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アメリカ社会の矛盾を反映した大統領選 トランプ返り咲きが示すこと 剥がれた「リベラル」の欺瞞 行き詰まる新自由主義

(2024年11月15日付掲載)

卒業式から退場し、パレスチナでの虐殺とアメリカ政府のイスラエルへの軍需援助に抗議するジョージ・ワシントン大学の学生(5月)

パレスチナやレバノンでの虐殺支援に抗議し、「トランプもハリスも出て行け」と書いた横断幕を掲げるデモ(2日、ミシガン州ディアボーン)

 アメリカ大統領選で民主党が大敗し、トランプが返り咲いた。日本では「もしトラ(もしもトランプが再選したら…)」程度にしか報じられておらず、米国内で何が争われ、どのような国内世論が反映した結果なのかについて何も伝えられていない。米大統領選の結果とそこにあらわれた米国世論をどう見るかについて記者座談会で論議した。

 

戦争狂いの民主党の自滅 両候補とも得票減

 

ドナルド・トランプ

  アメリカ大統領選は、トランプ前大統領の4年ぶりの返り咲きという形で終わった。日本のメディアは、いつもの通り民主党寄りの米メディアの受け売りで、直前まで「史上まれに見る大接戦」「支持率ではハリスがリード」などと報じていたが、蓋を開けたらトランプの圧勝だった。

 

 大統領選といえば、共和党と民主党の2大政党制を敷くアメリカ最大のイベントだが、日本で取り沙汰されるのはトランプとバイデンの「低脳」「ゴミ」とかの罵詈雑言の浴びせ合いばかりで、政策的に何が争われているのかさっぱりわからない。「独裁か民主主義か」といった陳腐な二元論に落とし込んで、「民主主義が負けて独裁者が勝った」と悲嘆に暮れるものや、「トランプによってアメリカが生まれ変わる」という妄想じみた評価しかみられない。

 

 だが現地発信の個人や独立メディアなどが報じている内容を見るにつけ、大統領選において「ハリスが支持を拡大した」という形跡は見られず、むしろ見えてくるのは、共和党の地盤であれ、民主党の地盤であれ、現状に対する怨嗟や現民主党政権に対する失望の声が溢れ返っているということだ。

 

 認知症気味のバイデンが脱落し、急きょ大統領選候補になったハリス副大統領についても、記者との質疑応答に耐えられないので記者会見を一切開かないとか、プロンプター(台本)なしには演説もできない、政策がコロコロ変わり一貫性がない、あげくはトランプにならって「国境に壁を作る」「不法移民の国外追放」と主張し始めるなど、終始支離滅裂で選挙戦の体をなしていなかったといわれている。

 

 民主党の伝統的な地盤でさえ一度も支持率でリードすることもできず、民主党員が共和党の集会に出向いていくなど総崩れが起きるなかで、民主党支持者のなかからの軌道修正を求める声も無視し続けたのだという。

 

 開票も終わらないうちに、かつて民主党大統領選候補だったバーニー・サンダース上院議員(無所属)が「労働者階級の人々を見捨てた民主党が、労働者階級から見捨てられたことはさほど驚くことではない。最初は白人労働者階級からの支持を失い、次にラテン系労働者や黒人労働者からの支持も失った。民主党指導部が現状を擁護する一方で、アメリカ国民は怒り、変化を望んでいる」とSNSで発信していたが、現地にいたら概ね予測できた結果なのだろう。「さほど驚くことではない」のだ。

 

  選挙の枠内でみれば、米国内では早くから「もしトラ」どころか「ほぼトラ」状態で、民主党はポスト・バイデンの人選段階から空っぽの神輿を用意したようなものだった。

 

 「民主党支持者の厳しい意見には耳を塞ぎ、共和党のおこぼれ(反トランプ派の票)を意識した選挙戦をやったため盛り上がりようがなかった」という意見もあったが、二大政党制といいながら、もはや共和党、民主党ともに政策的にはほとんど違いがない。共和党は「トランプ党」となり、実利優先で本音剥き出しのトランプに対して、民主党は「自由」「人権」「公平」などリベラルの仮面(建前)を付けているだけで、実際は金融資本やネオコン、軍産複合体の利害に尽くす政治を実行し、戦争狂いであることには変わりなかった。言葉遣いが野蛮か上品かくらいの違いしかないとみなされている。

