(2025年1月22日付掲載)
米カリフォルニア州ロサンゼルス近郊では、7日に出火した山火事が、消防による鎮火ができないまま次々と延焼し、同時に数地区で大規模な火災となって燃え広がった。ロサンゼルス市は人口約400万人の全米第2の都市であり、人口約1000万人のロサンゼルス郡は全米でもっとも人口の多い郡だが、今回の山火事はその周辺を広範囲に焼き尽くし、「アメリカの歴史上もっとも破壊的な火災」といわれるほどの被害を出している。戦後長く「世界の盟主」として振る舞い、今でもGDPは世界トップのアメリカの国内で、なぜこんな事態になったのか。メディアの報道では「地球温暖化」「気候危機」に原因を求めるものが多いが、毎年のように大規模な山火事が起こってきたカリフォルニア州で、その対策をなにも講じてこなかったのかという疑問がある。現地の報道や研究者が発信しているものをもとに、なにが起こっていたのか調べてみた。
消火活動できず囚人まで動員
山火事は7日、ロサンゼルス西部の高級住宅地パシフィック・パリセーズの近郊から出火した。昨年来、何カ月も雨がほとんど降らなかった乾燥した南カリフォルニアで、「サンタ・アナの風」と呼ばれる強風にあおられて、プールやテニスコートを持つ家庭も多い高級住宅街はほぼすべての建物が焼け落ち、壊滅的な被害を受けた。山から海に向かった火の勢いが強く、海沿いの幹線道路には煙がもうもうと立ちこめ、沿道の飲食店や住宅も全焼したと報じられている。ハリウッドの有名俳優をはじめ、セレブたちも家を焼け出された。
同じく7日夕方には、ロサンゼルス郡アルタデナのイートン地区からも火の手が上がり、20分ほどで送電線をこえる高さの炎となった。「まるで戦場のよう」「すべてが灰になった」という声が上がっている。
ロサンゼルス郡消防本部などの13日の発表によると、パリセーズ火災は約96平方㌔を焼失し、5300棟以上の建物が被害を受け、少なくとも8人が死亡した。イートン火災では約57平方㌔が焼失し、7000棟以上の建物に被害が出、16人が死亡した。その他、パリセーズ火災とイートン火災であわせて23人が行方不明になっている。
8日にはハリウッドヒルズのあるサンセット地区でも出火し、ハースト地区やケネス地区でも火の手が広がった。さらに13日になると、隣のベンチュラ郡でも新たに火の手が上がった。こうして炎が地域全体を呑み込んで、住宅や商業施設、学校や図書館、教会、食料品店などの焼け跡が広がっている。
延焼は収まってきたものの、これまでの焼失面積は160平方㌔以上で、今回の火災による被害総額は約1500億㌦(約23兆4000億円)以上ともいわれる。住宅やインフラの破壊とともに、煙による健康被害も起きており、「アメリカの歴史上でもっとも破壊的な火災」となった。
消防署長が市長を批判
今回、山火事がこれほど広がった原因の一つとして、国民の生命・財産を災害から守ることを使命とする消防局の予算を大幅に削減したため、消火活動がほとんど成り立たなくなっていたことが指摘されている。
ロサンゼルス市消防局のクリスティン・クローリー消防署長は、山火事の最中の地元メディアとのインタビューで、「昨年六月、カレン・バス市長が消防局の予算を1750万㌦(約27億3000万円)も削減したため、技術・通信インフラ、給与処理、訓練、火災予防、地域教育など、消防署の中核業務を維持する能力に悪影響が及び、消火活動に支障が出た」と非難した。火災の鎮火作業の真っ最中に、消防署長が公然と市長を批判するのだから尋常ではない。
バス市長は昨年、一方で警察の予算は大幅に増額しながら、消防やその他の重要な公共サービスの予算を削減する予算案を提出した。これに対してクローリー署長は、昨年の市の予算公聴会で、2010年以降に消防要請が55%も増加しているにもかかわらず、市長が消防署の職員61人を削減したことを批判し、逆に職員159人の増員を求めた。
クローリー署長は「予算削減によって職員や消防署の数が足りず、このままでは山火事などの緊急事態に消防署が対応できなくなる。残業手当の削減によって大規模緊急事態に備えて消防士を訓練することもできなくなるし、整備士も不足して、今でも車両の修理が遅れている。住民の生命や安全を守るために消防署の能力拡大が必要だ」と警告を発していた。しかし、バス市長はこれを無視した。
そして、山火事は起こった。消防士や整備士は不足し、たくさんの消防車が放置されたままで、埃をかぶって動かない消防車も少なくなかった。
