ロシアのウクライナ侵攻から1年7カ月が経過し、早期停戦を求める国際世論は日増しに高まっているが、アメリカを先頭に欧米諸国はウクライナへの武器支援を続け停戦への努力はかき消されている。そうしたなかで、和平交渉への仲介に「グローバルサウス」と呼ばれる国々が乗り出していることが世界の力関係を大きく動かしている。ウクライナ戦争を契機に、これまで発言力が乏しかった「グローバルサウス」の台頭が政治的にも経済的にも鮮明に印象づけられ、その影響力は欧米諸国でさえ無視できないほどに拡大してきている。ウクライナ戦争をめぐる世界情勢のなかで突出してきたグローバルサウスの動きから、世界情勢の変化について見てみたい。
多国間連携でドル基軸通貨体制から脱却へ
ウクライナとロシアの戦争は2022年2月に始まった。アメリカは「ウクライナを支持する欧米側」か、軍事侵攻をしている「ロシア側」かの踏み絵を世界中の国々に迫った。ところが、相当数の国々はどちらにも与しない態度を表明した。侵攻直後の2022年3月2日に開催された国連総会で採択された対ロシア非難決議では、国連に加盟する193カ国のうち、インドや中国、ベトナム、南アフリカなど35カ国が反対か棄権、欠席した。さらに2022年4月7日の国連総会緊急特別会合で、ロシアの国連人権理事会理事国としての資格停止を求める決議採択では、棄権する国がさらに増加し58カ国にのぼった。
しかも、これらの国々を含め、グローバルサウスと呼ばれるアジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカなどの発展途上国・新興国のほとんどは欧米や日本など西側諸国が課しているロシアへの経済制裁に加わっていない。
今年に入ってグローバルサウスの発言や行動はさらに強まっている。8月には南アフリカでブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのBRICS首脳会議が開催された。会議の最後に発表された「ヨハネスブルグ宣言」は、①WTOの必要不可欠な改革に積極的に携わる、②ウクライナ紛争について、対話と外交を通じた解決を支持する、③G20サミットが国際経済と金融協力分野における多国間の場として指導的な役割を果たし続けることの重要性を再確認する、④BRICS間の国際貿易と金融取引で、自国通貨の使用を促進することの重要性を強調する、⑤アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦を2024年1月1日から正式加盟国として迎える、というものだ。
6カ国の加盟でBRICSは世界人口の46%を占め、国内総生産(GDP)はこれまでの約25%から37%に増えた。これは約4割を占めるG7に迫っており、2030年までにG7を追いこし、いずれ「世界の半分」を占めることが確実と予想されている。
BRICSへの加盟を希望している国は、首脳会議開催時点で23カ国にのぼった。首脳会議の終了後には60カ国余りの首脳が参加する会合が開催され、今後も拡大していく趨勢にあることを伺わせた。
首脳会議でブラジルのルラ大統領は「BRICS諸国はウクライナやロシアと戦争終結に向けたとりくみをおこなっている」「われわれは迅速な停戦と公正で永続的な平和に貢献するためのとりくみに参加する用意がある」とのべ、「ウクライナでの戦争は国連安保理の限界を浮き彫りにしている」と批判した。
ルラ大統領はBRICS首脳会議を振り返り、「地政学的な観点で経済や科学、技術などについて考える場合、BRICSに言及せずに議論を展開することはほぼ不可能となった。アメリカやG7だけでは話が進まない」と、BRICSの存在感を強調している。
9月9、10日にはインドで主要20カ国の首脳会議(G20サミット)が開催された。昨年の宣言ではロシアを名指しで非難したが、今年の宣言ではロシアを名指しで非難することはせず、それをアメリカも容認せざるをえなかった。この背景にも世界の力関係の変化がある。