 

民主党候補のカマラ・ハリス副大統領㊧とジョー・バイデン大統領

  むしろ、ウクライナ戦争にせよ、パレスチナ・ガザでのイスラエルの虐殺にせよ、戦争は歴史的に民主党政権のときに起きている。国内がインフレや貧困、住宅危機であえいでいるときに、ウクライナへの莫大な軍事支援、同じくイスラエルによるパレスチナ・ガザやレバノンでの大量虐殺の継続について、米国内では相当な怒りが渦巻いている。ハリスがバイデンの路線を全面的に擁護する一方で、少なくともトランプは「これらの戦争を終わらせる」と訴えた。

 

 これらの最大争点に触れることなく、メディアなどが「女性の権利」「人種差別解消」「性的マイノリティの権利」などの争点を恣意的に作り出し、内実はすっかり形骸化した大統領選(二大政党制)の形を取り繕ったが、それそのものが大きなフェイクだった。それが証拠に、ハリスは「移民出身」「黒人」「女性」を売りにしたが、黒人やヒスパニック系国民からの支持も、女性からの支持も集めていない。

 

 移民や女性の権利を主張しながら、戦争狂いでジェノサイドまで擁護するのだから当然だ。「リベラル」のインチキが完全に見限られた。

 

  一方でトランプ支持が拡大したのかといえば、全州でのトランプの得票数(14日現在、ロイター調べ)は7300万票未満(得票率50・8%)で、バイデンに大敗した前回2020年の大統領選の得票(約7500万票)にさえ達していない。対する民主党ハリスの得票は約6700万票(47・5%)で、前回のバイデンの得票約8100万票から2割近くも減らしている。つまり、民主党の自滅によってもたらされた勝利であることがわかる。有権者のなかで相当な投票ボイコットが起きたのだ。

 

 まだ開票は完了していなので多少の変化もあるだろう。だが、アメリカ国民の大多数がトランプにうんざりしていたが、民主党支持者の2割が投票に行かず、横ばいのトランプが勝ったというのがリアルな実態だろう。

 

  日本で自称リベラルのインテリ層が「反知性主義が勝利した」「知性の低い労働者階級がマッチョなアメリカを望んだ」「アメリカ・ファーストで世界秩序が混乱する」などと悲嘆に暮れているのも頓珍漢だ。

 

 民主党政権やハリスを批判したら「トランプ派」とみなすとか、「より理性的な選択をせよ」とかの思考は、ロシア・ウクライナ戦争において「両者とも銃を下ろせ」「即時停戦を」といった途端に「プーチン派」「親ロ派」などと決めつけて罵倒を始める連中の二元的思考と重なるものがあり、どれだけ単細胞なのかと思わせるものがある。「トランプ大統領こそがディープステート(影の支配者)と戦う真の勇者だ」と陶酔している陰謀論者とさほど変わらない。同じ穴のムジナではないか。欺瞞的な民主党への強烈な鉄槌が下され、それがトランプを縛るという力関係が見えていない。

 

  経済的にも「1%vs.99%」といわれるほどの激しい分化が起きており、二つの戦争、とくにアメリカが全面支援するイスラエルによるガザ虐殺をめぐっては、全米各地で学生たちが学内で「イスラエルへの投資を停止せよ」と抗議活動をしたり、「反ユダヤ主義」の烙印を押され、収監される危険も顧みずパレスチナ連帯の大規模デモが宗教や人種の枠をこえてくり広げられている。そのなかで、すっかり形骸化した二大政党制の枠内に人々の政治意識を切り縮め、その枠内でしか物事を見ないのなら何も見ていないのと同じではないか。

 

 バイデン民主党政権に強烈な「ノー」が突きつけられ、相対的にその反動がトランプに雪崩を打ったわけで、その意味では共和党の勝利とも、トランプの勝利ともいえるものではない。現政権が漫然と続投できるほど、アメリカが抱える問題は甘くないということのあらわれだ。その意味では、親切ごかしの仮面をかぶりながら野蛮な本性を晒し続けたリベラル勢力のインチキが見透かされ、完全に見放されたというのが、今回の大統領選に反映したアメリカ国内の世論だ。それはそのまま、返り咲いたトランプを縛る力にもなる。

