パレスチナ自治区ガザ地区へのイスラエル軍の無差別爆撃が続くなか、17日夜、ガザ地区のアル・アハリ病院が爆撃を受け、子どもを含む500人近くの死者を出す事態となった。イスラエルと米国は、これを「イスラム聖戦」の誤爆によるものとしたが、被害者をはじめ、ガサ地区を定点観測する中東メディアはイスラエル軍の空爆によるものと認めた。230万人が密集して暮らすガザ地区を封鎖し、水、電気、食料などのライフラインを完全に遮断したうえで、「自衛権の行使」「ハマスの殲滅」を名目に昼夜を問わず大規模爆撃を加えるイスラエルの民族浄化作戦に対して、全世界で非難の声が高まっている。
米国の妨害で国連安保理の停戦決議も出せないなか、中東・アラブ地域では、歴史的怒りをともなって「目の前の虐殺を傍観し続けることはできない」「このまま一方的殺戮が続くのなら、抵抗戦線(軍事介入)も辞さぬ」という激しい世論が表面化している。中東全体を巻き込んだ戦争へと発展する可能性が現実味を帯びており、あくまで地上侵攻に向かうイスラエル・米国と、即時停戦を望む国際世論とが激突する様相となっている。
イスラエル・パレスチナの問題は、もともと宗教対立でもなければ、民族対立でもない。多様な民族、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教など多様な信仰を持つ人々が平和に暮らしていたパレスチナの地に、19世紀末から「ユダヤ人国家の建設」を掲げて欧州から乗り込んできたシオニストたちが入植活動を開始し、この地に住むパレスチナ人を強制的に追い出したことに始まる。この地域を植民地にしてきた英国、フランス、さらに米国などの欧米の大国がそれぞれの植民地や権益拡大のために利用し、今日まで問題を引き延ばしてきた関係だ。
ユダヤ人であってもシオニスト運動に反対の立場をとる人は多く、今回のガザ攻撃についても、「ユダヤ人の名前を使った虐殺や占領を許すな!」と大規模な抗議行動をおこなっているユダヤ人団体もある。つまり、シオニズム運動は、欧州でのユダヤ差別、ナチスのホロコーストなどの歴史的悲劇を利用して、中東・アラブに欧米直結の新たな植民地(衛星国家)をつくるための大規模な土地収奪運動にほかならない。
2000年代に入ってからは、米国が「反テロ戦争」を呼びかけ、アフガニスタン、イラク、リビアなどに軍事侵攻し、中東情勢はさらに悪化した。「自由と民主主義」を謳いながら、イラクでは大量破壊兵器の証拠をでっち上げ、民間人など20万人を犠牲にする軍事侵攻をおこない、アフガニスタンではタリバンとの戦争を20年続けた挙げ句に敗北し、米軍は中東地域から逃げ帰った。これにより政権転覆された各国では、テロや内戦が頻発して混乱を極めた。
この間、「イスラム=テロ」というプロパガンダが国際社会に浸透するなかで、パレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区、ガザ地区)を含む地域を実効支配してきたのは、パレスチナ自治政府でもハマスでもなく、圧倒的な軍事力を持ち、米国の強力な後ろ盾を得て国際法の縛りすら受けないイスラエルだった。
「国際法は、主権国家を前提にしたものであり、国家ではないパレスチナには適用されない」という理屈で、パレスチナ人をみなテロリストとみなして迫害・隔離し、その土地を収奪したため、現在までに590万人が土地を追われ難民となっている。封鎖されたパレスチナ自治区は、自由な出入りもできず、ライフラインまで握られ、自治とは名ばかりの占領状態に置かれてきた。
この「力による現状変更」に対して、中東・アラブ地域をはじめとする国際社会の批判が高まったが、米国はイスラエルの行為を批判する国連決議にことごとく拒否権を発動して擁護した。またイスラエルに対して、公的資金として毎年訳40億㌦(約6000億円)をこえる軍事援助をおこない、2019年からは10年間で総額380億㌦(約5兆円)もの軍事支援を与えている。その他の食料援助に加え、イスラエルへの寄付を非課税にする特例までつくって民間の富裕層からの寄付や企業の経済協力を加速させた。
それは、イスラエルが米国の軍需企業にとって最大の売却先であり、その存在が中東・アラブ諸国が反米で結束することを防ぎ、国際航路の要衝(スエズ運河)や産油地域の覇権を確保するための拠点になるからにほかならない。
ガザ戦争勃発の疑問 滲むイスラエルの都合
