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「反ユダヤ主義」掲げて言論弾圧 ガザ虐殺抗議の教員を解雇したマックス・プランク研究所 撤回求める行動世界へ ドイツ

マックス・プランク研究所(ドイツ、ミュンヘン)

 世界的に権威ある研究所とされるドイツのマックス・プランク社会人類学研究所が、著名な人類学者であるガッサン・ハージ氏に対して、イスラエルに対する批判的な発言をくり返す「反ユダヤ主義者」「人種差別主義者」だとレッテルを貼って、2月7日、客員教授の職を解雇した。これに対して同研究所の同僚はもとより、欧米やオーストラリア、南アフリカなどの研究者たちが次々と抗議声明を発している。今世界では、学生や高校生たちが「ガザの虐殺を止めろ!」と行動に立ち上がっているが、そこでも欧米政府が「反ユダヤ主義」というレッテルで抑圧していることから、「反ユダヤ主義」の定義を見直せとの要求も各国で共通したものとなっている。このガッサン・ハージ氏の解雇問題は世界的な波紋を広げているが、ドイツを「過去を克服した模範」とみなす日本の大手メディアは伝えていない。慶應義塾大学で13日、イスラーム信頼学シンポジウム「人類学者ガッサン・ハージとイスラエル/パレスチナ問題をめぐる言論・学問の自由――“反ユダヤ主義”言説を問い直す」が開催され、この問題がとりあげられた。

 

第二次世界大戦評価の見直し始まる

 

ガッサン・ハージ氏

 ガッサン・ハージ氏は昨年4月、長年勤務してきたオーストラリアのメルボルン大学を離れ、ドイツにあるマックス・プランク社会人類学研究所の客員教授に就任した。
 「ガッサン・ハージさんを支持する日本の研究者・市民からの声明」では、ハージ氏を次のように紹介している。

 

 「世界的に著名な人類学者であり社会理論家であるガッサン・ハージさんの著作は、2000年代初めから日本語にも翻訳され、日本における多文化主義や反レイシズム(人種主義)の研究に大きく貢献してきました。ハージさんは“多文化の共生”や“多様性の尊重”といった謳い文句に潜む民族的ナショナリズムや新自由主義を暴き出し、現代世界における多様なレイシズムとその背後にある植民地主義を徹底的に批判してきました」

 

 「同時にハージさんは、そうしたレイシズムや植民地主義に手を染める人々をただ悪として断罪するのではなく、人々が生きる現実を真剣に理解しようとしてきました。差別や不正義に反対する運動が陥りがちな自己陶酔に警鐘を鳴らし、レイシズムや植民地主義の犠牲者とされた集団の内部にも存在する課題からも目を背けず、正義や抵抗といった美名のもとにそれらが正当化されるのを断固として拒絶してきました。異なる宗教や価値観をもった人々が共生する新たな世界を創造する可能性を、批判と対話を通じて、そして希望とともに発信してきました」

 

 ハージ氏は、ドイツ滞在中の昨年10月7日に起こったハマスによるイスラエル攻撃と、その報復としてイスラエルが開始したガザへの無差別攻撃について、SNSなどを通じて自己の見解をくり返し発信してきた。ハージ氏は、イスラエルのガザ地区での大量虐殺を厳しく批判し、それが戦後、イスラエルがパレスチナ人に対してとってきた植民地政策とアパルトヘイト体制の延長であると訴えた。ハージ氏はまた、イスラエル支援企業へのBDS(ボイコット、投資撤退、制裁)運動の推進者だった。

 

 これに対してドイツの新聞が2月3日、ハージ氏の主張の一部を切りとって「反ユダヤ主義」だと非難する記事を掲載した。直後の7日、学術機関であるマックス・プランク研究所は、ハージ氏を擁護するのではなく、逆に「人種差別、イスラム嫌悪、反ユダヤ主義、差別、憎悪、煽動は、マックス・プランク研究所には居場所がない」「科学の信頼性を損ない、学術機関への信頼を傷つけた」とする公式声明を発表し、一方的にハージ氏との契約を打ち切った。

 

欧米政府や大学 イスラエル批判を禁忌

 

 最近のドイツでは、同様の問題がくり返し起こっている。ロシア出身でアメリカに移住したユダヤ人作家マーシャ・ゲッセン氏は、昨年末、ハンナ・アーレント賞の受賞が決まっていた。ところがその直後、ゲッセン氏が『ニューヨーカー』誌への寄稿のなかで「現在のパレスチナはナチス占領下のユダヤ人ゲットーのようだ」と書いたことから、同賞のスポンサーであるドイツのハインリッヒ・ベル財団が授与式から撤退し、受賞がとり下げられた。

