シリアで破綻した同じ手口
東アジアで米国が北朝鮮への恫喝を強めるなど軍事的緊張が高まっているなかで、昨年就任したドゥテルテ大統領が中国、ロシアに接近するフィリピンでは、「第2のシリア」さながらに南部ミンダナオ地方で過激派組織「イスラム国」(IS)とつながった武装勢力が戦闘を開始し、それに対して大統領が戒厳令を布告して鎮圧にあたるなど騒乱が続いている。歴史的に宗主国だったスペインや、その後侵略してきたアメリカに対抗してイスラム系の武装組織は民族解放を掲げて抵抗し続けてきたが、今回の騒乱は明らかに反米路線に舵を切ったドゥテルテ政府への揺さぶりを意図したもので、武器供与も含めて米国や国外の背後勢力が加担していることを海外の非欧米系メディアなどが発信している。米国の世界覇権が崩れゆくなかで、米国の「同盟国」でありながら別の道を歩み始めようとしている比政府に対して、きわめて謀略的で恫喝的な力が加わり、中ロと引き離し、アメリカに従えようとする力が働いていることを示している。
ミンダナオ地方で過激派組織による戦闘が始まったのは、5月23日にドゥテルテが比大統領として初めてロシアを公式訪問した最中だった。国内で火の手が上がったことを受け、日程を短く切り上げてドゥテルテは帰国することになった。米国が最も嫌がるロシアとの接近に対して、報復するかのようなタイミングで事は動き始めた。ドゥテルテはプーチンとの会談で米国がフィリピンへの武器供与を断ったことを伝え、ロシアから最新兵器や軍事技術の供与を受ける合意文書に調印して帰国した。
騒乱はフィリピンにISの飛地領をつくろうと主張しているアルカイダ系の「アブサヤフ」と、マラウィ市の騒乱を主導しているとされる「マウテグループ」が一体となり、米国がそれらを支援して育成しながら、一方で「騒乱の鎮圧に協力する」というマッチポンプで米軍をフィリピンに送り込むという、表と裏の顔を使い分けた謀略を仕組んでいることが指摘されている。米国のトランプ政権は直後に「テロ撲滅」の体裁で米軍特殊部隊を派遣したが、比政府は米軍の軍事作戦への関与を拒絶している。1992年にフィリピンにあった米軍基地は完全撤退して米軍は追い出され、その後、フィリピンでは外国軍隊の常駐を認めないと憲法にも明記しているが、今回のような騒乱を理由に軍事介入し、さらに南シナ海の中国との争いを理由に再び駐留したいという意図を米国は持っている。これに対して、反米路線を打ち出しているドゥテルテ政府は、あくまで国内の事案に対する米軍の軍事介入を拒んでいる。
ミンダナオ島の騒乱の中心となった南ラナオ州マラウィ市周辺では避難民が30万人をこえ、比政府軍と武装勢力の戦闘で兵士や警官、一般市民、武装勢力ともに多数の死傷者を出していると報道されている。比政府軍が鎮圧にあたっているものの、武装勢力は地下壕を掘って都市を要塞化するなど事前の用意が周到で、中東の戦地を渡り歩いていたような外国人戦闘員が複数おり、さらに米国製の最新鋭の武器を備えていることから、なかなか事態は収束に向かわず膠着状態となっているという。フィリピン国内にもともといた武装勢力に加えて、サウジアラビアやチェチェンなど国外からも訓練された戦闘要員が送り込まれ、彼らには米国製の武器が供与され(押収された武器の多数が高性能の米国製だった)、それらの戦闘行為を続けられるほどの大規模な資金が注ぎ込まれていることを浮き彫りにしている。いずれにしても政府軍と対峙するほどの戦闘力が施されているのが特徴で、それは国内のこれまでの反政府勢力なりイスラム系勢力の戦闘力とは比べものにならないことから「明らかに国外の力が加わっている」と見なされている。
シリアで青息吐息のISが、今度はフィリピンに場所を移して戦闘を開始したというような代物ではなく、シリアでの戦闘行為をそそのかしていた背後勢力が、同じような謀略を仕掛け、イスラム系過激派を利用して反米路線を進むドゥテルテの足下で内戦を煽っている構図が浮かび上がっている。
ドゥテルテの登場 米国悩ます反米独立派
ドゥテルテの登場は、日本国内でも欧米系メディアと横並びで、「麻薬撲滅のために犯罪者殺戮(りく)を公言するトンデモない男が大統領になってしまった」という扱いで報道されてきた。当時米国大統領のオバマが麻薬取締とその手法について「人権侵害」を指摘したのと関わって、記者の質問に対して「私は独立国家フィリピンの大統領だ。植民地としての歴史はとっくに終わっている。フィリピン国民以外の誰からも支配を受けない。1人の例外もなくだ。簡単に質問を投げかけるな。このプータン・イナ・モ(くそったれ)が。もし奴が話を持ち出したら会議でののしってやる」と、オバマ大統領を罵倒したことが騒ぎになったこともあった。