だが近年、イスラエルの内政は史上かつてないほどに不安定化し、国内では司法改革をめぐって数十万人規模の反政府デモが定期的に起きるなど、汚職にまみれたネタニヤフ極右政府は国民の信頼を失い、崩壊の危機に立たされていた。任務放棄が軍や予備役にも広がった。そのような局面で、今回のハマスとの戦争は引き起こされた。
イスラエル大手紙『ハーレーツ』(10月9日付)の報道によると、ネタニヤフ首相は再登板後の2012~18年にかけて、敵であるはずのハマスにカタール経由で約10億㌦を送金していたことがあきらかになっている。ネタニヤフ首相は2019年3月11日、与党リクード党員との私的な会合で、「ハマスへの送金は、ガザとヨルダン川西岸のパレスチナ人を分断する戦略の一環だ。パレスチナ国家樹立に反対する者は誰でも、ハマスへの送金を支持しなければならない。それによってパレスチナ国家の樹立を阻止することができるのだ」とのべていた。
つまり、パレスチナ自治政府があるヨルダン川西岸地域と、ハマスが統治するガザ地区を互いに分断・対立させることで、パレスチナ自治政府の代表権や交渉力を弱体化させ、イスラエルの全土支配に対する抵抗力を削ぐという植民地政策だ。これらは複数のイスラエル国内メディアが指摘している。
そもそも包囲されたガザ地区に大量の武器を搬入するには、陸・空・海を完全に制圧しているイスラエル軍の厳しい検問を通過しなければならない。ガザ地区内の動向も上空や地上の監視カメラ、通信傍受、スパイによる諜報活動によってイスラエルの監視下にある。
ワリード・シアム駐日パレスチナ大使は、13日の会見(東京)で、「(なぜ今ハマスが襲撃したのかについては)イスラエルにこそ聞くべきだ。なぜわれわれを迫害し続けるのか。なぜ17年間もガザを封鎖し続け、75年間もパレスチナを違法に占領するのか。彼らは毎月4000万㌦をハマスに送っている。空港、銀行、国境をコントロールしているのはイスラエルだ。イスラエル軍の声明によると、(ハマスが襲撃に使用した)いくつかの武器はウクライナに向かうはずのもの、つまり闇市場で販売されているものだという。ハマスが使うM16自動小銃には、どうしてヘブライ語(イスラエルの公用語)の軍番号が書かれているのか。この地域を支配しているイスラエルにその理由を聞いてほしい」と訴えた。
ガザを統治するハマスは、イスラエルに対して弱腰なパレスチナ自治政府の無力さやはびこる汚職への失望から生まれたイスラム組織で、福祉部門、政治部門、軍事部門などのセクターがある。国連の選挙監視団のもとでおこなわれた2006年のパレスチナ国政選挙では第一党になったものの、米国などがそれを認めず、ガザのみを分離統治するようになった。組織はそれぞれが並列しており、統一した意思決定がおこなわれているのかは不明で、今回の襲撃がハマスの総意なのかは定かではない。ガザ地区で暮らす230万人(8割がイスラエルに土地を追われた難民)にとっては最後の拠り所ではあるが、今回の襲撃によって結果的に230万人のガザ市民をイスラエルの報復攻撃に晒し、ガザ地区の一掃というイスラエルの軍事作戦を許すことになった。それはパレスチナの人々にとっては感情論だけでは済まされないものがある。
一方、『AP通信』によると、米下院外交委員会のマイケル・マコール委員長は11日、「われわれが知るところによると、今回のようなこと(ハマスの襲撃)が起こりうると、エジプトはイスラエルに3日前に警告していた」とのべている。エジプト情報当局の関係者も「近いうちに事態が爆発すると(イスラエル側に)伝えていた。非常に近いうちに、大ごとになると警告してきた」とのべている。エジプトが知り得るガザの内情や軍事行動の予兆を、世界トップクラスの諜報機関を持つイスラエルが知らなかったとは考えにくい。
いずれにせよガザ戦争勃発後、崩壊しかけていたネタニヤフ政権は、ハマスへの国民の憎悪をかき立てることで求心力を回復し、挙国一致の戦時体制をつくることで国内の反政府世論を封じ込めることが可能になった、というのがあるがままの効果だ。
イスラエルとハマスとの関係性や、今回の襲撃が仕組まれたものであったかに否かについてはさまざまな見方があるものの、今回の事態は、拮抗した力関係のなかで生まれたものではなく、経済力と軍事力で圧倒するイスラエルが70年以上にわたって続けてきた占領支配、物理的封鎖、ガザをはじめとするパレスチナ人に対する一方的迫害のなかで発生しており、ガザ侵攻はその支配強化のための民間人殺戮、民族浄化にほかならない。