 

 また2020年には、総合芸術祭「ルール・トリエンナーレ」がアフリカの代表的な脱植民地主義理論家アシル・ムベンベ氏(カメルーン)に開幕スピーチを依頼したところ、ドイツ連邦政府の反ユダヤ主義担当官とドイツ自由民主党所属の地方議員が主催者に圧力をかけ、招待のとり消しを求めた。ムベンベ氏がイスラエルの政策と南アフリカのアパルトヘイトを同一視し、「ナチスのホロコーストを絶対的なものではないと論じる“相対化”を図った」ことがその理由だった。

 

 今年1月にはベルリン市が文化活動の助成金申請に「反ユダヤ主義条項」を入れると発表し、市民から大きな反発を受けた。助成金申請者は国際ホロコースト同盟(IHRA)による反ユダヤ主義の定義を受け入れることに同意しなければならない、というものだった。その定義には、「現在のイスラエルの政策をナチスの政策と比較すること」が反ユダヤ主義であり、糾弾されるべきという内容が含まれている。そこには「ナチスのホロコーストは他に類を見ない唯一無二の残虐な出来事であり、過去から現在までに世界中でおこなわれたいかなる行為とも比較できない」という考え方が根底に流れている。

 

 ドイツでは、政府が「イスラエルの安全保障は国是」としており、イスラエル批判やパレスチナ連帯の言動は「反ユダヤ主義」とみなされ、法律で禁止している。

 

 ハージ氏の身に起きたような言論弾圧は、オーストリアやスイスでも起こっており、研究者がバッシングを受けたり職を奪われたりしている。

 

 それはアメリカも同じで、昨年12月、米連邦下院の公聴会に証人として出席したハーバード大、ペンシルベニア大、マサチューセッツ工科大の学長に対して、共和党議員が「ユダヤ人のジェノサイドを呼びかけることは、あなた方の大学では、いじめやハラスメントを禁止する学則違反に該当するか」と質問した。各大学の学生のなかで急速に広がるパレスチナ連帯の運動を揶揄(やゆ)したものだが、学長らは「文脈による」と答えた。これに対して「ユダヤ人のジェノサイドへの呼びかけを完全に非難しなかったことは反ユダヤ主義である」とのバッシングが始まり、多額の寄付金の引き上げなどが起こって、ペンシルベニア大のエリザベス・マギル学長とハーバード大のクローディン・ゲイ学長は辞任せざるをえなくなった。

 

 そうした流れのなかで、もっとも人種差別を批判してきたハージ氏まで「反ユダヤ主義者」「人種差別主義者」として解雇されたため、各国の研究者たちから猛烈な抗議が巻き起こっている。ハージ氏の解雇は、批判的な言論を通じて学問が人類社会の平和と繁栄に貢献することを、他でもなく欧米政府とその学問の府が踏みにじっている姿を浮き彫りにした。

 

各国の学会が声明 「学問と表現の自由奪う」

 

「反シオニズムは反ユダヤ主義ではない」と書いたプラカードを掲げる抗議者(4月28日、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校)

 これまでに、ハージ氏が勤務していたマックス・プランク研究所の同僚たちをはじめ、元の勤務先だったメルボルン大学の同僚たち、さらにドイツ社会・文化人類学会、アメリカ人類学会、アメリカ民族誌学会、イギリス中東研究学会、オーストラリア人類学会、チェコ社会人類学会、南アフリカ人類学協会、ヨーロッパ社会人類学会などが、学問の自由を擁護し、公式声明の撤回と謝罪、地位の回復を求める抗議声明を同研究所に送りつけている。いずれも学生たちが「ガザでの虐殺を止めろ!」と大規模な運動をくり広げている国々だ。

 

 また、イスラエル・ユダヤ系の研究者たちを含む世界各地の有志も声を上げ、ハージ氏を支援する署名活動をおこなっている。

 

 いち早く反応したのはドイツ社会文化人類学会で、2月12日、学問の自由に関する理事会声明を発表した。声明は、「私たちは、ドイツと世界において反ユダヤ主義、人種差別、イスラム嫌悪とたたかう必要性を強調する。しかしそれは、科学者の研究や声明を監視することによって達成することはできない。イスラエル・パレスチナ紛争をめぐっては、それが歴史的に推移してきた政治的、経済的、文化的な側面を議論することが必要であり、学者の排除は必要な議論を妨げている。私たちは、大学や研究機関が、多元的な異議申し立てを歓迎し、互いに批判しあい学びあう、議論と出会いの場となることを求める」とのべている。

