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緊迫するシリア情勢:政局、治安、難民と周辺国の関係性 東京外国語大学教授・青山弘之

(2024年12月25日付掲載)

炎上するシリア政府の治安施設(12月8日、シリア・ダマスカス)

 中東のシリアでは、「アラブの春」の波が2011年3月に波及し、反体制デモの弾圧をきっかけに、シリア内戦が勃発した。欧米諸国が人権侵害を理由にシリアに経済制裁を科したうえ軍事的に介入し、他方でアサド政権の要請を受けてロシアやイランもこれに加わって全土に戦火が広がり、そのなかで史上最悪といわれる600万人もの難民が生まれ、その惨状は「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれた。戦闘は2020年にロシアとイランの支援を受けるアサド政権優位のもとに一応収束し、アサド政権は国際社会への復帰を果たすかに見えた。だが、11月27日、反体制派は一大攻勢を開始、12日後の12月8日、アサド政権が崩壊した。このシリアの事態をどう見るかをめぐって、20日、「緊迫するシリア情勢――政局、治安、難民と周辺国の関係性」と題するワークショップがおこなわれ、東京外国語大学教授の青山弘之氏が報告をおこなった。主催は、科研費学術変革領域研究(A)「イスラーム信頼学」B02班(研究代表者・山根聡〈大阪大学〉)、共催はA03班(研究代表者・黒木英充〈東京外国語大学AA研〉)。青山氏は、シリアの情勢は「長期独裁政権は悪、それに対峙する民主化運動は善」という単純化された図式では説明できず、あるがままの複雑な矛盾関係を正しくとらえる必要があるというところから、次のような報告をおこなった。

 

◇        ◇

 

青山弘之氏

 12月8日、シリアのアサド政権が崩壊した。アサド政権を倒したのは、シャーム解放機構(HTS、旧ヌスラ戦線)を主体とする「攻撃抑止」軍事作戦局を名乗る武装連合体で、彼らが11月27日から一大攻勢をかけて、アレッポ、ハマ、ホムス、そしてダマスカスを制圧して、アサド政権の支配地を掌握した。いうまでもなく平和的に政権を掌握したのではなく、武力によって軍事的に決着をつけたものだ。軍事作戦局は現在、シリア軍事作戦局総司令部と名を変えている。

 

 これに対するシリア社会の受け止めだが、テレビでは喜んでいる人たちの映像が映され、「アサド政権の重圧から解放された」という安心感が社会を支配していると報じている。政権打倒のプロセスへの支持が、映像でも活字でも確認できる。

 

 しかし、この「喜び」というのが100%本心からなのかというと、いつの時代でもそうだが、かならずしもそうではない。外国のメディアにカメラを向けられ、その場の状況を踏まえて大喜びしてみせたりすることも考えられる。

 

 なぜかというと、そこには将来に対する不安や恐怖が根底にあると想像されるからだ。既存の体制が打倒されたことは喜ばしいとしても、それは望むべき体制転換を意味するものではないし、自由や尊厳や民主化の実現とイコールではない。シリアの人々は非常に不確実な段階を迎えている。

 

権力握ったテロ組織 国際社会の処遇の行方

 

㊧シャーム解放機構のジャウラニー司令官、㊨国外に逃れたアサド大統領

 体制打倒イコール自由、民主主義の実現といえない理由の一つは、アサド政権打倒を主導したシャーム解放機構にかかわる問題だ。シャーム解放機構は、国際社会では多くの国でテロ組織とみなされており、そのリーダーであるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーも国連安保理からテロリストと指定されている。

 

 シャーム解放機構の前身であるヌスラ戦線を世界で最初にテロ組織に指定したのがアメリカで、2012年12月のことだ。ヌスラ戦線をイラク・アル=カーイダの「別名」として登録した。ジャウラーニーが結成したヌスラ戦線は、同年、シリアでの爆弾テロや要人暗殺に犯行声明を出したことで存在を知られるようになった。

