来年1月に実施される大学入学共通テストで、当初導入が予定された国語の記述式問題の対策本を、入学テストの国語問題を作成する大学教授らが民間の出版社から発行していたことが暴露され、教育界にさらに衝撃が走っている。国語の記述式問題の大学入学共通テスト導入は、英語の民間検定導入、数学の記述式問題と同様、国民的な批判の前に昨年末、見送られたばかりである。
問題の対策本は、『新時代の大学入試国語記述式問題への対応 10の問題例とその解説』(幸田国広編著、定価2200円)で、昨年8月、教育出版(東京)が発行したものである。教師や受験生を念頭に、問題例と解答、出題の意図などの解説、正答条件を掲載している。その執筆に、大学入試センターの「国語問題作成分科会」の分科会長(作問の統括責任者)と複数の委員が携わっていることが内部から指摘された。
大学入試の運営では公正さが厳格に求められるのは当然である。入試の作問担当者がだれであるかは極秘中の極秘とされている。そのような者が事前に出題例を示し、その解答を指南すること自体やってはならないことだ。まして、その立場を利用して対策本を市販で出版し、金銭的な報酬を得るなどの利益相反行為は犯罪に等しい。
この問題が発覚した当初、「執筆者は利益相反などの疑念を払拭するためにすでに辞任している」と報じられ、真相は藪の中とされた。ところが、萩生田文科相が18日の記者会見で、「複数の問題作成委員が辞任したが、国語の問題作成担当の分科会長は辞任をしていない」と言明し、分科会長が対策本の編著者である幸田国広・早稲田大学教授であることが公然の秘密となった。
大学入試センターは、「出版物の内容について国語の問題作成担当の分科会長に照会し、作成途中であった第1回大学入試共通テストの記述式問題の内容を類推できるような情報は記載されていないことを確認しており守秘義務違反は生じていない」と発表している。
しかし教育、受験関係者の間では、この対策本が来年の共通テストに大きな影響を与えるという懸念が高まっている。問題が発覚して以後、この対策本が全国で買い求められ、アマゾンでは新品で2200円のものが3倍の6490円に、中古品では7411円+257円(送料)にまで急騰していることも、そのことを示している。
大学入試センターは1月29日、「大学入学共通テスト問題作成方針」を発表した。記述式問題の導入を見送ったため一部に変更を加えたものだが、国語の問題作成方針では、「実用的な文章」を題材にとり入れることや、問題の作成にあたっては「異なる種類や分野の文章などを組み合わせた、複数の題材による問題を含めて検討する」と書いている。
高校教員からは「この点は記述式問題でも強調されてきたことだ。だが、具体的にどのような問題になるかは、既存の問題集ではつかめない。入試作問者が作成した例題集では、かなりの部分が“実用的な文章による問題”と“複数の題材による問題”の対策になっている。この例題集を使ったか使わないかで、公正さが欠けることは明らかだ」との声が上がっている。
さらに、このような問題作成方針は2022年度から施行される新学習指導要領の先取りといえるが、例題集の作成に携わった執筆者8人のうち5人が、新学習指導要領の解説書にも名を連ねていることも浮上している。一連のずさんな対応で現場を混乱させてきた大学入学共通テストの中止を求める大学教授からは、「新指導要領を作ったメンバーが、新しい入試である共通テストの作問もし、さらにその対策本も出すという3点セットになる」という批判も出ている。
また、「政府・文科省、財界の利権がらみの癒着で、共通テスト関係者の感覚が麻痺している」「利益相反行為を排除したら共通テストは運営できない状態になっていた」という指摘もある。昨年11月には共通テストの試行調査で、記述式問題の採点関連業務を受託したベネッセ・コーポレーションが、自社のPR資料に受託の事実を記載していたことが発覚し、国会でも問題になった。ベネッセはこの業務を、61億6000万円で落札していた。
また、新テストへの英語の民間検定導入をめぐっても、ベネッセが開発した検定試験GTECの対策本を、ベネッセ自身が市販し高校現場で売りさばくなどの利益相反をあたりまえのようにおこなってきた。
これに対する批判、告発に対して、文科省は一貫して「問題はない」といいはってきた。ちなみに、GTECに研究協力する「進学基準研究機構」(ベネッセ東京本部内に設立)の理事長は文部事務次官だった佐藤禎一、評議員は中央教育審議会で入試改革答申をまとめた安西祐一郎・元慶應義塾大教授である。