民族主権回復の潮流拡大
アメリカは東アジアにおいて北朝鮮に核攻撃もちらつかせた軍事挑発を強めているが、中南米で反米を貫いてきたベネズエラに対しても「軍事介入も選択肢」として恫喝を加えている。ベネズエラに対しては、とりわけ2013年のチャベス大統領の死後、親米反政府勢力を指図して転覆策動を図ってきた。世界一の原油埋蔵量を有するベネズエラ経済の崩壊を狙って、中東諸国を巻き添えにしながら原油価格の暴落を仕掛けてきたし、そのことによる政情不安につけ込む形で、目下、マドゥロ政府の倒壊を企む動きが顕在化している。アメリカがベネズエラに対してなにをしてきたか、現在どういう局面を迎えているのか見てみた。
ベネズエラでは7月30日、憲法改定のための制憲議会選挙が実施され、親米勢力の妨害をうち破って勝利した。今回の制憲議会選挙は、国会で多数を占める親米野党勢力がアメリカの内政干渉のための道具となり、四月以降攪乱や破壊活動をくり返すなかでおこなわれた。
チャベス前政府は新自由主義にもとづくアメリカの支配に反撃して主権を回復し、労働者や勤労人民のための諸改革をおこなってきたことで知られている。2013年のチャベス大統領の死後、それを引き継ぐマドゥロ政府に対し、アメリカは新自由主義政策による支配と石油資源の略奪を狙ってさまざまな攪乱・干渉をおこなってきたが、制憲議会選挙はこの妨害を打ち返す意味合いを持った。
制憲議会選挙は親米野党勢力がボイコットし、あるいは全国150カ所の投票所を襲撃して投票できなくするなどの暴力的な妨害や投票行動への恫喝が加わるなかで、それでも有権者の41・53%を占める808万9000人が投票した。そして6120人が立候補し、545人の制憲議会議員が選出された。
8月4日に開かれた初の制憲議会で、議長は「制憲議会は祖国をみずからのものにし、新自由主義を復活させようと企む国内少数派による深刻な紛争のなかから生まれた。制憲議会は暗黒の右翼独裁勢力にうち勝った」と表明した。制憲議会は発足後、ただちに親米野党勢力が多数を占める国会の立法権を剥奪した。
中南米諸国 トランプの恫喝に反発
ベネズエラの制憲議会選挙の勝利に対して、多くの中南米諸国は支持を表明している。ボリビア、ニカラグア、エルサルバドル、キューバをはじめ中南米・カリブ海諸国の人民運動の代表300人は制憲議会を歓迎する共同声明を発表した。
他方でトランプは「ベネズエラ独裁糾弾」を叫び、対ベネズエラ制裁に踏み出した。11日には「必要ならば、軍事介入の可能性も否定しない」と公言した。
これに対しベネズエラの国防相は「狂気の沙汰」と強く糾弾し、米国政府を「世界を自分たちの思惑で動かせるとの考えを持つ、エリート諸国の頂点に立つ輩」と呼び、「もし本当にアメリカが攻撃を仕掛けてくるならば、国を防衛する」と真っ向からたたかうことを表明した。
ブラジル外務省はトランプの発言直後に、「ベネズエラ問題は対話を通じて、平和的に解決されなければならない」との立場を表明した。これは8日にペルーのリマでおこなわれ、ベネズエラのメルコスル(南米南部共同市場)への参加資格停止を決定した会議の後に出された宣言とも立場を同じくするものだ。同宣言には、「国際法と内政不干渉の原則の完全なる順守のもとに、(ベネズエラ安定化のための)交渉を支持する」と記されている。
中南米諸国はマドゥロ政府が国会をしのぐ権限を掌握する制憲議会を設置したことには批判する国国もあったが、アメリカによる軍事介入は断固として認めない立場を一致して強調している。
制憲議会に抗議してベネズエラ大使を11日に追放したばかりのペルーのルナ外相も「国内外問わず、武力に訴えるとの脅しは、ベネズエラに民主的統治を復帰させるという目標や国連憲章に記された原則を阻害するものだ」と主張した。メキシコも「国連憲章に沿い、武力による威嚇や行使を拒絶する」と宣言した。コロンビアも同様にトランプの発言を批判する声明を出した。
メルコスルは制憲議会設立を理由にベネズエラを無期限の資格停止処分とすることを決めたばかりであったが、12日の声明で「民主主義促進の唯一の手段は対話と外交だ。暴力や武力行使は拒否する」と表明した。
こうした中南米諸国の反発を受けてアメリカのペンス副大統領は、トランプの発言の余波の火消しのため、コロンビア、アルゼンチン、チリ、パナマを歴訪し、「われわれには多くの選択肢があるが、ベネズエラ危機は平和的に解決できる」と各国でくり返した。
13日には最初の訪問地コロンビアでサントス大統領と会談した。隣国ベネズエラと緊張関係にあるサントス大統領ですら、「軍事介入という考えは微塵ほども許されるべきではなく、“選択肢を捨ててはいない”という言葉さえ行き過ぎだ」とトランプ大統領に釘をさした。チリのパチェレ大統領も共同記者会見で「軍事介入もクーデターも支持しない」と明言した。こうした各国の表明に対して、ベネズエラのアレアサ外相は12日、「中南米を含む世界各国が団結し、武力行使を拒否したことに感謝する」と表明した。
