2023年10月7日に始まったガザ戦争でイスラエルによって殺害されたパレスチナ人は4万5000人、国際的な人権団体アムネスティインターナショナルも12月5日にイスラエルのガザ攻撃がジェノサイドと結論づける報告書を発表したように、イスラエルのガザ戦争がパレスチナ人という民族への集団殺害であることは明らかだ。
ICC(国際刑事裁判所)はイスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に逮捕状を発行したが、ネタニヤフ首相らへの逮捕状はイスラエルにとって外交上の大惨事であるとエコノミスト誌は報じ、イスラエルの指導者にとって「甚だしい汚名」であるとガーディアン紙も形容した。ICCの逮捕状は米国にとっても大きな衝撃であったことは疑いがない。イスラエルは、米国の軍事的・政治的支援なしには、ガザでの戦争、ジェノサイドを続けることはできなかったからだ。
2023年10月7日から24年10月7日までの1年間で、米国のイスラエルに対する武器支援は179億㌦(2兆7000億円に近い)に達した。1年間の米国の対外軍事援助とすれば、史上最高になり、その中には殺傷能力の高い2000ポンド爆弾も含まれる。ハーバード大学のデータアナリスト、デニス・クニチョフ氏によれば、2000ポンド爆弾の使用は「明らかな国際人道法違反」であり、「(2000ポンド爆弾は)その威力と破片で数百㍍離れた人々を殺し、コンクリートを破壊できる」と語っている(https://www.cnn.co.jp/usa/35224795.html)。大量に移転された米国製の破壊力の大きな武器がイスラエルのジェノサイドを可能にしている。
このガザ戦争や中東情勢の25年の展望だが、親イスラエルの立場を鮮明にするドナルド・トランプが米国の大統領として再登場し、イスラエルの極右政治家たちと協力関係を進めることはやはり懸念材料だ。
トランプの顕著な親イスラエル姿勢は、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に発行されたICCの逮捕状問題への対応にもすでに見られている。トランプ次期政権は逮捕状を発行したICCに制裁を科す可能性が高い。ICCの赤根智子所長は12月2日に始まったICC加盟国の年次総会の冒頭、「国連安全保障理事会の常任理事国(米国)から、(ICCが)テロ組織であるかのように脅迫されている」と非難した。
米国のトム・コットン上院議員は、米国には「ハーグ侵攻法」があることをXでの書き込みで強調した。「ハーグ侵攻法」、つまり米軍兵士保護法は、2002年に可決され、米軍要員と同盟国をICCの訴追から守るためのもので、戦争を頻繁に行う米国には戦争犯罪で訴追される可能性が高いという「確信」があったために成立した法律だ。この法律は、ハーグでICCに拘束されている米国人または同盟国の要員を解放するために、軍事力を含む「必要かつ適切なあらゆる手段」を米国大統領に行使する権限を与えている。
トランプ政権新閣僚 中東強硬姿勢匂わす顔ぶれ
トランプは次期政権の顔ぶれを発表したが、その外交政策、特に中東政策がどういうものになるかが自ずと見えてくる。
国防長官に指名されたピート・ヘグゼス(1980年生まれ)は、大学を卒業後、アフガニスタン、イラク、グアンタナモ湾で軍務に就いた。また、グアンタナモでのイスラム教徒の被拘禁者への過酷な扱いを擁護し、グアンタナモ収容所の閉鎖に反対を唱えてきた。ヘグゼスはフォックス・ニュースのパーソナリティだったが、キリスト教国家主義を表すタトゥーを体に入れ、中世の十字軍への賛美を表してきた。彼は、米国の大学でのパレスチナ連帯デモ参加者に対して米軍を派遣して鎮圧することを支持し、エルサレムのイスラムの聖地であるアル・アクサー・モスクが建っている場所にユダヤの第三神殿を建設することを提唱、またイスラム教徒に対する十字軍を呼びかけている。彼は、十字軍国家があったレバノンのイスラム・シーア派組織ヒズボラの壊滅に力を入れていくかもしれない。
トランプは、国連大使にニューヨーク州選出の女性下院議員、イリース・ステファニク(1984年生まれ)を選んだ。ステファニクは外交政策の経験が少ないものの、熱烈な親イスラエル強硬派だ。2023年12月、彼女は米国の大学キャンパスで親パレスチナ派の抗議活動を鎮圧するために十分な対策を講じていないとして学長らを激しく追及し、米政界で知名度を高めた。ステファニクは、イスラエルのガザ爆撃を批判する国連を反ユダヤ主義だと非難してきた。また、ステファニクは24年10月、国連に対する米国の資金援助の「全面的な再評価」を求め、パレスチナ難民を支援するUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)に対する米国の支援を停止するよう要求した。国連の機能を否定するような人物がトランプ次期政権では国連大使に就任するところに、トランプ外交の支離滅裂ぶりが表れている。
