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日本はパレスチナ国家承認にどう向き合うべきか(下) 現代イスラム研究センター理事長・宮田律

(2024年12月4日付掲載)

ニューヨーク・ブルックリンのウィリアムズバーグで、シオニズムに反対してイスラエル国旗を燃やす正統派ユダヤ教徒たち(11月11日)

宮田律氏

イギリスとパレスチナの国家承認

 

 既述【前号】したように、イギリスは現在にいたるパレスチナ問題の原因をつくった国だ。

 

 イギリスのサッチャー首相(在任1979~1990年)は、イギリスのユダヤ人に対する共感やソ連のユダヤ人に対する支持を表明したものの、中東の不安定化がソ連をはじめとする共産主義の影響がこの地域に及ぶ原因になることを懸念した。そのため彼女は、パレスチナ問題の進展を目指し、イスラエルによる戦争の終結とパレスチナ自治政府の樹立、また和平交渉でPLO(パレスチナ解放機構)が代表することを求めた1980年の「ヴェニス宣言」(中東に関する欧州理事会宣言)を他の欧州8カ国とともに発表した。

 

 ヴェニス宣言は、パレスチナ問題の公正な解決とパレスチナの民族自決権が全面的に行使されるべきだと説き、エルサレムに関する一方的な変更を認めず、聖地のアクセスを妨害してはならないこと、さらにイスラエルの占領を終結させることを求め、イスラエルが築く入植地が国際法違反であり和平の障害になっていると主張した。

 

 イギリスではいろいろな考え方をする人がいるが、例としてバートランド・ラッセル(哲学者、1872~1970年)をあげる。ラッセルは1955年に有名な「ラッセル=アインシュタイン宣言」を出し、核兵器廃絶を唱えた人だ。彼の人生最後の政治声明は中東に関するものだった。

 

バートランド・ラッセル(1872~1970年)

 そこでラッセルは、「われわれは、ナチスによってヨーロッパのユダヤ人が苦しんだためイスラエルに同情しなければならないとよくいわれるが、イスラエルが今日おこなっていることは容認できないし、現在の恐怖を正当化するために過去の恐怖を持ち出すのは酷い偽善だ」と語っている。さらに、正義や和解への第一歩は、1967年6月に占領されたすべての領土からのイスラエルの撤退でなければならないとのべ、その正義の実現のための世界的なキャンペーンが必要なのだとも語っている。

 

 またイギリス人としては、2017年11月に覆面芸術家バンクシーが、パレスチナへのユダヤ人国家の建設を認めるバルフォア宣言から100年目の節目に、パレスチナ人への謝罪パーティーをヨルダン川西岸で催した。この「パーティー」では、エリザベス女王に扮した人物がパレスチナ人たちに謝罪した。

 

 現在のチャールズ国王はアラブ世界に理解があり、アラビア語も話せる人物だ。今年7月17日、スターマー新首相の施政方針を読み上げ、パレスチナ・イスラエルの2国家共存による和平実現を確認している。

 

アメリカとパレスチナ国家承認問題

 

 アメリカは、1990年代のクリントン政権から現在のバイデン政権にいたるまで、二国間解決を訴え、パレスチナ国家創設を支持している。アメリカの交渉で問題になるのは、①パレスチナ国家の境界、②パレスチナ難民の帰還権、③エルサレムの地位についてだ。

 

 この問題は、1993年9月にイスラエルとPLOが初めて相互承認に踏み切った「暫定自治に関する原則宣言」(オスロ合意)でも懸念材料となった。パレスチナ国家の境界をどこにするか、あるいはパレスチナ独立国家を認めるかどうか。イスラエルはパレスチナ難民がイスラエル領に帰還することを一切拒絶しており、聖地エルサレムの扱いをどうするかも決まっていない。イスラエル軍のガザ・エリコからの撤退や自治評議会選挙の実現も遅れ、結局、オスロ合意はネタニヤフ政権などによって骨抜きにされてしまった。

 

 アメリカはとても特殊な国で、2022年6月30日、米テキサス州共和党は、パレスチナ国家創設を禁ずる綱領を採択した。「反対」ではなく「禁ずる」というところにアメリカ共和党の非常に傲慢な世界観がみられる。この決定の背景には、アメリカの福音主義者たちの、イスラエルの国益を擁護すればするほどキリストの復活が早まるという考えがある。彼らは、パレスチナ国家はイスラエルの安全を危うくし、ユダヤ人が神から与えられた土地を放棄させることになると主張する。

