インフレ率が3カ月連続で10%をこえる記録的水準に達し、食料やエネルギー価格高騰に見舞われているイギリス国内では、昨年末から今年始めにかけて賃上げを求める鉄道労働者、郵便配達員、看護師、救急医療隊員、大学職員など、公共部門で大規模なストライキが断続的におこなわれている。全国民生活に影響を与えるストライキについて、スナク英政府は、労働者側への攻撃を強めているが、大手調査会社「ユーガブ」が1日に発表した世論調査では、政権支持率は13%(不支持率は65%)と記録的低迷を見せ、ストの波は自国民を厳しい生活苦に追い込む政権に対する国民的要求と結びついて広がっている。
英国内の幹線鉄道、地下鉄、船舶、バス、トラックに至る交通運輸産業部門の労働者が加盟する鉄道海事運輸労組(RMT)は、昨年末に引き続き今月3日から1週間、全国4万人の労働者と14の鉄道運営会社がストライキに突入し、全国のほとんどの鉄道サービスを閉鎖した。
インフレ率が年率11%をこえ、エネルギーや食料の価格上昇で生活苦が増すなかで、RMTは最低7%の賃上げを鉄道会社当局に求めてきたが、雇用者側は2~3%の賃上げ案を提示しただけで、昨年12月から始まったストを経ても正式な交渉に応じていないためだ。
RMTは、「(鉄道部門の雇用主である)ネットワーク・レールとレール・デリバリー・グループの両方が、雇用の安定、賃金、労働条件に関して納得できる提案を作成することを、政府の閣僚が直接阻止している」と、背後から労使交渉を阻む政府を批判している。
RMTのミック・リンチ書記長は、「1993年の(鉄道)民営化以来、私たちは鉄道業界と協力して交渉による解決を成功させてきた。だが、この紛争では前例のないレベルで大臣による干渉があり、鉄道雇用者がわれわれと労使交渉することを阻み、紛争を解決することができない」と訴え、雇用者が交渉に応じるまでストを継続する意志を固めている。各鉄道駅には労働者たちがピケを張り、そこに他業種の労働者や市民たちも合流して政府への抗議行動が全土でくり広げられている。
RMTの調査によれば、鉄道会社はコロナ禍にあった2020年3月~22年9月の期間、公費投入によって3億1000㍀(約495億円)の利益をあげ、今年9月までに純利益は4億㍀(約639億円)をこえる見通しにある。だが、労働者の賃金水準は凍結され、会社はこれらの利益をすべて株主配当に回すことができる。加えて、ストライキによる損失補償のために推定3億㍀の税金が投入される予定だ。
3億㍀の利益があれば、10・6%の賃上げを実現するのに十分であったにもかかわらず、鉄道会社レール・デリバリー・グループは4%程度の賃上げ案しか提示せず、逆にコストカットのために全車両で「運転手のみ」のワンマン運行を導入するなど労働条件やサービスを悪化させた。
リンチ書記長は、「国務長官と企業側は、賃上げのための改革の必要性を説いてきたが、実際には、豊富な資金がありながら政府内の利潤追求者とその仲間によって労働者の賃上げは塩漬けにされてきた。労働者、乗客、納税者の利益が、一握りの民間輸送会社のために犠牲にされるのは言語道断だ。経営陣や富裕層が何百万㌦も稼ぐ一方で、われわれ労働者は、生活費危機が深刻化するなかで、基準以下の給与提示と、苦労して手に入れた条件の破棄を受け入れるよう求められている。今こそ労働者と乗客の利益を最優先するときだ。鉄道事業者とネットワーク・レール(鉄道網の管理業者)の双方と交渉による解決が必要であり、政府はこれらの交渉を阻害することをやめるべきだ」と主張している。
80年代以降最大のスト 他の公共部門でも
交通運輸部門では、外部発注となって低賃金労働が常態化している鉄道清掃員もストに加わり、バス会社でもストがおこなわれている。英国内では、過去40年で最速ペースで物価高が進む一方、労働者の賃金は据え置かれているため実質賃金は低下しており、国内では1980年代以降最大規模といわれるストのラッシュが起きている。
