米俳優組合は現地時間14日から、過去43年で最大規模となるストライキに突入した。2カ月半前からは1万1500人が所属する全米脚本家組合(WGA)もストライキを実施しており、作家と俳優の組合の同時ストライキとなるのは60年ぶりだ。焦点になっているのは、デジタル・ストリーミング(動画配信)やAI(人工知能)の台頭によって映画・エンタメ業界のビジネスモデルが大きく変貌するなか、俳優や作家の地位が低下し、創造者が使い捨ての「道具」として扱われることへの強い危機感だ。業界統合が進み、ITやAIなどの革新技術を金融資本の利益追求のためにのみ利用する矛盾がハリウッドをも揺さぶっている。同時ストにより、米国内のプロダクションは閉鎖され、国内外での映画やテレビ番組の制作が当面停止する。労組は「私たちに起きている問題は、あらゆる労働市場で起きている問題だ。私たちなしに業界は存在できないことを示す」と徹底抗戦の構えを見せており、ストによる攻防は年末まで続くとみられている。
全米のプロダクションが麻痺
今回ストに踏み切ったのは、「米国映画俳優組合―アメリカ・テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)」。約16万人が所属する米国最大の俳優労働組合で、組合員は俳優、歌唱、声優、司会、ダンサー、スタントマン、人形を扱う人、モーションキャプチャー製作者、エキストラ俳優、宣伝業務に携わる人々など多業種に及ぶ。
スト中は、大物俳優から裏方のスタッフまでが、撮影や制作、テレビ出演、海外での宣伝イベント、授賞式など関連する全活動から身を引くことになる。すでに脚本家組合のストにより、6月に開催予定だったエミー賞授賞式が延期され、世界各地で封切りされる映画の公開イベントやプロモーション活動が中止されるなど、世界最大規模を誇る米国の映画業界は麻痺に陥っている。
近年、米国の映画・エンタメ業界では、その煌びやかなイメージとは裏腹に、作品公開の場がオンライン・ストリーミング・プラットフォーム(ネットフリックスやアマゾンなどの配信企業)に移行するなかで、俳優や関連業で働く人々の収入は減り、かつてない苦境に立たされてきた。
俳優労組(SAG)に所属している俳優で、演技だけで生計を立てている人はわずか5%未満といわれ、その他の多くはなんらかの副業をしなければ食べていけず、ヘルスケア(健康保険)に加入するために必要な年収2万6000㌦(約360万円)を得ることさえも困難になっているといわれる。国内のインフレで生活苦が増すなかで、業界の構造的問題に光が当たった。
これまで俳優たちは、出演した作品がテレビで上映されたり、DVDになったりすると、その視聴率や販売・レンタルの収益に応じてレジデュアル(二次使用料)を受けとる仕組みになっており、それによって仕事がない厳しい時期も乗り切っていけた。これらの権利は1960年、1980年のストライキで組合側が勝ちとったものだ。
ところがコロナ禍で劇場興行収入が減るなかで、業績を延ばしたのは会員が2億人を突破したネットフリックスなど定額制の「サブスク型」動画配信サービスだ。これらのサブスク配信市場の規模は、2022年には303億㌦(約2・3兆円)にのぼり、この5年で2・3倍以上に急増し、作品数もオンライン向けが3・2倍にまで膨らんだと推計されている。
ところが、ネットフリックスをはじめとする大手動画配信サービス企業は、一定額の使用料を支払いはするが、作品ごとの再生回数を公開せず、その収益に応じた分配を拒否しているため、作品がどれだけヒットしても俳優や脚本家のもとに収入は入らない。俳優にとって生活の糧である二次使用料は減少の一途をたどった。
また、新興ハイテク企業としてウォール街の金融資本から投資を集めたネットフリックスは、オリジナル作品(自社の配信サービスでしか公開しない)の製作にも乗り出し、映画業界では作品製作から配信までを自社で一元化する垂直統合にいっそう拍車がかかった。