 

イスラエルのネタニヤフ首相と会談するブリンケン米国務長官(2023年1月、エルサレム)

 米国がパレスチナ国家を認めないのは国内政治の問題、つまり民主・共和両党ともどちらがイスラエルをより強力に支持するかを競うためだ。米国では1980年までにアメリカ国民の20~25%は福音派であると考えられている。トランプの支持基盤も福音派だ。

 

 ブリンケン米国務長官は、ロシアのウクライナ侵攻から1年経った2023年2月24日、国連安保理での演説の最後を、まるでペルシアの四行詩集のような次のような言葉で結んだ。

 

 No seizing land by force.
 (武力による土地の獲得をしてはならない)
 No erasing another country’s borders.
 (他国の境界を消し去ってはならない)
 No targeting civilians in war.
 (市民を標的にしてはならない)
 No wars of aggression.
 (侵略戦争はあってはならない)

 

 これはロシアについていった言葉だが、すべてイスラエルがやっていることだ。それでもイスラエルを批判しないブリンケンは、イスラエルと米国の二重国籍を持っている。エマニュエル米駐日大使もイスラエルとの二重国籍を持っており、彼は長崎市が8月9日の平和記念式典にイスラエルを招待しなかったことを受け、他のG7の大使たちを誘って平和式典への参加をボイコットした。

 

 米国政府高官にイスラエルとの二重国籍を持つ人物が多いことも、イスラエルに批判的な政策はとらない要因だ。

 

アフリカ諸国とパレスチナ国家

 

ニエレレ(中央)とカーター米大統領夫妻(1977年)

 南アフリカ初の黒人大統領となったネルソン・マンデラは1997年の「パレスチナ人民連帯国際デー」で、パレスチナ人が平和、繁栄、静穏、安全を享受するのは、差別がなくなったときであり、パレスチナの民族自決と国家樹立を要求する世界的な声を上げていこうと訴えた。

 

 また、アフリカの解放運動指導者に、タンザニアの初代大統領ジュリウス・ニエレレ(在任1964~85年)という人物がいる。ニエレレの特筆すべき活動は、アフリカの植民地主義からの解放を唱え、パン=アフリカ運動を推進し、南アフリカ、ローデシア(現ジンバブエ)、南西アフリカ(現ナミビア)の人種差別撤廃の運動を激しくくり広げたことだった。

 

 ニエレレはパレスチナ問題にも注意を払い、PLOの活動家たちも受け入れるようになり、1973年にイスラエルとの外交関係を断絶した後、PLOの大使館をタンザニアの当時の首都ダルエスサラームに置くことをアフリカ諸国のなかで最初に認めた。彼は雑誌インタビューのなかで、「われわれの世代はわれわれ自身の国の民族解放闘争の世代だが、パレスチナの状態はまったく異なり、もっとひどい。パレスチナ人は国を剥奪され、自分たちの土地のない人々だからこそ、タンザニアをはじめ全世界からの支持に値する」と語っている。

 

シオニズムの破綻とイスラエル一国家支配

 

 イスラエルでは昨年10月7日の攻撃以降、国を離れる人が50万人に達している。戦争ばかりやっている国に見切りをつけてイスラエルを離れる人が増えているようだ。

 

 イスラエルは建国以来、国民が国を離れることを「裏切り者」として扱い非難してきた。イスラエルから出国することをヘブライ語では「ヨルディム」というが、これは「下ること」を意味する。逆にイスラエルに移住することを「アリヤー」といい「上ること」という意味だ。それだけイスラエルは移住を重視してきた。パレスチナにユダヤ人を集めることによってユダヤ人国家を創ろうというシオニズムのイデオロギーがあるため、その逆の動きが出ると非常に困るわけだ。

 

 だが近年、「アリヤー」の数も減少し、2022年の7万6616人から2023年には4万5533人へと大幅に減少した。イスラエル建国から4分の3世紀を経て、イスラエルは重大な綻びを見せるようになっている。特に昨年10月7日のハマスの奇襲攻撃以来、イスラエルの安全について不安に思う人も増え、またネタニヤフ首相が主張する司法改革などに反発し、国外移住への関心が高まっている。

