新自由主義に対抗する民衆の決起
スペイン東部のカタルーニャ自治州で1日、スペインからの独立を問う住民投票がおこなわれ、独立賛成が9割を占めた。その結果を認めないスペイン中央政府が治安部隊まで派遣して弾圧するなか、大規模なゼネストへと拡大している。この動きは、この地域特有の歴史的な独立志向の高まりという範疇にとどまらない。リーマン・ショックに端を発してギリシャ、スペインをはじめ欧州全体で巻き起こった反グローバリズムの世論が大きく作用している。階級矛盾が激化するなかでEUやIMF、金融資本による支配が弱体化し、議会政治の欺瞞が暴露されると同時に、その支配からの脱却を求める下からの大衆運動の高まりが国家機構を根底から揺るがしている。
カタルーニャ自治州の独立を問う住民投票は3年前にもおこなわれており、スペイン政府はそれを違憲として認めてこなかった。国民党のラホイ政府は1日、住民投票を阻止するため国家警察1万人を動員して投票行動を妨害したが、投票を抑えることはできず、機動隊が抗議する住民らにゴム弾を発砲したり、投票所を襲撃するなどの暴行を加え、900人が負傷する惨事となった。また、住民投票を準備していた州政府の関係者を家宅捜索し、14人を逮捕するなど強硬に弾圧に乗り出している。
これに対し、州都バルセロナでは3日、市民70万人が結集して大規模デモをおこない、「投票の権利を弾圧する勢力は出ていけ」「独立を認めろ」と声を上げた。労組は州全土でのゼネストを呼びかけ、公共機関、公立学校、空港や港湾、鉄道などの交通機関、観光名所や商業施設などが機能を停止し、政府の弾圧に抗議している。プッチダモン州首相は、住民投票の結果、9割以上が独立賛成票であったと発表し、数日中にも独立を宣言すると徹底抗戦の構えを見せており、スペイン政府は武力弾圧に乗り出すか、譲歩案を提示するかの選択を迫られている。
300年の歴史もつ独立の要求
カタルーニャ州(州都・バルセロナ)は、面積はスペイン全土のわずか6・4%(日本の九州とほぼ同面積)だが、人口は約750万人で全人口の約16%を占める。300年前にスペイン王国に統合されるまでは固有の領域、独自の民族、文化、言語をもった独立国であったが、統合後は中央政府に自治権を奪われたり、公用語であるカタルーニャ語の使用を禁じられるなど民族支配を強いられてきた。そのため独立運動は長い歴史を持っており、第2次大戦下のフランコ独裁政府終焉後の民主化運動のなかで自治権をとり戻し、近年では08年のリーマン・ショックに端を発するEU経済危機を契機にふたたびその動きが活発化した。
1999年のユーロ導入後、スペインには、ドイツやイギリスと比べても安い労働力に目を付けた外国資本が流入し、極度の不動産バブルを招いた。さらに労働力として各国から移民を受け入れ、その数は人口の1割を押し上げるまで膨張した。リーマン・ショックを前後してバブルは崩壊し、不動産価格は7割暴落し、住宅建設も5分の1にまで落ち込んだ。国民の4人に1人(25%)が失業者となり、若者の失業率は5割にまで達し、今度は逆にドイツやフランスなどへの出稼ぎ労働が急増している。
金融資本による売り浴びせによって国債は暴落し、債務超過で国家破綻の危機に陥ったラホイ政府は、アメリカ中心のIMF(国際通貨基金)やEU、ゴールドマン・サックス出身者が総裁に就くECB(欧州中央銀行)が「経済支援」のかわりに押しつけた財政改革を達成するために、増税や社会保障のカットなど緊縮策を敢行した。国民生活の貧困化に拍車がかかり、人人は家を手放し、街はゴーストタウンと化して路上生活者が溢れた。だが経済支援は、ギリシャへのそれと同じく大銀行を救済するためのプログラムに他ならず、政府の組閣にも金融資本と繋がったEU本部が介入し、人人に貧困を強いる一方で貸し付ける資金は大銀行への返済に充てられている。昨年12月の組閣ではリーマン・ブラザーズの欧州代表だった人物を経済相に据え、報道官は元EU議会議員でEU外交部のスペイン代表を就任させるなど「ブリュッセル(EU本部)直属内閣」といわれるほど内政を握られ、国内搾取をさらに強めている。
