しまむら・ひでき 1941年東京都生まれ。東京大学理学部卒業。北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所所長を経て武蔵野学院大学特任教授。世界に先駆け海底地震計を開発し、海底の地下構造や海底地震の解明につとめた。著書に、『「地震予知」はウソだらけ』(講談社文庫)、『人はなぜ御用学者になるのか』(花伝社)、『「地球温暖化」ってなに? 科学と政治の舞台裏』(彰国社)、『多発する人造地震―人間が引き起こす地震』(花伝社)など多数。
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日本の大学の理系の論文数が、2000年ごろから伸びが止まってしまって、その後、落ちてしまっていることが分かった。
世界では、質の高い論文の本数がこの20年で世界的に増加していて、米国や中国の論文数が飛躍的に伸びている。「質の高い論文数を示す国別世界ランキング」で日本は2000年の4位から2016年は11位と、急激に落ちた。
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その間に、中国は2015~2017年の「質の高い科学論文の国別シェア」で、理系の151研究領域のうち71領域で首位を占めた。
中国が首位なのは、工学や材料科学などの分野に多かった。計算機科学の基礎になる数学も首位だった。中国は1995~1997年には上位5位以内に入ったのはわずか2領域だけだったが、2005~2007年には103に急増、2015~2017年には146とほぼ全領域を占めるまでに急成長した。
米国は中国に追い抜かれた領域も多い。しかし、生命科学分野の大半などで首位を堅持しているなど、約20年前から一貫して全領域で上位5位以内に入っている。
この間、日本は約20年前は83領域で5位以内だったが、最近は18領域に減少。首位はなく、2領域での3位が最高という現状なのだ。がん研究と洗剤や医薬品などに幅広く応用されるコロイド・表面化学の3位が最高だった。
従来、日本が強いとされてきた化学や材料科学でも徐々に上位論文の割合が減少している。
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日本では2004年から、すべての国立大学が一斉に独立法人になった。経営陣を大学外部から招き、国の予算を効率的に使うことや、大学自身で金を稼ぐことが求められることになった。学内の教官たちによって選ばれた学長候補をさしおいて天下り官僚が学長になったところもある。
国立大学を運営する予算である運営交付金も年々減らされ、10年間ごとに13%も減額された。自分で金を稼ぐこと、つまり外部資金を導入することが大学にとって不可欠になってきているのである。
国の予算を効率的に使うことや、自分で金を稼ぐことなど、改革の中身は「一見、合理的」に見える。しかしじつは、大学で行われている研究にとっては、話はそう簡単ではない。
たとえば理学部などに多い基礎科学にとっては大きな危機を迎えることになってしまった。独立法人では、数年以内に成果が出るような業績、もう少しありていに言えば、「明日のゼニになる研究」だけが優先されることになるからである。
一方、工学部など応用科学では、もともと外部の会社や国の外郭団体と連携して研究資金を得て、共同で研究することが多かった。「明日のゼニを得る」研究がしやすい環境にあると言える。
科学の内容を分野外の他人が判断することは、とても難しい。それゆえ、求められる「成果」は、結局は論文や発表の数で数えられるしかない。この道は、ある意味では、研究者にとってやさしい道だ。大物を狙わなければいいのだ。
つまり、三振かホームランかというバットの振り方はしなくなって、研究者の主な仕事は、内野越えの確実なヒットやバントといった研究ばかりを狙うことになる。
息が長い、そしてリスクはあるが大きな成果が出るかも知れない研究は、以前と違って、とてもやりにくくなってしまったのである。
しかし、これらのバットを大きく振った研究、もしかしたら空振りになるかも知れない研究こそが、20~30年後、あるいはもっと将来に、人類のために花開く学問である可能性が高いのである。その結果が早くも現れてきているのが、最近の日本の凋落ぶりなのである。
「明日のゼニになる」研究はある意味ではたやすい。研究目的がすぐ近くにあって明確なものだから、研究資金が豊富で多くの研究員を雇えるならば、材料や手法を替えながら大量の実験を繰り返すことによって「研究」が進むからだ。つまり研究にとっての革命的な進歩である研究の質的な向上をしなくても、目の前でできる研究だからである。
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しかし研究の革命的な向上がなければ、いずれ、必ず技術は枯渇する。いま、いろいろな分野で使われている技術は、20~30年前の基礎的な研究の質的な革命ゆえになり立っているものがほとんどなのだ。
現在の研究全体のありようは、過去にはあった研究の質的な革命を生み出すことを止めてしまって「明日のゼニになる」研究だけに注力しているのが問題なのである。
ノーベル賞の受賞者は70歳を超えていることが多い。つまり20年以上も前の業績のことが多い。日本は近年こそノーベル賞の受賞者を比較的多く輩出しているが、それが、今後大幅に増大するとは思えない。
日本の凋落は、日本政府による研究予算の抑制の影響が大きい。つまり、日本の凋落は根が深く、これから長く続く。近年の日本政府の科学技術振興の方針が裏目に出たことを示している。