 

 アメリカがヌスラ戦線をテロ組織指定しようとしたとき、アサド政権を打倒しようとしていたシリアの反体制派は、これに反対した。つまり、国際社会における位置づけと反体制派の側の位置づけが最初から食い違っていた。

 

 そして今、大きな問題になっているのは、シャーム解放機構のジャウラーニーを事実上の国家元首とする新政権を国際社会がどのように処遇するのか、認めるのか認めないのか、ということだ。国内ではアサド政権を倒したということで受け入れられている面はあるものの、国の主権は国民が認めるだけでなく、国際社会に承認されて初めて成立する。

 

 では、国際社会はどういう対応をしているのか。ここが今、一番大きなポイントになっているところだ。

 

 トルコの外務大臣は19日、テロ組織指定解除の方針を示した。こうした明確な態度をとっている国は、シリアに経済制裁をかけてきた国の中にはいまのところない。しかし、反体制派を支援してきたカタール、アサド政権との関係を修復していたサウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)など周辺のアラブ諸国は既成事実として是認していく姿勢を示している。ヨルダンは19日、国境を開いてシリア難民を帰還させ始めた。サウジアラビアも国境を開いて、陸路でさまざまな物資をシリアに入れ始めた。

 

 G7諸国はどうか。イギリスとドイツは外務省関係者がジャウラーニーと面会した。フランスは条件付きで認める姿勢を示し、シリアで大使館を開いた。イタリアはアサド政権との関係修復を狙っていたので、大きく後退した。日本は基本的にアメリカ追従であり、外務大臣は言及していない。

 

 一方、ロシアやイランなどアサド政権を支援してきた国や中国は、恐らく新政権を認めないだろう。

 

 鍵になるのはアメリカだが、米国政府はジャウラーニーをトップとする国家の正統性を認めることにゴーサインを出したといわれている(20日には国務省の使節団がジャウラーニーと会談をおこなった)。しかし、シャーム解放機構のテロ組織指定解除に進むかどうかはわからない。ただ、新政権を既成事実として認めるというのが西側諸国のスタンスになりつつあるということだけはいえる。

 

 なぜこれが重要かというと、シリアは欧米諸国やトルコから経済制裁を受けており、復興するうえでそれがネックになるからだ。テロ組織が政権を担っているという現実が残されると、復興に必要な支援が十分に入らなくなる。そうなると難民が帰ってきても、彼らを支えるだけの経済支援や雇用創出などができず、シリアの状態は一向によくならない。残念ながらこの点でシリア国民は力を発揮できず、シリアの将来は欧米諸国が握ってしまっているという現実がある。

 

国連の紛争解決の破綻 安保理決議は無意味に

 

 シリア紛争の解決の手順は、2015年に採択された国連安保理決議第2254号に書かれている。しかし、この決議がもはや現実とまったくあっていない。

 

 決議は、アサド政権を含むすべての当事者が移行期に参加して民主化を進めることを、シリアに対して求めた。同時に、決議には「イスラーム国、ヌスラ戦線(現シャーム解放機構)、アル=カーイダとつながりのある組織を排除し根絶する」とも書かれていた。シャーム解放機構が政権を担ってしまった現在、この決議は適用できない。ジャウラーニーは国連に対して決議の見直しを求めている。

 

 この決議にもとづいて、ジュネーブ・プロセス、アスタナ・プロセス、ソチ・プロセスといった一連の和平交渉や休戦・停戦交渉がおこなわれ、憲法制定委員会がつくられて、国連の主導の下で紛争解決が進められていた。同委員会は、シリア政府の代表50人、反体制派50人、市民社会代表50人の合計150人から構成され、新憲法をつくろうとするものだった。

 

 そしてこの委員会でも、イスラーム国、ヌスラ戦線、アル=カーイダとつながりのある組織は、反体制派の代表としての参加は認められていなかった。さらに、トルコやアメリカがテロ組織に指定しているクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲むクルド民主統一党(PYD)、および同組織とつながりのある組織も排除されてきた。

