(2024年12月23日付掲載)
ウクライナ戦争勃発後から「今こそ停戦を」と発信してきた国際政治や歴史研究、紛争解決の専門家で作るグループが16日、第7回シンポジウム「戦争を止める時が来た」を衆議院第一議員会館で開催した。シンポジウムでは、ロシア史研究者の和田春樹・東京大学名誉教授、元外交官の東郷和彦氏、国際政治学者の羽場久美子・青山学院大学名誉教授、元アフガニスタン武装解除日本政府特別代表の伊勢崎賢治・東京外国語大学名誉教授、暉峻淑子・埼玉大学名誉教授などが発言。すでに3年が経過したロシア・ウクライナ戦争や1年以上もイスラエルによるジェノサイド(大量殺戮)が継続しているパレスチナ・ガザ情勢を分析し、日本のとるべき外交努力について提言した。各発言者の意見要旨を紹介する。(文責・編集部)
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日本は一刻も早くパレスチナの国家承認を
東京外国語大学名誉教授 伊勢崎賢治
ガザ・ジェノサイドに関連して、まず先週アサド政権が崩壊したシリア情勢について触れる。日本は安倍政権時代から始めたと思うが、アサド政権から迫害を受けたシリアの学生を積極的に国内に留学させてきた。僕も東京外国語大学で5、6人の教え子がいるが、彼らにとってアサド政権崩壊は非常に喜ばしいことだろう。だがシリアの今後については注意深く見つめていかなければならない。シリアの動きは、ガザの今後にとっても大きなインプリケーション(含意)があるからだ。
今から8年前、すでに反アサド派武装勢力の軍事力がシリア国軍と均衡し始めていた時期、僕はイギリスのあるシンクタンクから意見具申を求められた。
国連とアラブ連合はすでに2012年から幾度となくシリアの停戦を仲介し、失敗してきた。
僕が意見具申を求められた理由は、反アサド派の複数の武装勢力のリーダーをイスタンブール(トルコ)に集め、“アサド後”のシリアをどうするかをシミュレーションするためだ。つまり、今後、シリア国軍の劣勢が加速して所要都市が陥落したところで、願わくば停戦させる――体制側の幹部たちがアサドを亡命(亡命先はロシアを想定)させることを条件に反体制派と和解し、暫定政権を樹立するというシナリオだった。これが8年前の話だ。
このシリアの状況が、2001年の9・11後、タリバン政権が崩壊した時期のアフガニスタンと酷似しているということで、その現場に関わった僕に意見具申の要請があったわけだ。
当時のアフガニスタンでの僕の仕事は、タリバンに一度は勝ったもののすぐに権力闘争で内戦状態に入った9つの軍閥勢力をなんとか停戦させ、連立政権を組ませ、同時にSSR(新しい国軍と警察の確立する治安改革)に組み込んでいくというものだった。こうすることで国際社会が国連を通じてアフガニスタンの復興援助をしやすい環境をつくる。こういう作業を、タリバン残党とアルカイダと戦いながらおこなうという非常に無理筋なミッションだった。
意見具申を求められた8年前のシリアは、アルカイダ系のヌスラ戦線とISIS(イスラム国)と戦いながら、いかに反アサド勢力を一つにまとめるかが模索されていた。つまり、「まとまるもの」(西側に親近感を持つ勢力)vs.「共通の敵」(当時はアルカイダ系)の対立構造を、いかに単純化させて復興を進めるかが鍵だった。
そこで「まとまるもの」の勢力が支配する地域を「銃の支配」から「法の支配」に移行させ、「共通の敵」がそこに侵入し住民を支配しないようにする。そのための国づくり(SSR)が必要となる。国際社会による復興支援は、国連がやらなければいけない。
多分これが、先週からはじまった「SAA(Syria After Assad=アサド後のシリア)」のシナリオだ。しかしながら、その構造はアフガニスタンよりはるかに複雑だ。
現在、シリア東部(油田がある地域)には、トランプ政権が発足したら全撤退させるかもしれないが、現在もアメリカの軍事プレゼンス(駐留)が継続している。アメリカは今も軍用機を用いて軍備兵站を現地に送り込んでいる。
西部(地中海に面する地域)には、ロシアが今後も維持するであろう軍港と空軍基地がある。今回の騒動でロシアは直接介入せず、ロシア兵は一人も犠牲になっていない。ロシアとすれば、軍港と基地が維持できればよいため、アサドの亡命を許したと考えられる。