 

住居を失う労働者急増  物価と家賃が高騰

 

カリフォルニア州ロサンゼルスの路上に連なるホームレスのテント(2020年)

 A 日本のメディアが、大リーグで活躍する大谷翔平のアメリカン・ドリームで朝から晩まで賑わっている一方、その足下のアメリカ国内はどうなっているか? ほとんど伝えられていない。

 

 GDP(国内総生産)上昇や低失業率などで好景気といわれるアメリカだが、コロナ禍以降、供給網の混乱や需要の急激な拡大などで物価が高騰し、そこにウクライナ戦争の長期化による原油や天然ガス価格の高騰が加わり、空前の生活苦が社会を覆っている。

 

 「アメリカ地域社会調査(ACS)」によると、米国内で貧困状態にある人の数は2019~20に年にかけて約150万人増え、約4100万人に到達している。貧困率も約13%と2年連続で上昇している。住宅都市開発省の発表では、家賃の支払いができずホームレス(路上生活者)になった人が、2023年1月時点で過去最多の65万3000人存在し、前年比12%増、2015年と比べて48%も増加している。凄まじい勢いで貧困化が進み、今後さらに増加する趨勢だ。

 

 ホームレス支援団体の相談窓口や食料援助窓口には長蛇の列ができ、並んでいる人の多くは働いているにもかかわらず家賃が払えないため車やテントで生活をしている労働者たちだという。またホームレス人口の37%は、家族単位でホームレスになった「ファミリーホームレス」といわれている。

 

 そこにバイデンが今年初めの一般教書演説で「世界は今、羨望の眼差しでアメリカ経済を見つめている」などと大見得を切ったことも人々の感情を逆撫でした。

 

 C 日本からの渡米者の誰もが悲鳴を上げる「ラーメン1杯が20㌦(約3000円)」などの衝撃的な物価高は日本でも報道されたが、パンにソーセージを挟んだだけのホットドッグが5㌦(約760円)、ファストフードの代名詞マクドナルドの「ビッグマック」セットが18㌦(約2700円)、フライドポテトだけで5㌦などで、外食をすれば軽く30㌦(約4500円)をこえ、レストランにでも行けば100㌦(約1万5000円)は下らないという状況だ。

 

 すでに中流以下の人々にとって「外食は贅沢」が定着しており、Z世代(10~20代)は自炊生活が当たり前で、食費を確保するために衣料品などの購入を控えるというのが実態のようだ。

 

 米調査会社「ギャラップ」が昨年2月に公表した調査結果でも、米国民の半数が1年前に比べて「生活が苦しい」と回答している。物価高騰に対して人々の所得が追いつかず、低所得者層ほど生活苦が拡大している。

 

 A 2022年8月には「インフレ削減法」が成立し、大幅な利上げが実施され、昨年11月、中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)はインフレが落ち着く傾向などを要因に、政策金利を据え置くことを決定した。だが金利上昇で事業者や個人も「ローン地獄」に陥り、借り入れもできず、多くの人が路頭に迷っている。

 

 物価や家賃も上がり続け、巷では「今の100㌦は、ついこの間までの20㌦」といわれるほどだ。日本円で例えると1万円札の価値が2000円程度にまで下がった感覚だ。

 

 地域間格差も半端ではない。とくにニューヨーク、ワシントン、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど大企業の拠点があったり、富裕層が多く暮らす大都市圏では、物価や家賃の上昇が凄まじく、中流以下の低所得層が大量に郊外にはじき出されている。

 

 とくに家賃の高騰は深刻だ。都市圏では、不動産オーナーは、高所得者向けに改装して家賃を上げるため、標準的な家庭ですら家を失うケースが後を絶たない。

 

 アメリカでは全世帯の3分の1におよぶ約1億900万人が賃貸住宅に居住しているが、都市部では小さなアパートでさえ家賃が月額3000㌦(約45万円)を下らないという。新自由主義経済のもとで、食料や住居などの人間生活の必需品までも金融商品として投機の対象となり、実体経済を支える労働者の生活を脅かしている。

 

