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【パレスチナ現地報告】破壊し尽くされた瓦礫の街で人間の尊厳と平和を求める人々 日本国際ボランティアセンター・大澤みずほ

 2023年10月7日以降、パレスチナはこれまでの歴史の中でも、過去とは比較にならないほど筆舌に尽くしがたい状況にある。特にガザ地区は地獄の様相を呈しており、パレスチナ保健省によると2024年12月6日現在、死者は4万4000人以上、負傷者は10万5000人以上、行方不明者は1万人以上にも及ぶ。

 

 ガザ地区は南北10㌔㍍×東西4㌔㍍ほど、東京23区の3分の2ほどの面積に、約220万人が暮らす。2007年からイスラエルにより陸海空を完全に封鎖され、人や物資の出入りなどすべてを厳しく管理されてきた。人口の約半数が貧困層で、8割が何かしらの国際支援を必要とする状況に置かれ、封鎖された空間で何度も空爆を受けてきた。2023年10月7日以前から、既に常識的には考えられない状況の中、人々は命を繋いできた。

 

 今、ガザの人々は外に逃げることもできず、1年以上も全土を対象とした絶え間ない空爆と陸海からの砲撃、地上軍による銃撃からなんとか逃れようと、封鎖された空間の中で、何度も何度も避難を繰り返している。爆撃で粉々になった自分の家族の身体をかき集めて埋葬する人、家族の亡骸を抱きしめて悲嘆に暮れる人。恐怖や空腹、病気の苦しさから泣き叫ぶ子どもたちをなだめ、1日中食べ物や水を探し回る人。人々は家、家族、友人、教育、仕事、自分自身を証明するもの、ありとあらゆる財産、思い出、そして人権を日々奪われながら暮らしている。

 

空爆されたガザ地区の小学校(避難所)では、支援活動にあたっていたJVC関係者2人も亡くなった(2024年10月、JVC提供)

 現在、約190万人がテントや避難所、親戚や友人の家などで避難生活を送っている。ガザ地区の中には、イスラエル軍が“安全地帯”と指定している地域があるが、地区全体の13%程度しかないうえに、その地域すらも攻撃されることがある。避難所となっている学校や病院は、廊下や階段などあらゆる場所で人が寝泊まりし、当然、トイレやシャワーなどの施設も水も足りない。ゴミは積み上げられ、上下水道などのインフラも破壊されているため下水がそこら中に垂れ流しとなっている。この劣悪な環境に人々が密集していることから、呼吸器感染症、皮膚病、A型肝炎、ポリオ、コレラ、様々な感染症が蔓延している。

 

 また、冬季に入り降水量が増え、水浸しになるテントが後を絶たない。海沿いにできている避難民が暮らす地域では、テントや家財道具などが押し流される事例も発生している。必死で避難した先でなんとか暮らしていても、このような状況下で替えの服もない、もしくは冬服がなくてTシャツとサンダルで暮らさざるを得ない人々もいる。1・7万人を超える子どもが親を失い、4割近くの世帯が自分の子どもではない子を世話しており、更には子どもだけで避難生活を送っている世帯もある。

 

 国連や、私たちを含む国際NGOなど様々な機関が支援を試みているが、イスラエルによる止まない激しい攻撃、厳しい物資の搬入制限、そして飢餓やガザ地区内の治安悪化などが支援を妨げている。以前は救援物資や商業用併せて1日平均500台のトラックがガザ内に入っていたが、2023年10月7日以降は1日平均100台前後となり、2024年5月には救援物資運搬の要であったラファ検問所がイスラエル軍によって制圧されて更に減り、同年10月にガザに入ったトラックは、1日平均37台であった。

 

命の危険を冒して支援活動にあたるスタッフ

 

ようやくガザに入った粉ミルクを配布する支援スタッフ(2024年6年、JVC提供)

 私が勤める日本国際ボランティアセンター(以下、JVC)は1980年に発足した日本のNGOで、パレスチナでは1992年から30年以上活動してきた。ガザ地区では20年以上、現地NGOのアルデルインサーン(以下、AEI)と提携しながら、子どもの栄養支援に取り組んできた。

 

 前述の通り、元々ガザ地区は、国際支援なしには立ち行かない状態だった。品物はあっても、貧困世帯には食料を購入する余裕はなく、偏った食生活が続くこと、および子育てに関する知識を得る機会が少ないことで、栄養失調に陥る子どもが多かった。ガザの場合はビタミン類やミネラル、鉄分などの微量栄養素の不足が多く、発達・発育不足、貧血や骨形成異常など、子どもたちの将来に大きな影響を与える可能性が高い症状が現れていた。そのため私たちは、子どもの健診とフォローアップ、治療が必要な場合にはクリニックに繋ぐほか、保護者向けのカウンセリングや栄養を含む子育ての知識を広める講習活動を行ってきた。並行して、現地の女性ボランティアの育成にも力を入れてきた。

 