 

 今のシリアの現実は、こうした国連主導のプロセスでは解決が不可能になっている。

 

分断と占領状態は継続 三つの政府が群雄割拠

 

 シャーム解放機構が首都を制圧してアサド政権を倒したことは、シリアの一体性が回復されたことを意味しない。シリアでは依然として分断状態が続いている。今、シリアには三つの政府が存在している【地図参照】。

 

 一つ目の政府が、シャーム解放機構の主導のもとにつくられたムハンマド・バシール暫定内閣だ。トップはジャウラーニー司令官で、これはイドリブを中心とするシリア北西部の統治を担ってきたシリア救国内閣が発展したものだ。この政府を支えるかたちで、シャーム解放機構や、シリア南部で蜂起した南部作戦司令室などがある。

 

 二つ目の政府は、シリア暫定内閣と呼ばれているもので、シリア北部のトルコの占領地で行政を担っている。その軍事部門がシリア国民軍(SNA)で、トルコの支援を受けている。

 

 三つ目の政府が、北・東シリア地域民主自治局で、クルド民族主義勢力である民主統一党(PAD)の支配地域を統治する行政機関だ。アメリカは、その武装部隊であるシリア民主軍(SDF)をバックアップしている。

 

 アサド政権を倒したのは一つ目の勢力だけであって、二つ目と三つ目との関係は非常に曖昧な状況がいまだに続いている。

 

 一方、外国軍の駐留について見てみると、アメリカ軍有志連合がIS(イスラーム国)をたたくという理由でいまだに展開している。今回の事態を受けてシリア北部からは撤退したが、ISに対する大規模な爆撃を二回おこなう(19日には3回目の爆撃を実施)など、軍事活動が活発になっている。

 

 トルコはシリア北部を占領しており、今回の事態で存在感を増している。今もトルコ国境に近い地域で、ドローンなどを使ってシリア北部に連日、激しい攻撃をおこなっている。

 

 イスラエルはこれまでシリアのゴラン高原を占領してきたが、ゴラン高原にあるシリアとの緩衝地帯に地上部隊を侵攻させて、占領地を拡大している。また、アサド政権が崩壊したのにあわせて、この地域で最大の軍備を持っていたシリア軍を壊滅させるための爆撃を実施している。

 

 ロシアはアサド政権が崩壊したことで大きく影響力を弱めたが、タルトゥースとラタキアに置いている軍事基地を温存しようとしている。

 

 イランは今回の事態で大きな打撃を受け、存在感を著しく低下させている。

 

 つまりアサド政権が倒れたことは外国の軍隊がいなくなったことを意味せず、ほとんど現状維持のまま残っている。

 

 マスコミのニュースではシャーム解放機構が支配した地域が注目されるが、シリア全土を見ると群雄割拠状態はいまだに続いている。各国も介入を続けており、アメリカとイスラエルとトルコはシリア領内に占領地を持っているし、ロシアは軍事基地を温存している。

 

権力移行期の諸課題 予想される混迷

 

 今後、事態はどのように推移するのか。すでにシャーム解放機構が公約しているものの一部が公開されている。

 

 公約には、①すべての当事者の参加、②シャーム解放機構の解体、③武装諸派を解体し、新しいシリア軍と警察を創設する、④基本的人権の実現(表現の自由、宗派集団間や男女間の平等)が書かれている。先に発表された暫定憲法では、移行期間を2年ぐらいに見ている表現があった。

 

 現在、暫定内閣をつくり、議会を停止し、暫定憲法を発表して旧憲法を停止するところまでやっている。ここから新憲法を起草し、国民投票でこれを施行したうえで、国権の最高機関である議会を発足させ、内閣をつくり、国家元首を決めるというプロセスを推し進めることになる。

 

 こうして移行プロセスが本格化するなかで、それが混迷を極めるだろうということが予想される。

 