スペインでは、2011年、緊縮政策と金融資本による搾取に抗議して数十万人規模のデモが全土で巻き起こり、マドリードやバルセロナでも市街地中心部を占拠する「15M(キンセエメ)」(運動がはじまった5月15日に由来する)と呼ばれる大衆運動が始まった。マドリードの公園は若者や労働者などが数カ月にわたって占拠して公開討論の場となり、各都市に評議会を作り、各業界の労組を中心にした新しい運動組織が生まれた。公立病院の民営化に反対する医療従事者の大規模なデモがおこなわれ、公共サービスを守るために公務員、消防士や警察も「オレンジ潮流」と呼ばれる業種をこえた組織を作ってゼネストをやり、ローン破産した人人の住居接収への出動を拒否した。それは汚職にまみれ、先進国最大の高失業率に対して無力な政治家や大銀行への怒りの表現となり、そのうねりはアメリカのウォール街占拠運動にも波及した。
フランスとの国境に接し、国内有数の産業集積地であるカタルーニャは、GDPはスペイン全体の20%を占め、国の輸出品の約25%を生産するほどの経済規模をもっている。経済危機によって企業倒産や失業者が増大し、2013年までに56万7000人が職を失うほどの打撃を受けたが、中央政府はカタルーニャ自治州が求める「財政自主権」(住民税を州や県が徴収し、その一部を国に収めること)さえ認めなかった。2014年の独立を問う住民投票(非公式)でも230万人が投票し、「8割が独立賛成」(州政府発表)であったが、中央政府はこれを違憲とし、さらに医療や教育など市民生活と直結した分野での経費カットを要求している。カタルーニャの独立機運は、このようなスペイン全土で巻き起こる、搾取の強化と社会を犠牲にする金融支配への抵抗と結びついて噴き上がっている。
大衆運動の中から新しい政治勢力が登場
そのなかで、既成政党による議会制民主主義や「政権選択が可能」といわれる二大政党制が、金融資本や「1%」のための独裁政治の道具であることが見抜かれ、その欺瞞が崩壊していることも大きな特徴となっている。国民党の基盤も先細りとなっているが、その批判世論の受け皿となる左翼政党への信頼が崩壊し、人人を直接民主主義の行使へと駆り立て、そのなかから新しい政治勢力が登場している。
スペインでは、戦後の民主化のなかで「左派」を標榜し、長らく二大政党制の一角を握ってきた社会労働党(PSOE)が急速に衰退した。保守政党と相互に補完しあいながら行政や司法府の主要ポストを独占し、規制緩和、福祉切り捨て、解雇補償金の引き下げ、レイオフ(一時解雇)の許可などの新自由主義政策を進め、「閉鎖的なカースト(特権層)政治」と揶揄されてきた。リーマン・ショック後、2011年11月の総選挙で59議席も減らす大惨敗で国民党(PP)に与党の座を譲ったのを皮切りに、2015年12月の総選挙では350議席のうちわずか90議席という過去最低を記録するなど消滅の一途をたどっている。一方、現在のラホイ首相率いる国民党も、昨年の総選挙では第一党を守ったものの、絶対得票率はわずか21・6%にすぎない。
その一方で、全土で広がった「15M」運動のなかから、富裕層への課税強化や解雇規制、銀行や交通機関の国有化などの「反グローバリズム」「反緊縮」を掲げる新党「ポデモス(私たちはできるの意)」が登場した。中南米での反新自由主義の拠点であるベネズエラのチャベス政府の諮問委員でもあった党首のパブロ・イグレシアスは、「社会運動に価値をおきながら、庶民階級を代表し、社会的権利を守る」ことを党是とし、「政府の首脳が大企業・銀行の幹部ポストに就く人事慣行(回転ドア)を支えている」として二大政党制を解体させて政治や社会の民主化を図ることを主張して、またたくまに全土で支持を集めた。2014年1月に結党し、15年の総選挙でいきなり得票率20%を超える500万票以上を集め、69議席を獲得して第3党に躍進した。
ポデモスはカタルーニャでも絶大な支持を得ている。バルセロナ市長のアダ・コラウは、住宅強制退去に直面した人人を支援する運動の女性リーダーであり、ポデモスと共闘する市民団体「バルセロナ・エン・コム」を基盤にして出馬したことで知られる。カタルーニャ、バレンシア、ガリシアなど自治州の独立や自治権拡大を狙っている地域政党もポデモスとの共闘を始め、左派の市長が誕生している。
だが、ポデモスは第2党への躍進が期待された昨年の総選挙では議席を伸ばすことができず、第3党の維持にとどまった。「反緊縮」で連携するギリシャのシリザ政府の裏切り(緊縮策の受け入れ)などさまざまな影響もあるものの、議席確保のために他の革新政党と野合したり、連立政府に与するために主張を中道化させたことや、選挙を中心において大衆運動を利用する方向へ転じたことの反動だと指摘されている。スペインをはじめ欧州全域で反自由主義、反グローバリズムの新しい潮流が台頭するなかで、既存政党を含めた議会政治の権威は失墜しており、その運動の中から生まれたポデモスもそれらの大衆運動に規制され、下から突き動かされていることを物語る。
