昨年11月にパリで同時多発テロ事件が起こり、フランス大統領オランドがIS(「イスラム国」)に対する「対テロ戦争」を宣言し、シリア空爆を本格化させたかと思えば、ロシアが登場して短期間でシリアの反政府勢力を掃討したり、さらにはトルコがロシアの戦斗爆撃機を撃墜してトルコ・ロシア間の緊張が激化したりと、シリア問題を含めて中東情勢が激化している。年明け早早にはサウジアラビアがイスラム教シーア派指導者ニムル師を処刑し、これに対してイランの首都テヘランで抗議のデモ隊がサウジアラビア大使館を襲撃。サウジアラビアはイランとの断交を発表し、こちらも一触即発の危機を迎えている。いまや中東は世界の火薬庫の様相を呈しており、そのなかで安保法制を整備して米軍身代わりの戦争へ前のめりになっている日本も他人事ではすまない。中東はどうなっているのか、日本の中東研究者や世界のジャーナリストが発信する見解から見てみた。
内外の研究者らの報告に見る
中東研究者はサウジとイラン断交の背景に、サウジアラビアの王政崩壊の危機があると見ている。現代イスラム研究センター理事長の宮田律氏は次のようにのべている。
サウジ・イラン断交 サウジ王制崩壊の淵に
1932年に成立したサウジアラビア王国は、サウード王家が政治と宗教を治める君主制国家で、立法機能を持つ議会はない。国王が閣僚会議を主宰し、王族が重要ポストを占めている。原油生産量世界1で、財政収入の八割を石油に依存するサウジは、人口2900万人中800万人が外国人労働者である。そして、アブドラ国王の資産が180億㌦(2兆1600億円)なのに対し、400万人の国民は1日17㌦以下の生活を送り、失業者の4分の3が20代の若者だ。したがって王家による人権弾圧や富の不公平な分配、政治参加が限定されている現状に対する不満はくすぶり続けてきたが、欧米は石油のためにそれを黙認してきた。
それがはじめて表面化したのがイラン革命の年の1979年で、メッカの大モスクを占拠して王制打倒を呼びかけるグループが登場した。とくにサウジの重大な不安定要因は東部に居住するシーア派で、2011年の「アラブの春」のさいには、シーア派の若者たちが王政への抗議活動をおこなうと、政府は警察力でデモを鎮圧し500人を拘束した。このとき逮捕されたのが、今回死刑にされたシーア派の高位聖職者ニムル・バーキル・アル・ニムルで、このニムル師の処刑がきっかけでイランとの断交に発展している。
2012年以降、政府は穏健な王政批判・改革の主張すら容赦することなく、脅迫、拘束、拘留をくり返した。こうした弾圧政治をはじめ、国民間の経済格差、国民の福利とは関係ない大量の武器購入、そして湾岸戦争後長期に駐留するアメリカ(およびイスラエル)と王政の親密な関係に対する国民の反発は激しく、現状は革命で倒されたイランの王政末期に酷似している。
一方、サウジアラビアの隣国イエメンで2015五年1月、フーシ派がハーディ大統領を打倒し暫定政権を樹立した。すると、サウジはその背後にイランがいるとして、3月から他のアラブ諸国とともにイエメンへの空爆を開始。アメリカはサウジの軍事介入を支持したが、そこには戦争によって利益を得ようとする米産軍複合体の意向があった。世界最大の武器輸出国・アメリカにとって中東は最大の武器市場だが、この武器商人の暗躍が中東地域の泥沼化に拍車をかけている。
石油の略奪が目的 リビアで切迫する戦争
2013年に1バレル110㌦前後もあった原油価格が30㌦台割れまで落ち込むなかで、この下落が産油国の経済に大きな影響を及ぼしている。とくにロシアと、核問題で欧米諸国と合意して石油輸出を復活させようとしているイランにとって、事態は深刻だ。そのなかで外国人のライターが、リビアの石油をめぐって新たな戦争が差し迫っていると次のように報告している。
2011年、NATO軍がリビアの空爆を始め、カダフィ殺害まで突き進んだ。それ以後中央政府が機能せず、リビアは紛争と混乱の真っ只中にある。そこでISが勢力を拡大し、スルトを占拠して、スルトを足場にリビアの石油資源を獲得する可能性が浮上した。
するとこれに乗じて欧米が、リビア政府は空爆も地上作戦も拒否しているにもかかわらず、また国連安保理が認めていないにもかかわらず、「ISと戦う」という名目で米英仏伊の戦斗部隊を投入し、新たなリビア戦争をひき起こそうと準備している。イラクやシリアでやったように、ISとたたかうのではなく、ISを支援して政府機関などを攻撃し、リビアの石油をまるごと手に入れようとしている。