G20は世界人口の65%、世界経済生産の85%、世界貿易の75%を占める。議長国のインドは一貫して、新興国や発展途上国の側に立つことを表明し、今年1月には「グローバルサウスの声」と題し、125の発展途上国の参加でオンラインサミットを開催している。そのなかではウクライナ紛争によって、グローバルサウスの国々は、輸入食料やエネルギーの高騰などに悩まされ、各国は数兆㌦にのぼる負担を背負っていることが出された。
また、各国首脳は先進国によって設立された多国間機関、とりわけ世界銀行と国際通貨基金(IMF)の改革の必要性を主張した。ちなみにグテーレス国連事務総長はこれらの機関を「貧困と不平等を永続させる、道徳的に破綻した世界金融システム」と指摘している。
こうしたアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどグローバルサウスの国々はロシアに制裁を課したり、冷戦を復活させたりするアメリカの提案を受け入れず、ウクライナ戦争の早期停戦を求め、多極化する秩序にもとづく発展を優先している。 今年のG20の宣言にもこうしたグローバルサウスの国々の声が反映している。
9月中旬にはキューバを議長国として「77カ国グループ(G77)+中国」の首脳会議(サミット)がハバナで開催され、114の国・地域の首脳が参加した。首脳会議では、先進国主導の国際秩序がもたらす不公平にグローバルサウスの国々が「深い懸念」を表明し、是正を求める「ハバナ宣言」を採択した。「ハバナ宣言」は、先進国による一方的な制裁や「デジタル独占」など技術独占による途上国の技術開発の抑圧にメスを入れ、その改革を求めて連携を強めることを確認している。
G77は1964年に発足し、現在は134の国と地域が加盟している。キューバのディアス・カネル大統領は、このグループが国連メンバーの3分の2と世界人口の80%を代表すると強調し、国際的な問題を解決するうえで不可欠の存在感を示した。
ちなみにキューバはアメリカからの一方的な経済制裁を受けてきたが、国連でのアメリカ政府の制裁解除拒否を非難する決議案の採択では、185カ国が賛成し、アメリカとイスラエルだけが反対している。
露ウ戦争の停戦求める 武器供与の米欧批判
9月19日からニューヨークの国連本部で開会した第78回国連総会では、グローバルサウスの首脳は、多極化し覇権主義に反対する世界の変化に対応した政治と金融の両面で多国間機関の改革の必要性を強調した。
グテーレス国連事務総長は多国間システムの近代化を呼びかけ、「21世紀の経済的・政治的現実にもとづいて、不平等の連帯と普遍性に根ざし、国連憲章の原則に根ざした多国間機関を刷新する時期がきた」とのべた。また、金融機関を含む現在の多国間システムが世界秩序の変化に追いついていないとも指摘した。さらにグテーレス事務総長は、世界は多国間主義に向かって進んでおり、これは前向きな発展であり、国際関係における正義とバランスのための新たな機会をもたらすだろうとのべた。
BRICSへの加盟が決まったばかりのイランのライシ大統領は、グテーレス事務総長の演説を支持し、「世界情勢は国際秩序へのパラダイムシフト(定説の覆し)を経験しており、これは後もどりできない軌道である」とし、地域平和の必要性と地域問題へのあらゆる種類の外部干渉の終結を強調した。
BRICS首脳会議を開催した南アフリカのラマポーザ大統領は、首脳会議のなかで「国連安全保障理事会を改革し、代表を欠いている国々が必ず代表を務めるべきだという声が確認された」ことを強調し、ウクライナ戦争をめぐっては、国連憲章に則した「平和的解決」を追求する立場を鮮明にした。
G77+中国の議長国であるキューバのディアス・カネル大統領は、G77+中国の首脳会議の内容について、「G77は権利を求めており、現在の国際金融構造の大幅な変革を要求し続けるだろう。非常に不当で、時代錯誤的で、機能不全に陥っている」とのべ、国際金融構造が「未開発を増大させ、現在の植民地主義のパターンを再現する支配システムを永続させるために、グローバルサウスから利益を吸い上げるように設計されているからだ」と指摘した。
また、ディアス・カネル大統領はアメリカなどの国々がキューバやグローバルサウスの国々に対して一方的かつ不当な経済封鎖をおこなっていることを批判した。