また、米政府について同盟国として信用できないと発言し、「こちらを助けるどころか、国務省が真っ先に批判してくる。なので、オバマさん、地獄に落ちていいよ。地獄に落ちていい」とのべ、同じように麻薬取締を批判するEUについても「地獄は満員だから、煉獄(れんごく)を選んだ方がいい」とのべるなど、欧米各国に対して歯に衣着せぬ発言がとり沙汰された。
そして、米政府に武器売却を拒否されたことをかねてより明言し、「いずれは米国とたもとを分かつかもしれない。ロシアや中国とくっつく方がよほどいい」「そちらが武器を売りたくないなら、こっちはロシアに行く。将軍たちをロシアに派遣すれば、ロシアは“心配しないで、必要なものは全部そろっている。全部あげるよ”という。中国にしても、“こちらへ来てサインすれば、欲しいものは全部届ける”といっている」とのべるなど、米国のいいなりにはならない姿勢を鮮明にしていた。
さらに昨年9月には、自分が大統領でいる限り米比合同演習はこれで最後だと発言し、フィリピンに米軍を増派すると合意した2年前の防衛協力強化協定も見直すつもりだと表明。米軍との合同軍事演習に中国軍を参加させることや、比軍と中露両軍との合同軍事演習の実施を提唱するなど、反米路線とセットで中露への接近をはじめ、昨年11月にはロシアとの間で相互防衛協力文書にも調印した。今年に入ってからはロシアの艦隊がフィリピンに寄港して歓迎を受けるなど、米国にとっては怒り心頭の出来事が重なっていた。
米国にとってフィリピンは、地政学的に見て南シナ海での中国の動きを牽制するために不可欠の要衝で、比政府をして中国政府との領有権争いを煽らせるなどしてきた経緯がある。しかし、南シナ海のほぼ全域は中国の領有権であるという中国政府の主張を退けたハーグ仲裁裁判所の判決について、ドゥテルテが就任するや習近平とのトップ会談で棚上げにしてしまい、むしろ訪中して友好的関係を切り結ぶなどしたため、これも思い通りにいかずオバマ前政権を苛立たせるものとなった。尖閣問題でまんまと乗ってくる日本政府とは、まるで異なる対応となった。昨今の北朝鮮ミサイル騒動と米空母派遣についても「東アジアで戦争を煽るな」と米国に向けてはっきりともの申していたのがドゥテルテだった。
ミンダナオ島南部の騒乱は、こうして「同盟国」ではありながら反米路線に舵を切った者に対して、国内の不満分子を組織するだけでなく、国外からも戦闘要員を送り込んで揉ませるという、シリアとそっくりの様相を呈している。表面的には分かりづらい形で、米中露の覇権争奪や思惑までもが絡みあいながら、謀略、陰謀の仕掛けが働いていることは疑いない。
反米政府転覆のためシリアでもISを支援
シリアで反米のアサド政権を打倒するためにISに米国が援助していたことは、既に多くの非欧米系メディアが公然の事実として報道している。アメリカの直接介入が極力表に出ないようにサウジアラビアとカタールの支援によって資金提供された世界的ネットワークが存在し、そこから武器や人員が大量に供給されていることも周知の事実として暴露されてきた。複雑に入り組む宗教的矛盾に裏側から外部勢力が介入し、「敵の敵は友」で謀略的に利用していく関係にほかならない。その戦闘能力からして、シリアにおける反アサドの戦闘は膨大な資金の裏付けがあってこそなのは誰の目にも明らかで、一部族や宗教組織の反乱というのでは説明がつかない。シリアで反アサド勢力に武器を供給していたのは、紛れもなく米国であった。
ドイツのケルナー・シュタット・アンツァイガー紙は、反アサド政権側のヌスラ戦線司令官にインタビューして「米政府の支援する複数の政府が米国製の武器を供給している」「米国のインストラクターが新兵器の使い方を教えるためシリアにいる」「米国は直接ではないが、第3国を介してシリアで反政府勢力を支援している」「われわれの側には、トルコ、カタール、サウジアラビア、イスラエル、米国から覇権されたインストラクターがいた。彼らは衛星、ロケット、偵察、熱セキュリティカメラの専門家だった」「我々はサウジアラビアから5億シリアポンド(230万米㌦)を得た。シリア軍の歩兵学校を占拠する目的で150万クウェート・ディナール(約50万米㌦)とサウジアラビアの500万米㌦を受けとった」等の証言を引き出し、「ヌスラ戦線は独自の道を行くが、ISは米国のような大国の利益と政治目的によって利用されており、ISのリーダーたちの大半は米英などの諜報機関とともに動いている」などと明言させている。
