「イスラム国」に捕えられていた2人目の人質である後藤健二氏が殺害されたことが、1日早朝に明らかになった。この間、ヨルダン政府に拘束されていた「イスラム国」メンバーを釈放するよう交換条件が突きつけられ、緊迫した数日間が経過していたが、民間軍事会社経営者だった湯川遥菜氏に続いて命を落とす結末となった。もともと中東外遊でイスラエルをはじめとした国国に対「イスラム国」撲滅資金をばらまき、人質事件のきっかけをつくったのは安倍首相だった。ところが導火線に火をつけた本人はわれ先に帰国し、安全圏に身を置きながら今度は自衛隊派遣を叫び始めるなど、もっけの幸いで武力参戦に踏み込もうとしている。アメリカにそそのかされて軍事行動に訴えるなら、日本列島がテロの標的にされるだけでなく、在外邦人の身にも危険が及ぶことになる。さらに、戦斗に引きずり込まれた自衛隊員のなかから多数戦死者が出ることも避けられない。2人にとどまらず「邦人の命」を危険にさらす道であり、日本社会の命運がかかった問題となっている。
「邦人の命」をより危険にさらす
1日にネット上に公表された動画は「日本政府へ」と題したもので、「オマエたちは邪悪な有志連合に参加する愚かな同盟国のように、われわれがアラーのご加護により、権威と力のあるイスラム教カリフ国家であり、オマエたちの血に飢えた軍であることを理解できていない。アベ(安倍晋三)、勝ち目のない戦争に参加するというオマエの無謀な決断のために、このナイフはケンジを殺すだけでなくオマエの国民がどこにいようとも虐殺をもたらすだろう。日本の悪夢が始まる」というものだった。後藤氏の遺体と見られる写真も掲載された。
動画を受けて会見に応じた安倍首相は、「非道、卑劣きわまりないテロ行為に強い怒りを覚えます。テロリストたちを決して許しません。その罪を償わせるために、国際社会と連携して参ります」「日本がテロに屈することは決してありません」とのべた。
人質殺害の報に触れて間髪入れずに反応したのが米、英だった。オバマ大統領は「米国はテロリスト集団である『イスラム国』による凶悪な殺人を非難する」と声明を発表した。オバマは後藤氏がシリアの人人の苦境を世界に伝えようとしていたと賞賛したうえで、「安倍晋三首相や日本の人人と結束して野蛮な行為を非難する」「米国は同盟国や友好国と幅広く連携し、『イスラム国』を弱体化させ、最終的に破壊するため断固とした行動をとり続ける」とした。
イギリスのキャメロン首相は「イスラム国が人命を何とも思わぬ邪悪の権化であることを改めて想起させた」「日本と連帯し、この殺人者たちを摘発し裁きを受けさせるためあらゆる努力を払う」と声明を発表。ハモンド外相も「人命を辱める行為であり、後藤さんの家族や日本人に深い同情を表明する。英国は日本人と共にテロに立ち向かっていく」と声明を発表した。
さらにフランスのオランド大統領は「最も固い決意をもってイスラム国による後藤さんの悲惨な殺害を非難する」「日仏両国は中東の平和とテロ勢力の根絶のため協働を続ける」とのべた。米英仏ともに1月31日段階で声明を発表するなど、日本政府以上に素早い反応を見せ、一気に有志連合の「仲間」に引きずり込んでいきたい意図を丸出しにした。
日本国内でも商業メディアは1日早朝から「後藤氏殺害」一色に染まり、ニュースキャスターや評論家たちの感情的な訴えが終日響いた。
口実与えるイスラム国
人質を公開処刑してネット上に残虐な斬首映像を流したり、同じアラブ諸国の人民そのものを殺戮したりと、「イスラム国」のやっている行為はいかなる理由があっても支持されるものではない。ハリウッドを彷彿させる劇場型の過激な言動によって世界中の関心を集め、みずから世界中の人人が眉間にしわを寄せるような残虐行為をくり広げ、イスラム教がいかに野蛮な宗教であるかを印象付けようとしていることに最大の特徴がある。テロ組織の元祖といわれてきたアルカイダですら、「ジハード戦士にあるまじき行為」といって人質斬首とは距離を置くなど、世界中にいる16億人のイスラム教徒のなかでは極めて浮き上がった存在といえる。
アメリカのイラク統治失敗を受けて、その狭間でイスラム教スンニ派がイランなどのシーア派を攻撃する形で台頭し、さらにアメリカが目の敵にしてきたシリアにも侵攻し、反アサド政権で内戦をくり広げるなど、その矛先は植民地支配からの解放そのものに向いている訳でもない。イスラム最大の敵であるはずのイスラエルに銃口を向けないのも特徴である。イスラム教内部で宗派が互いに殺しあいをやり、そこにテロ撲滅を掲げた欧米各国が軍事力を展開することによって、結果的に安全圏を確保されるのがイスラエルである。米軍が財政削減で中東から兵力を引き揚げたがっているなかで、テロ撲滅の有志連合なるものが形成され米国の中東支配の砦になってきたイスラエルと連携する。他国の軍事力によって米国覇権を守る路線が貫かれている。
