多極化を反映し新段階へ
シンガポールのセントーサ島で12日、史上初の米朝首脳会談がおこなわれた。会談会場となったシンガポールには世界中からメディアが集合し、トランプ米大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩国務委員長による「世紀の会談」に世界の目が釘付けとなった。午前10時から始まった会談で両国首脳は、朝鮮戦争から70年余り続いてきた敵対的関係を終わらせ、北朝鮮の安全を保障しつつ「平和と繁栄に向けた新しい関係を樹立する」こと、南北による板門店宣言を再確認し「朝鮮半島の完全な非核化にとりくむ」ことを明記した共同声明を宣言した。東アジアの軍事的な対立構図を規定してきた朝鮮戦争の終結は、第二次大戦から続いてきた核軍事力による恫喝と支配、被支配の政治を終わらせ、当事国の意思を尊重しつつ平和的な交渉によって新たな関係を再構築する新段階へと進んだ。
会談前、星条旗と北朝鮮の国旗が交互に並んだ会場で写真撮影を済ませた後、トランプ大統領は「われわれはすばらしい協議をおこなう。会談は大成功するだろう。すばらしい関係を持てることを光栄に思う」とのべた。
続いて金委員長が「ここまでくるのは容易ではなかった。足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行がわれわれの目と耳をふさぐこともあったが、そのすべてを乗りこえてここまで来た」とのべ、両首脳は何度も握手を交わした。
この間、米朝会談の日程が決まった後も「非核化が対話の条件」とする米国内強硬派がリビア方式やCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な核の放棄)を呑むことを要求し、それに北朝鮮が反発を強め、一時は「中止案」も浮上した。予定通りに会談が実現したことは、水面下での交渉によってそれらの焦点についての合意にたどり着いたことを意味しており、米朝交渉においてもはや後戻りできない米国内部の事情をあらわすものとなった。
そのため会談はスピーディーに進み、通訳のみ同席した一対一の会談に約40分、そして米側からポンペオ国務長官やケリー大統領首席補佐官、ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)、北朝鮮側から金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長、李洙(リ・スヨン)副委員長、李容浩(リ・ヨンホ)外相が同席した拡大会談に約1時間30分、両国関係者を交えたワーキングランチ(昼食を兼ねた会談)に約1時間かけた後、午後2時40分(日本時間)には共同声明に署名した。
共同声明では、米国が北朝鮮の安全を保障し、北朝鮮は非核化に向けて努力することを約束し、「米国と北朝鮮は、平和と繁栄に向けた両国民の願いを踏まえ、米国と北朝鮮の新たな関係を築くことを約束する」「朝鮮半島の持続的かつ安定的な平和体制を構築するため、ともに努力する」「板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け、努力することを約束する」など4項目の合意内容を明記した。
朝鮮戦争の終結について直接的な言及はないものの「米朝間の数十年にわたる緊張と敵対行為を克服し、新たな未来を開く」ための会談であることを強調し、北朝鮮の体制を保障したうえで国交正常化に向けて対話交渉をさらに進めていくことを確認している。米国内強硬派や日本政府が対話の条件とした「非核化」については、CVIDなどの具体的な検証方法や時期には触れず、北朝鮮が「努力することを約束する」としており、交渉推移を見据えて段階的に進めていく内容の合意となった。
在韓米軍はいずれ帰還
米韓軍事演習は停止
会談後、単独で会見したトランプは「率直で直線的で、建設的な会談だった。私たちはこれから新しい歴史を作っていく。北朝鮮との関係はこれまでと比べて大きく変わることになる。70年前、朝鮮半島で起きた血みどろの戦争で、何万もの米兵を含めて多くの人が亡くなったが、それが間もなく終結する希望を持つことができた。過去によって未来が決まる必要はなく、昨日の紛争が明日の戦争につながる必要はない。犠牲を尊重することで、平和の恩恵をもたらすことができる」とのべた。
また、「金委員長は朝鮮半島の完全な非核化への揺るぎない決意を見せてくれた」とのべ、北朝鮮がすでに実施した核実験施設の閉鎖、ミサイル発射場の廃棄に加え、ミサイルエンジンの試験場も閉鎖することで合意したことを明かした。「米国と国際社会が多くの人を投じて、北朝鮮の非核化を検証するだろう」としたが、「完全な非核化には非常に長い時間がかかる。プロセスがはじまれば、非核化は終わったも同然であり、金委員長はすでにそのプロセスに着手している」とのべ、北朝鮮側の対応を追認する姿勢をみせた。
さらに「近い将来、実際に(朝鮮戦争の)終戦宣言があるだろう」とのべ、「金正恩委員長は、国民のためにすばらしい未来を手に入れることができる。安全保障と繁栄のための歴史的な人物として記録されるだろう。誰でも戦争を起こすことはできるが、もっとも勇気あるものだけが平和を作ることができる。現在の状況を長く続けることはできない。韓国も北朝鮮もすばらしい才能を持っている。同じ言語と文化、習慣を持ち、同じ運命を共有し、両国の離散家族を再会させ、核兵器の脅威を排除することができる。すべての朝鮮人、韓国人が調和して暮らせる明るい未来がもう少しで手の届くところまできている。誰もが実現不可能と思っていたことが実現しようとしている」と強調した。