 まず、「すべての当事者が参加する」というが、クルド民族主義勢力は入るのか? トルコの支配下にあるシリア暫定内閣は入るのか? すべての当事者が参加しなければ、アメリカやフランスは新政権を認めないという態度をとっている。

 

 次に、イスラーム教の憲法上の規定をどうするのか? すでにこれは国連主導の憲法制定委員会で、反体制派の中でもめてしまって、反体制派として一つの意見が出せなかった。今後、その委員会に入っていなかったシャーム解放機構(イスラーム教を国教に規定することをめざしている)が加わると、それに反対する勢力との間に対立が生じるのは避けられない。その場合、基本的人権に則った形で憲法制定がおこなわれるのか。粛正や弾圧がおこなわれる可能性も否定できない。

 

勝者の不正を防げるか 不当拘束行った過去 

 

 シリアでは紛争が続くなかで、旧体制であるアサド政権がおこなった不正を追及し、過去を清算し、被害者に補償をおこなう必要がある。このプロセスそのものが、シャーム解放機構という「勝者の裁き」の下でおこなわれることが予想される。シャーム解放機構は既にみずからの支配地域で多くの抑圧をやっているので、それが民主化に影を落としかねない。

 

 もちろんアサド政権が関与した強制失踪への対応や、責任者の処罰、被害者への補償は十分におこなわれるだろう。化学兵器の使用に関する事実調査や、核開発に関わる国連との取組も一定程度は進んでいくだろう。

 

 しかし、シャーム解放機構がシリア北西部で統治のためにつくった救国内閣の内務省総合治安機関(元はシャーム解放機構の治安部隊)は、これまでも恣意的な逮捕・拘束・拷問をおこなってきたし、それは現在進行形で続けられている。旧体制の不正や不義に対しては制裁を加えることができる反面、「勝者」がおこなっている不正にブレーキをかけることができるのかという疑問がある。

 

 数日前から、シャーム解放機構の治安機関によって拘束された人たちの家族が、「自分たちの家族も、アサド政権の下で拘束されていた人と同じように釈放してくれ」と訴える映像が出始めている。体制打倒の陶酔が冷めたところで、こうした動きが出てくることは避けられない。

 

首切りや斬殺への不安 すでにアラウィー派排除

 

 もう一つは、宗教的狂信への不安が払拭できないことだ。

 

 シャーム解放機構はアル=カーイダ系の組織であり、数年前まではISと同じように首切りや斬殺をやってきた。リーダーであるジャウラーニーは、「そういうことはしない」といっているが、現場のメンバーに徹底していない場合、組織ぐるみではなくてもさまざまな宗教的な差別や抑圧がおこなわれる可能性がある。

 

 それだけでなくバシール暫定内閣は既に「軍と警察からアラウィー派の宗徒を排除する」と閣議決定し、すべてのシリア市民に開かれた国家機関ということをみずから否定している。アラウィー派はイスラーム教の少数派で、アサド政権下では政府や軍の幹部のなかに多くいた。

 

 最近出てきた情報では、アラウィー派の多いシリア沿岸部で、それまで務めていた教師が解雇されて、どこから来たかわからない人たちが学校の運営を始めるということが起こっている。

 

 また、シリアはキリスト教徒もたくさんいるが、数日前にハマにあるギリシャ正教の司教区が襲撃を受けた。イスラーム過激派にとっては異教徒、背教者になってしまうので、暴力の対象になる可能性は捨てきれない。

 

 その他、ある女性が検問所を通るときにヒジャーブを着けることを強要され、女性が「自由なシリアになったんじゃないの?」というと、検問所の担当者から「イスラームのシリアになったんだ」といわれた。旧体制の民兵や支持者が処刑される映像も出ている。

 

イスラーム国(IS)の復活 権力の真空地帯できる

 