 

 2019年にイスラエルの歴史家ベニー・モリスは、イスラエル『ハアレツ』紙のインタビューで、「パレスチナ人は、すべて広く長期的な視点で見ている。彼らは現時点でここに500万~700万人のユダヤ人がいて、何億人ものアラブ人に囲まれていることを理解している。ユダヤ人国家は長続きしないので、パレスチナ人には屈服する理由はない。パレスチナ人は必ず勝つ。あと30~50年で、何があろうと彼らはわれわれに打ち勝つだろう」とのべた。

 

 モリスは、パレスチナ人は決して諦めることはなく、人種差別、暴力、排除による統治でイスラエルはみずから孤立し、イスラエル社会が永久に生き残り、繁栄する状況は決してあり得ないということを説いた。

 

 イスラエル・テルアビブで暮らすイスラエル人分子遺伝学者のピヨルト・クラゲスティン(当時37歳)は、ハマスの奇襲攻撃があった昨年10月7日以降、服を着たまま寝る習慣がついた。ミサイル警報が鳴るたびに公園付近の避難所まで2歳の娘を連れて走らなければならない生活に疲れ、今年9月にスウェーデンのストックホルムに移住した。彼は英『テレグラフ』紙に、「ここでは二度と暮らしたくない。戦争で私は変わった。友人もここを離れる方法を探している」とのべた。

 

 2004年のノーベル化学賞受賞者であるテクニオン・イスラエル工科大学のアーロン・チカノーバー教授は、今年8月に企業・学界指導者たちの前で「この国を離れる巨大な波がある」といい、多くのベテラン医師たちがイスラエルを離れ、大学は重要な分野で教授を採用するのに困難があるとのべ、3万人の医師たちがイスラエルを離れればこの国はないだろうと指摘した。このように現在イスラエルは国内的にも危機的な状況に置かれている。

 

重大なリスクを伴う「イスラエル一国家解決」

 

 ネタニヤフ首相やイスラエルの極右勢力は、パレスチナ問題の「一国家解決」、つまりイスラエルによる全面的な支配を目指しているが、他方でこれには重大なリスクがともなうことに気づいていない。

 

 イスラエル一国家解決ということになると、いずれ人口比でアラブ人の方が上回ってしまう。そのようなこともネタニヤフたちの頭の中にはないのではないか。現在のイスラエルとヨルダン川西岸、そしてガザを合わせた人口は1500万人くらいになるが、アラブ人の方が多数派だ。もしも多数のアラブ人を内包する国家となれば、裕福で、西洋的な生活に執着するユダヤ人たちはイスラエルを離れ、その国家においてはさらにアラブ人が多数派となり、「パレスチナ」という国になってユダヤ人人口を呑み込んでしまうかもしれない。

 

 イスラエルの一国支配の下、アラブ人たちを差別し、多数派のパレスチナ人をアパルトヘイト(隔離)体制に置くのは、かつての南アフリカのように世界中から強い非難を浴びることになる。南アフリカのアパルトヘイト体制は国際的な非難によって孤立し、崩壊を余儀なくされた。国民の流出とイスラエルへの移住の減少は、イスラエル国家生存の根幹にも関わる問題で、シオニズム思想の欠陥や破綻を示すものでもある。

 

 私は1980年代にアメリカで暮らしたが、カリフォルニア大学バークレー校の学生たちがアパルトヘイト批判をしたことをきっかけに国際社会の反アパルトヘイト運動に火がつき、南アフリカのアパルトヘイトは終焉した。そのように学生の運動が力になることもある。現在、カリフォルニア大学バークレー校では大学の案内にも、アパルトヘイト体制を壊した同大学の学生たちの運動が記されている。やはり若い人たちの運動は重要だ。

 

 カナダの有名なジャーナリストで作家のナオミ・クラインはユダヤ人の家庭的背景を持つが、英『ガーディアン』紙に「われわれはシオニズムからの脱出を必要とする」という意見記事を書いた。そのなかで彼女は「シオニズムは虚偽の偶像であり、正義と奴隷からの解放(過ぎ越し)というわれわれの最も深遠な旧約聖書の物語を植民地主義的な土地の窃盗、民族浄化とジェノサイドへのロードマップに変えた」と批判している。

 