中南米諸国がアメリカのベネズエラに対する軍事介入に対して断固として反対を表明するのは、かつてどの国もアメリカから同様の軍事的な制裁を受けた経験を持つからである。たとえばチリでは1973年にアメリカから支援を受けた流血の軍事クーデターにより、アジェンデ社会主義政府が転覆した。現バチュレー政府は同政府の流れを汲んでおり、軍事侵攻絶対反対の立場をとっている。このほかの中南米諸国も戦後一貫してアメリカの軍事的経済的制裁の対象となり、政府転覆策動とたたかってきた歴史を持つ。
度重なる転覆策動 原油価格の下落も画策
ベネズエラを見てみると、1999年にアメリカの新自由主義支配から主権の回復を掲げて立ち上がり、チャベス大統領が就任した。当時のアメリカ・ブッシュ政府は3年後の2002年にチャベス政府打倒のクーデターを計画する。これは失敗するが、アメリカの介入はそれで終わらなかった。アメリカがベネズエラに照準をあてて介入する主要な要因は、世界一の埋蔵量のある石油と世界第4位のガスを狙っているからにほかならない。アメリカは2006年にもクーデターを計画している。「親米民主的機関」に湯水のごとく資金援助し、チャベスの政治的拠点を切り崩し、チャベス派勢力を分断し、アメリカ企業を保護し、チャベスを国際的に孤立させる、といった計画を立てていたことも暴露された。
アメリカ支配層は中南米諸国でアメリカの手先を育成するため、1946年にパナマにSOA(現在の名称はWHINSEC=西半球安全保障協力研究所)を設立した。対反乱技術、狙撃訓練、ゲリラ戦、心理戦、軍事情報活動、尋問手法などの訓練を実施するための機関で、1984年にパナマから追い出され、米国ジョージア州に移動して同様の活動をおこなっている。
第2次大戦後に民主化の波が中南米にも押し寄せるが、それをアメリカはクーデターや軍事侵攻によって力ずくでつぶしてきた。キューバだけでなく、1954年のグアテマラ、64年のブラジル、71年のボリビア、73年のチリがそうであったし、現在もブラジル、アルゼンチン、ベネズエラなどで政権転覆をしかけている。こうした鋭い矛盾関係が、アメリカの軍事介入を拒否し、平和的な手段で問題を解決することを選択する力となっている。
1999年にベネズエラでボリバル革命に人人が立ち上がって以来、中南米地域でボリバル革命の影響は拡大し、アメリカの支配力は弱体化している。新自由主義政策に従属するのではなく、地域統合によって民族主権を回復し、独立を勝ちとる勢力が台頭し、中南米においてはアメリカを排除することが地域の利益につながるということが共通理解となって広がっている。
そのもとで、アメリカは中南米諸国での新自由主義復活のためにますます巨額の国家予算をつぎこみ、各国で反政府勢力を後押しして干渉を強めている。「環境開発」「人権の擁護」「民主主義の強化」などの旗を掲げて親米勢力にドルを支援し、アメリカの政策から逸脱した国国の政治的な出来事に頻繁に介入している。「米国国際開発庁(USAID、1960年代から開始)」に加えて「全米民主主義基金(NED)」、あるいは国際事件のための「全米民主主義機構(NDI)」「共和党国際研究所(IRI)」などを通じて、数千万㌦を親米勢力に支援しているとされている。全米民主主義基金(NED)は1982年11月に設立された。基金の目的は反共産主義と反社会主義である。現在国務省のもとで割り当てられる年間予算は1億3200万㌦をこえる。NEDは世界の70カ国以上で活動しているが、中南米ではベネズエラにおける資金提供が突出している。
2002年以降、中南米ではアメリカが糸を引くNGOの数が目に見えて増大しており、ベネズエラにはとくに介入が激しい。USAIDとNEDが単独で1億㌦を投資し、親米野党勢力や300をこえる新しい組織をつくるために使われている。たとえばベネズエラではステアと呼ばれるNGOが2002年のクーデターに直接参加していたが、NEDから数万㌦を受けとっていたことが発覚した。こうした資金が、石油価格暴落による統治の揺らぎに効果的に作用して、目下、親米野党勢力が反政府活動を扇動し、内部から転覆策動を仕掛けて反米政府を揺さぶっている。
ブッシュのベネズエラ転覆政策を引き継いだオバマ政府は2015年、ベネズエラを「米国の安全保障にとって重大な脅威」と位置づけ、マイアミに司令部を置く米南方軍を中心にクーデター計画を練ってきた。そして、当時の南方軍司令官であったジョン・ケリーがトランプ政府の首席補佐官に就任している。
アメリカの目的は、政府転覆によって権力を掌握して新自由主義政策を復活させ、石油やガス資源を略奪するとともに、多国籍企業とくにアメリカ企業が利益を得るために国有財産の民営化をはかることにある。キューバと並んで近年は反米の旗手として台頭してきたベネズエラだが、これを徹底的に叩いて反米政府を転覆させることが、その他の中南米諸国への見せしめにもなる関係だ。