アメリカはシリア空爆でも、丸1年以上、ISの資金源となる石油を運ぶタンクローリーを見逃していた。ロシア外務省は昨年末、「アメリカがISと戦っているふりをして、ISに対するまやかしの戦争をしている」と非難している。
リビアは、アフリカ大陸最大の石油埋蔵量を誇る国で、ガスの埋蔵量もアフリカで第4位である。欧州にガスを提供してきたロシアに制裁が科されるなか、リビアのエネルギー資源を欧米が虎視眈眈と狙っている。
石油と武器輸送支援 ISと共謀するトルコ
こうしたISとの関係の不可解さでいえば、アメリカの同盟国・トルコを挙げねばならない。別の外国人ライターが、トルコ大統領エルドアンの犯罪を次のように報告している。
ISはイラクやシリアの国有施設から盗み出した石油の輸送をトルコ経由でおこなっているが、1日100万㌦(1億2000万円)の稼ぎといわれるこの石油の密輸を、エルドアンの息子ビラルが所有する海運会社が担っていた。何千台もの石油を満載したトラックが軍に厳しく警備されたトルコ国境を通過することで成り立つこうした違法事業に、トルコ政府が気づいていないわけがない。昨年、トルコで開催されたG20の場で、ロシアの大統領プーチンがこう暴露した。
密輸品の中にはシリアやイラクの古代遺跡から盗み出した貴重品も含まれ、売却されてテロの資金源となっている。そして、毎日のように兵器を満載したトラックの車列がトルコからシリアへと舞い戻っており、それはISなどテロ集団間で配分され、代金は石油の密輸の利益で支払われている。この武器取引は、エルドアンと親密なトルコ国家情報機関(MIT)長官のハカン・フィダン(90年代にはCIAリヤド所長)が監督している。トルコのある新聞編集者は、以上のことを暴露する写真と記事を発表したため、スパイと国事犯のかどで逮捕された。
その後、シリア情報相は、「ロシアがシリア空爆で、エルドアンの息子の密輸トラック500台以上を破壊したので、それがエルドアンの逆鱗にふれ、ロシア戦斗爆撃機Su―24の撃墜とパイロットの殺害(昨年11月24日)になったのだ」と発言している。
また、2014年2月、サウジアラビアのアブドゥル・ラフマーン・アル・ファイサル王子がISに対して資金を供給したことがわかっている。サウジとトルコとISの親密さも暴露されている。
対テロ戦争の結果 中東は破局的な状態に
そして以上の背景には、アメリカの中東政策の大破綻がある。宮田律氏は次のようにのべている。
イラクで中央政府に反乱を起こしているのはISやISのイデオロギーに共鳴する者だけではなく、アメリカのかいらいであるマリキ政府の失政や腐敗に憤る広範な住民である。フセイン時代の開発独裁型政治は、石油をはじめとする輸出産業を発展させ、電力や水道、ハイウェイなどのインフラを整備し、中東地域でもっとも発達した教育・医療制度を持っていた。しかしアメリカのイラク戦争は100万人のイラク人を殺すとともに、国営工場を外資に売り払い、私企業を破綻させ、商業的農業を壊滅状態に追い込んだ。
現在人口の3分の2が30歳以下というイラクの失業率は40%(スンニ派地域では60%)で、以前は見られなかったストリート・チルドレンが増え、街頭でタバコやガムを売っている。アメリカは新自由主義にもとづいて石油、ガス、水、通信、農業などを国営から民営に切り替えたが、参入してきた外資にイラク政府高官がワイロをもらってそれらを売り飛ばした。復興計画のほとんどが未達成であり、とくに電力不足は深刻で、バグダッドの人人は昨夏、50度前後の猛暑のなかで苛酷な生活をしいられた。イラク国民に対する経済的略奪は、ISより政府の方がはるかにひどい。
2014年6月、イラクでISの台頭が顕著となり、北部の都市モスルに攻勢をかけると、駐留していた5万人のイラク政府軍は抵抗もせずモスルを放棄し、保有していた大量の米国製戦車、軍用車両、武器・弾薬と石油施設をISにあっさり献上した。米軍が創設した政府軍は、将校たちの汚職など腐敗がひどく、統制がとれず、兵士の士気は異様に低い。こうしてISは石油からの収入で兵士たちの生活を支えるとともに、住民たちへの社会サービスをおこなって組織への求心力を高める財源としている。アメリカは戦争で破壊し略奪するだけで、その後国民を統治する意志も能力もなく、それがISを台頭させる一因となっている。