カリフォルニア大学バークレー校で、イスラエルとガザの犠牲者の一周忌に追悼集会を開く学生や教員たち(10月8日)

パレスチナ国家を拒絶するイスラエル国会

 

 2024年7月17日、イスラエル国会は圧倒的多数で、パレスチナ国家創設を拒絶する決議を通過させた。この決議はその直後のネタニヤフ首相の訪米に合わせたもので、二国家共存を主張するバイデン米政府を牽制する目的があった。ネタニヤフ首相の与党が賛成したばかりでなく、ネタニヤフ首相の政敵と見なされ、米国からも信頼されるベニー・ガンツ元国防相も賛成票を投じた。このようにイスラエルは今後のパレスチナとの和平交渉でパレスチナ国家承認を一切議論しない姿勢を見せている。

 

 他方、イスラエルのメイラヴ・コーヘン社会平等相は、ガザにおけるホロコーストを誇りに思うと発言した。また80年先にイスラエルの若い世代はガザのホロコーストを正しかったと思うだろうとものべた。彼は中道政党に属するが、ナチス・ドイツのホロコーストという極めて非道な経験をしたイスラエルのユダヤ人たちは、いつの間にかホロコーストを肯定するようになっている。

 

 イスラエルの国会議員たちがパレスチナ国家を拒否する理由は、イスラエルの地の中心ともいえる地域にパレスチナ国家を置くことは、イスラエル国民の安全上の脅威になり、アラブ・イスラエル紛争を恒常化させ、地域の不安定要因になるというものだ。また、ハマスがパレスチナ国家の権力を掌握して過激派の拠点をつくり、これらのテロに報酬を与えることになると議員たちは考えている。

 

 1993年のオスロ合意は、パレスチナ独立国家への道筋を示すものであったし、民族自決権は国際法の常識として認められている。イスラエルはこの国際法の常識ともいえるパレスチナ人の民族自決権を一向に認めようとしない。

 

日本とパレスチナ国家承認問題

 

 日本政府は二国家解決を唱えながら、パレスチナ国家承認をおこなっていない。

 

 パレスチナ国家が成立すれば、イスラエルとパレスチナを合わせた地域(イスラエルは「エレツ・イスラエル=イスラエルの地」と呼んでいる)をイスラエルだけが支配するという発想や、イスラエルの暴力による入植地拡大を抑制する役割を果たすことになる。国家になれば、その主権を侵害してはならないことは国際法の常識だ。

 

 国家承認により、イスラエルがパレスチナの土地を簒(さん)奪しにくくなることはいうまでもない。パレスチナがイスラエル支配の下に置かれていることが、イスラエルによるパレスチナ人の土地の収奪を許している。パレスチナが国家になって主権を持てば、その領土となるヨルダン川西岸のパレスチナ人の土地をイスラエルが奪うことにも躊躇が生まれるだろう。イスラエルの入植地拡大についても国際社会の批判がいっそう高まることだろう。

 

 パレスチナがいつまでもイスラエル支配の下に置かれたままでは、土地を含めたパレスチナ人の財産はイスラエルの意のままにされる。イスラエルによるアパルトヘイトや民族浄化、占領地における入植地の拡大が続き、イスラエルの極右が主張するように、パレスチナ人が追放されることもあり得る。

 

 従ってパレスチナ国家承認はおこなわれるべきだ。国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルによる占領や入植地拡大は不当という勧告的意見を出したのだから、日本がパレスチナを国家承認することに何の障害もないはずであり、日本は外交的主体性を見せる時だ。

 

 今年、ヨーロッパではスペイン、ノルウェー、アイルランド、スロベニアがパレスチナ国家を承認した。これで国連に加盟している193カ国のうち75%以上の146カ国がパレスチナ国家を承認したことになる。

 

 日本政府は、パレスチナとイスラエルの当事者間の交渉を通じた「二国家解決」を支持するとして、パレスチナ国家を承認していない。すっきりしない理屈だが、イスラエル国会の動きをみても、当事者間の交渉でイスラエルがパレスチナ国家を認める様子はまるでなく、可能性がないものを支持するというのは、まったくの無責任だ。「当事者間の直接交渉」を強調するのは米国バイデン政権も同じだが、これではパレスチナ人たちの国家創設という希求は見捨てられたも同然だ。

 