 

 同じ日、イスラエルや世界で活動するイスラエル系ユダヤ人の研究者60人以上も同研究所に抗議の声明を送った。声明は「ハージ氏の批判的分析は、ユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒、その他の人々の平等な共存生活の可能性を呼び起こすものであり、反ユダヤ的なものではない。私たちの中にはナチス・ホロコーストの犠牲者の子孫もいれば、ホロコーストを研究しているものもいるが、私たちはユダヤ人として、イスラエル批判と反ユダヤ主義が混同されていることに懸念を表明する。それはドイツにおいてユダヤ人の生活を危機にさらしている。異論を唱える人々への迫害など、世界は厳しい状況に直面しているが、学術の府として批判的な意見に対する残忍な口封じに屈しないよう、そして公平な評価という学問的価値を守るよう強く求める」と訴えている。

 

 ヨーロッパ社会人類学会も、「ハージ教授の研究に詳しい人なら誰でも、マックス・プランク研究所の公式声明が事実とはほど遠いことを知っている。人種差別、白人至上主義、ナショナリズム、そして中東に関する重要な研究において、ハージ教授は一貫してあらゆる種類の人種差別を力強く批判してきた」「ドイツの学者は、イスラエルの極右政府が犯した暴力に反対する意見を表明しようとすれば、民主主義社会と相容れない検閲、沈黙、脅迫にさらされている。私たちは、学術の場が権威主義に対して批判的であるべきだと改めて強調し、検閲の政治を逆転させる具体的措置をとるよう要求する」とのべた。

 

 ハージ氏が35年以上教壇に立ってきたオーストラリアでは、メルボルン大学をはじめ各大学の研究者や学生たち440人以上が連名で、ハージ氏を支持する声明を発した。声明は「ハージ氏は反ユダヤ主義を含むさまざまな人種差別の多様な形態とあらわれ、それが生み出す弊害、そしてとくに入植者植民地主義が人種差別を伴う政策をおこなってきたことについて厳密に考えるよう主張してきた」とし、ハージ氏との連帯を確認している。

 

 アメリカでは、アメリカ民族誌学会が次のような声明を発表した。
 「私たちは人類学者および社会科学者として、世界中の学者や学術団体とともに、ガザにおける暴力に批判的な学問を標的にして、表現の自由に対する脅威が増大していることに憤りを表明する。長い搾取の歴史に加担してきた学問分野において、私たちは、反ユダヤ主義、イスラム恐怖症、反パレスチナ人種主義を含むあらゆる形態の帝国主義と人種主義を批判し、解体するために努力しなければならない。戦争と暴力が世界中でエスカレートし、国際司法裁判所が“イスラエルがガザでジェノサイドを犯している”と注意喚起をしているとき、私たちは正義と平和のためにおこなわれる学問を緊急に保護し、支援しなければならない」

 

 イギリス中東学会は、中東と北アフリカの研究を中心におこなうヨーロッパ最大の全国的学術協会である。イギリス中東学会は、ハージ氏の解雇が「“反ユダヤ主義”の欠陥のある定義にもとづいている」と指摘している。


 そして、「もともと反ユダヤ主義とは、ユダヤ人に対する憎悪や偏見のことで、ナチスのホロコーストを否定する暴言などを意味する。しかし、ハージ氏解雇の決定は、反ユダヤ主義とイスラエル批判を混同する、国際ホロコースト記念同盟の実用的な定義にもとづいているようだ。この定義については、人種差別に関する国連特別報告者が、“政治的に道具化されやすく、そこから人権への危害が生じる”と警告している。大多数のジェノサイドの研究者や法律専門家も、この定義は批判的思考と自由な論義が最優先される学術の場にはふさわしくないとの意見で一致している」と注意を喚起している。

 

 南アフリカ人類学協会の理事会声明も、ドイツ語圏であるドイツ、オーストリア、スイスで同様の事件が起こっていることに触れた後、「ドイツ語圏の諸機関が、国際ホロコースト記念同盟の定義を適用し、イスラエルに対する批判を“反ユダヤ主義”だとして禁止しているが、それはイスラエルの国家と政治に対する批判を封じ込め、学問の自由と表現の自由を損なうものだ」と批判している。

 

 日本でも、慶應義塾大学教授の塩原良和氏ら7人が呼びかけ人となって「ガッサン・ハージさんを支持する日本の研究者・市民からの声明」が呼びかけられ、賛同者は180人をこえている。

 

