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ちらつく宗教右派の影 韓国・尹錫悦騒動と社会的混乱の背景 YouTubeやSNS使い世論操作 トランプ現象を模倣か

(2025年1月22日付)

尹錫悦大統領の拘束に反発してソウル西地裁に乱入する支持者ら(1月18日、韓国ソウル)

 昨年12月3日に「非常戒厳(戒厳令)」を発令し、韓国社会の猛反発を受けて弾劾決議が下された尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が1月19日、内乱罪などの容疑で合同捜査本部に逮捕・拘束され、韓国史上初となる現職大統領の弾劾裁判が始まった。尹大統領は大統領官邸に立てこもるなど抵抗を続けていたが、逮捕後も取り調べに一切応じていない。一方、尹大統領の拘束に反発する支持者らが1月18日、ソウル西部地裁に侵入して暴動を起こすなど社会的混乱が続いている。

 

国内世論は大統領弾劾支持が圧倒

 

 日本のメディアでは、韓国社会での世論調査で尹大統領や与党の支持率が急上昇し、野党に拮抗あるいは追い抜いたとの報道がクローズアップされている。ユーチューブやXなどのSNSで真偽入り交じる野党批判や弾劾の不当性などが拡散されたことと合わせて、尹大統領自身も何も語らぬことで「メディアや国家権力から袋叩きにされる可哀想な愛国主義者」という同情を誘うような演出がなされているのが特徴だ。米国のトランプ大統領を模したやり方でもある。

 

 だが、韓国社会では、40年前に逆戻りするような軍事独裁政治の復権を試みた尹錫悦に対する拒絶反応が圧倒しており、ソウルでは雪が舞うなか数万~数十万人規模の弾劾デモが連日くり返されている。一方、弾劾反対を主張する団体もデモを実施しているが、警察発表で数千~2万人規模。それらを動かしているのが、プロテスタント系を名乗るカルト宗教団体や極右ユーチューバーの存在だ。

 

 尹大統領を熱烈に支持してきたことで知られる新興宗教団体「新天地イエス教会」(李萬熙総裁)は、1984年に韓国で設立され、信者は韓国に約21万人、海外に3万人いるとされる。尹大統領は検事総長時代(2020年)、集団礼拝で新型コロナ感染拡大の原因を作ったとして発令された同教団の家宅捜索を拒否し、その見返りとして現与党「国民の力」の党内選挙に同教団が大挙介入し、尹氏が大統領候補に選出されるよう手助けしたと指摘されている。

 

 既存キリスト教団体から異端視される同教団は、1990年代までは文鮮明率いる統一教会と保守系新興教団としての主導権を争った関係であり、朴槿恵(パク・クネ)大統領弾劾デモのさいも星条旗を振ってカウンターデモをおこない、トランプ米大統領訪韓時にも大々的な歓迎デモをおこなったことで知られる。

 

 また、日本に進出している新興宗教団体「サラン第一教会」の教祖・全光焄(チョン・グァンフン)牧師も、自身のユーチューブチャンネルで信者に向けて熱狂的なメッセージを発信している。

 

 1月18日に起きたソウル西部地裁襲撃事件の当日も、ソウル鍾路区でおこわれた「全国主日(日曜)連合礼拝」に6000人(警察による非公式推計)が集まり、主催者である全光焄牧師は「国民の抵抗権は憲法の上にある。われわれは尹大統領を拘置所から連れ出すこともできる!」と行動を呼びかけた。参加者の大半は高齢者たちだった。

 

 裁判所襲撃事件は、警察提出資料によると、3万5000人余りの弾劾反対派が届け出なしの集会をおこない、そのうち1300人がソウル西部地裁前に集まり、300人余りがガラス瓶や石などで入り口を破壊。柵を乗りこえて裁判所敷地内に侵入し、警察に暴力を振るい、バイクなどでバリケードを築き、窓ガラスや外壁をたたき割ったとされる。90人が現行犯逮捕され、半数が20~30代の若者だった。

 

 当時、裁判所内部で避難した職員は「目つきがあまりにも異常だったので、到底太刀打ちできないという恐怖を感じた」、「デモ隊の無法地帯のように歩き回るが姿があまりにも凄惨で、脳裏から離れない」と全国公務員労組を通じて地元紙にのべている。