極めつけは、駐イスラエル大使に指名された元アーカンソー州知事のマイク・ハッカビー(1955年生まれ)だ。ハッカビーは「パレスチナ人は存在しない」と発言してきたエキセントリックなキリスト教福音派の指導者だ。1996年から2007年までアーカンソー州知事を務め、2008年と2016年に共和党の大統領候補の指名争いに出馬したことがある。アーカンソー州知事になる前は福音派の牧師だった。ハッカビーはヨルダン川西岸とガザのイスラエルへの併合を長年にわたって主張してきた。ヨルダン川西岸のことをヘブライ語の「ユダヤ・サマリア」と呼ぶように訴え、パレスチナ全域でユダヤ人が少数派にならないように、ユダヤ人を「祖国(=イスラエル)」に呼び寄せるべきだと語っている。ハッカビーはハマスと停戦する理由はないと24年6月に述べ、23年10月にガザ戦争が始まると、パレスチナ人をガザから追放することを強く主張してきた。
24年5月にイスラエルの「エルサレム・ポスト」紙は、ネタニヤフ首相の戦後ガザ地区に関する構想「ガザ2035」を発表した。その構想を表すガザの未来図の中には緑地の中に立つ高層ビル群があり、ガザ沖合には貿易に使用される船舶が停泊している。2000年代に頭角を現し、世界の貿易、交通のハブとなっUAE(アラブ首長国連邦)のドバイを彷彿させるかのようだ。その構想が書かれた文書には「ゼロからの再建」が強調されている。その言葉にはネタニヤフ首相のガザに関する目標、つまりガザを徹底的に破壊し、その後に新しい都市をゼロから設計し、立て直すという目標が表れていた。トランプ大統領の義理の息子で元ホワイトハウス上級顧問のジャレッド・クシュナーは、24年3月、ガザ地区は貴重な「水辺の不動産」であり、イスラエルは「住民を立ち退かせ、その後浄化する」べきだと発言し、国際的な注目を集めた。
イスラエルの極右政党「宗教シオニズム」の党首ベザレル・スモトリッチ財務相は、米国大統領選挙でトランプが当選したことを受けて、ヨルダン川西岸併合を準備するようにイスラエル財務省に命じた。スモトリッチ財務相は、「宗教シオニズム」の集会でスピーチを行い、トランプの勝利は「重要な機会」を提供し、ヨルダン川西岸に「イスラエルの主権を適用する時が来た」と述べた。スモトリッチは、ヨルダン西岸を併合するために必要なインフラを準備する仕事を始めるように指示を出した。
スモトリッチと同様に、イスラエルの極右閣僚のベングビール国家治安相は、12月4日にイスラエル人のガザへの移住と定住を目的とする計画書をトランプ次期大統領に提出する予定であると述べた。イスラエルの極右政権はガザのパレスチナ住民たちを追い出し、イスラエル人のための入植地を再建することを本気で考えるようになっている。
問われる日本の立場 世界の信頼損う「二重基準」
イスラエルのガザをはじめとする戦争は2025年も継続するだろう。ネタニヤフ政権がずっと構想してきたイランとの戦争もあるかもしれない。しかし、戦争はイスラエル経済を大いに疲弊させていることも確かで、24年7月までにイスラエルの4万6000の企業が閉業に追い込まれ、パレスチナ人労働者も雇用できないために、パレスチナ人労働に頼ってきた建設業はほぼ停止の状態となった。アジア系労働者が支えてきた農業も戦争で彼らが帰国したためにその生産が大きく落ち込んだ。イスラエル経済は戦争による負の影響がますます顕著になる可能性がある。
日本政府はパレスチナ問題の二国家解決を唱えながら、パレスチナ国家承認を行ってこなかった。パレスチナ国家の成立は、イスラエルとパレスチナを合わせた地域(イスラエルは「エレツ・イスラエル」〔イスラエルの地〕と呼んでいる)をイスラエルだけが支配するという発想や、イスラエルの入植地拡大を抑制する役割を果たすことになる。国家の主権を侵害してはならないことは国際法の常識だからだ。
日本政府に必要なのは、米国との一時的な対立が生じてもICCの逮捕状発行を支持したり、パレスチナ国家を承認したりする姿勢だ。また、米国の不当な圧力をはね返す国際的協調の環境をつくりだす努力も求められている。米国、イスラエルの国際法違反は明らかで、国際司法裁判所(ICJ)もイスラエルの占領や入植地拡大が国際法違反だという勧告的意見を24年7月に出した。日本は正当な立場を訴え、歴史の正しい側にいることを強調したほうが、アラブ・イスラム諸国をはじめとする圧倒的多数の国際社会の支持を得られることになる。
24年11月末から反政府武装勢力がアレッポなど大都市を奪取するようになったシリア情勢も内戦が今後激化すれば、再び大量の難民が発生することも考えられ、日本には難民問題でも応分の責任を果たすことが求められるようになるだろう。ウクライナ避難民は受け入れて中東の避難民は拒絶する「二重基準」では、日本の国際的な影響力も低下するに違いない。
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みやた・おさむ 1955年、山梨県生まれ。現代イスラム研究センター理事長。1983年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程(歴史学)修了。専門はイスラム地域研究、イラン政治史。著書に『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』(平凡社新書)、『武器ではなく命の水をおくりたい 中村哲医師の生き方』(平凡社)、『オリエント世界はなぜ崩壊したか』(新潮社)、『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮新書)、『ナビラとマララ』(講談社)、『石油・武器・麻薬』(講談社現代新書)、『アメリカのイスラーム観』(平凡社新書)など多数。