植民地主義の継承 大量虐殺正当化に利用

 

 慶應義塾大学で13日に開催されたシンポジウムでも、「反ユダヤ主義」の問題が焦点の一つとなった。

 

 武蔵大学教授の小森謙一郎氏は、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスらがイスラエルを擁護する側に立ち、「ナチス時代の集団犯罪に照らせば、ユダヤ人の生活とイスラエルの生存権は特別の保護に値する中心的要素となる」との声明を出したことを批判的に紹介しつつ、こうしたドイツの政治文化が今回の解雇にも貫いているが、それは国際ホロコースト記念同盟の定義にもとづいているとのべた。

 

 国際ホロコースト記念同盟とは1998年に設立された政府間組織で、現在、米英仏独伊など43カ国が参加している。問題の「反ユダヤ主義の定義」は、この同盟が2016年に採択したもの。11項目中7項目が現在のイスラエルを扱っており、「イスラエル国家の存在が人種差別的だと主張するなどしてユダヤ人の自決権を否定すること」「現代のイスラエルの政策をナチスの政策と比較すること」などが「反ユダヤ主義」として糾弾の対象となる。

 

 それは法的拘束力を持つものではないが、欧米諸国の大半が受け入れ、2019年には米大統領トランプが、この定義による「反ユダヤ主義」から学生が守られていない大学は連邦政府からの資金提供を停止するとの行政命令を出した。

 

 しかし、大多数のホロコースト研究者たちはこの定義を「ユダヤ人を守る目的にそぐわない」と批判し、2020年に「反セム主義(反ユダヤ主義)に関するエルサレム宣言」を発表した。それには「イスラエル国家に対する証拠にもとづく批判は反セム主義ではない」「イスラエルを入植者植民地主義やアパルトヘイトなど他の歴史的事例と比較することは反セム主義ではない」と明記している。

 

 同シンポジウムで、東京外国語大学教授の黒木英充氏は、アメリカやイスラエルがこの「反ユダヤ主義」を武器にして、大量虐殺への批判をかわそうとする悪あがきをやっているとのべた。

 

 ネタニヤフは昨年10月7日以降に米欧の首脳と次々と会見し、「ハマスは新しいナチであり、イスラム国だ。世界が団結してナチを倒したように、世界は一緒にハマスを打倒せねばならない。これは野蛮に対する文明のたたかいだ」とのべた。またアメリカ向けの演説で「反セム主義の暴徒がアメリカのトップクラスの大学を乗っとってしまった。連中はイスラエルの絶滅を叫び、ユダヤ人学生を攻撃し、ユダヤ人教員を攻撃している。これは1930年にドイツの大学で起こったことを彷彿(ほうふつ)とさせる」とのべた。

 

 シンポジウムで登壇者は、イスラエルがパレスチナ人を人間と見なさず虐殺を続けることこそが植民地主義と人種主義に貫かれた行為であり、それはナチスの行為を彷彿とさせると指摘した。

 

 また、ユダヤ人の哲学者で、米カリフォルニア大学バークレー校大学院で教鞭をとるジュディス・バトラー氏は、「イスラエルによるガザの家・病院・学校にいるパレスチナ人への攻撃、逃げている人々への攻撃はジェノサイドだ。その暴力は、組織的な強制退去・殺害・投獄・勾留・土地の収奪・生活の破壊を特徴とする、75年間にわたる暴力の一部である。イスラエルのパレスチナ占領における入植者植民地主義は人種差別の一形態であり、パレスチナ人は人間以下の存在として扱われている。そしてアメリカ政府は実際に武器や支援、助言を与え、大量虐殺という犯罪に加担している」「第一に、即時停戦が必要だ。そして根本的な解決とは、パレスチナ人が完全な自決権を得て、民主的な社会に暮らす道を模索することであり、祖国追放に終止符を打ち、奪われた土地が返還され、賠償がなされ、過酷な環境下で離散を強いられた多くの人々に帰還権を認める道を模索することだ」とのべている。

 

 戦後長きにわたって、ナチスによるユダヤ人600万人の虐殺は唯一無二の戦争犯罪であるとされ、ナチスだけ悪者にして欧米諸国の植民地主義と人種主義の犯罪が覆い隠されてきた。それが今、イスラエルがパレスチナ人に対してナチスを想起させる民族浄化を実行し、それをアメリカはじめG7の国々が支え、ガザの虐殺に抗議する人々を「反ユダヤ主義」といって弾圧しているなかで、欺瞞のベールをとり払い歴史認識を問い直す動きが広がっている。

 

(5月17日付)

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