中東研究者はもとより現地を良く知るボランティアや映画関係者らは口を揃えて、マスコミのガザ報道について、「イスラエルのパレスチナ占領についてふれずに、現象を追認するだけだ」とその偏向ぶりを批判している。欧米では、大手メディアが公然と「イスラエル支持」の立場を明確にした一方的な報道を強め、それを批判し客観報道を求める記者を解雇処分にしたり、それに抗議する著名なジャーナリストの辞職があいつぐなど報道現場での対立が激しくなっている。
オーストラリアでは、公共放送『ABC』でラジオ司会者が「イスラエルはガザで民間人の飢餓を兵器として使っている」というSNS投稿をシェアしたという理由で解雇されたのに続き、12月下旬には、南アフリカがイスラエルによる「大量虐殺(ジェノサイド)」を国際司法裁判所に提訴した報道をめぐっても、1人が解雇された。ABC労働組合のメディア担当者は「公共ジャーナリズムの一線を担っているのは現役のジャーナリストたちであり、私たちが聞くべき話を恐れや好意もなく伝えようとしている」と語り、ストライキを構えて交渉している。
これに対して、経営側は「“どちらの側にも立たない”という放送憲章の範囲で報道している。ジャーナリストが党派的な政治活動に関与することで編集の公平性を損なおうとしているのだ。“アパルトヘイト”や“大量虐殺(ジェノサイド)”などの用語はABCでは使用されず、他の用語と同様に犯罪容疑として報道されるだろう」と真っ向から対決する姿勢を示している。
「イスラエルの主張批判的に」 公開書簡に300人署名
そうしたなか、オーストラリアのジャーナリストが同国のメディア各社に宛てて、「イスラエル政府の嘘とプロパガンダの歴史を踏まえ、記者に責任を問う権限を与えることと、ガザでのイスラエルの主張に批判的に取り組むこと」などを求める署名入りの公開書簡を発表した。
この公開書簡には、オーストラリア公共放送『ABC』と他の大手商業メディアに所属する記者、編集者、写真家、プロデューサー、ニュース編集室で働く関係者ら約300人が署名している。書簡は、「権力者の責任を追及し、真実と全文脈を視聴者に届け、政治的脅迫を恐れることなく勇敢にそれを行うのがジャーナリストとしての私たちの義務である。視聴者はこの戦争の多くをソーシャルメディアのレンズを通して見ており、主流メディアが現場での出来事を視聴者に適切に伝える能力があるのかとの疑惑が高まっている。もっとも厳格なジャーナリズム原則を適用し、この対立を全面的に報道できなければ、視聴者の信頼を失う危険がある」として、次のような措置をとるように求めている。
1、「両側面主義」(公平主義)を超えて真実を貫くこと。「両側面主義」はバランスの取れた公平な報道ではない。それは、現在イスラエル軍によって犯されている膨大な人的苦痛を覆い隠すことによって、真実に対する制約として機能する。
2、紛争報道において人間の悲劇を中心に据える。人間に焦点を当てた報道には、例として、民間人の死者数に関する毎日の最新情報、失われた命のプロフィールやストーリーの共有、人道的大惨事の強調などが含まれる。
3、報道を形成する際に裏付けのないイスラエル政府や軍の情報源を優先したり信頼する場合には、ハマスに適用されるのと同じくらい専門的な懐疑論を適用する。イスラエル政府もこの紛争の当事者であり、戦争犯罪を犯している証拠が増えており、誤った情報を共有した歴史も文書化されている。イスラエル政府の解釈による出来事は、文脈や事実確認なしにそのまま報道されるべきではない。
4、戦争犯罪、大量虐殺、民族浄化、アパルトヘイトに関する信頼できる疑惑を適切に報道し、必要に応じて「パレスチナ」という用語の使用を避けないこと。
5、10月7日のイスラエルに対するハマスの攻撃に言及する場合は、歴史的背景を提供すること。紛争は10月7日に始まったわけではなく、視聴者に十分な情報を確実に伝えるのがメディアの責任である。
6、首都で毎週行われる大規模な抗議活動や、アラブ人、イスラム教徒、ユダヤ人のコミュニティに対する紛争の衝撃的な影響など、オーストラリアで拡大する反戦運動を完全かつ公正に報道すること。
7、親イスラエル政府団体が主催する全額負担のイスラエル旅行に参加したジャーナリストについて透明性を保つこと。視聴者の透明性のためには、ジャーナリストがイスラエルへの全額負担旅行に参加したことを明らかにすることが不可欠である。私たちはまた、今後すべてのオーストラリアのジャーナリストに対し、中東への有償旅行の申し出を拒否するよう強く求める。
8、パレスチナ人、アラブ人、イスラム教徒、ユダヤ人の背景を持つオーストラリアのジャーナリストを信頼して仕事をしてもらうこと。多様性はニュース編集室の資産であり、報道を充実させるために活用する必要がある。現実の問題と交差するアイデンティティを持つジャーナリストは、切り離された特権的な視点からでは得られない洞察や視点をもたらす。
オーストラリアのSNS(特別放送局)の元司会者メアリー・コスタキディス氏はアメリカの独立系メディアに対し、「“公平性”なるものはジャーナリズムにおける最大のジョークだといえる。それは、強大な利益を前にして消極的な編集姿勢を正当化するために使われるものだ。ABCと他の放送局は、10月7日以来ガザを攻撃しているイスラエルとそれを支持する西側諸国の公式言説に異議をとなえて責任を問うことを拒否している」「大量虐殺を促進するうえでメディアが果たした役割は、ガザの恐怖を外交的にカバーするために“イスラエルの自衛権”という米国属国の発言を利用した西側指導者らの役割と一致していることは疑いの余地がない」と語っている。
同氏はさらに、「どちらの側にも立たない」という「公平性」を主張する口先だけの主張はナンセンスであり、「なによりも客観性と真実への忠実さが、本物のジャーナリズム活動の基盤でありそうあるべきだ。文脈、歴史、証拠を考慮して客観的に問題にとりくみ真実を明らかにする義務がある」「優れたジャーナリズムには、記事を作成する過程で主観的な意見を変える能力と寛容さも含まれる。しかし、これに対抗するのは出世主義(真実を語ることがキャリアにとって妨げとなるから)であり、劣悪なジャーナリズムが制度的に保証されているという事実だ」と続けている。
『ニューヨークタイムズ』の元中東支局長で中東に7年間滞在した従軍記者クリス・ヘッジ氏は、イラク戦争や湾岸戦争での現場での取材経験とイスラエルがガザに外国人記者の入国を阻止し、ジャーナリストを殺害の標的にしていることを重ねて、「メディアがやっていることは事実を操作することで、そうするように訓練されている」「メディアは公平ではない。彼らのいう“公平性”とは権力を保持するために事実を確定しないことを正当化する、つまり暗黙の偏見や意図を隠すために使用される詭弁だ」「メディアのウソはたいてい不作為のウソだ。たとえば“アパルトヘイト”という言葉や“虐殺(ジェノサイド)”という言葉を使わないことでウソをつく」と証言している。