中東・アラブ地域の怒りの矛先は、イスラエルにとどまらず、それを背後から支え、分断と殺戮をくり返してきた米国の中東政策に向いている。
戦線拡大の可能性も 「戦争ではない、虐殺だ!」
中東・アラブのイスラム諸国では現在、イラクからインドネシアに至る広範な地域で連日のようにイスラエル非難とパレスチナ連帯、即時停戦を求めるデモが巻き起こっている。同時に、アフリカ諸国、ギリシャ、スペイン、フランス、英国など欧州各地、米国、韓国、南米などでも大規模なパレスチナ連帯デモが起きており、人種や国籍、宗教の違いをこえて、停戦介入に動かない各国政府を足元から揺さぶっている。
もっとも激しくイスラエルへの抗議行動をくり広げているのが、イスラエルに隣接するレバノンだ。国内最大勢力であるイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラは、ガザ戦争勃発後からイスラエルの軍事拠点に散発的な攻撃を仕掛け、すでに部分的な交戦状態に入っている。
ヒズボラはレバノン正規軍を上回る戦闘員(10万人)を抱え、弾道ミサイルも所持しており、手作りロケット弾しか持たないハマスとは比較にならない戦闘能力を持つといわれる。米シンクタンクCSISも「世界で最も重武装の非国家勢力」と分析しており、本格参戦すれば、支援するイランも含めて中東全体を巻き込む戦争となる恐れが現実味を増す。すでに米英独政府は、自国民にレバノンからの退去を勧告している。
ガザの病院爆撃が起きた翌18日、ヒズボラやパレスチナ各派による「路上と広場に出て激しい怒りを表出しよう」との呼びかけで首都ベイルートに数万人が集まり、「イスラエルはガザから手を引け!」「われわれはパレスチナを孤立させない!」と声を上げた。
また米国大使館に向かって人々が押し寄せたため、治安当局はバリケードで道路を封鎖。大使館を包囲した抗議者たちは、ガザ爆撃に米国が関与しているとして石や爆竹を投げつけた。ベイルート南郊外での集会でも「アメリカに死を」「イスラエルに死を」のスローガンが叫ばれた。
ヒズボラ高官はデモ参加者に対し、「イスラエルはガザ住民を追い出すため、さらに多くの病院、救助隊員、民間ボランティア、住民を標的にするだろう」とのべ、抵抗運動を呼びかけた。レバノンには21万人のパレスチナ難民が暮らしているが、財産所有を禁じられ、教育を受けることも仕事に就くこともできず、苦しいキャンプ地生活を強いられている。多くの抗議者の怒りは「今回の病院爆撃だけに関するものではない」といわれ、人々は積年の怒りの感情を爆発させている。
ヨルダン川西岸地区でも、イスラエルに抵抗する武装組織の動きがあり、ガザへの地上侵攻と同時にこれらが一斉に攻撃を開始すれば、イスラエルは多方面戦争を強いられることは不可避といえる。
イスラエル非難拡大 イスラム圏の団結促す
イランでも大規模なデモが連続している。首都テヘランでは20日、数万人の市民がフェレスティン(ペルシャ語でパレスチナの意)広場に集まり、無防備のガザ市民を爆撃するイスラエルの蛮行を批判。「イスラエルこそ国ではない。彼らこそテロリストだ」「私たちを滅ぼすことはできない」などのプラカードを掲げ、「ガザに自由を」「パレスチナに自由を」「イスラエルに死を」と激しい怒りの声を発した。
また、「イスラエルは欧米の支持を受け、子どもを殺している」として、イスラエル国旗や星条旗に火を付けたり、赤く染まった赤ん坊の人形を掲げて、子どもや女性を巻き込む爆撃を続けるイスラエルと擁護する米国への怒りをぶつけた。
国連安保理でロシア主導の停戦決議に反対したフランスや英国の大使館にも抗議の波は押し寄せ、同じく反対した日本大使館にも赤いペンキが投げつけられた。
また、イランの大学教授9200人がイスラム圏内の大学教授にイスラエルを非難することを呼びかける声明を発表。イラン弁護士会会長は、「国際人道法への重大な違反、防衛手段を持たないパレスチナ市民への攻撃と大規模な人権侵害、特に多数の死者を出したガザのアル・アハリ病院に対するイスラエルの攻撃で患者、民間人、罪のない女性と子どもが多数犠牲になったことを強く非難する」と表明した。
イラン北東部マシュハドでの大集会にはアフガニスタン移民も参加し、ガザ市民への支持とシオニスト政権(イスラエル)への怒りをあらわにした。「ガザへの地上侵攻をやるなら、私たちは抵抗の最前線に立つ覚悟がある」「抵抗か死か」のスローガンもみられた。