二大政党の基盤崩壊 反緊縮の世界的な潮流
議会政治への失望とともに高まる直接行動のうねりは、スペインだけにとどまらない。世界的に見ても、金融資本が国家を破綻させるほどの経済危機を引き起こし、その犠牲を国民に転嫁することへの怒りが高まり、経済構造の根本的な変革を求める大衆運動が拡大してきた。「1%VS99%」を合言葉にした斬新な政治勢力が登場する一方で、目先の改良を説いて人人を欺き、進歩派を装っていた社会民主主義勢力が衰退し、二大政党制の欺瞞が暴かれている。
直近の9月におこなわれたドイツの総選挙では、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とドイツ社会民主党(SPD)の与党二大政党が、そろって歴史的な大敗を喫した。首相メルケル率いるCDU・CSUは、得票率を前回から8・5%も減らして33%になり、「戦後最低」と騒がれている。ドイツでも、二大政党制の片方を握っていた社会民主党が凋落した。労働市場改革によって解雇規制緩和、賃金や失業保険の引き下げなど、貧困化政策を進めたことへの強い怒りを反映した。
今年6月のフランス総選挙も社会党が大敗し、「かつてない左派の後退」といわれた。ただ、極右政党といわれる国民戦線(FN)も振るわず、マクロン大統領率いる新党・共和国前進(LREM)と、連立を組む民主運動(MoDem)が、国民議会(下院)の6割におよぶ350議席を占めた。だが、投票率は史上最低の42・64%であり、棄権者が2700万人をこえる57・36%にものぼり、投票のうち3%が白票、1・25%が無効票。有効票はわずか38・43%という惨憺たる内容であった。与党の有権者総数における得票率(絶対得票率)は16・55%にとどまっている。
同じく6月のイギリス総選挙では、EU離脱を問う国民投票で敗北したキャメロンが退陣し、メイ政府誕生後はじめての国政選挙となった。解散当時は「保守党」の支持率は44%、対する「労働党」は23%とされていたため、メイ首相が「高支持率」を背景にして解散総選挙に打って出た。「保守党」はかつがつ第1党を維持したが、議席を改選前の330から318に減らし、過半数(326)を割り込んだ。EU離脱へと方針転換しながら、法人税減税、社会保障費カットを主張して、強い世論の反発を受けた。絶対得票率は約29・8%だった。
一方、ジェレミー・コービン率いる労働党が改選前の229から262議席へと躍進した。医療サービス(NHS)への大規模支出と大学授業料の再無償化などの政策をうち出し、高所得層への増税や大企業への負担増加、鉄道の国営化など反グローバリズム路線をうち出したことで、若年層では投票した18~24歳の73%から票を得るなど現役世代から強い支持を集めた。EU離脱要求の根底にあるものは、国民の貧困化と緊縮政策への怒りであることを如実に示す結果となった。
プーチンが圧倒的な支持を得ているといわれるロシアも政党の支持基盤は極めて脆弱だ。昨年9月の下院選挙では、プーチン率いる統一ロシアが343議席(全体の4分の3超)を確保したが、投票率は47・8%と過去最低を記録。前回11年の60・1%を大きく下回った。5年前の49%から54%へと跳ね上がった同党の得票率は、記録的に低い投票率による結果であり、得票も前回の選挙から400万票減らし、絶対得票率はわずか15%であることを専門家が指摘している。
カタルーニャの独立運動をはじめとする大衆の直接行動の高揚、アメリカ大統領選でのサンダース現象、スペインのポデモス、イギリスのコービンなど、新自由主義に真っ向から対抗する政治勢力の台頭は、腐りきった議会政治の外側で巻き起こる大衆運動が、議会政治を正常化させうる唯一の力であることをはっきりと証明している。
目下、解散総選挙をめぐって日本国内で起きている野党の解体は、同時にそれに補完されてきた自民党の崩壊を示すものでもある。これらの腐敗した既存政党が大衆から浮き上がって空転しているのである。こうした浮き草政治に鉄槌を加えるような、大衆が主人公となった政治運動を起こすことが求められており、それは世界的な趨勢となっている。