 アメリカに追従して日本がパレスチナ国家承認をおこなわなければ、半永久的に承認の機会を失うことになるだろう。アメリカは一期目のトランプ政権時代、イスラエルの一国支配を事実上認め、テルアビブにあった米国大使館もイスラエルが首都と主張するエルサレムに移転してしまった。このままパレスチナ国家承認をしなければ、日本にとって重要なのはパレスチナ人の民族的権利よりもアメリカの顔色なのだと解されても仕方がない。

 

 岸田前政権は、アラブ・イスラム諸国をはじめとするグローバルサウスの支持を得てロシアや中国を封じるということをいっていたが、グローバルサウスの国々は、ロシアのウクライナ侵攻を非難しながらイスラエルの攻撃を非難しないG7の偽善に嫌気がさしている。これではグローバルサウスの支持を得ることは到底できない。パレスチナ国家承認には日本の良識が問われている。

 

アラファトPLO議長の初来日した際に開かれた歓迎パーティー(1981年10月13日、東京)

 過去の日本政府の対応を見てみると、1980年10月31日に伊東正義外相は「安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会」で「米国を訪問したさいに中東和平の基本はパレスチナ問題であり、それはパレスチナ人の国家までつくる権利も認め、そしてイスラエルがPLO(パレスチナ解放機構)も認めることだと主張しました」と語っている。これが日本の外務大臣の公式見解だった。このような姿勢から考えても大きく後退しているのが、今の日本政府の現状だ。このままで良いはずがない。

 

 また、1973年11月22日にも二階堂官房長官声明で「イスラエルは1967年戦争の占領地からの撤退を実現すべきである。日本政府はパレスチナの合法的権利を認め、その尊重をおこなう。日本政府は諸情勢の推移いかんによってはイスラエルに対する政策を見直さざるを得ないであろう」とのべている。

 

 そうであるならば、現状において日本政府は対イスラエル政策を見直さなければならない。イタリアなどは現在、イスラエルに対する武器の供与を凍結しているが、日本もイスラエルとの防衛協力は凍結、停止すべきだ。そもそも国民のどこにイスラエルとの防衛協力という議論があったのかと疑問を感じざるを得ない。とくに最近の日本の防衛政策の重要な部分がすべて閣議決定で決まってしまうことは民主主義の原則に反する。これでは議会は必要ないということになってしまう。

 

 前述した通り、日本は第一次世界大戦後のサンレモ会議の数少ない参加国であり、そこでパレスチナのイギリス委任統治を支持している。パレスチナ問題に対する責任の一端がある。その点からも日本はパレスチナ国家承認についても主体的な努力をしなければならない。教育や医療支援は熱心にやってきたが、政治的にも日本はパレスチナのバックアップを考えなければいけない。

 

■参加者との質疑応答より

 

「1つの大量虐殺が別の大量虐殺を正当化するわけではない」(1日、オランダアムステルダムのパレスチナ連帯デモより)

 質問 世界中の国がパレスチナの国家承認をしており、承認していない国の方が少ない。それなのになぜイスラエルの攻撃を止められないのか?

 

 宮田 現在のガザ攻撃はイスラエルの利益になっていない。ガザで少なくとも4万4000人が殺され、イギリスの医療機関「ランセット」は瓦礫の下に埋まった人たちも含めると死者は18万人にのぼるとも試算している。国際的にも孤立し、イスラエルの国家的イメージも傷ついている。そこにはネタニヤフという権力者の個人的思惑もある。よくいわれていることとして、戦争を継続しなければ彼は罷免され、逮捕・収監されてしまう恐れがあるからだ。

 

 さらにイスラエルという国自体が右傾化している。左翼やリベラル系の人たちがイスラエルを離れ、現在イスラエル国民の世論調査では、若者たちの3分の2ほどが自分たちを右翼だと考えており、ネタニヤフの行為を支持している。一方、在米のユダヤ人たちは異なる見解を持っているのだが、ネタニヤフやイスラエルの極右閣僚たちが国際世論を無視できるのは、イスラエル国内の支持が背景にあるように思う。だからこそ日本はイスラエルに圧力をかける意味でもパレスチナ国家承認をすべきだと考えるが、岸田前首相も上川前外相もパレスチナ問題に関心を示さなかった。

 

 質問 ハマスの奇襲攻撃のきっかけの一つに、イスラエルとサウジアラビアとの国交正常化がある。UAE(アラブ首長国連邦)やエジプトもイスラエルのガザ攻撃や封鎖に協力しているように見える。足並みが揃わないアラブ諸国の現状をどう見ておられるか?

