Ⅰ ブダペスト平和フォーラムの報告
最初に、6月6~7日に欧州で開かれた、ウクライナ戦争を終わらせ平和を築こうという、ブダペスト平和フォーラムの報告をしたい。これは、和田春樹先生に招聘のお声がかかったものだったが、羽場が代理で出席した。
この会合は、ハンガリーのMatias Corvinus Collegium(MCC)が主催する国際会議で、世界的に有名な経済学者、国連関係、欧州関係、教授研究者、メディア関係者が参加していた。
主な参加者は、ジェフリー・サックス=コロンビア大学教授、キショール・マフバニ=元国連安全保障理事会議長、リヴァ・ガングリー=インド政府外務省長官、ミヒャエル・フォンデア・シュレンブルク=元国連上級ドイツ外交官、欧州安全保障協力機構代表などで、インド、カタール、ドーハなど中東や欧州、東アジアからは、周波=中国清華大学教授、キム・ジュンヒョン=東亜グローバル大学教授、ペトゥル・ドゥルラーク=西ボヘミア大学教授などが出席していた。インドと中東からの参加が多かったのが特徴的であった。
基本的な姿勢として、欧州における戦争の深刻な影響、戦争がインフレやエネルギー価格高騰を引き起こしているなかで、戦争が早期に平和的に終結されることが望まれていると強調された。その点では、『ニューヨーク・タイムズ』に意見広告を出した米国の停戦要求グループと類似しており、平和への道をどう実現するか、武力紛争をいかに外交的に解決するかが議論された。
とくに、戦争に反対し、平和構築を進めるという当然の要求が、世界のメディアの95%から消えてしまい、逆に攻撃的になっていることへの憤りがメディア編集者らによって明らかにされた。
日本からは北海道大学の岩下教授が参加されていたが、彼のグループでは国際法の立場からロシアの領土侵犯の問題点が指摘され、全体としてはロシア・ウクライナ双方に距離をとりつつ、国際法の立場からこれらが解決されるべきということが強調された。
私は即時停戦を要求する立場から、日本においても大手メディアの中には欧州と同様に戦争に反対する動きは少ないが、歴史家や政治家、政治運動家の間では近年停戦を要求する動きが広がり、停戦の署名や意見広告が広島サミット期間中にも新聞に掲載され、市民の間に停戦要求が広がりつつあると議論でのべた。
ジェフリー・サックス教授は、アメリカのバイデン政権の政策に強く反対し、ジョージ・ケナン(米外交官)やミアシャイマー(政治学者)などが警告するように、アメリカや欧州のNATO拡大がロシアを刺激し、経済制裁がアメリカのエネルギー産業を富ませ、世界の軍事化でアメリカの軍事産業が多大なもうけを得ていることを強調した。サックスとは個人的にも短時間だが接触し、今後もコンタクトをとることを約束した。
ただその後、ハンガリー科学アカデミー歴史学研究所のメンバーなどにウクライナ戦争について話を聞いたところ、“MCCが主張するオルバーン政権の親ロシア的な政策は必ずしも支持されていない”という声もあり、やはり欧州でも和平の動きは必ずしも主流ではないことも理解できた。 他方、インド、中東、中国などアジア、グローバルサウスと呼ばれる国々では停戦の波が広がり、このような国際的な平和会議がおこなわれたことは非常に有意義であり、かつ多くの識者と議論できたこと、トルコを含む研究者とネットワークを構築できたことは大変な収穫であった。
Ⅱ 停戦に向けた新たな提言
そこで私は、停戦によって戦争を終わらせ、新たな平和秩序の構築を実行すべきとして、3点について提言したい。
広島サミット後の行方
第一は、ポスト広島サミットの行方である。広島G7サミットでは、結果的に「核なき世界、核兵器廃絶」の実現が遠い未来に追いやられてしまい、むしろ核抑止力が語られた。また中国・ロシアという日本の近隣国が招待されないのに対し、原爆の地に、戦争の一方の当事者であるゼレンスキー大統領だけが招待され、「武器の送付と軍事支援」を要求し、G7はこれを受けた。
なかでも強調したいのは、イギリスによる劣化ウラン弾のウクライナへの供与が、ロシアの反発を生み、ベラルーシへの核配備を生み出したにもかかわらず、メディアは前者にまったく触れないまま、ロシアの核使用の危険性のみが煽られたことである。被爆地での開催でありながら原爆を投下したアメリカの問題にまったく触れられなかったことは、被爆地市民の普遍的な願いからも乖離したものであった。私も被爆二世の一人として非常に残念であった。
イギリスは劣化ウラン弾を通常兵器のようにいっているが、とんでもないことだ。劣化ウラン弾は、核廃棄物から作られる強い放射線を持った毒物兵器であり、国連の人権委員会でも、欧州議会でも使用が禁止されている。半減期は45億年という恐るべきものである。
米英軍は、湾岸戦争、イラク戦争、ボスニア紛争、コソボ紛争でも劣化ウラン弾を使ったが、今度はウクライナ東部でも使おうとしている。セルビアではイタリア兵が被爆してEUが怒り、大問題となったため、これに限定してアメリカは謝罪している。だが米兵の被爆はごまかしている。ウクライナ東部で劣化ウラン弾の使用を容認したことは、米英もEUも、ウクライナ東部(ロシア国境周辺)を欧州とみなさず、その被爆を容認するという極めて残虐非道なものだ。
