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トランプ再登場でウクライナの和平は実現するか 元外交官・東郷和彦×東京大学名誉教授・和田春樹 「今こそ停戦を」シンポから

(2024年12月23日付掲載)

ウクライナ・リヴィウでおこわれた戦争捕虜と行方不明の兵士を支援する集会で慰め合う家族(21日)

(12月16日、第7回「今こそ停戦を」シンポジウムの発言より)

 

・トランプ再登場でウクライナの和平は実現するか

 

          元外交官・東郷和彦   

 

 トランプが再選され、ウクライナ和平は実現する可能性があるか? 結論から申し上げれば、和平は実現する可能性はある。だが、そのためには明確に予見し得るいくつかの関門を通過しなければならない。私の整理では4つの関門がある。

 

 第一は、和平実現の条件は戦っている当事者、つまりウクライナとロシア双方が納得することが必須だ。ウクライナにもロシアにもそれなりにどうしても譲れない和平条件がある。ウクライナびいきの論調が支配的な地域では、ウクライナが納得するものは何かという議論に花が咲いているが、同時にプーチンの側にも必須の課題があり、それもまた充たされなければならない。それをトランプが掴めるか否かが最重要の課題となる。

 

 第二に、それぞれが主張するものの間に一定の均衡が見いだせるか。現在のところロシアの基準とウクライナおよびウクライナを守ろうとする西側諸国の基準がまったく違うので、そこをどうやって均衡させるかがいうまでもなく大きな困難だ。

 

 だが、潮の流れは恐ろしいもので、トランプ再選が決まった11月5日から今日までの6週間に、1月20日のトランプ正式就任を睨んでプーチンもゼレンスキーもおぼろげながら自分にとっての最大の関心事について匂わせ始めている。

 

 まず11月7日、米大統領選から2日後というタイミングでヴァルダイ会議(ロシア主催の国際問題討論会)が開かれ、プーチンは冒頭の発言でNATOのウクライナへの拡大について厳しく批判した。一方、議論のなかで司会者から国境について問われたさい、「ウクライナの中立性が達成できなければ停戦は実現できない」とはのべたが国境については明示的な発言をしなかった。

 

 ゼレンスキーは、11月29日、英『スカイニュース』で、現在ウクライナが統治している地域がNATO傘下に置かれることが絶対条件であり、これと引き換えに2022年の住民投票によってロシアに併合された地域については直ちに取り返さなくてもよい、ただし西側はウクライナがこの併合地域の領有権を主張する権利については認めなければならない、と意見を表明している。

 

 これまでゼレンスキーが1991年当時の国境線までロシアが全撤退することを主張していたことから考えると潮の流れを感じさせる。

 

 つまりロシアもウクライナも自国の安全保障が第一であり、領土の線引きはなんらかの出来得が可能だというようなシグナルを出している。ただし、安全保障の内容については真正面から対立している。トランプがそれを解きほぐせるかが鍵になる。

 

対ロシア恐怖症の克服

 

 第三は、安全保障について両者接近の鍵を見出すためにトランプが克服しなければいけない重大な障害がある。ゼレンスキーおよびその応援団であるアメリカ国内のバイデン民主党、欧州(イギリスやフランス)の国々とプーチンとの間に決定的な対立と不信感があることだ。バイデンやイギリス、フランスは三年にもなる戦争の継続によって「プーチンはヒトラーと同じ根っからの虐殺者・侵略者であり、絶対に妥協してはならない」「少しでもウクライナに不利な交渉は潰さなければならない」という信念に取り憑かれているとしか思えないのが現状だ。

 

 私が直接経験した欧州主要国高官との対話でも、極端に悪化した「ルソフォビア(対ロシア恐怖症)」を感じざるを得なかった。

 

 私が外交官時代から見てきたプーチンは合理的な判断をする人間であり、判断を間違えることはあっても、ヒトラーと同じ虐殺者・侵略者と思ったことは一度もない。ロシアが欧州の安全保障の中核に戻るために鍵を握るウクライナが自国の中立を保ち、自国内のロシア系住民の保護を実施していたのなら、この戦争は絶対に起きなかったと確信している。

 

 トランプ外交の本質は「ディール(取引)」といわれる。トランプが、プーチンはディールができるだけの信頼を持ちうる人間だと思っているということをプーチン自身にわからせることができるかにかかっている。

 

危険な戦争拡大の傾向

 