また、歴史家で調査報道ジャーナリストのガレット・ポーターは「米国はシリアでテロリストをいかに武装したか」と題した記事のなかで、オバマ政権がアサド追放のためにトルコ、サウジアラビア、カタールがシリアの反政府武装勢力に武器供与するのを支援したことや、CIAが反政府グループと判断した組織に武器供与し、イスラム過激派をとり込んだことを詳細に暴露している。
そのなかで、CIAによる反アサド武装勢力への武器供与は、リビアのベンガジに保管されていたカダフィが備蓄していた兵器の輸送から始まったと記している。CIAが管理する企業が元米軍属を使って、ベンガジの軍港からシリアの2つの港に兵器を輸送したとしている。2012年10月の米国防情報局の機密報告書のなかでは、同年8月末に輸送された積荷には、対戦車擲弾(てきだん)300個、榴弾砲400個、狙撃ライフル500丁、対戦車擲弾発射機100個が含まれていたことが記されていたことを上げ、こうした武器輸送はその都度10個のコンテナに積み込まれ、最大250㌧を運ぶことが可能だったこと、計算上は2011年10月から2012年8月までの10カ月間で、2750㌧の武器輸送が可能だったことを指摘している。
さらにCIAはサウジアラビア人をクロアチアの政府高官(バルカン紛争で残された大量の武器の売却を申し出ていた)と接触させ、旧ソ連圏の他の幾つかの国の武器商人や政府からの武器買い付けを支援したとしている。こうした豊富な武器をサウジアラビアとカタールは軍用貨物機でトルコに輸送したとしている。サウジアラビアがセルビアの軍事企業から2013年に購入した兵器のエンドユーザー証明書には、装甲車の貫通も可能なソ連製ロケット発射台500基、200万発の砲弾、対戦車ミサイル発射装置50基、ミサイル500発、装甲車両搭載の対空銃器50丁、重防弾チョッキ貫通可能なロケット発射装置用破裂銃弾1万発、トラック搭載のマルチプル型ロケット発射装置4基などが含まれ、すさまじい量の武器取引をしていたことが浮かび上がっている。
しかし、それ以上にサウジアラビアにとっての武器購入先は米国で、2013年には対戦車ミサイル1万5000両を約10億㌦で購入している。シリアにこうした武器が洪水のように流れ込み、さらにトルコ経由で2万人の外国人戦闘員が送り込まれ、シリアにおけるアサド打倒の戦闘がくり広げられたというものだ。トルコにおけるクーデター未遂やその後の米国政府とトルコの矛盾激化などを経てシリア情勢は変遷し、最終的にアサド政権を支持するイランとロシアの軍事介入によってISは壊滅状態に追い込まれているが、背後勢力がいかにして裏口介入し、軍事衝突を煽っているかを暴露している。
米国一辺倒を改め隣国との友好・平和を
北朝鮮にせよ、フィリピンにせよ、東アジアの各地で軍事的緊張が高まっている。中国が経済大国として独特の成長を遂げ、AIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路構想を推し進め、いまや米国を凌ぐ勢いで覇権を拡大しているなかで、米国がなお植民地従属国を従えてアジアにおける覇権を死守しようと、南沙諸島を巡る領有権争いや尖閣問題、TPPなど、経済的にも軍事的にも対抗して複雑な形で火花を散らしている。フィリピンのドゥテルテに向けられた揺さぶりは、そうした中国、ロシアに対抗する側の焦りや怒りをあらわしており、東アジアで均衡が破れ始めたことを物語っている。
日本国内では日中双方が長年にわたって棚上げしてきた尖閣を巡って「中国のものか」「日本のものか」という二元論を基本にした感情的で煽動的な報道がくり返されてきたが、経済的にも深い依存関係にありながら、日中対立が意図的に煽られていることは無視できない。フィリピンの大統領が「植民地としての歴史はとっくに終わっている」とのべて米国に対抗し、独自外交を築いているのと比べて、いまだに植民地従属国として鎖につながれ、その屈辱的な事実に目を背け続けている日本政府の姿は、まったく対照的といわなければならない。安倍晋三界隈になると与えられた「自由」のなかでせっせと私物化に勤しんでいる有様で、さもしさすら感じさせるものがある。
東アジアで覇権争奪が激化し地殻変動が起きている以上、どのように近隣諸国と向きあっていくのかは、国民の運命にも関わる重大な問題となる。米国一辺倒で浮き上がるのではなく、近隣諸国との友好的な関係を築くこと、戦争ではなく平和を大前提に日本社会の歩みを進めることが求められている。