ディスカバリー、ワーナー・ブラザーズ、ディズニーなどの大手映画スタジオ各社もそのビジネスモデルに追随してストリーミング・サービスを開始。いずれの企業も自社のプラットフォーム以外では作品の配信をせず、作品を他局に提供したり、DVD化して販売・レンタルすることもなくなったため、俳優や脚本家への利益配分はさらに低下した。米紙報道では、テレビ放映で1400㌦(約19万円)の二次使用料が支払われたのに、動画配信で手元に入ったのは40㌦(約5500円)だったという証言もある。
ストリーミング・サービスの台頭によって俳優も脚本家も仕事量が増えているにもかかわらず、収入は減るという負のスパイラルを強いられ、業界全体でもディズニーでの7000人解雇、ワーナー・ブラザーズの大量レイオフ(一時解雇)などの労働者切り捨てが横行した。
AIで俳優をスキャン 人間を「素材」扱い
さらに問題になっているのが、全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)が提示した映像製作におけるAI使用の拡大だ。
それはエキストラ俳優に1日分(10万円程度)のギャラを支払い、外見や声などをAIスキャンしたうえで、デジタル上で再現するレプリカを作り、それ以降はその生成データを企業の所有物として永久に使用できるというものであり、そのさい本人の同意も使用料支払いも必要ない。俳優は単なる「素材」として、自分の外見を提供するだけの存在になる。AIによるストックが蓄積されれば、エキストラの仕事は不要になる可能性がある。
すでに映像製作の現場では、生成AIで俳優を若返らせたり、亡くなった俳優を再現したり、本人の声を再現して吹き替えさせるなどのAI活用が始まっている。組合側は、野放図なAI活用の拡大は「俳優の生活だけでなく、その尊厳や職業そのものを奪う」と反発し、AI使用のさいの本人同意や使用料支払いなどの新たな契約締結を求めているが、AMPTP側は「われわれの画期的な提案を拒絶しているのは俳優組合の側だ」とはね付けている。
また、AIによる脚本づくりも始まっている。「ChatGPT」のような生成AIが、短期間のうちに物語や登場人物の台詞、カット割り、使用するカメラの種類、役者の衣装、表情のイメージまで細かく指定するため、製作者側はコストと時間を大幅に縮小できる。これも現在は実験段階だが、近いうちに主流になる趨勢にある。
だが生成AIは、それ自体には創造性はなく、既存の作品を大量に学習したうえで、その膨大なデータを組み立てて新たな作品やアイデアを生み出すにすぎない。
5月2日からストライキを実施している全米脚本家組合(WGA)は、AIは過去の実績(学習の素材)がなければ意味を成さないものであるにもかかわらず、そこで得られる収益が分配されないことは、AIを隠れ蓑にした著作権侵害であると主張し、脚本づくりにAIを使用しないように求めている。現状ではAIの活用に関する明確なルールがなく、この手法が拡大すれば、脚本家や俳優はAIの「下働き」や「素材」として貶められることになる。
大手各社をピケ封鎖 前例のない団結で戦う
企業側と交渉を続けてきた俳優労組は13日の声明で、「4週間以上の交渉を経て、アマゾン、アップル、ディズニー、NBCユニバーサル、ネットフリックス、パラマウント、ソニー、ワーナー・ブラザース、ディスカバリーを含む大手スタジオやストリーマーを代表する映画テレビ製作者協会(AMPTP)は、組合員にとって不可欠な重要問題について公正な取引をすることに依然として消極的だ」とし、組合の交渉委員会がストライキ勧告を全会一致で決議したと発表した。
会見した俳優労組のフラン・ドレシャー委員長(女優)は、「資本主義は、支配階級のエリートたちの強欲さを示す言葉になってしまった。私たちは非常に貪欲な組織の犠牲になっている。今私たちに起きていることは、あらゆる労働市場で起きていることだ。雇用主はウォール街(金融資本)と金銭欲を優先し、業界を動かしている必要不可欠な貢献者の存在を忘れている」と動画配信企業やハリウッドのスタジオ経営陣を厳しく非難した。
さらに激しい口調で次の様にのべている。