 C 米ハーバード大学の調査(1月発表)では、米国の賃貸物件で暮らす人の約半数(2240万世帯)が、収入の3割以上を家賃に費やしている。とくに年収3万㌦(約450万円)以下の低所得世帯ほど打撃が大きく、家賃と光熱費を支払った後に手元に残る金額は平均で月額310㌦(約4万6000円)ほどしかないという。

 

 一方、アメリカの家庭(4人家族)の食費は平均月額1000㌦(約15万円)ほどで、食べていくためには家を捨てなければならない。同大研究者は、現在は約1000万人が自宅を失った2008年のリーマン・ショック時よりも悪い状況にあり、「このまま放置されると、家賃を支払えない人が増加し、ホームレスに陥るケースが続出する」と警告している。

 

 人々は公共機関や支援団体が用意したわずかなシェルターに駆け込んだり、駐車場での車中泊、道路にテントを張って生活したりしながら、職場に働きに行っている。それでも体から異臭を放てば就活もできないため、シャワーを浴びるためだけにスポーツジムに入会しているケースが一般的なのだという。ジムが家替わりなのだ。

 

 B 米国政府が定める最低賃金(時給)は7・25㌦(約1100円)に据え置かれ、最も高いニューヨーク州でも15㌦(約2280円)なのだが、ニューヨークでは1DKの平均家賃が4000㌦(約60万円)だという。年収1000万円あっても家を借りることすらままならない。

 

 一方、グーグルやアップル、アマゾンなど巨大IT企業の本拠地があるシリコンバレーを抱えるカリフォルニア州では、最低賃金が今年20㌦(約3000円)に引き上げられたが、家賃も数千㌦に値上がりし、全米のホームレスの3割が集中している。

 

 ロサンゼルスやサンフランシスコでは、大豪邸に住む富裕層と路上生活者が共存し、違法ドラッグ(合成麻薬フェンタニル)の中毒者増加が社会問題化している。西海岸は民主党が州政治を担っているのだが、「ここには金もうけの自由もあるが、庶民にはホームレスになる自由、薬物中毒になる自由、略奪の自由しかない」と語られている。社会的規制が働かない、まさに市場原理の行き着く先であり、弱肉強食社会そのものだ。

 

 C 解決の見通しすら見えない移民問題にしても、アメリカによる途上国搾取と大企業が低賃金労働者をほしがる意図が根底にある。当局がブローカーと繋がって越境ビジネス(高い手数料をとって越境させる)がはびこり、メキシコ国境より世界中から毎日1万人規模でアメリカ側に不法入国している事実をメキシコの大統領も告発している。

 

 そもそも移民や奴隷をこき使うことで世界最大の経済大国になったのがアメリカなのだが、彼らを低賃金で搾取しながら、労働者同士であつれきを生み出し、団結させないように分断するのが資本やその代理政治の常套手段だ。日本でも最近は外国人労働者が増えてきてヘイトが問題になっているが、移民たちをなかば奴隷のように働かせながら、異民族、異文化に対する排外主義を煽って、内政問題をそちらに転嫁する。これを民主党は拡大・放置し、トランプは排除・排斥を訴えて支持を集めたが、アメリカそのものの成り立ちからして単純に解決できる問題ではない。

 

 「アメリカ・グレート・アゲイン(偉大なアメリカをもう一度)」というのも白々しい話で、「とにかくなんとかしろ!」という悲鳴が渦巻いている。

 

ストライキは過去最大 社会的使命で団結

 

ストライキに突入した全米自動車組合(UAW)の労働者たち(2023年9月、デトロイト)

 A 一方、米国内の上位1%の富裕層だけで国内総資産の30%を握り、上位10%だけで70%を握るという歪な富の集中と格差拡大が進行していることへの怒りが拡大している。アメリカの下位50%の人々の資産を集めても2%にも満たないのだ。

 

 電気自動車大手テスラ、宇宙企業スペースX、SNSのXを保有するイーロン・マスクだけで保有資産は2500億㌦(約305兆6000億円)。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは2300億㌦(約35兆円)。このような一握りの富裕層や大資本が国の政策を買いとり、金融資本がやりたい放題できる政治経済ができあがっているのがアメリカの実態だ。

 

