなら仕事を休もうと考えている」と話した。

 

 姉の小学校1年生になる子を放課後預かっていたという自営業の女性は、「ちょうど姉が育休中なので、うちは自宅で面倒を見ることができる。もし育休中でなければ、午前中はうちの店で宿題をして昼ご飯を食べ、お迎えを待つことになったと思う。働く親は家でずっと見ることはできない」と話した。小・中学校や高校を休校にする一方、保育園や児童クラブは受け入れるなど、「ウイルスを封じ込める」というわりには不徹底な方針に、「パフォーマンスをしただけではないか」という声も上がっている。

 

一日二万食の給食も…

 

 市教委学校保健給食課は給食のキャンセル対応に追われた。市内の学校給食は教職員分も含めて1日およそ2万食だ。牛乳やパンなど共同で発注している食材もあれば、共同調理場が直接発注する食材、学校給食協会を通じて発注している食材、学校独自に発注している食材など、発注経路もさまざまなため、関係する機関に連絡をとり、何とか28日中にキャンセル対応を終えることができたという。学校が独自メニューのために発注していた分など、キャンセルできなかった食材については支払う方針だ。

 

 山口県立学校のなかには、キャンセルできない食材をまずは学校で買いとったうえで職員が買いとるようにした学校もあるという。

 

 1日約2万食もの学校給食がキャンセルになったことから、食材納入業者にも影響が広がっている。3月の給食は25日までの16日分の予定だったので、単純計算で約32万食分だ。売上の約5割を学校給食が占める中小業者は、キャンセルの連絡を受けてパートなど非正規社員の出社を停止し、非正規社員たちは1カ月分の収入を失った。学校給食調理員も大半がパート職員であり、夏休みや春休みが入る時期は、ただでさえ収入が少ない。なかには子どもを持つ親もおり、急な収入減に生活を心配する声も広がっている。

 

 3月分の給食費は2月に集金済みのため、口座振替で保護者に返還することになった。各学校は28日に親の銀行口座を記載する用紙を子どもに配布し、2日の登校日までに口座を記載して学校に持ってくること、忘れた場合は3月末までに郵送か持参するかして、学校に届けるよう連絡したのだという。

 

 これら細々した対応も含めて基本的にすべてを28日中に終えなければならないため、「とにかく最低限の準備だけした」「学年末なのに授業が終わっていないことが一番心配だ。どうするかこれから考えようと思っている」などと語られていた。

 

 下関市教委は1週間前から、感染者が出た場合の対応方針について協議を進めており、27日夕方に方針を固めたところだったという。「市教委が各学校に対応策について連絡を入れようとしていたまさにその時、ニュースで安倍首相の方針が流れたそうだ」と、話題にされている。とにかく市として休校方針を決定したというのが現状だ。卒業式については、3月7日に予定する中学校の卒業式を来賓なしとする方針を決めたが、そのほかは状況に応じて、可能な限り最良の方向で卒業式をおこなえるよう対応を決める。成績評価や残った授業については今後方針を決定するとしている。

 

現場に丸投げの「要請」

 

 初めて国内で感染者が確認されたのは1月14日のことだ。その後、急速に感染が拡大したが、政府が一度でも全国一斉休校の可能性に触れたことはなかった。「想定される政府方針のなかに、可能性として全国一斉休校が盛り込まれていれば、各自治体も想定して動いていた。あまりにも唐突すぎて思いつきとしか思えない」「感染者が出た自治体が休校措置をとるのは仕方がないことだが、感染者が出ていない自治体は状況を見て判断するとか、1週間後に休校するなど、いくらでも方策はあるはずだ。全国一斉は非現実的だ」「学校現場の実情を知ろうともせずに、思いつきで政策を決定したらよけいに混乱する」。学校現場や関係者は抑えきれない憤りを語っている。学年末は子どもたちにとって、1年を締めくくる大事な時期なのに、授業を終えることもできないままだ。ある小学校では、1カ月間も子どもたちを放置するわけにはいかないと、2月29日、3月1日の土・日に教員が休みを返上して1カ月分の家庭学習用プリントを作成したという。

 