 第四に、ここ6週間を振り返ってみると、バイデン、そしてイギリス、フランスに主導される西側の戦争指導による極めて危険な戦争のエスカレーションが起きている。

 

 11月17日、バイデンはウクライナが米国製長距離ミサイルを使ってロシア本土深くを叩くことを解禁した。これまでそれを厳しく牽制してきたプーチンの対抗措置も過激化している。核使用のハードルを戦術的には下げたが、もっと実質的な意味があったことは、非核弾頭を搭載した中距離弾道ミサイルを「戦闘テストのため」といいつつ、ウクライナの非常に重要な戦略的要衝に撃ち込んでいる。これは極めて危険な傾向だ。

 

 トランプ登場までの5週間にこのエスカレーションが続けば、和平を非常に難しくしてしまうことを懸念している。

 

 結論として、停戦が実現される大きな流れがあることは間違いがないことだ。ウクライナの安全保障については、すでにイスタンブール合意でNATOに加盟しないことと、ロシアを含む国際合意によって担保するという交渉の基礎がある。問題は、ロシアの安全保障をどうやって担保するかということが現在まだ見えていない。これが見えない限りはロシア側は安心はできない。「また西側に裏切られるのではないか」というロシアの猜疑心を取り除くことができるかが、トランプが和平を進めるうえで大きな鍵になるだろう。

 

 第二次世界大戦後、日本外交の原点は、人の命を大事にし、平和外交を推進することだった。始まった戦争についての評価が分かれるとしても、この戦争は一刻も早くやめなければならず、トランプの即時停戦公約は非常に貴重な公約だ。外交はタイミングが決定的に重要であり、日本の石破政府はその停戦外交に協力すべきと考える。

 

 (元外務省欧亜局長、元オランダ大使)

 

・ウクライナ戦争を止める時がきた
 

東京大学名誉教授・和田春樹      

 

 米国大統領選挙戦でトランプ氏が圧倒的な勝利を収めた。アメリカの国民は、自分が当選すれば、大統領に就任するまでにウクライナ戦争を止めてみせるといいきったトランプ氏を支持し、勝利させたのである。昨年五月のG7広島サミットに集まった世界各国の首脳にウクライナ戦争の停戦をよびかけ、“Ceasefire now 今こそ停戦を”“No War in Our Region 私たちの地域の平和を”を訴えた私たちは、このアメリカ国民の決断を歓迎する。

 

 米国バイデン大統領は2022年3月27日、ワルシャワで演説し、ウクライナ戦争がハンガリー事件からはじまった専制主義勢力対民主主義勢力の戦闘の再版の延長線であり、米国はこの闘争に長期間身を投じると宣言した。翌月オースチン国防長官はウクライナに入り、「ロシアがウクライナ侵攻のようなことをできない程度に弱体化する」ことが自分たちの戦争目的であることを明らかにした。もとよりウクライナが防衛戦争の主役であることは確かだが、米国はその戦争を情報、兵器、資金、広報の面で支援する最大の準参戦国となったのである。その米国の戦争大統領の副大統領を打ち負かして、戦争をとめるというトランプ氏が大統領に当選したことは決定的な事件である。トランプ氏は、すでにこの戦争で多数のロシア人、ウクライナ人が死んでいる、これ以上死者をふやしてはならないと非常に正しいことを言っている。

 

 そうであればこそ、トランプ次期大統領は何が何でもウクライナ停戦を実現するために努力するであろう。そのためにトランプ氏がやれることはウクライナへの武器援助、情報面での援助、財政援助を漸減させ、ウクライナをロシアとの停戦会談に誘導することである。とすれば、平和を願う諸国民はトランプ大統領を助けなければならない。とくに平和国家にして、米国の同盟国である日本は協力すべきである。

 

 すでにトランプ氏は元陸軍中将のキース・ケロッグ氏をウクライナ特使に起用して、ウクライナ戦争停戦問題にあたらせようとしている。ケロッグ氏は、現在の戦線で停戦させ、ウクライナのNATO早期加盟には否定的だと報道されている。

 

 停戦会談は戦場で兵士を出して戦っているロシアとウクライナが開かなければならない。そこで真っ先に協議されるのは、軍事境界線、停戦ラインをどこにするかである。ロシアはすでに併合を主張しているウクライナ4州の外に境界線を引くことを主張するであろう。ウクライナは1991年の独立時の国境線を主張するであろうが、現実的には、4州のうち1州でも取り戻せるかどうか、現在の対峙線を前提に支配地域の交換分合をはかれるか、が問題になるであろう。