北部にはトルコが介入している。早くもトルコ政府は新しくできつつある暫定政権に武器供与の申し出をしている。
そして南部(ゴラン高原)は、イスラエルがUNDOF(国連兵力引き離し監視軍)の存在を完全に無視して軍事侵攻を進めている。
このなかで暫定政権をつくり、国をまとめていくことがいかに大変な作業であるかは想像に難くない。
さらに現在の「まとまるもの」の中心勢力であるTHS(シャーム解放機構)は、かつて「共通の敵」だったアルカイダ系ヌスラ戦線を前身とするものだ。もちろんアメリカはテロ組織に指定している。こうなるとアメリカ、そして西側のわれわれが使う「テロリスト」という言葉(定義)がいかに脆弱なものであるかがわかる。
いずれにしても時間との勝負だ。この脆弱な連立政権の確立に時間をかければかけるほど不満分子がどんどん台頭してくる。その前に国際援助の投入をしなければならず、アサド政権時代から西側諸国がやってきた経済制裁を一刻も早く解除しなければならない。一年以内にやらなければ紛争構造はさらに複雑化していくことになる。
そのときに思い出してほしいのは、日本のイニシアティブだ。2002年のアフガン復興において重要な役割を果たしたのは当時の日本政府だった。
ガザ暫定的停戦の動き
ガザのジェノサイドは依然継続している。ガザのジェノサイドが始まってから、僕は日本で「人道外交超党派議連」(会長・石破茂)の立ち上げに関わり、活動している。石破政権が発足してから休眠状態になっていたが、先々週から活動を再開し、在京のパレスチナ大使館、カタール大使館、中国大使館、エジプト大使館と協議を始めた。
カタールは、ハマス・イスラエルの停戦協議をずっと仲介してきた。一部報道では、カタールが停戦の仲介役を降りたという情報があったが、それは誤りだ。アメリカからの圧力でハマス指導者たちを国外退去させたという報道も誤報であることが確認できた。ハマスの事務所はカタール国内で維持されており、停戦交渉は再開されている。
停戦交渉の議題になっているのが、「エジプト案」と呼ばれる停戦案だ。エジプト政府が提案したもので、三つの柱がある。
①2カ月間の暫定的停戦。この間に最大限の人道援助をガザに入れなければならない。
②人質・拘束者の交換。日本の外務省はイスラエル人の人質のことばかりいうが、交渉されているのは「交換」だ。何万、何十万人というパレスチナ人がイスラエル当局によって違法に拘束されているのだ。一方的なイスラエル人の人質の解放だけではない。
③ガザとエジプトの国境にあるラファ検問所(現在イスラエル軍が違法に支配)のパレスチナ自治政府への管理譲渡。
以上が「エジプト案」だが、たいへんに困難な交渉が予想される。
ハマスとヒズボラに対するイスラエルの軍事的目標は8割が達成されたという。現在、戦局は(イスラエルによるジェノサイドの進行以外は)硬直化し、ハマスの方が柔軟になっているので、2カ月間の暫定的停戦と人質・拘束者の交換が合意される可能性は高い。
ここで問題が二つある。2カ月の暫定的停戦の間にガザへ緊急援助物資をいかにして大量投入するか。今日にいたるまでイスラエル軍がこれを妨害しており、エジプト側のウェアハウス(保管庫)には人道援助物資があるものの、それが搬入できない状態が続いている。そして、この暫定的停戦をより恒常的な停戦にさせるために、イスラエルへの外交圧力を全世界が強める必要がある。
外交圧力とは、日本政府にとってはパレスチナ国家の承認以外にはない。巷では、いわゆる「二国家解決(Two State Solution)」がいわれているが、これはもはや飾り言葉でしかない。現実は単なる一国支配だ。イスラエルという自己増殖する非常に奇妙な国家の中で起きている少数民族へのジェノサイド――これがガザだ。
国際社会は、そのガザの人たちに接触すらできない。「強大で閉鎖的な一国が国内で起こしているジェノサイド」という認識を持たなければならない。だからこれはもはや戦争でもない。ジェノサイドだ。
そのわれわれのマインドセットも含めてすべてを変えるには、「二国家解決」を目標にするのではなく、パレスチナを一つの国家として承認することが必須だ。