ブラジルのルラ大統領は、安保理が紛争解決に効果的に介入できていないとのべ、安保理の改革の必要性を強調した。さらに「対話を基礎にしなければ和平は長続きしない」とし、ウクライナとロシアの双方が参加できる和平交渉の場をもうける必要があると強調し、「開発より軍備に多く投資している」とウクライナへ軍事支援を続ける米欧諸国を批判した。
コロンビアのペトロ大統領は、戦争推進を叫ぶアメリカのバイデン大統領やウクライナのゼレンスキー大統領を批判し、早期停戦を訴えた。ペトロ大統領は、コロンビアの左派大統領として昨年、初めて国連総会で演説し、「薬物戦争」を通じたアメリカの干渉を批判した。
今年の演説では、冒頭でアメリカによるキューバ制裁を批判した。アメリカの外交戦略について「彼らは今、侵略に対抗することについて熱心に語っている。まさにその彼らによって、私たちの国がくり返し侵略されてきたことを忘れている。彼らは石油を求めてイラク、シリア、リビアを侵略したことを忘れている。彼らはゼレンスキーを守る必要がある理由をあげながら、同じ理由でパレスチナを守る必要があることを忘れている。彼らは国連の持続可能な開発目標を達成するには、すべての戦争を終わらせる必要があることを忘れている」「帝国は命を救うためにあるのではなく、戦争を引き起こすためにある」「これが彼らのハンガーゲーム(人々に殺し合いをさせるゲーム)だ」「洪水や嵐、ハリケーンから国を守るための1000億㌦はなかった。しかし、彼らはすぐにこの資金をロシア人とウクライナ人を確実に殺し合わせるために割り当てた」とのべた。
ペトロ大統領は、ウクライナ戦争とパレスチナ紛争に関する二つの和平会議を国連主導で開く必要を訴え、これで「偽善に終止符を打つことができる」と主張。世界の金融システム、IMF、多国間銀行制度を改革し、経済封鎖を終わらせるよう訴えた。
なお、今年の国連総会にはウクライナのゼレンスキー大統領が直接参加して演説したが空席が目立った。昨年はオンラインでの演説であったが、スタンディングオベーションで迎えられたのとは様変わりだった。グローバルサウスの国々の意志がそれだけ明確になっている。
ドル離れが急速に進行 BRICSが主導
グローバルサウスの国々がもっとも問題にしているのはドルによる支配構造であり、これを改革することだ。
BRICSの首脳会議では、米ドルの基軸通貨体制から脱却することをめざし、米ドルへの依存を減らすことを目的として、貿易や金融取引における現地通貨の使用を促進することで合意した。
ドルは第二次世界大戦後、世界基軸通貨であり、このことがアメリカに「法外な特権」を与えてきた。ドルの価値が急落しても、ワシントンはより多くの通貨を発行することができるため、世界最大の経済大国である米国は債務を返済できなくても危機に陥らず、他方で世界中の国々が米国の経済・金融政策に従順に従う必要があった。
このことが新興国や発展途上国に多大な犠牲を強いてきた。世界のほとんどの通貨に対する米ドル高により、新興国にとって輸入品の価格が大幅に上昇。アルゼンチンでは、輸出の減少によりドル準備金が減少し、ペソに圧力がかかり、インフレを加速させた。それによりアルゼンチンでは中国からの輸入品の代金を人民元で支払うようになっている。ブラジルのルラ大統領は、代替貿易決済通貨の創設を強く主張し、BRICSにも奨励してきた。BRICS諸国も米ドルから離れることを奨励している。
今年4月、ブラジルのルラ大統領は「ドルが万能であるべきだと誰が決めたのか」と、世界貿易においてドルが中心的な役割を担っていることを批判し、発展途上国などにドルにかわる通貨をみつけるよう求めた。
2022年のロシアのウクライナ侵攻で、米欧諸国はロシア制裁をおこない、外貨準備のほぼ半分を凍結し、同国の主要銀行をSWIFT(国際決済システム)から排除した。ロシアのプーチン大統領は2022年6月、米ドルを段階的に廃止するため、BRICS共通通貨の構想を提案している。ロシアと中国のあいだの貿易取引の80%はルーブルまたは人民元で決済されており、インドとはルピーで取引している。
BRICSに限らず、他の国々も現地通貨での取引を増やし始めている。今年七月、アラブ首長国連邦とインドは貿易支払いをドルではなくルピーで決済できる協定に署名した。