 

 さらにロシアがウクライナの中立を停戦の条件にしてくる場合には、この点が深刻な交渉の的にならざるをえない。

 

 そして軍事境界線が決まったとすると、その両側に停戦監視部隊が送り込まれなければならない。その部隊はウクライナ戦争に関与していない中立国から出されなければならない。そうなると、この協議はロシアとウクライナだけでは完成できない。交渉仲介国が参加しなければならない。

 

 すでに開戦直後の停戦交渉ではトルコの仲介が重要な役割を果たした。日本の歴史家グループは開戦直後から、日本、中国、インドの3国が停戦の仲介に立つように希望した。その後、中国、アフリカ連合諸国、ブラジル、インドも仲介を申し出た。米国は準参戦国であってみれば、背後でロシアとウクライナに直接働きかけることはできても、停戦会談の仲介国にはなれない。だから、改めて、日本のような国が中国、インドと停戦会談の仲介国になるということが現実的に必要になっていると考える。

 

 日本はG7の一員であるが、日本のウクライナへの援助は戦闘用の兵器を含んでいない。ウクライナとはグローバル・パートナーシップを結んでいるので、停戦交渉の中でウクライナの利益を充分に考慮するように主張できる立場にある。

 

 ウクライナの窮状に深く同情するが、これ以上戦争を続けても、ロシアに勝利することはできない。これ以上ウクライナ人とロシア人、それにおびただしい数の傭兵たちを殺させるのは許されないのだ。ウクライナ戦争をここで停戦させることが最善の道なのである。

 

停戦会議の実現が急務

 

 東北アジアにおける米国の同盟国の中で、新しい政治指導者を選んだ日本はトランプ大統領に協力することができる。すでに石破内閣の岩屋外相がキーウを訪問した。石破首相はトランプ大統領に協力し、ウクライナ・ロシアの停戦会談実現のための外交に乗り出すべきである。すでに動き始めている中国、インドと話し合って、もう一つの停戦促進の流れをつくることができる。

 

 停戦会談で合意ができ、停戦監視の機構ができれば、さらに大きくウクライナ戦争に関わった国々が集まって、平和体制、安全保障の体制を協議する国際会議が開かれなければならない。戦争犯罪の処分はどうなるのか。ウクライナの復興費用を誰が負担するのか。どうしたら欧米諸国はロシアに対する制裁を解除するのか。NATOとロシア陣営の平和共存を約束するにはどうするか。この局面でも停戦会談仲裁国の役割はますます重要である。

 

 ウクライナ戦争が停戦できたら、世界の力と知恵を結集して、中東戦争を終わらせるのにかかることができる。プーチン大統領もトランプ大統領もそのために働くべきだ。石破内閣はこの方面にも貢献することができる。

 

 ウクライナ戦争にロシアはアジア地域からも、ネパールやスリランカから傭兵を集めたことが知られているが、最終段階になって北朝鮮からも兵士の派遣を受けたということが盛んに語られた。今日まで、ロシアと北朝鮮から正式の発表、確認はない。このことを強く言い立てたのはウクライナのゼレンスキー政権と韓国の尹政権だった。

 

 ゼレンスキー政権としては、戦争が国際化しているのだから、戦争をもっと国際的に支援して欲しいと言い立てたのである。

 

 尹政権の方は自分の政権が弱体化しているので、北朝鮮からの脅威を言い立てて、戒厳令を出す下準備をしたものと思われる。北朝鮮の参戦が裏付けられないうちにお粗末なクーデターもどきの騒動で自滅した。韓国国民と軍隊は落ち着いて事態に対処し、みごとに民主主義を守った。尹政権が終われば、東北アジアの平和を守るための日韓協力体制を一層充実させることができる。この面でも石破内閣はなしうることは多い。

 

 ロシアの兵士たちも1日も早く家に帰るべきときである。「パラー・ダモーイ」といえば、ロシア語で「家に帰るときだ」という意味である。そう叫んで、カチューシャの歌を歌っている母たち、妻たちの声がロシア中に高まっていると信じている。朝鮮人の若い兵士たちも国に帰してほしい。「パラー・ダモーイ」はウクライナ語ではどうなるのか、不学にして知らないが、「家に帰るときだ」の声を一番大きくあげているのはウクライナ人の母たち、妻たち、そして夫たちであろう。

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