これにロシアが戦術核を使って対抗すれば、ウクライナ東部で核戦争になる。だが、そこはあまりにもロシア国境に近いため自国民・自民族への影響を考えるとロシアは核を使えない。米英はそれを見こしたうえで劣化ウラン弾を投入した。
劣化ウラン弾により、ウクライナ東部は放射能汚染され、東部スラブ民族と豊かな穀倉地域が長期にわたり放射線被害を受け、イラクやセルビアにも見られたように子どもの奇形や放射線被害が続出することにもなりかねない。ロシアが占領するなら核汚染してもかまわないという発想は、人道的に許しがたい。
それはいずれ東アジアでも劣化ウラン弾を使うという態度のあらわれでもあり、カラード(有色人種)に対する人種差別的なダブルスタンダードといえる。広島をサミット会場にする以上、G7は劣化ウラン弾不使用を含む「核なき世界、核廃絶」に向けたビジョンを明言し、近隣国も招いて議論し、グローバルサウスの声にも耳を傾けるべきであった。
停戦の遅れが生む悲劇
第二は、停戦の遅れが生む戦争の残酷化と悲劇である。
これはかつて日本の停戦・敗戦宣言の遅れをみるだけで明らかであろう。痛恨の歴史を忘却し、そこから学ばないことは愚かなことである。
先の大戦において、近衛内閣が天皇に停戦を上奏したのは1945年2月、敗戦の6カ月前だ。それを天皇と軍部が却下したことにより、3月以降、神風特攻隊が組織され、10代、20代の若者が250㌔の爆弾を抱えて100%死ぬ戦いに駆り出された。沖縄戦も3月に始まり、勝利の可能性はない一方的な戦闘のなかで、ひめゆり部隊を含め多くが自決させられた。自国の軍の停戦拒否によって、死を選ばされたのである。
さらにアメリカの日本全国への絨毯(じゅうたん)爆撃が始まり、東京大空襲、各都市の空襲があり、沖縄戦の敗北後も、停戦はずるずると遅らされ、広島・長崎の原爆投下があった。それでも国民は、戦争反対に向けた動きなどとれなかったのである。
そのような歴史的経験から考えても、現在「ウクライナ国民の8割が戦争支持」という統計(それも調査方法も不明な2000人の統計)は、戦時下にある市民・国民が停戦や戦争反対を表明することの難しさを考慮して捉えるべきである。停戦の遅れは、極めて残酷な市民の大量虐殺を生む。この間、カホフカダムの爆破、ノルドストリームの爆破、ポーランドへの誤爆などおかしな部分が多すぎるように思われる。
最近、米国では、ロバート・ケネディの息子が、世界に800ある米軍基地の全閉鎖撤退を掲げて大統領選挙への出馬を表明し、またこの間、ブリンケン国務長官が中国を訪問し、習近平と会談するなどの変化があらわれてきている。
アメリカ内部でも変化があらわれている芽を逃さず、平和と停戦を望む学者・市民としては、戦争の残虐化やエスカレートを避けるためにも、ウクライナ(西側)の反撃とロシアの対応がこれ以上ウクライナ東部の市民に犠牲を強いないためにも、一日でも早い停戦を望む。
どう停戦するか。この間ずっといってきていることは、2014、15年のミンスク合意に準じる、緩衝地帯の設置と、国連PKOなど、とくに国連決議で中立の立場をとった国々による中立軍の派遣である。
勃興するアジアの役割
第三は、もはや米欧G7ではなく、アジア、アフリカなどグローバルサウス、G20の役割が拡大しているなかで、日本はいかに歩むべきかという点である。
近代の欧米中心主義に対して日本が何もいえないなか、グローバルサウスがアメリカを恐れず声を上げ始めたことは極めて重要である。中国の習近平・王毅、インドのモディ首相、ブラジルのルラ大統領、南アフリカ、インドネシア、ASEAN諸国が次々と戦争の終結を要求し始めている。
米金融大手ゴールドマン・サックスによる世界のGDP予測では、50年後の2075年には、1位が中国、2位がインドとなり、米国が3位、そしてインドネシア、ナイジェリア、パキスタン、エジプト、ブラジルという国々が続き、現在の先進国と後発国の位置が入れ替わることが予測されている。その後を追う形でドイツ、イギリスがあり、日本は12位に転落する【下表参照】。これについて経産省職員に話を聞くと「それは50年後ではなく、2、3年後の話ではないか?」という声も聞かれた。
アメリカ・欧州の衰退はだれの目にも明らかであり、アメリカが「台湾有事」が起きるといって中国を揺さぶるのは、そのことへの焦燥からの牽制である。
衰退するアメリカの武器輸出、軍拡、ロシア産石油の経済制裁によるLNGの輸出拡大などによる戦争利益を追及する方向に、日本は追随すべきではない。それとは逆に、グローバルサウスを尊重し、彼らと結ぶことが、日本が生き延びていく重要な立ち位置となる。そして、ウクライナにおける戦争の停戦を推進することが東アジアでの戦争を防ぐことにもなる。
日本はG7で唯一のアジア人の国だが、停戦仲介に向けて動き出したグローバルサウスと結び、平和を作る側に立ち、アジア・アフリカなど新興国が入るG20とG7を結ぶ懸け橋になる――それこそが日本が果たすべき役割であろう。
(国際関係学博士、世界国際関係学会〈ISA〉アジア太平洋会長)