「これほど多くの点で、私たちが(これまで一緒に仕事をしてきた映画スタジオと)隔たっていることを知り、率直にいって信じられない。彼らは何億㌦ものお金をCEO(最高経営責任者)たちに与えながら、“右から左へお金が失われる”と私たちに向かって困窮を訴えるのだ。最低だ! 恥を知れ! 彼らは歴史の間違った側に立っている。私たちはここに前例のない団結をもって連帯する。他の労働組合と同じように、私たちの労組と姉妹労組、そして世界中の労組は、私たちの側に立っている。なぜなら、どこかの時点で勝負は決しているのだから。私たちはこれ以上、衰退し、阻害され、軽視され、不名誉な扱いを受け続けることはできない。ストリーミング、デジタル、AI……これらによってビジネスモデル全体が変わったのだ。これは歴史の転換点であり、今私たちがしっかりと立ち上がらなければ、私たち全員がトラブルを抱え、人間が機械にとってかえられる危険にさらされることになる」
「これは、あなたやあなたの家族よりもウォール街(金融資本)を心配する人間たちによるビッグビジネスだ。ほとんどの米国人は、緊急時に500㌦(約7万円)以上もっていない。これは非常に重大な事態であり、私たちはこの時点で“NO”といわなければならない。これ以上の搾取をするな! 何をしているのか! と」
「彼らはいう。“私たちが車輪の中心であり、他の人々が私たちの誠意を引き回している”のだと。しかし、行動は言葉よりも雄弁だ。彼らには交渉に応じる誠意すらなく、ただの侮辱しかない。だから、私たちは力と連帯と団結をもって、組合史上最大のストライキでたたかう」
俳優労組は当初、スタジオや配信会社側と「生産的な話し合いをしている」と楽観的なメッセージを発していたが企業側の遅延行為によって交渉は難航。これに対してメリル・ストリープ、ジェニファー・ローレンス、グレン・クローズ、ラミ・マレックなど著名な俳優を含む300人以上の組合員が「彼らは私たちに犠牲を強いるつもりであり、(組合幹部は)中間的なところで折り合うべきではない」「この重要な契約について、平凡な妥協をしないことを求める」とする厳しい書簡を送り、名だたるベテラン俳優もスト実施を支持するなど、社会的な共感がストを後押しした。
公開映画の宣伝活動のためロンドンを訪れていた俳優のマット・デイモンは、「健康保険に加入するには年収2万6000㌦(約360万円)の収入が必要だが、多くの俳優たちはギリギリのところにいる。(雇用主や配信会社は)収益を上げているのだから、厳しい環境に追いやられている人々を大切にする方法で配分される必要がある」として、「ストが始まれば荷物をまとめて国に帰る」とストへの賛意を表明した。
14日朝からは米国内では、カリフォルニアのネットフリックス本社をはじめ、パラマウント、ワーナー・ブラザース、ディズニーなど大手映画スタジオ各社前で、組合員によるピケライン(スト破りを監視する封鎖線)が設置された。
この動きに対して、ディズニーのボブ・アイガー最高経営責任者(CEO)は、俳優と脚本家の要求は「現実的でない」と批判し、「(ストは)非常に不愉快だ。新型コロナ・パンデミックの影響から回復中の業界に損害を与えるものだ。混乱に拍車をかける世界で最悪のタイミングだ」と怒りをあらわにしている。
さらにハリウッドの幹部が、脚本家組合のストについて「われわれの最終目標は、労働組合のメンバーがアパートや家を失うまで事態を長引かせることだ」と豪語したことも、脚本家や俳優たちの怒りを買った。
俳優のロン・パールマンは、「“家を失うまで長引かせる”といったクソ野郎がいるが、家を失う方法は一つじゃない。経済的な理由や、自分のおこないに対する報いでそうなることもある。必死にもの作りもせず、年間2700万㌦(約37億円)も稼いでいるヤツが、組合員の家族が飢えるのを望むなんて、ふざけるのもほどほどにしろ!」と怒りをあらわにする動画を発信し、同業者らの共感を集めた。
ハリウッドの衰退 金融支配強まり寡占化