 経営者と労働者の所得格差は、過去半世紀で大幅に拡大し、その格差は1930年代の世界恐慌直前の水準にまで拡大していると指摘されている。とくに製造業部門では賃金上昇が進まず、労働統計局によると、2018年までに製造業のほとんどの賃金は民間部門の平均賃金を下回っている。日本に比べても労働規制が緩いアメリカでは、景気判断で企業がレイオフ(解雇)をくり返し、そのたびに人々は職場を転々とさせられる。

 

 B だからこそアメリカ国内では近年、とくにコロナ禍直後から、ストライキの波が席巻した。パンデミック下で「社会的使命」を掲げて労働者に命を削らせる一方、経営陣や金融資本だけが空前の暴利をむさぼっていたことへの怒りが爆発したのだ。

 

 米国労働省によると2023年には医療・保険、自動車製造、運送、教育、食品、映画・脚本業界などで計33件の大規模ストライキが発生し、46万人以上が参加した。件数ベースでは39件発生した2000年以来の多さ。規模は過去最大だ。最近では航空機大手ボーイングでも3万3000人がストを実施している。

 

 ストライキが激しいイメージがあるアメリカだが、労働組合が企業の一機関と化すなかで組織率も下がり、労組組合員は全労働者の10%程度しかいないといわれる。そのなかで、アマゾン倉庫やスターバックスなどの組合がない新興企業で働く労働者たちのなかで労組を結成する動きがはじまり、自動車大手「ビッグ3」のストを主導した全米自動車労働組合(UAW)、全米運輸労組「チームスターズ」などの比較的大規模な労組でも、長年資本側とのパートナーシップ路線を歩んでいた組合幹部を引きずり降ろし、改革派が実権を握る過程をくぐって大規模ストライキの動きが広がった。

 

 C 医療労働者たちは「患者を治療するのは利益(金)ではない。治療するのは人間だ!」のスローガンを叫んだ。改革派として「ビッグ3」のストを主導したUAW会長は「労働者の力なくして車輪の一つも回らない。自動車やトラックを製造していようが、部品配送センターで働いていようが、映画の脚本を執筆していようが、テレビ番組を放映していようが、スターバックスでコーヒーを淹れていようが、病院で看護していようが、幼稚園から大学までの学生を教育していようが、力仕事をしているのは私たちだ。CEOでも幹部でもない」と訴えていた。個別の処遇改善にとどまらず、医療や生産、サービスなどの社会的機能を担う労働者の誇りと社会的使命を全面に掲げているのが特徴だ。

 

 10年前の「オキュパイ運動」(若者たちによるウォール街占拠運動)での「1%vs.99%」のスローガンとも重なるが、国や経済を牛耳り社会や人間を食い潰す金融資本に対して、溜め込んだ富を吐き出させて人間がまともに生きていける社会にさせるため、分断を乗りこえながら団結を広げている。これがいわゆるリベラルエリートや御用組合などが力を失うなかで生命力をもって発展している。いかにかさぶたになっていたかということだ。

 

 今後、分断と破壊(戦争)によって生き延びようとする資本側との大激突は避けられない。それが新自由主義の総本山であるアメリカで起きている地殻変動の中身だ。

 

戦争ビジネスへの怒り 「虐殺やめろ」の世論拡大

 

  国内矛盾をいっそう激化させたのが、ウクライナ戦争、そして、すでに1年がたつがイスラエルによって現在までに少なくとも5万人もの人々が殺されたパレスチナ・ガザでの民族浄化だ。

 

 ウクライナ戦争が始まって以来、バイデン政府は停戦調停に動くかわりに、すでに数十兆円もの軍事支援をウクライナに与え続け、その恩恵を米国の軍需産業がつかみ取りしてきた。「ロシアの侵略に対するウクライナの抵抗を支援する」という名目だったが、3年もたつなかで、実態はウクライナの保護ではなく、プーチン政権の弱体化と戦争ビジネスのための代理戦争であり、バイデン一家の私的なウクライナ利権が絡んでいることもすでに広く暴露されている。

 

 この戦争によって米国内でも燃料価格は高騰し、人々の窮乏化に拍車をかけており、「私なら24時間で終わらせる」と宣言したことでトランプは求心力を保った。

 

 パレスチナに対するイスラエルのジェノサイド(大量虐殺)については、国連安保理で唯一、アメリカだけが停戦に反対し続け、口先でイスラエルに「警告」しながら、膨大な武器や資金を送ってジェノサイドを擁護してきた。国内で「女性の権利」や「移民の権利」をいいながら、国連憲章や国際法をないがしろにして、膨大なパレスチナ人虐殺を支援するのだから支離滅裂だ。