だが、パレスチナ国家承認は、パレスチナが一つでなければ意味がない。パレスチナは2007年にハマスとファタハ(自治政府主流派)が戦争しており、長く分裂状態が続いてきた。この問題解決のために、今年になってからの中国の働きは非常に評価できる。
中国は今年7月、ハマスやファタハを含むパレスチナの14グループの代表を北京に集め、イスラエルとの戦闘終結後、暫定的な「国民和解政府」を樹立することで合意に至った。
また、ハマスとファタハは、停戦後にガザの統治を担う「政治的に中立的」なパレスチナ人行政官を選出することで合意している。連立政府を作るということであり、これは画期的なことだ。
一方で、ヨルダン川西岸地区(ジェニン)では先週、パレスチナ自治政府の治安部隊に抗議するパレスチナ人の大きなデモが発生した。オスロ合意(1993年)には、パレスチナ自治政府は治安部門でイスラエル政府に協力するという条項が入っており、パレスチナ人を取り締まるためにパレスチナ自治政府の治安部隊が使われている。これは一筋縄にはいかない問題だ。
このようにパレスチナを一つにすることには困難が予想されるが、「鶏が先か、卵が先か」の議論ではなく、両方同時に進めるべきことだ。中国のイニシアティブと連携しつつ、日本は独自にパレスチナ国家承認に向かうべきである。
ICC逮捕状への態度
もう一つの外交圧力として忘れてはならないのが、ICC(国際刑事裁判所)がネタニヤフと前国防大臣への逮捕状を出していることだ。これを受けてカナダ、フランス、スペイン、アイルランドなどがICCの逮捕状に従うことを表明した。
ただ同日、フランスはそれを撤回した。「イスラエルはICC加盟国ではないから逮捕状は無効力」という苦しい言い訳だ。だが、すでに2008年にジェノサイド等の罪でスーダンの大統領バシールにICCが逮捕状を出したケースでこのことが話し合われ、ICC加盟国のなかでは当事者の帰属が非加盟国であっても逮捕状は有効であるという法的な決着がついている。だが結果として、ICC加盟国で一枚岩をつくれなかった。
フランスがなぜこのような矛盾した対応をしたかというと、アメリカとともにイスラエルとヒズボラの間で停戦を仲介していたからであり、「仲介者のジレンマ」がそこにある。停戦を仲介する実務者としては、いわゆる「法の正義」からもある程度中立でなければならない。「ウクライナ戦争の停戦を」といったわれわれが「プーチンの味方か」といわれたのと同じ圧力だが、仲介を進める実務者がいつも直面するジレンマだ。
日本はどうか? 日本は遅ればせながら2007年にICC(ローマ規程)に加盟した。批准しないだけでなく、もし自国や同盟国の軍人がハーグのICC本部に収監されたら武力でそれをとり戻すという「ハーグ侵略法」までつくってICCを妨害してきたのがアメリカだ。日本はアメリカの従属国にもかかわらず、超党派議連をつくってICC加盟を成し遂げた。僕もそれに協力したが、この意味は大きい。
そして現在、日本はICCの最大援助国でもある。だからこそ日本は、あえてフランスにならわず、停戦の仲介に主体的に関わるにしても、それを例外的措置として、ICC逮捕状への協力を明確に表明すべきだ。
注目すべきはアイルランドの態度だ。アイルランドはICC逮捕状を支持することを表明しているが、それに怒ったイスラエル政府は在アイルランド大使館の閉鎖を表明した。それに対してアイルランド政府は「遺憾」を表明しながらも、イスラエルと引き続き外交的チャンネルを維持したいとも表明している。これが大人の外交的態度であり、日本は見習うべきであると考える。
(元アフガニスタン武装解除日本政府特別代表)
【その他の発言】
・「米国の戦争政策の破綻と拡大するグローバルサウスの役割」 青山学院大学名誉教授・羽場久美子
・「トランプ再登場でウクライナの和平は実現するか」 元外交官・東郷和彦
・「ウクライナ戦争を止める時がきた」 東京大学名誉教授・和田春樹
まごころを持って向き合えば、心の遺っている方達は必ず、会話をしてくれる。m(_ _)m
長周新聞どのm(_ _)m この度は伊勢崎賢治を記事に載せてくださりまして、心から感謝しています。
そしていつも、れいわ新選組を色眼鏡で見ず、他者からの圧迫にも変わらない気持ちで記事を掲載してくださっていることに、頭を上げられません。
感謝しか在りません。m(_ _)mありがとお御座います