南アフリカの大使は「私たちは多極社会、多極世界に住みたいと考えている。貿易は、70年代、80年代、90年代に商業を支配していた国々によって支配されることはもうない。その時代は終わった」とのべている。
米ドルにかわる別の基軸通貨の必要性を認識する国が増えている。ボリビアは、対外貿易取引で人民元を正式に採用した。ボリビア以前には、ロシア、サウジアラビア、アルゼンチン、ブラジル、イラク、バングラデシュ、パキスタン、タイを含む8カ国が同様の政策をとっている。
BRICSは2014年に新開発銀行を創設した。その目的は、IMFのような米国主導のドルベースの融資金融機関にかわる金融機関を確立することだ。さらに中国が主導する開発金融機関としてアジアインフラ投資銀行(AIIB)がある。AIIBには現時点で106の国・地域が加盟および加盟予定となっている。
新開発銀行(BRICS銀行)には2021年にバングラデシュ、アラブ首長国連邦、ウルグアイ、エジプトの4カ国が加盟し、BRICS加盟国外にも広がっている。今年3月、ブラジルの元大統領ジルマ・ルセフ氏が同行総裁に就任し、融資を被支援国通貨建てで実施する方針を呼びかけるなど、米ドルやユーロへの依存を断ち切る方向をうち出している。
アメリカのトランプ前大統領は8月、「ドルが世界の基軸通貨でなくなるなら、戦争に負けるよりも大きなことになる」と危機感を露わにした。
足並み崩れる西側諸国 求心力低下は不可避
世界人口の圧倒的多数を占めるグローバルサウスの国々を中心にしたウクライナ戦争の早期停戦を求める世論の高まりのなかで、ウクライナを支援してきた欧米諸国のなかでも足並みの乱れが顕著になっている。
ポーランド、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアの東欧5カ国は、ウクライナ産農産物の流入で国内の農産物価格が下落し、農民が打撃を受けるとして、ウクライナ産農産物の禁輸措置をとった。これにウクライナのゼレンスキー大統領が反発して、ポーランドなどを裏切り者よばわりしたことで、ポーランドはウクライナへの武器供与停止を表明するに至っている。
さらにスロバキアでは9月30日におこなわれた総選挙で、「ウクライナへの軍事支援停止」「ロシア制裁反対」を掲げた左派政党「スメル」が第一党となった。同党を率いるフィツォ元首相は「ウクライナへの武器供与が紛争の長期化につながっている」「ロシアへの制裁は物価高騰を引き起こし国民を苦しめるだけだ」「ウクライナよりもスロバキア国民が大事だ。安価なロシアのエネルギー資源を輸入すれば光熱費を下げることができる」と訴え、国民の支持を拡大した。
EU加盟国であるハンガリーのビクトル・オルバン首相も「ロシア制裁で欧州経済は息も絶え絶えだ」「EU指導部は制裁が間違いであり、むしろ逆効果であったと認めなければならない」と発言している。
「EUの結束を示す」としてウクライナで2日に開催したEU外相会議には、ポーランドもハンガリーの外相も出席しなかった。
さらに、アメリカでも「ウクライナへの際限ない支援に反対」する世論が高まっている。CNNが8月におこなった世論調査では、「議会はウクライナ支援のための追加支援を承認すべきではない」が55%を占め、「ウクライナには十分な支援をした」が51%、「もっと支援すべき」が48%となった。
こうした世論を背景に、下院で9月30日、ウクライナ支援分を除外した「つなぎ予算」の可決を強行したものの、マッカーシー下院議長(共和党)が解任されるという前代未聞の事態に至っている。
国連をはじめ、WTOやIMF、世界銀行などの国際機関による既存の世界秩序は第二次世界大戦後の世界をアメリカが支配する目的でつくられた。世界の基軸通貨としての米ドルは70年間にわたって世界貿易の決済通貨として君臨してきた。
だが、ウクライナ戦争を契機に鮮明になったグローバルサウスの台頭は、戦後アメリカが構築してきた先進国主導のダブルスタンダードの世界秩序に反対し、これにとってかわる多極的な国際秩序を求めて驀進しており、古い世界秩序は音を立てて崩壊を始めている。