一方、消防士の人手不足を補うため、1000人近い囚人が「受刑者消防士」として派遣された。彼らは水を使った消火活動はおこなわず、延焼を防ぐために燃えやすい木々をとり除いたりする活動をおこなった。だが、受刑者消防士は賃金がきわめて安いうえに消防士としての訓練を受けていないため、この5年間で消火活動中に1000人以上が死傷している。
現在アメリカでは、若い黒人男性は若い白人男性に比べ、警察官に殺害される割合が21倍も高く、刑務所に収監される割合が5倍も高い。黒人やラテン系の囚人をただ同然の労働力として搾取する監獄ビジネスが横行しているからだ。この監獄ビジネスは、1982年に共和党大統領のレーガンが「麻薬との戦争」を宣言して以降大規模になり、1994年には民主党大統領のクリントンが「3振即アウト法」(過去に2度有罪判決を受けた者が、3度目に有罪になると、終身刑などの重罰となる)をつくって拍車をかけた。
ちなみに民主党の大統領候補だったカマラ・ハリスは、カリフォルニア州司法長官時代、囚人を山火事の消火活動に投入したことで批判を受けている。
また、避難指示の問題もある。ロサンゼルス郡の消防当局は当初、付近の18万人に避難命令を出すつもりだった。ところが、メッセージ送信を担当する委託企業が、誤って周辺の約1000万人に避難を促すメッセージを送信した。これも混乱に拍車をかけた。
カリフォルニア州では、毎年のように大規模な山火事が起こっている。しかもカリフォルニア州史上最大の山火事20件のうち、15件が2000年以降に発生しているといわれるほど、近年に集中している。にもかかわらず、連邦政府も州も市もそれに対する備えをしてこなかった。
大火災想定の消火栓なく
もう一つの疑問は、なぜ消火栓の水がくり返し不足したのか、もっとも必要なときに水道システムが機能不全に陥った原因は何か、である。
現場で消火にあたった消防士たちは、「消火栓が干上がり、水を出すことができなかった」と語っている。高級住宅街パシフィック・パリセーズ地区では7日の出火当時から消火栓が水圧不足であり、全体の約2割の消火栓が枯渇し給水できなかった。消火栓の枯渇はイートン地区でも起こっていた。
消火栓への給水はロサンゼルス市水道電力局(DWP)が担当している。ところがその水道システムが、そもそも山火事を想定して設計されていないことが今回の火災で暴露された。
パシフィック・パリセーズは山を切り開いて造成された高級住宅街で、水は導水路などから丘陵地帯の3つの貯水タンク(容量はそれぞれ約380万㍑)に送られ、そこから重力によって各住宅や消火栓に流れ込む仕組みになっている。問題はその水の量が消火活動に十分なほど確保されていたのかということだが、今回の山火事の最中に市水道電力局の元幹部は、「このシステムは、数百件の家屋を焼失する火災ではなく、数軒の家屋を焼失する火災を想定して設計されていた」と証言した。山火事の危険性があることをわかっていながら、それに対応するよう水道システムを再設計すると莫大なコストがかかるので、そのまま放置していたわけだ。
だから、火災が広がると3つの貯水タンクは次々に空になり、消火栓に圧力をかけることができなくなった。また、近くにあった予備のサンタイネス貯水タンク(容量は4億4300万㍑)は、昨年2月から修理中で空になっており、使えなかった。出火から3日目には、消防士たちは消火栓から取水するのを完全にあきらめ、プールや海から取水していたという。
パシフィック・パリセーズで被災した住民たちは13日、消火に不可欠な貯水タンクを適切に管理しなかったとして、市水道電力局を提訴した。
他にも、ロサンゼルス市の水道設備は第2次大戦前に導入され、その後、水道インフラに投入される予算があまりに少ないために、100年前の水道本管が残っているなど老朽化が深刻な問題になっている。
カリフォルニア水戦争
ロサンゼルスの水問題については、歴史的経緯も見ておく必要がある。
ロサンゼルス市は、太平洋に面するカリフォルニア州南部に位置する。降水量の豊富な同州北部と比べ、南部は水資源に乏しく、東側には砂漠地帯が広がっていて、長年干ばつに苦しんできた。水の確保が死活問題だったわけだ。
そのため、1907年には北部のオーエンス湖から水を調達する、全長380㌔の「ロサンゼルス導水路」の建設が始まり、1913年に完成した。さらに1928年からは、カリフォルニア州南部の自治体などとともに「南カリフォルニア都市圏水道公社(MWD)」をつくり、同州北西部と南のコロラド川の2方面から水を調達する2つの導水路が新たに建設された。それらは多額の税金を投入した、「世界最大級のインフラプロジェクト」といわれる。