 シャーム解放機構がダマスカスを制圧してアサド政権を倒したということは、アサド政権がロシアやイランのバックアップを受けて実効支配していた地域全体を排他的に支配するようになったことを意味しない。多くの地域、とくに農村部や砂漠地帯、山岳地帯では権力の真空地帯ができてしまっている。

 

 そのなかでISが動き出している。首都ダマスカスとユーフラテス河畔を結ぶ幹線道路にISが検問所を設置し、制止を振り切った人を殺す事件が発生している。これまでは山奥や砂漠に潜伏していた者たちが、少しずつ姿をあらわしている。その犯罪行為の対象になるのはシリア軍という後ろ盾を失った民兵だけではなく、一般市民も標的となる。

 

 また、アサド政権崩壊後も農村地帯や辺境地帯ではシリア軍の民兵などが活動していて、それによって治安が維持され自治を成り立たせているところがある。一方、デリゾール県とラッカ県の間にあるマーダーンという町では、シリア民兵が逃げ出した後、シャーム解放機構を名乗る武装集団が入ってきて住民の歓迎を受けた。実は、その連中はISのメンバーだった。

 

 つまり、ISの看板を隠し、穏健なシャーム解放機構になりすまして支配地域を広げようとする動きが出ている。

 

 ISが勢力を伸ばせば米軍はシリアに対する爆撃を強めるだろうし、外国軍の駐留は続くだろう。ISが再拡大するうえで好ましい状況がつくり出されており、一刻も早い対処が求められる。

 

 まとめると、アサド政権は打倒されたが、自由や尊厳や民主主義が保障される真の自由シリアになるまでには多くの課題がある。新しい政権をシリアの人々がどれだけ認めようと、諸外国がその現実を全面的にバックアップしないかぎり、シリアの人々が果たしうる役割はきわめて限定的になってしまう。

 

■今後はどうなる?――質疑応答から

 

  パレスチナ問題への影響は?

 

 A 今、イスラエルにとってこれまでになく都合のいい状態がつくられてしまったといえる。
 イスラエルは今、シリア軍を壊滅に追い込んでいる。シリアは、昨年から始まったガザでの大虐殺については、直接軍事的に関与することを避けてきたが、とはいってもイスラエルに隣接し、強力な航空兵力を持っていることから、イスラエルにとっては目の上の瘤(こぶ)だった。それがなくなった今、イスラエルの領空はこれまでになく安全が確保されたことになり、これまで以上に大胆なことができるようになった。実際にシリアに侵攻し、占領地を広げている。

 

 また、シリアはイランからイラク、シリアを経由してレバノンのヒズボラに物資を運ぶ兵站路を担っていたが、その兵站路が失われたことを意味する。昨年からイスラエルは、ハマスの抵抗とヒズボラの抵抗という主要な二正面の戦いをよぎなくされた。そしてヒズボラについては9月からの大規模作戦によって大きな打撃を与えた。兵站路が失われたことは、ヒズボラの勢力回復がきわめて困難になることを意味する。その間イスラエルは、ヒズボラと停戦合意を結んだものの、たびたび停戦違反の行為を続けており、そうした行為はこれまで以上に容易にできるようになる。

 

 ハマスにとっては、これまで連携していたイスラエル北部戦線の同盟者たちの弱体化が決定的になり、停戦に動こうとする場合、自分たちにとって不利な交渉を強いられる。パレスチナの人々にとってはきわめてネガティブ(否定的)に作用するだろう。

 

シリアに侵攻したイスラエル軍(12月12日)

  シリアの短期的な課題と中長期的な課題は?