 

 全米の大学で「イスラエルへの投資を断ち切れ」と学内占拠や抗議行動が巻き起こり、ユダヤ人団体も含めて「ジェノサイドをやめろ」「軍事供与をやめろ」の大規模デモが全米各州で広がった。Z世代の発言を見ても、国内で苦しむ人々の境遇を重ねながら、「私たちが苦労して納めている税金や学費がジェノサイドに使われている」「私たちはこれまで、奴隷制やホロコーストを許した“善人の沈黙”について自問することを教えられてきたが、今がまさにそのときだ」とのべており、コロンビア大学などの超エリート校でも、「反ユダヤ主義」の烙印を押されて学位や職を奪われるリスクも辞さず行動に立ち上がっている。

 

 大統領選の過程でおこなわれた米国内でのデモでは「NOジェノサイド・ジョー(バイデン)、NOファシスト・ドナルド(トランプ)」のプラカードも見られたが、この動きはトランプのもとでも一層激しさを増すだろう。

 

㊤㊦ホワイトハウス前でイスラエルによるパレスチナでの虐殺に援助を続ける米国政府に抗議する人々(ワシントン、2023年11月)

 B イスラエルのエルサレム遷都を認めて大使館を移転までやったのがトランプであり、強烈な親イスラエル派であることを考えるとパレスチナ問題が一層悪化することが危惧されている。

 

 だが、少なくともこれら米国が関与する二つの戦争への対応は、欧米の二重基準を一層浮き彫りにし、BRICSなど新興諸国の連携強化を促した。中国やロシアだけでなく、アメリカの裏庭である中南米諸国でも反米政権が雪崩を打って誕生し、ドル基軸通貨体制からの脱却まで俎上にあがっているほどだ。

 

 これまで植民地支配を受けてきたアジア、中東、アフリカなどグローバルサウスといわれる国々が発言権を強めていく趨勢はもはや押しとどめることはできない。これまでの世界秩序とは何だったのかという認識の転換が、国籍や人種を問わず世界的に広がっている。

 

 欧米でも国内での二極分化が進んでおり、各国政府を下から揺さぶっている。イギリス、フランス、ドイツなどの欧米でも保守、リベラルを問わず仮面が剥がれて政権基盤が揺らいでいる。最近ではスペイン政府がイスラエルに供与する武器を乗せた米国艦船の入港を拒否した。これも反政府運動が拡大する国内世論を意識したものだ。それほど統治者の側が権威を失っている。

 

  3年前のアフガニスタンからの全面撤退が象徴的だが、もはや西側欧米諸国が力で封じることは不可能であり、国益を考えるならトランプもディール(取引)で取り込んでいくほかない。対ロシア、対中国、対北朝鮮にしても、それを取り巻く構造や力関係は四年前と比べても大きく変化しているのだから。

 

 トランプも対テロ戦争の破産を認め、「第三次世界大戦を防ぐ」と宣言せざるを得ないし、その変化を促している内外の力に縛られていくことになる。米民主党の崩壊は、支配の側が世界や人々を欺瞞する力を失ったことを意味しており、世界的にもより実利に基づいた多極化が進行することになるだろう。99%の側、つまり新自由主義によって搾取され、戦争の犠牲にされる人々の連帯もよりグローバルなものになっていく素地が広がっている。

 

  保守・リベラルも含めた総翼賛化は日本でもまったく同じ趨勢だ。与党も野党もバイデン民主党に金魚の糞みたくくっついて、ウクライナ戦争の支援や異次元の軍拡にひた走ってきた。

 

 もはや神話でしかない対米隷属思考にしがみついて日本列島で戦争の火種をくすぶらせ、アジアの孤児として没落の道を進むのではなく、トランプ再登板をもたらした変化を的確に捉えた新しい政策が必須になっている。

 

 そのうえでも干からびた既存の枠を突き破って真に民意を代表しうる新しい結集軸を作っていくこと、人々の利益の側に立って徹底的に抗っていく政治勢力を押し出していくことが、日本と世界の平和のためにも避けて通れない課題といえる。

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