在韓米軍については、即時撤退や削減は否定したものの「選挙キャンペーンでも主張してきたように、韓国に駐留している3万2000人の米軍はいずれ帰還させたい。現段階の方程式には入っていないが、可能ならば彼らを帰らせたい」とのべた。
毎年2回実施している米韓合同軍事演習についても「戦争ゲーム(軍事演習)にはたくさんの資金がかかる。巨大な戦闘機がグアムから6時間半かけて韓国まで飛んできて、またグアムまで戻るのにどれだけの費用がかかるか私は知っている。やめることで膨大な資金を節約できる」「今重要なディール(取引)をまとめようとしているときに、挑発行為に繋がることをやることは適切ではない」とのべ、今後は実施しない方向で検討していることを示唆した。
経済制裁は当面は継続しつつも「核の脅威を感じなくなった適切な時期に解除する」とのべ、「新たな制裁をちらつかせることは敬意に欠ける」とした。トランプは会談前から「もう最大限の圧力という言葉は使いたくない」と公言しており、事実上、制裁解除に向かう方向を示した。
北朝鮮国内の人権問題についても「彼(金委員長)は対策を講じようとしている。あなた方が驚くほど、頭が良く、すばらしい交渉者であり、正しいことをしようと求めている」とのべ、拉致問題については「安倍総理大臣にとって重要なことであり、会談でも言及した。共同声明には記していないが、彼らはとりくんでいくことになる」とのべた。
各国メディアの記者からは「G7ではカナダやドイツなどの同盟国を敵呼ばわりしたのに、敵だった金正恩を“すばらしい才能の持ち主”と評価するのはなぜか」「非核化に向けた具体的な言及がないのに体制保障を約束した。米国は妥協したのか」「恐ろしい人権問題を抱える国を誉めたたえるのはなぜか」などの質問が飛び交ったが、トランプは金正恩を擁護する姿勢に終始し、金正恩がホワイトハウスへの招待を快諾したこと、自身もいずれ平壌を訪問する意思があることを表明した。
米国の軍事覇権の衰退
蚊帳の外の安倍政府
交渉過程では一時「中止」「破談」の情報まで飛び交った史上初の米朝首脳会談の実現は、事実上、米朝の戦争状態と敵対関係を終わらせ、国交正常化に向けて大きく前進する一歩となった。それは米朝間だけでなく、先行して米朝和解のレールを敷いた南北会談と「板門店宣言」、さらに隣国である中国、ロシアなど多角的な関係に規制されながら進まざるを得ず、今回の会談を「最大限の圧力の結果だ」と豪語してきた米国にとって後戻りは許されない条件のもとでおこなわれた。
昨年まで「狂った老いぼれ」「ロケットマン」と互いに罵倒し合い、軍事演習とミサイル実験による一触即発の事態に陥ったが、韓国社会において朴槿恵を弾劾した国民世論に押し出された文在寅大統領が「朝鮮半島で再び同じ民族が血を流す戦争はくり返さぬ」と宣言し、金正恩との間で「民族みずからの手で民族の運命を切り拓く」との合意を確認し、朝鮮戦争を終わらせ、平和的統一に向けて踏み出すことを世界に向けて宣言したことが文字通りの起点となった。
戦後一貫して「力による外交」を押し進め、一方的な軍事的優位を背景にして「核による先制攻撃」、最高指導者の「斬首作戦」まで俎上に載せて北朝鮮の体制転覆を政治目標に掲げていた米国だが、「最大限の圧力」をもってしても軍事技術の開発を止めることはできず、今回の宣言にも「完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄」を明記することはできなかった。朝鮮和平に向けて北朝鮮、韓国、中国、ロシアとの間で合意が形成され、経済制裁が形骸化し、水面下では経済交流や市場開放のプロセスまで動き出すなかで、米国が東アジアの覇権や朝鮮半島における経済権益を維持するうえでは北朝鮮との早期対話と関係改善は避けられない事態を迎えていたといえる。
2005年9月、「北朝鮮がすべての核兵器と現存する核計画を放棄すること」を条件に米国が「関係正常化のための処置をとる」とした6カ国による「9・19共同声明」と比べても、米国の軍事覇権の衰退は明らかで、今回の共同宣言は北朝鮮の現状を認めたうえで交戦状態を終えることを約束するものとなった。北朝鮮と米国による非核化交渉は、平和的統一を約束した韓国をはじめ、中国、ロシアを含む多極的な枠組みに縛られて進むことを意味しており、一方の要求を一方が呑むという条件では進んでいないことも浮き彫りにした。底流に流れるのは、第二次大戦以来続く米国の軍事覇権の衰退であり、核による恫喝と介入、そして「核の傘」による分断支配を許さないアジアにおける世論の奔流に押されたものにほかならない。
対米従属のみを政治的命題として、蚊帳の外を飛び回るだけの安倍政府の孤立ぶりがそれを如実に物語っている。主権を回復し、平等互恵の原則にたった独自外交を展開しなければ、拉致問題の解決はおろか、新段階に進むアジア情勢からとり残されていく趨勢にある。東アジア情勢の急速な変化は、日本を米国の「不沈空母」とする対米従属政治に終止符をうち、みずからの手で主権をとり戻す日本の課題を改めて浮き彫りにしている。