「ロサンゼルス導水路」の建設当時、ロサンゼルス市水道電力局が詐欺的な手口で水利権を取得しようとしたため、オーエンス湖周辺の地元農民たちが反発し、水道施設の一部を破壊したりした。これは「カリフォルニア水戦争」と呼ばれる。これを題材にしてつくられた映画『チャイナタウン』(1974年製作)は、1930年代のロサンゼルスを舞台に、元々市民のものだった水を自分が買い占めた農地に流そうとする、私利私欲にまみれた水道電力局幹部を描いている。
それは過去のことではなかったことが、今回の火災で明らかになった。
1994年、カリフォルニア州の水道当局、水道インフラ請負業者、水利権を持つ農場主が秘密会議を開催し、同州の水法を変えた(モントレー修正条項)。従来の法律では、干ばつのさいには都市部の人々に優先して水を供給すると決まっていたが、それを書き換えて、農業の利益を優先するとした。また、州が所有する公的な貯水施設「カーン・ウォーター・バンク」を民営化した。
この会議の参加者のなかに、カリフォルニア州最大の農場主で億万長者のレスニック夫妻がいた。彼らは、移民労働者を低賃金で働かせてピスタチオやアーモンドなどを生産する「ワンダフルカンパニー」の株の過半数を所有していた。また、カーン・ウォーター・バンクの株の過半数も、レスニック夫妻が所有することになった。
こうして南部で水が枯渇しても、大農場は水の心配をすることがなくなった。他方で自治体は、水が枯渇するとカーン・ウォーター・バンクから水を購入しなければならなくなり、その分自治体の水道料金が上昇して、納税者が負担を強いられるようになった。
ロサンゼルス市民が水不足に苦しめば苦しむほど、大農場主が大きな恩恵を受けるという関係だ。こうしたことが積み重なって、大規模な山火事が起こっているのに消火する水がないという異常事態が引き起こされたと見られている。
そのほか注目されているのが保険会社の対応で、多くの保険会社が山火事の多いカリフォルニア州から次々と撤退している。2020年から2022年にかけて、保険会社はカリフォルニア州で280万件以上の住宅所有者向け火災保険の更新を拒否した。保険会社は利益を最大化するように設計されており、山火事が頻発する地域での保険契約をキャンセルすることが最善の策となる。保険会社は顧客がもっとも困っているときに見捨てるものだということが浮き彫りになり、焼け出された住民たちは生活再建の目処が立たない。
電力自由化の弊害も
カリフォルニア州は、電力自由化がもたらす弊害でも有名だ。
同州は1998年から電力自由化を実施し、発電事業者と小売事業者を分離した。ところが2000年夏から翌年にかけて停電が頻発した。きっかけは、同州が猛暑に襲われ、電力需要が逼迫したことだ。背景には、電力自由化を開始した時点で電力需要の増加に発電設備の建設が追いついておらず、供給力が不十分だったことがあり、そのなかで新規参入したエンロンなどの発電事業者がもうけを優先し、電力の卸売価格高騰を狙ってカリフォルニア州への電力供給を止めてしまった。電力の卸売価格は10倍にもなり、最終的には州が電気事業を再び管理下に置いた。需要と供給で電力価格が変わる市場原理に過度に依存したことが原因だと指摘されている。
同州は2020年8月にも、大規模な停電を経験している。このときは、州政府が地球温暖化対策として再エネ導入推進政策を進める過程で、石炭・天然ガス火力発電と原子力発電を閉鎖し、それを太陽光発電に置き換えたことが原因だった。同年夏の熱波で冷房需要が急増したが、熱波の影響は日暮れまで残るのに、日没とともに太陽光発電の発電量が急減して供給が落ちたからで、不安定な再エネに過度に依存したことの弊害だ。
こうして住民の生活や生産活動に不可欠な電力の供給システムも、きわめて不安定で脆弱なものになってきた。
カリフォルニアの大規模な山火事も、暴風のさいに電力会社の設備の不具合や老朽化が原因で出火したことが過去に何度もあったと指摘されている。例えば2018年11月の山火事は、86人が死亡し、1万8800棟が焼失する大きな被害を出したが、その原因も、同州最大の電力会社だったPG&E社の送電線設備の不具合だった。そして、巨額の賠償負担を求められた同社は、2019年11月に破産を申請した。