イラクの首都バグダッドでも数万人のパレスチナ連帯の集会がおこなわれ、メイサン、バーべル、ニナワ、サラーフッディーン県の中心都市ティクリートなどの各都市で大規模な集会がおこなわれた。イランと共同歩調をとるイラク政府もイスラエル当局を非難し、ガザ攻撃を阻止するため国連安全保障理事会に「即時かつ緊急の決議」を要求した。
イランと並ぶ産油大国サウジアラビアもイスラエルとの国交正常化交渉を凍結し、ガザの病院爆撃を「イスラエル占領軍による凶悪な犯罪」と非難した。
2020年のアブラハム合意でイスラエルとの外交関係を回復したアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンに加え、モロッコもイスラエルのガザ爆撃を非難している。バーレーンの首都マナーマにあるイスラエル大使館には火炎瓶が投げ込まれた。
ヨルダンでは、1万人以上がアンマンのイスラエル大使館前に集まり、同国外交官の国外追放を要求。デモ参加者はパレスチナ国旗を振りかざしながら「ヨルダンの地にシオニスト大使館はいらない!」と叫んだ。
イスラエルへの抗議とガザ侵攻停止を求める大規模デモは、カタールの首都ドーハ、イエメンの各都市、トルコの首都イスタンブール、エジプトの首都カイロ、チュニジアの首都チュニス、アルジェリアの首都アルジェ、モロッコ各都市、パキスタンの都市カラチやペシャワール、インドネシアの首都ジャカルタ、バングラデシュの首都ダッカ、インドネシア各都市などでもおこなわれ、「アラブの春」以来の大規模民衆運動へと発展している。
パキスタンでは100万人規模の大集会が毎週のようにおこなわれ、「イスラム諸国が許すならば、われわれは(イスラエルとの)戦いの最前線に向かう」と宣言した。
エジプトの首都カイロでは礼拝後に数千人が集まり、「ガザを攻撃するな」「抵抗こそが解決だ」と叫び、パレスチナ支持を訴えた。ユダヤ教の象徴である「ダビデの星」(イスラエル国旗のマーク)を描いた紙を踏みつける参加者も見られた。エジプト政府はイスラエルと和平条約を結んでいるが、イスラエルの「ガザ住民をエジプトの砂漠に強制移住させろ」との提案に反発。シシ大統領は、「何百人もの罪のない人々に死」をもたらした病院爆撃を「イスラエルによる犯罪」と最も強い言葉で非難している。
イスラム協力機構 民族浄化やめ停戦せよ
高まる民衆の抗議を受けて、約60カ国が加盟し世界13億人のムスリムを代表するイスラム協力機構(OIC)は18日、サウジアラビアで緊急会合を開催。イランのアミールアブドッラーヒヤーン外相は、ガザ病院爆撃について「パレスチナ抵抗勢力が、ガザの同胞に対しこのような最先端の爆弾(米国製1㌧爆弾MK84)を使うなどと、誰が信じるだろうか?」と疑問をのべ、「わが国は、どのような形であってもガザ住民の強制移住を非難し、これをシオニスト政権による新たな戦争犯罪と見なす」とイスラエル政府を断罪した。
さらに「米国は、民間人に対し戦争をおこなうことで、崩れかけているシオニスト政権の復活を目指している。この数日の(イスラエルの)犯罪については、米国に責任がある」「彼らが尊重する人権とは、西側の人権のみだ」と指摘し、国連安保理の停戦決議を妨害した米国の二重基準を非難した。
OICは共同声明を発し、イスラエルのガザ地区やパレスチナ人に対する侵略行為、一方的なガザ地区封鎖を早急に停止すること、国際社会に対しても、人道・医療や救急面での緊急支援、水・電力の供給、支援物資搬入のための検問所の早急な再開のために措置を講じるよう求めた。「パレスチナ問題はイスラム共同体にとって中心的事項」と強調したうえで、民族自決権、難民の帰還、パレスチナ国家樹立などのパレスチナ人の基本的権利を支持すると表明している。
国連人権理事会の専門家は14日、イスラエル軍が予告しているガザ地区への地上侵攻を「自衛の名の下に、(パレスチナ人に対する)民族浄化に等しいことを正当化しようとしている」と強く警告。各国に対し、即時停戦に向けた努力を求める声明を発した。
地上戦に突入すれば、死者は激増すると見られ、イスラエルによる無差別空爆はそれを優位に進めるための布石といえる。同時にそれはアラブの怒りに油を注ぎ、イスラエルへの憎悪をかき立てることにつながり、長期的な泥沼戦争へと世界を巻き込むことになる。アフガン20年戦争の敗北にも懲りず、戦火を拡大する米国・イスラエルを包囲する国際的世論はこれまでにも増して高まらざるを得ない。