 

 A シャーム解放機構を主体とする新政権をどう処遇するかを、国際社会がなるべく早く決める必要がある。一方、シャーム解放機構側は、すでに散見されている組織末端のメンバーによる暴力や恣意的な逮捕に対して、厳正に対処していることを宣伝していくことが信頼を得るためにきわめて重要だ。トップがいいことをいっても末端が変わっていなければ信頼は得られない。

 

 中長期的には、持続的に復興を支援する枠組みをつくることだ。最大のネックとなるのが、欧米諸国とトルコが課している経済制裁だ。今、トルコは制裁を解除し、カタールは資本を投入するといっているが、それでも不十分で、大きな貿易相手国だったフランスやドイツが2011年の制裁前のような経済関係をシリアと結ぶことができなければ、今のシリアのじり貧な経済状態や社会の荒廃状況は解決されない。

 

  ロシアは新政権を認めないというが、軍事基地を温存するための交渉を始めたとの情報もある。やはり、何らかの関係をつくっていくのでは?

 

 A ロシアの大使は今、ダマスカスに滞在しているし、シャーム解放機構の幹部と情報交換や会議をしている。シリアの暫定憲法が16日に発表されたが、そこには2011年以降に締結された屈辱的な外国との協定・条約はすべて破棄すると書かれている。この規定にもとづくと、ラタキアにあるロシアのフメイミーム空軍基地は2015年に設置が合意されたので、シャーム解放機構は撤廃に向けて働きかけている可能性はある。他方、タルトゥースの海軍基地は1971年に設置され、2019年に49年間の租借が合意されたので、駐留は認めざるを得ないだろうが、租借期限の短縮を交渉していくだろう。

 

 ただし、没交渉のなかでシャーム解放機構が力ずくでロシアを排除する動きに出ることは非現実的だ。なぜなら、ウクライナに手をとられているとはいえ、ロシアはまだ強力な航空部隊と海軍力をシリアに温存している。そして今のシリアの人たちのシャーム解放機構への支持は、戦闘や弾圧がおこなわれなくなったことを背景にしており、ロシアと事を構えることはその支持を失うことにつながるから、交渉による解決をめざすだろう。

 

 ちなみにEUは、ロシア軍が退去しないかぎり新政権を認めないという挑発的な態度をとっていて、それはウクライナの戦況とも関連していると思われるが、ロシア軍の処遇についてもシャーム解放機構とロシアとの二国間交渉だけというわけにいかず、そこにはアメリカやEUの関与が見てとれる。

 

  クルド民族主義勢力との関係はどうなるか?

 

 A クルド民族主義勢力は新政権参加に基本的には前向きで、シャーム解放機構もすべての当事者と対話をする用意があるといっている。
 しかし、この二つの組織の間には決定的な意見の不一致がある。シャーム解放機構は軍や治安機関を中央集権的で一元的なものとしてつくる(クルド勢力のシリア民主軍は解体)ことを公約に掲げているが、クルド民族主義勢力はクルド人の特殊性を踏まえた軍や治安機関の編成をおこなうべきだと、アサド政権との交渉のときから主張してきた。したがって交渉が進展する可能性は低く、両者がユーフラテス川をはさんで対峙するという状況が続き、そうなるとアメリカがシャーム解放機構の統治を認めることに暗雲が立ちこめることになるし、トルコがクルド勢力に対する軍事的圧力を強める懸念もある。

 

  レバノンの各勢力との関係はどうなるか?

 

  一番のポイントはヒズボラとシャーム解放機構との関係になると思う。明確なメッセージを発しているのは今のところヒズボラだけで、ヒズボラのカーシム書記長は声明で「シャーム解放機構が反イスラエルの立場を貫き続けてほしいと願っている」とのべた。これに対してシャーム解放機構は、「レバノンのすべての勢力と等距離を保つ」と言及するにとどまっており、イスラエルに対する武装闘争にどういう態度をとるのかについては明確に示していない。

 

 アサド政権とヒズボラが強力な連携を組んで、反体制派に対する掃討作戦を過去10年にわたっておこなってきたという経緯からすると、シャーム解放機構がヒズボラに友好的な態度をとることは考えられない。とはいえ、イスラエルと対峙することはシリアの国民感情と切っても切れないものなので、それとはなんらかの折り合いをつける必要が出てくると予想される。

 

戦火を逃れてグーダ地区から避難するシリアの人々(2018年3月)

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