 こうして学校現場が必死になって基本的な対応を終えた28日の午後になって、安倍首相が「今回の要請は法的拘束力を有するものではない」「それぞれの地域や学校で柔軟に判断いただきたい」などといい、文科省が「休校しない判断も排除しない」というニュースが流れたため、関係者のあいだに「いい加減にしろ!」の声があふれた。

 

 山口県や下関市は首相の言葉通り休校を決定し、走り出してしまった。

 

 山口県は高校入試を予定通りおこなう方針を発表しており、中学3年生は休校期間中に入試を迎えることになる。通常、入試の2、3日前に受験票を配ったり、落ち着いて受験するよう指導しているため、どのように対応するか心配されているところだ。県立高校も高校入試の準備のほか、高校3年生は大学入試の二次試験真っただ中だ。期末試験期間中だった高校では、残る試験を中止し、「1、2学期の成績で見込み点を出すようにした」など、どこも騒乱状態であることが語られている。

 

 ある教師は「首相発言は事務方は誰も知らなかった。県教委も対応をとるのにその日は徹夜で準備したのではないか。萩生田は強制ではないといったが、お膝元の山口県がやらないわけにはいかない。冷静に考えてみれば、インフルエンザで毎年3000人以上が死んでいる。結局首相がオリンピックをやりたいがために、封じ込めに動いたとアピールしたいだけではないかと、現場はみんな思っている」と話した。

 

 学校関係者がもっとも心配するのは、共働きやひとり親家庭の子どもたちが長い休業期間中にどのように過ごすかだ。児童クラブが午後からなので、「それなら自宅で留守番させる」という家庭もあり、一人で留守番をする児童が相当数にのぼるとみられている。低学年の子どもたちに「外に出てはいけない」と指導したところで、1カ月間も家の中にじっとしているはずがない。下関市では給食に頼る子どもも多いことから、「給食がないことがもっとも心配される点だ」と語る関係者もいる。

 

 スポーツ少年団なども働く親たちの預け先になっていたが、現在のところ「休校なのに子どもを校庭に集めていいものだろうか」と、多くの団体が練習の中止を決めている。

 

 こうしたなか、休業期間中に学校を開放する自治体や休校を見送る自治体も出ている。

 

 奈良市や京都市、埼玉県、和歌山県などは臨時休校にするものの、共働きなどで自宅で面倒を見ることができない場合は学校で子どもを受け入れ、日中預かる方針を示した。京都市の場合は教員も教室を回り、学習指導をおこなうという。消毒の徹底や空き教室の利用などで感染防止対策をとったうえで子どもを受け入れる。千葉県市原市も学童保育を利用していなくても、家庭の状況に応じて学校で預かる方針だ。

 

 島根県は県立高校と総合支援学校について、2日以降も当面は通常通り授業をおこなうことを決定した。県内で感染者が発見されていないうえ、休校すると学習の遅れが出る点、家庭の負担が大きすぎる点を理由にあげている。県内で感染者が出たり、隣県で感染が拡大すれば、速やかに休校する。県下の市町村立小・中学校については各自治体の判断にゆだねたため、通常通り授業をおこなう市町村もある。

 

 金沢市も、共働き世帯や企業などへの影響が大きいとして、2日からの全面休校を見送る方針を示した。「生徒の感染が確認された中学校の休校は、社会的な責任の観点から説明できるが、今、すべての学校で休校を決断しても市長として責任ある説明ができない」とし、3日以降の対応については今後検討するとしている。

 

 また佐賀県や那覇市のように休校を13日まで、15日までなど、2週間程度に限定した自治体もある。山口県や下関市のように首相の言葉通り、春休みまで休校とした自治体はより混乱が顕著だ。

 

 2月29日、全国的な批判が高まるなかで安倍首相がようやく記者会見をおこなったが、唐突な「政治決断」への理解と協力を求めただけで、学校現場の混乱に謝罪することもなく、わずか35分間で終わった。働く親たちへの新たな助成金制度の具体的な仕組みもなく、予備費2700億円を使った緊急経済対策も「10日のうちにまとめる」という段階で、まだ具体策も決まっていない。そんな状態で「私が決断した以上、私の責任においてさまざまな課題に万全の対応をとる決意である」というものだから、教育現場からは「もう決断しないでくれ」という声が上がっている。

 

 

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