そもそもアメリカのイラク戦争がISを生み出すきっかけだった。そして、アメリカの対IS戦略もメチャクチャで、シリアでは反アサドの「自由シリア軍」からISに鞍替えする者がいるのを知りつつ、「自由シリア軍」に支援を与え続けている。アメリカが介入すればするほどISは拡大し、米国製の兵器で武装するISを相手に米軍が空爆をおこなうという「戦費の浪費」をやっている。
一方、ISとの戦争をビジネスチャンスにしているのが、アメリカの民間軍事会社と軍需産業である。2014年8月、ISへの空爆を始めると、米国防総省は、ISとの戦争を請け負う民間軍事会社を募集する広告を出した。昨年8月時点で、イラクには3500人の米兵が駐留しているが、イラクで活動する民間軍事会社社員は6300人といわれる。また、米軍需産業も同じで、空爆を開始するとロッキード・マーティン、ボーイング、ジェネラル・ダイナミクス、レイセオン、ノースロップ・グラマンの株価が軒並み上昇した。ISとの戦争で、ロッキードは数千基のヘルファイア・ミサイルを受注し、AMジェネラルはイラク駐留米軍に160台の軍用車両を売却するなどして、株主に多くの利益を与えている。
だが同時に、アメリカはイラク、アフガニスタン、イエメンの「対テロ戦争」で、数兆㌦にも及ぶ巨額の国家財政赤字をつくったと推定されている。こうして「対テロ戦争」は、世界を安全にするどころか、世界的規模でテロを増殖させ、中東イスラム世界を破局的な状態に追い込むとともに、アメリカの中東支配そのものを瓦解させている。
世界戦争の危険性 新市民革命も引寄せる
こうしたなかで中東を発火点に新たな世界戦争の危機が拡大していると指摘する研究者は多い。千葉大学文学部の栗田禎子氏は次のようにのべている。
パリのテロ事件は、その背景に、2011年の「アラブの春」以後の中東における革命状況を撹乱しようとして、欧米政府が「民主化」の名でリビアとシリアに介入し、その過程で反政府勢力に武器や資金を与えた事実(そのなかからISが生まれた)があることを直視しなければならない。このシリア軍事介入の策動は、2013年には世界で反戦運動が高まり、イギリス上下両院で介入反対が決議され、オバマもあきらめていったん頓挫する。だがその後ISが台頭し、昨年夏には「難民問題」を煽って、アメリカがイラクとシリアに対する空爆を始め、ヨーロッパも同調しようとした。すると機先を制するように9月末、ロシアが突然シリアの反政府勢力への空爆を始めた。こうしてシリアへの軍事介入をめぐって主導権争いが激化するなか、パリのテロ事件が起こるとオランドが即座に戦争を宣言し、フランスが軍事介入の前面に出た(9・11と同じショック・ドクトリンだと評価する研究者もいる)。こうしたなかで現在、フランスの要請にもとづくEUの相互防衛条項発動や、トルコによるロシア戦斗爆撃機撃墜を契機とするロシアとNATOとの対立の兆候があらわれ、世界戦争の危機が高まっている。
宮田氏も、ロシアはシリアにとって最大の武器供給国だが、それだけでなく「アラブの春」によってアメリカの影響力が総体的に弱まった間隙をついて、ロシアがエジプトやサウジ、UAE(アラブ首長国連邦)と武器売却の契約を結んだと指摘している。また、中国も、アメリカの中東政策の破綻のなかで、「新シルクロード(一帯一路)」の経済帯構想を掲げて交通網やパイプライン・ネットワークを整備し、中央アジアや中東のエネルギー獲得に積極的に乗り出している。2014年8月には中国、ロシア、中央アジア諸国によって構成される上海協力機構(SCO)が対テロ合同軍事演習をおこなった。中東を舞台に、欧米と中ロの争奪が激化している。
千葉大学法政経学部准教授の三宅芳夫氏は、現在アメリカの期待は、みずからの介入によって「不安定」(ところによってはカオス)にした中央アジア・中東・アフリカ地域における日本の貢献に傾斜しているのではないか、自衛隊が後方支援という形での関与はあるかもしれない、と指摘している。
東京大学東洋文化研究所名誉教授の板垣雄三氏は、以上の中東をめぐる事態を歴史的に見ている。イラク、リビア、シリア、イエメンは国家の解体状況にあるが、それは第一次大戦後に欧米がおこなった国境の線引き、欧米中心の世界秩序自体が音を立てて崩れていることを示している。そのことはロシアとトルコの緊張をはじめ、世界戦争に発展しかねない矛盾を生むとともに、自由と自立・平和と共生の新しい世界を確立する市民革命を引き寄せている、と発言している。