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「アメリカは武器供与ではなく戦争を終わらせる外交を急げ」 ジェフリー・サックスら米経済学者や退役軍人が米紙に意見広告

ジェフリー・サックス

 米経済学者のジェフリー・サックス(コロンビア大学教授)や元外交官、安全保障専門家、退役軍人らが米紙『ニューヨーク・タイムス』(5月17日付)にウクライナ戦争をめぐる米国の関与について意見広告を掲載した。掲載された「米国は世界平和のために力をつくすべき」と題する声明では、ウクライナに「必要な限り」軍事支援を約束したバイデン米政府の判断はプーチンによる侵攻判断と同等に破滅的な結果をもたらすものであると厳しく批判し、ロシアを軍事侵攻に踏み切らせた要因は、ロシアの度重なる警告を無視したNATOの勢力圏拡大と挑発にあったと指摘。その背景には兵器産業と結びついた米ネオコン勢力の政策関与があり、それはアフガニスタンやイラクでの失敗を三たびウクライナでくり返し、「米国自身の破滅を招くもの」と警告している。米国内の底流の世論を反映するものとして注目されている。

 

◇      ◇

 

 声明では冒頭、ロシア・ウクライナ戦争がまぎれもない大惨事となり、戦禍の拡大によって人々の命と環境、経済を破壊し、核保有国が関与を強めるなかで世界的な危機を深めていることにふれ、「私たちは暴力、戦争犯罪、無差別ミサイル攻撃、テロリズムとその他の残虐行為を嘆く」が、「この衝撃的な暴力の解決策は、さらなる死と破壊を保証する武器や戦争の拡大ではない」と指摘。

 

 さらに「アメリカ人および国家安全保障の専門家として、私たちはバイデン大統領と議会に、制御不能になる可能性のある軍事的エスカレーションの重大な危険性を考慮し、外交を通じてロシア・ウクライナ戦争を迅速に終わらせるために全力を行使するよう要請する」「ウクライナでのこの悲惨な戦争の直接の原因は、ロシアの侵略だ。それでも、NATOをロシア国境にまで拡大する計画と行動はロシアの恐怖心を刺激した。そしてロシアの指導者たちは30年間、この点について訴えてきた。外交の失敗が戦争につながったのだ。現在のロシア・ウクライナ戦争が、ウクライナを破壊し、人類を危険にさらす前に、ロシア・ウクライナ戦争を終わらせるための外交が急務だ」とのべ、次のように続けている。以下、和訳を引用する。

 

平和への可能性

 

 ロシアの現在の地政学的不安は、チャールズ12世、ナポレオン、カイザー、ヒトラーからの侵略の記憶によってつくられている。米軍は、第一次世界大戦後のロシアの内戦で、勝者側に対抗して介入し敗北した連合国の侵略軍の一員であった。ロシアがNATOの拡大と国境への進出を直接的脅威と捉えている一方、米国とNATOは慎重な備えとしか考えていない。外交では、敵を理解しようとする戦略的な共感が必要である。これは弱さではなく、知恵である。

 

 私たちは、平和を希求する外交官が、この場合に、ロシアかウクライナかのどちらかを選ばなければならないという考えを拒否する。外交を支持するさい、私たちは正気の側を選ぶ。人類の側、平和の側だ。

 

 私たちは、ウクライナを「必要なかぎり」支援するというバイデン大統領の約束は、定義が不明確であり、最終的には達成不可能な目標を追求するためのライセンスになると考えている。それは昨年、プーチン大統領が犯罪的な侵略と占領を開始したのと同じくらい破滅的な結果をもたらす可能性がある。私たちは、ウクライナ人の最後の一人までロシアと戦わせるという戦略を支持することはできない。

 

 私たちは、外交への真に有意義なコミットメント、とくにいかなる前提条件もともなわない即時停戦および交渉の開始を提唱する。意図的な挑発がロシア・ウクライナ戦争をもたらした。同様に、意図的な外交がそれを終わらせることができる。

 

米国の行動とロシアのウクライナ侵攻

 

 ソ連邦が崩壊し、冷戦が終結すると、米国と西ヨーロッパの指導者たちは、NATOがロシアの国境に向かって拡大しないことをソ連とロシアの指導者に保証した。「NATOは東方に一インチも拡大しない」――ジェームズ・ベイカー米国国務長官(当時)は1990年2月9日にソ連の指導者ミハイル・ゴルバチョフにこう語った。1990年代を通じて、米国の他の指導者、英国、ドイツ、フランスの指導者からも同様の保証がなされた。

 

 2007年以来、ロシアは、現在の米国にとってメキシコやカナダにロシア軍が駐留したら耐え難いものであるように、また1962年当時、キューバに駐留したソ連のミサイルが米国にとって耐え難いものであったように、ロシア国境でのNATOの軍駐留は耐えられないとくり返し警告してきた。さらにロシアは、ウクライナへのNATOの拡大は極めて挑発的であると特定して主張していたのだ。

 

ロシアの目を通して戦争を見る

 

 ロシアの戦争に関する見方を理解しようとする私たちの試みは、侵略と占領を是認するものではなく、ロシア側に戦争以外に選択肢がなかったことを示唆するものでもない。しかし、ロシアに他の選択肢があったように、この瞬間に至るまでの米国とNATOにも他の選択肢があった。