その行動と結果から見て、「イスラム国」が中東に有志連合を引きつけ、残虐な行為をすればするほど各国が武力参戦の口実にして身を乗り出すことにつながっている。ネオコンなどの軍産複合体や戦争狂いたちが大喜びして、戦火を拡大させようとしていることも見過ごすわけにはいかない。イスラエルと日本の関係だけ見ても、昨年から防衛産業は武器輸出に色めき立って、まるで今回の武力参戦を見込んでいたかのような振舞を見せてきた。政府間でもイスラエルの諜報機関モサドと日本のNSC、自衛隊などの相互交流を深めることが確認され、早くから中東地域における自衛隊の運用を視野に入れた動きがあらわれていた。
米軍身代りで殺し合うか
人質殺害を一つの契機にして、「反テロ」で戦争に突入しかねない極めて危険な情勢が到来している。「イスラム国」がやっていることは間違いなく残虐である。しかし、同時に残虐を問題にするのであれば、この間だけでも2000回の空爆をくり返し、6000人を殺害してきた有志連合についても、殺し方の違いというだけで、一方だけがまったくの聖戦で正しい殺戮であるという見方などできない。
アラブ諸国において、第1次大戦から引き続くこの100年来は米英仏の植民地支配との非和解的な矛盾を反映して、さまざまな紛争がくり広げられてきた。問題は、「イスラム国」が悪であるから有志連合が善であるというような単純な代物ではない。2人の日本人が殺害されたことを理由にして、感情的に「反テロ」有志連合に足を踏み入れるなら、この矛盾に満ちたアラブ世界の泥沼に引きずり込まれ、「イスラム国」だけにとどまらない多くのイスラム教徒を敵に回し、アラブを抑圧する欧米列強の側で片棒を担ぐことにしかならない。
今回の人質事件を時系列で振り返ってみると、きっかけをつくったのは間違いなく安倍首相であった。昨年から人質になっていたことはわかっていながら、イスラエル国旗を背景に「イスラム国」撲滅を叫び、腹を立てた「イスラム国」が殺害予告で「アベ!」と何度も呼び捨てすることとなった。火種を撒いたのが本人である以上、みずからが人質になりかわるなり、交渉の前面に立つなり首相としての責任ある対応が求められたが、日本に飛んで帰ってきて、渡りに船で「自衛隊派遣」を口走る対応となった。もっけの幸いで参戦していく流れがつくられていった。
事件発覚後、日本政府は狼狽するばかりで、アメリカからは「身代金要求には応じるな」「人質交換にも応じるな」と事細かに指示されて交渉の自由を奪われるなど、為す術がなかった。また、交渉するといってもヨルダン政府やトルコ政府に丸投げで、外交能力など持ちあわせていない姿も浮き彫りになった。
そんな国が仮に有志連合として武力参戦し、地上の肉弾戦を担うといっても、放り込まれた自衛隊員は死にに行くようなもので、失われる「邦人の命」は2人だけでは済まない。米軍はビン・ラディン殺害にしても、対「イスラム国」討伐や人質奪還作戦などにしても、グリーンベレーなどの特殊部隊を動員し、現地に潜入したCIAやスパイと連携して攻撃対象の狙いを絞るなど、相当に踏み込んだ手法で軍事力を展開してきた。しかし殲滅などできていない。
米軍がお手上げの戦斗地域に自衛隊が乗り込み、いったい何をやろうとしているのか、何をさせられるのかである。今回の事件を巡っても部族長や宗教関係者との接触はみなヨルダンやトルコ頼みだった。右も左もわからない戦斗地域に乗り込むことがいかに無謀なことか、自殺行為であるかは考えるまでもない。というより、2人が殺害された今、自衛隊が出動しても助けるべき命はそこにはもうない。恨みを買って死にに行くだけである。
集団的自衛権の行使に向けて実践的に一歩踏み出すために、事態を利用する動きがあらわれている。「イスラム国」のテロを参戦の理由にして、のめり込んでいくきっかけにしようとしており、背後でアメリカがしきりに武力参戦をそそのかしている。このなかで、本来恨まれる理由などないアラブの矛盾に顔を突っ込んで、進軍ラッパだけ勇ましく吹き鳴らす為政者の姿が同時に暴露されている。問題を起こした張本人が一目散に帰国して自衛隊員に「行ってこい!」というのだから、どうして自衛隊員は首相の撒いた火の粉を消すために命を削らなければならないのか、米軍の身代わりになってアラブの人人と殺しあわなければならないのか、考えないわけにはいかない。
「邦人の命」を守るどころか、東京での爆破テロ事件発生などを心配しなければならない状況を迎えている。アラブ諸国には日本企業も多数進出しており、在外邦人に対する見方も変化することは疑いない。アメリカの目下の同盟者になって「邦人の命」を危険にさらし、泥沼の戦争に引きずり込むことを阻止することが、日本民族の命運ともかかわった重大な課題となっている。