 

 宮田 アラブ諸国にはガザ問題に対する同情は強くある。エジプトでも国民の大多数はガザの現状に同情しているが、エジプト政府は、200万人以上のガザ住民がエジプト国内に入ってくれば、ただでさえ厳しい経済問題がさらに厳しくなると考えており、それを避けたい本音がある。

 

 アブラハム合意でイスラエルと国交正常化したドバイやアブダビなどを含むUAEは、それぞれ100万人程度の小さな国であり、政府がイスラエルを支持すれば国民も支持するという関係にある。心情的にはガザに対する同情は当然強くあるが、権威主義体制なので国民が自由にパレスチナ問題などの政治的発言をすることははばかられるような状況がある。

 

 質問 3月にフランスに行ったとき、通常なら誰でも入れるシナゴーク(ユダヤ教の礼拝所)が安全確保のため閉鎖されていた。イスラエルの行為によってユダヤ人が安全な生活を送ることすら難しくなっているのではないか?

 

 宮田 われわれが気をつけなければならないのは、ユダヤ人とイスラエルという国はわけて考えなければいけないということだ。米国でもイスラエルを支持するユダヤ人は少ないと感じる。私の経験でも、米国滞在時に「日本人の学生を好む」と書いてある家に下宿したのだが、そこはユダヤ人の家庭だった。だが中東問題など日常的にはほとんど出てこない。

 

 私はロサンゼルスで、イスラエルと敵対するイランの研究をしていたが、変な目で見られることもまったくなかった。イスラエルを意識するユダヤ人はさほど多くないと感じた。

 

 ワシントンなどでのインタビューでイスラエル支持の言説を口にするのは政府に近い人たちだ。場所でいえば、ホロコースト博物館を取り巻くシンクタンクなどにいる人たちはイスラエルを公然と支持するが、一般の多くのユダヤ人とは分けて考える必要がある。われわれもユダヤ人がすべてネタニヤフと同じような考え方をする人たちと決めつけてはいけない。

 

 質問 日本政府によるパレスチナ国家承認のプロセスをどう考えるか?

 

 宮田 国会議員の理解が進まなければ、国家承認はなかなか進まない。今年2月から、ガザ問題に関して、超党派議員で立ち上げられた「人道外交議連」の講師を務め、参加してきた。議連会長は現在の石破首相だが、一般の国会議員たちにどれだけ理解があるのかはわからない。

 

 日本の政治でよくないと思うのは、とくに選挙制度が小選挙区制になってから外交問題に関心を持つ議員たちが非常に少なくなり、狭い選挙区の利害しか考えていないような議員が大多数になったという印象だ。外交に関心を持たないためにパレスチナ問題への関心も低くなっている。

 

 私たち中東研究者は2015年の安全保障法制(集団的自衛権の行使容認)をめぐり、「米国の中東での戦争に協力するのは馬鹿らしいことだ」と議員会館でアピールしたこともあったが、やはり直接政治に働きかけなければならないと感じている。議員一人一人の理解を深めるようなとりくみが必要だ。また、カリフォルニア大学バークレー校の学生たちの運動がアパルトヘイト廃止に大きな影響を与えたように、世界のスチューデントパワーは非常に重要だ。本日のような集会も重要で、京都大学の学生諸君が米国のカリフォルニア大学バークレー校やコロンビア大学などパレスチナに関心を持つ世界の学生たちと連携していくことも一つの方法ではないかと思う。

 

(おわり)

 

イスラエルのジェノサイドを非難し、パレスチナを支持するロンドンでのデモ行進(10月5日)

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みやた・おさむ 1955年、山梨県生まれ。現代イスラム研究センター理事長。1983年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程(歴史学)修了。専門はイスラム地域研究、イラン政治史。著書に『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』(平凡社新書)、『武器ではなく命の水をおくりたい 中村哲医師の生き方』(平凡社)、『オリエント世界はなぜ崩壊したか』(新潮社)、『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮新書)、『ナビラとマララ』(講談社)、『石油・武器・麻薬』(講談社現代新書)、『アメリカのイスラーム観』(平凡社)など多数。

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