 私たちのこれらの支援活動は一時中断せざるを得なかったが、2024年4月から、ようやく一部の活動を再開することができた。現在は緊急支援として簡易的な健診に加え、子どもの月齢に合わせた栄養失調予防食(ミルクまたは高栄養ビスケット)の配布を行っている。また、栄養や衛生行動について保護者への講習などを実施し、これまで育成してきたボランティアの女性たちも、避難生活の中、できる限りで活動に参加してくれている。また、過去20年近く協働してきたパレスチナ医療救援協会(以下、PMRS)と共に、乳児用粉ミルクと医薬品の配布も実施している。PMRSはパレスチナ全域で移動型診療などの医療サービスを提供しており、現在はガザの中だけでも40以上のチームが、簡易医療施設や避難所、道端などで人々に医療を提供している。

 

 忘れてはならないのは、このような支援活動を実際に行っているのは、自らも避難生活を送りながら働いているパレスチナ人のスタッフであるということだ。自分の家族の食料や水を探しにもいかなければならないし、活動中の身の安全は誰も保障できない。支援活動にあたるスタッフからは、「恐怖や不安で、泣きながら帰ってくるスタッフもいる」という言葉が聞かれる。ガザ内では、医療従事者や人道支援関係者も容赦なく攻撃対象となっている。いつどこで自分が命を落とすことになるのかという恐怖、家族に会えなくなるのではないかという不安、医療物資の不足により患者を助けたくても助けられないという悔しさ、自分が家族を支えなければというプレッシャーなど、様々な感情が渦巻く中で、力を尽くしているのだ。皆、命の危険を冒して支援活動にあたっている。

 

 また、ガザ地区のことが大きく取りざたされている中、パレスチナのヨルダン川西岸地区(以下、西岸地区)でも軍事作戦が行われ、私たちJVCの事務所がある東エルサレムを含めて、家屋の収奪や破壊、入植地の建設などが進められていることにも触れておきたい。2023年10月7日以降、800人以上が命を奪われ、6000人以上が負傷している。また、イスラエルではテロ対策の名目で犯罪の有無に関係なく人を拘禁することができ(行政拘禁)、パレスチナ人を14歳から逮捕することができる。パレスチナ囚人協会(Palestinian Prisoners Society)によれば、西岸地区だけでも、釈放された人を含めこの1年で1万人を超えるパレスチナ人が拘禁され、拘禁中にはあらゆる拷問が行われている。また、西岸地区も、ガザ地区と同じで事実上すべてをイスラエルに管理されており、十分な仕事がない。許可証を得てイスラエル側に働きに出ている人も多くいたが、そのほぼすべての人が職を失い、困窮する人が増えている。真綿で首を絞められているような状況であることに加え、イスラエル政府は、ガザ地区を終えたら西岸地区への軍事作戦を拡大する方針を打ち出しており、今後どうなるかはまったくわからない。

 

 私たちJVCのガザ現地スタッフは、「裕福でなくても、ただ安心して普通の生活をしたい。それがガザの人たちの夢だった。それが、今や停戦すらも夢になってしまった」と語る。「私たちはただの数字じゃない。人の数だけ粉々になった人生や、悲嘆に暮れる家族、困窮するコミュニティがある。これは基本的人権の問題だ。ガザの人々は、尊厳、希望、そして平和に満ちた未来を享受する権利がある」とも言う。被害の規模がわかりやすい数字で惨状を伝えてしまいがちだが、当たり前に、パレスチナの人々は私たちと同じ、命ある人間だ。一人一人に名前があり、人生がある。

 

 そして2023年10月7日以前は厳しい状況の中にも市場があり、学校があり、カフェやレストランがあり、笑顔や笑い声があった。それをどうか心に留めておいてほしい。

 

殺戮を止める唯一の希望は世界で声あげる市民

 

 今、何よりも停戦が必要とされているが、停戦後には新たな試練が待っている。特にガザの人々は毎日を生き延びることで精いっぱいだが、破壊されつくし、不発弾が大量に埋まった瓦礫の街で停戦後、どうやって生きていくのか、考えただけで途方に暮れる状況だ。ガザ内の建物の約3分の2は完全または部分的に破壊され、4000万㌧にもおよぶ瓦礫の撤去だけで15年はかかると見込まれており、2022年のGDP水準に戻すだけで350年かかるという調査報告も出ている。

 

 ガザの再建は、ガザの人々や人道支援組織だけが考えることではない。この問題を70年以上も見過ごしてきた国際社会が一丸となって取り組むべき事項である。他人事ではなく、日本もその国際社会の一員であり責任の一端を負っているのだ。政治は政治で一筋縄ではいかないことは理解しているつもりだが、この殺戮を誰も止められていないことに絶望する。しかしその中で、私は唯一の希望は「市民」なのではないかと感じている。

 

 私たちは今、パレスチナで起きていることを通して「こんな世界で良いのか?」と問いかけられているのではないか。世界中であがっている何百万、何千万という市民の声はその問いに「NO」を突き付け、各国の政府を少しずつ変化させている。より多くの人が関心を持ち、一緒に声をあげることで停戦が実現し、この70年以上に及ぶ占領が終結を迎え、ひいてはパレスチナだけでなく誰もが本来持っているはずの人権を享受できるような世界になるのではないか。そうなることを、心から願っている。

 

【ご支援のお願い】ガザを含むJVCのパレスチナでの支援活動は、皆さまのご寄付に支えられています。どうかご協力をよろしくお願いいたします。

https : //www.ngo-jvc.net/gaza.html

 

(JVCパレスチナ事業現地代表)

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