米映画業界に携わる脚本家や俳優など関係者のなかでは、現在の映画業界の構造的問題は「ハリウッド解体の危機」「アメリカが今後も映画を作る場所になり得るか否かという問題だ」と論議されている。
芸術・文化業界において映画やテレビ業界はとくに市場(金融資本)の支配力が強く、ショービジネスの消費財とされる傾向が強まるなかで、中小の映画スタジオの淘汰や大手企業への統合が進み、限られた映画スタジオがGAFA(米大手プラットフォーム企業の総称)の利益と結びつくことで、作品製作から配信までシステムを一元化する統合が加速した。
ウォール街や投資家の後押しを受けたネットフリックスによる動画制作・配信がビジネスモデルとして台頭するなか、それまで視聴率や興行収入に応じて支払われていた作家やクリエイター、俳優、スタッフらの賃金を決める基準が失われ、映画業界の労働モデルが根底から覆された。コスト削減を求める株主の要求に従って、スタジオの数は減り、予算は削減され、脚本家の収入は過去5年で14%減少した。
質の高いドキュメンタリー作品などを制作する数少ない独立系プロダクションは苦境に立たされることになり、作品を世に出すためには寡占化した大手動画配信会社に売るしかなくなり、同時に知財権さえも奪われるため、「養鶏場やギグワーカー(単発の請負業者)のように報酬を得るための契約プレイヤー」として働かされる関係になったといわれる。
「巨大なストリーミング企業たちにすべての利益を吸い上げられるのだから、質の高いものを創造する意欲は奪われる」「このままでは米国の文化的レベルは失墜し、映画をはじめ、あらゆる映像作品も他の産業と同様に海外発注に頼ることになるのではないか」とさえ指摘されている。
そのため、俳優労組や脚本家組合のストライキには、政治的な立場をこえて、監督や映像クリエイターなど業界で働くあらゆる業界人が賛意をあらわしており、ウォール街や企業による寡頭支配が極まったハリウッドの足元を揺さぶっている。
元来、米国の映画業界で俳優労組の力は強く、米国で製作される映画は、学生製作作品から映画スタジオ管轄の作品まで、すべてユニオン(俳優労組)の規定に基づいて作られる。製作会社は俳優労組(SAG)に登録し、それが許可されると、組合メンバーである俳優を雇う権利が得られる。一方のそれ以外はノンユニオン映画と呼ばれ、組合に属していない俳優しか雇うことができない。製作会社は一度ユニオン会社となると、ノンユニオン映画の製作をするのは違反となる。
すべての俳優はキャリアを積み上げるとともに組合員となり、労組は俳優の就労時間、残業手当、食事時間の確保に至るまでさまざまな規定の遵守を製作サイドに要求し、それに違反すると罰金を科すこともできる。
ビジネスモデルの激変のなかで、俳優労組の真価が問われる局面となっており、資本側とのせめぎ合いは長期に及ぶことが予想されている。
ちなみに日本には俳優や声優の協同組合である「日本俳優連合(日俳連)」はあるが、労働組合ではない。俳優の立場も、映画会社、テレビ局、プロダクションに雇用された労働者ではなく、個人事業主として業務委託契約をしている関係とみなされているため労組が結成できず、団体交渉やストライキもない。そのため広告代理店、広告主、テレビ局などの発言権が強く、賃金、トラブル、ケガ、病気などの補償についても個人対応を迫られるなど極めて弱い立場に置かれているのが現状だ。
欧米では、組合がなかったアマゾンやスターバックスなどでも労組が結成され、労働者の搾取を強める多国籍企業に対してストライキで対抗する機運が国境をこえて強まっている。日本国内の現状を考えるうえでも大きな示唆を与えている。
このところ、長周新聞の記事を良く読みます。ウクライナ戦争の停戦を訴えた和田春樹氏や伊勢崎賢治氏の主張を詳しく訴えた記事やクラスター爆弾の記事など、とても学ぶところが多かったです。赤旗も読んでいますが、この記事と赤旗を比べるとこの記事の方が詳しく優れていると思いました。
できれば、長周新聞の電子版があれば有料の読者になろうと思っています。是非ご検討ください。無料で読んでいては申し訳ないので。