この数年、ベネズエラの経済を揺さぶる大きな要因となったのは、石油価格の大幅な下落である。CIAは世界有数の産油国であるサウジアラビアやクウェート、イラクなどに過剰な生産増加政策をとらせ、世界的に過剰供給状態をつくり、石油価格の下落を操作した。その結果、中東の産油国もサウジアラビアを筆頭に財政危機を迎えたが、輸出の9割以上を原油に依存するベネズエラでも経済危機は深刻化した。
2016年のベネズエラの原油価格は1バレル=24㌦と2014年の3分の1以下に下落した。15年1~9月の経常収支は130億㌦の赤字に転落し、15年は同国の歳入は70%も減少した。チャベス大統領は、原油収入を元手に低所得者層への無料診療所や無償住宅建設などの福祉政策を充実させてきた。だが、原油価格下落のもとで経済危機は深刻化し、対外債務は膨らみ、15年9月時点で対外債務残高は1388億㌦と前年同期を5%上回った。
この苦境のもとで、親米野党はIMF(国際通貨基金)の介入による対外債務の借り換えを主張してきた。ベネズエラは04年を最後にIMFの介入を拒否しているが、野党勢力は経済危機のもとで長年敵対関係にあるアメリカやその手先であるIMFとの対話を進める方向を推進した。IMFが財政破綻の各国に「救世主」のような顔をして乗り込み、財政援助と引き替えに市場開放を迫り、米多国籍企業や金融資本が食い物にしていく構造は、アジア通貨危機やアルゼンチンの破綻、ギリシャ破綻を見るまでもなく、既に嫌というほど見てきた光景である。このアメリカの世界支配を担う急先鋒の軍門に下るか否かは、ベネズエラにとってその主権がどうなるのかも含めてゆるがせにできない問題といえる。
80年代からの経験 新自由主義に反撃機運
中南米諸国はアメリカが80年代初めから90年代にかけて新自由主義を先行して実施してきた地域である。80年代初めに債務危機が爆発し、地域全体の累積債務が膨脹した。累積債務危機からの脱出策として、アメリカがIMFや世界銀行を通じて押しつけてきたのが、構造調整計画と呼ばれる新自由主義政策である。その結果、中南米諸国は国民経済は破壊され、失業者は増大し、賃金は低下、高インフレのもとで貧困化は急速に進んだ。
80年代から20年以上にわたりアメリカ主導の新自由主義のもとで苦難を押しつけられた中南米諸国では、2000年代に入って反撃が始まった。その端緒を切り開いたのが1999年ベネズエラのチャベス政府誕生だった。
チャベスは中南米の解放と統合を掲げ、アメリカの支配からの独立、新自由主義反対、富の平等な分配を訴え、貧困層への福祉政策を充実させた。教育予算を倍加し、貧困層の児童の就学や無料給食を保障した。また公共投資を拡大して雇用を拡大させ、多国籍企業から農地を接収して農民に分配した。また、05年にはアメリカとの軍事的な関係も断ち、軍事顧問団の受け入れを中止した。
ベネズエラに続いてブラジル、エクアドル、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、ウルグアイなどで新自由主義を支持する親米政府が打倒され、アメリカから独立した政府が次次と誕生した。ベネズエラのチャベスがキューバのカストロと接近し、これらの国国が中南米諸国の統合やアメリカ支配からの脱却へと進んでいくのに対して、これを全力で阻止して、アメリカの「裏庭」として隷属の鎖につなごうとする力が激突している。ベネズエラを巡る矛盾の根底に横たわっているのは、マドゥロの資質であるとか、制憲議会の善し悪しといった部分の問題ではない。
アメリカ政府がベネズエラに対して執拗に経済的締め付けを強め、軍事的な脅しをかけて政府転覆を策動するのは、豊富な石油資源を狙っていることと同時に、ベネズエラが中南米地域において反米を貫き、新自由主義政策に反対する中心的な存在だからにほかならない。米多国籍企業や金融資本による搾取や社会の私物化を拒否する中心軸になっているからである。
パクスアメリカーナが崩壊しつつあるなかで、それに抗うかのようにアメリカの狂暴さが増している。米国内を貧乏人だらけにした結果、市場は早くから狭隘化して頭打ちとなり、終いには消費の先取りであるサブプライムのようなインチキ証券をひねり出したが、その金融工学も世界中を巻き込んでパンクした。こうして世界中を搾取し続けるしか生き残りの道がないことに狂暴さの原因がある。しかし同時に、傲慢なる抑圧支配を断ち切り、民族の独立を求める世論が中南米地域全体に広がっており、植民地扱いを拒み、武力攻撃を許さない力も強まっている。
中東、東アジアと同じように、中南米でも抜き差しならない緊張感を伴いながら反米闘争が激化し、アメリカの孤立化が進行している。