今回の山火事でも、電力会社エジソン・インターナショナル傘下の南カリフォルニア・エジソン社(SCE、発電・配電を担当)が住民から訴えられた。住民たちは、イートン火災は、イートン・キャニオンにある同社の送電線が火災の発生源だと主張している。
全米1のホームレス街
さて、ドジャースタジアムやハリウッドのあるロサンゼルスは、美しい景色や太陽の輝くビーチばかりが日本で紹介されるが、実は全米1のホームレスの街でもある。
ロサンゼルス・ホームレス支援局(LAHSA)が昨年6月に発表した調査結果によると、ロサンゼルス市のホームレス人口は4万5252人、同じくロサンゼルス郡は7万5312人だった。2022年の調査では、カリフォルニア州で安定した住居を持たない人は約17万3800人いた。
ロサンゼルス周辺では、市内の歩道や公園にテントがあふれ、車や野営地で寝泊まりしている人も多い。ロサンゼルスのダウンタウンでは、何千人もの人々がブロック全体に広がる掘っ立て小屋で暮らしている。ロサンゼルス市長がホームレス非常事態を宣言するほどで、毎日六人以上のホームレスが路上やシェルターで亡くなっている。
では、なぜこれほどホームレスが多いのか。
アメリカでは2008年のリーマン・ショックの時期、サブプライムローン破綻とともに住宅の差し押さえ件数が急増し、それによって路上生活や、ノマドといわれる車上生活に移行した人が多い。コロナ・パンデミックの時期の首切り・失業や倒産で、それはさらに加速した。
加えて、家賃や不動産価格の高騰が止まらなくなっている。カリフォルニア州は、「平均月額家賃がもっとも高い米国の州」ランキングの2位だ。同州の住民は平均して、月額1927㌦(約30万円)の家賃を払っている。また、同州の住民の支払う光熱費は、平均して月額2338㌦(約44万3000円)で、全国平均よりも4割近く高い。
家賃の値上がりは、コロナ禍の特例措置の終了が輪を掛けている。アメリカではコロナ禍に、各自治体が家賃の上昇率に上限をもうけて、借家人が不当に立ち退きを迫られるのを防ぐ仕組み(家賃統制)をつくってきた。ロサンゼルス市もコロナ禍の4年間、家賃統制住宅の家賃値上げを全面的に禁止してきたが、昨年2月の市議会でこの家賃凍結の終了を決議した。現在、多くの賃貸住宅入居者に家賃値上げの通知が届いているそうだ。
こうしたなかで、フルタイムの仕事はあるが家賃を払うだけの収入がなく、仕方なく車上生活する人が増えている。連邦の貧困ライン以下で暮らすロサンゼルスの賃貸住宅居住者のなかで、収入の90%以上を家賃に費やしている人は少なくなく、彼らはホームレス予備軍だ。
さらにホームレスの中には、職場での事故や病気の治療費が高すぎて払えず、自己破産した人もおり、精神疾患や薬物・アルコール中毒の人もいる。住民生活に欠かせない医療や福祉が、いかに切り捨てられてきたかがあらわれている。
そのうえ、ホームレスをシェルターや治療プログラムに受け入れる自治体の予算が少ない。とくにロサンゼルスは、同じくホームレスが増え、シェルターを増やしているニューヨークに比べても、圧倒的に足りないという。
これに米連邦最高裁の対応が拍車をかけている。オレゴン州がホームレスの取り締まりのため、公共の場所での寝泊まりを禁じる条例をつくった。その是非を争う裁判で、連邦最高裁は昨年6月、この条例を容認する判断を示した。違反したホームレスには、公園からの退去、罰金、逮捕が科されることになる。公的な支援が乏しい以上、彼らは監獄ビジネスのターゲットにならざるを得ない。
日本も他人事といえず
今回のロサンゼルス近郊の山火事は、消防や水道など社会のインフラが、予算の削減と民営化によって人員も設備も不足して総崩れとなり、まともな消火活動ができないなかで被害が拡大した人災だ。住民たちは「戦争のためには莫大な予算が割かれているのに、火災対策にわずかな予算もあてず、消防士もいなければ水もない」と抗議している。
1981年に大統領に就任したレーガンが新自由主義に舵を切り、それ以来民主党も共和党も「小さな政府」「市場原理」といって公的機関やサービスを民営化し、規制緩和によってごく一握りの大企業や投資家を優遇してきた。しかしその結果、自然災害に対する国や自治体の公的な機能がマヒし、山火事から住民の生命や財産が守れない。それは金もうけのために社会を犠牲にする、新自由主義の犯罪性をあらわしている。アメリカを後追いする日本も、これを対岸の火事とみなすことはできない。