 

 韓国学中央研究院のハン・スンフン教授(宗教学)は、「国家権力に制限を設けたものが憲法だが、憲法を否定した尹大統領が頼るべきものはもはや宗教しかない。『国民の抵抗権は神の命令であり、それを全光焄という予言者を通じて知ることができる』――このような論理は近代以降、宗教が社会運動に介入するさいに常に用いられてきた」と韓国紙『ハンギョレ』でのべている。

 

 同教授は「メディア環境が変化するなかで、若者のなかでも“自分は排除された”と感じる劣等感を原動力にして、このようなフィルターバブル(選択的な情報にさらされることによる偏向)が強く作用するようになっている。“トランプのように耐えてさえいれば再び権力を握ることができ、いま捕らえられた人々もいつしか殉教者として戻ってくるだろう”という宗教的イデオロギーによって彼らの確信が強くなっている」とのべ、単に「保守vs.革新」の社会的分断に陥ることなく社会問題として向き合う必要性を説いている。

 

政治と絡み合う宗教 朝鮮戦争と米軍間接統治

 

 韓国社会で宗教と政治が密接に絡み合う問題の背景には、第二次大戦の戦後処理と朝鮮戦争(休戦中)の戦時体制が絡んでいると指摘される。

 

 朝鮮戦争を契機に米軍が進駐した韓国では、独立後も日本による植民地統治に協力した人物(旧日本軍の一員だった朴正煕)や米国帰り(李承晩)、米軍出身者(全斗煥)が登用され、「親日」と「親米」という本来敵対していたはずの勢力が戦後政治の実権を握った。日本の敗戦によって社会的地位を失ったが、今度は米国に呼び戻されて地位を回復したため、必然的に軍事独裁政権を含む保守勢力は親米を基調とした経緯がある。

 

 それを支えてきたのが、戦後の韓国に持ち込まれたキリスト教大教会だった。保守色の強い南部を中心にして単一教会としては世界1、2位を争う大規模教会が集中しており、信者を一括りにはできないが、教団としては一貫して保守政党の集票母体となってきた。

 

 また、凄惨を極めた朝鮮戦争における北朝鮮アレルギー(反共)とも絡み、戦時体制の継続によって米国を「頼るべき恩人」とする論調が影響力を持ち続けた。そのため、2016年の朴槿恵(パク・クネ)大統領弾劾のキャンドルデモや、今回の尹錫悦弾劾デモが起きると、それに対抗する彼らの集会では必ず韓国旗とともに星条旗を振るのが慣例となっている。

 

 今回の尹錫悦騒動について米国政府は、表向き「不支持・不介入」の立場で距離を置いているが、尹大統領は米韓同盟や米韓日同盟の熱烈な支持者であり、対北朝鮮強硬策も含め、米国や日本政府(自民党)にとって最も忠実なパートナーであった。

 

 水面下では、トランプ大統領の側近である米国保守連合(ACU)のマット・シュラップ議長が昨年12月14日、職務停止された尹大統領と極秘に会談したり、16年の米大統領選挙でトランプ選対本部長を務めたポール・マナフォートが非公開で訪韓し、大邱市長や与党「国民の力」の院内代表ら一部幹部と会談したと報じられている。

 

 トランプの運動母体「MAGA(米国を再び偉大に)」を代表する人物で、第一次トランプ政権でホワイトハウスの首席戦略官を務めたスティーブ・バノンも、一連の弾劾キャンペーンに「中国が介入している」などと主張。米下院のアジア太平洋小委員会委員長となったヨン・キム下院議員も「弾劾主導勢力は北朝鮮に対する融和政策、中国への順応を好んでおり、これは朝鮮半島の安定と地域全体に大きな災いをもたらす可能性が高い」と発信するなど、韓国社会の分断と不安定化を煽るように刺激している。SNSで流布される偽情報や宗教団体の暗躍とも絡みながらの内政介入がうかがえる。

 

 韓国の民衆によって追い詰められた尹大統領の失脚は、韓国を「目下の同盟者」として従えてきた米国および日本・自民党政府の対韓政策の頓挫でもある。

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