 

 ロシアはあらかじめ彼らのレッド・ラインを明確にしていた。グルジア(現ジョージア)とシリアでは、彼らはそれらの線を守るために力を行使することを証明した。2014年、クリミアの即時併合とドンバス分離主義者への支援は、彼らが自国の利益を守るという彼らのコミットメントに真剣であることを示した。なぜこれが米国とNATOの指導部に理解されなかったのかは不明だ。無能、傲慢、シニシズム、またはその三つすべての危険な混合物が要因であろうと思われる。

 

 また、冷戦が終結しても、米国の外交官、将軍、政治家は、NATOをロシア国境にまで拡大し、ロシアの勢力圏に悪意を持って干渉することの危険性を警告していたのである。元米政府閣僚のロバート・ゲイツとウィリアム・ペリーは、ジョージ・ケナン、ジャック・マトロック、ヘンリー・キッシンジャーら著名な外交官と同様に、これらの警告を発した。1997年、上級米国外交政策専門家50人が、ビル・クリントン大統領に公開書簡を書き、NATOを拡大しないように忠告し、それを「歴史的な政策の過ち」と呼んだ。だが、クリントン大統領はこれらの警告を無視することを選んだ。

 

 ロシア・ウクライナ戦争をめぐる米国の意思決定における傲慢さとマキャベリ的計算を理解するうえで最も重要なのは、ウィリアムズ・バーンズ(現中央情報局長官)が発した警告を無視したことだ。2008年、駐ロシア大使を務めていたバーンズは、コンドリーザ・ライス国務長官に宛てた公電で、NATOの拡大とウクライナの加盟について次のように書いている。

 

 「ウクライナとジョージアのNATO加盟への意欲は、ロシアの神経を逆なでするだけでなく、この地域の安定に影響をおよぼす深刻な懸念を抱かせる。ロシアは、包囲されると認識し、地域におけるロシアの影響力を弱体化させるものだと認識しているだけではない。ロシアの安全保障上の利益に深刻な影響をおよぼす、予測不能で制御不能な結果を恐れている。専門家によると、ロシアは、NATO加盟をめぐってウクライナ国内に強い対立があり、ロシア人コミュニティーの多くが加盟に反対し、暴力や最悪の場合には内戦を含む大きな分裂につながる可能性があることを特に懸念している。その場合、ロシアは介入するかどうかを決定しなければならない。ロシアが直面したくない決断である」

 

 そのような警告にもかかわらず、なぜ米国はNATOの拡大に固執したのか? 武器販売による利益が主な要因であった。NATO拡大への反対に直面して、ネオコン(新保守主義)のグループと米国の兵器メーカー最高幹部は、「米国NATO拡大委員会」を結成した。1996~98年にかけて、最大手の兵器メーカーはロビー活動に5100万㌦(現在では9400万㌦)を費やし、キャンペーンへの寄付にさらに数百万㌦を費やした。このような大盤振る舞いによって、NATOの拡大はすぐに既成取引となり、その後、米国の兵器メーカーはNATOの新加盟国に数十億㌦をこえる武器を売りこんだのである。

 

 これまでに米国は300億㌦相当の軍事装備と武器をウクライナに送った。ウクライナへの援助総額は1000億㌦をこえている。戦争という大騒ぎは、選ばれた少数の人々にとって非常に有益なビジネスである。要するに、NATOの拡大は、レジーム・チェンジ(政権交代)と先制攻撃をちりばめたユニラテラリズム(単独行動主義)を特徴とする軍国主義化であり、米国外交の主要な柱なのだ。

 

 最近では、イラクとアフガニスタンにおける戦争で失敗し、虐殺とさらなる対立を生み出した。米国自身がつくりだした厳しい現実である。ロシア・ウクライナ戦争は、対立と虐殺の新たな舞台を開いた。この現実すべてを私たち自身がつくったものではないが、殺戮を止め、緊張を和らげる外交的解決をつくりだすことに専念しない限り、それは私たちの破滅を招く恐れがある。

 

 米国を世界平和のための力にしよう。

 

署名者


 デニス・フリッツ(アイゼンハワー・メディアネットワーク ディレクター、元米空軍司令部主席曹長)
 マシュー・ホー(アイゼンハワー・メディアネットワーク アソシエイトディレクター。元海兵隊将校、元国務省・国防総省官吏)
 ウィリアム・J・アストア(退役米空軍中佐)
 カレン・クビアトコウスキー(退役米空軍中佐)
 デニス・ライヒ(元米陸軍少将)
 ジャック・マトロック(元ソ連駐在米国大使)
 トッド・E・ピアース(元米陸軍少佐、法務官)
 コリーン・ローリー(元FBI特別捜査官)
 ジェフリー・サックス(コロンビア大学教授)
 クリスチャン・ソレンセン(元米空軍人)
 チャック・スピニー(元国防省技師・アナリスト)
 ウィンスロー・ウィーラー(共和・民主両党の4人の国家安全保障顧問を務める)
 ローレンス・B・ウィルカーソン(元陸軍大佐)
 アン・ライト(元米陸軍大佐、元米国外交官)

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