昨年末からは、国民保険サービス(NHS)の看護専門職による労働組合「王立看護協会」(RCN)が、106年の歴史のなかで初となるストライキを決行。新型コロナ・パンデミックで現場は多忙を極めているものの、インフレ率を大きく下回る賃金レベルで離職者があいつぎ、現場の激務に拍車が掛かっている。国に対して19%の賃上げを求め、「看護師の声を聞け」「公的医療を守れ」をスローガンに英国全土で約10万人がストを決行した。
これに呼応して、救急医療に携わる救急隊員や緊急電話の応答係などもストをおこない、「労働者の生活を守ることがNHS(国民保険)を救う」として賃上げを求めている。
さらに、郵便業務を担当するロイヤルメールの労働者もストをおこない、150の大学など高等教育機関の教職員7万人以上が、年金制度改悪に抗議し、賃上げを求めるストを実施した。高速道路・国道労働者、運転免許試験官、航空会社の地上スタッフ、出入国管理局職員、手荷物受取人、国境警備隊員、港湾労働者たちも賃上げを求めてストを断続的におこなっている。
英国内で教育、地方自治体、医療、警察、エネルギーなど公共サービスの現場で130万人をこえる組合員を擁する公務員組合(UNISON)が、これら一連のストを支持しており、さまざまな分野で相互に連帯しながら断続的におこなわれるストライキが広く社会現象化している。
英オンラインメディア『インディペンデント』の世論調査(昨年12月16~18日)では、看護師ストへの支持率は63%にのぼり、鉄道労働者のストには43%、教師のストには49%、郵便労働者のストには48%と高い支持を集めている。英国全土を席巻する反政府世論や抗議行動にはじき出される形で、昨年7月には保守党のジョンソン首相が辞任に追い込まれ、その後「富裕層の減税」を主張した後任のトラス首相は就任わずか45日目でのスピード辞任となった。
反ストライキ法案提出 スナク政府
英国政府や大手メディアは、ストへの反感を煽るキャンペーンに熱を上げており、政権の閣僚らは「この国の働く人々に最大の混乱を引き起こすことを意図したもの」「(RMT書記長は)あなたのクリスマスを殺す男(旅行や物資の輸送を妨げている)」などと非難を続けてきた。
それでも全土を席巻するストライキの波にたまりかねた保守党スナク政府は昨年、交通機関、医療、消防、教育、国境警備などの公共部門のストライキを制限する法案を議会に提出し、強権的にストライキを抑えつける動きを見せている。
反ストライキ法案(最低サービス水準法案)の主な内容は、次の通り。
・ストライキ中も、(交通機関や医療機関、学校などの)公共機関は最低限のサービス水準を確保しなければならない。水準に満たない場合、労働組合は損害(賠償)に対する法的保護を失う。
・雇用者は、ストライキ中に適切なサービス水準を満たすために必要な労働力を特定し、労働組合はストライキ中も適切な人数の労働者を確保する措置を講じなければならない。
・特定された(働くことを求められた)にもかかわらずストライキを継続する労働者は、不当解雇に対する保護を失う。
英国では、ストライキをおこなうための特別な権利は存在しないが、そのかわり労働組合と労働者はスト(労働放棄)のさい、損害賠償について法的保護を受ける。新法案では、これらの保護をとり除くため、従わない労組は雇用主から損害賠償を請求されるようになり、従わない個々の労働者は解雇されることになる。その結果、労組はストを中断せざるを得なくなり、労働者はピケ(職場を封鎖してスト破りを防止する行動)を乗りこえることをよぎなくされるという筋書きだ。
RMTのリンチ書記長は、「まるで徴兵制だ。ストライキをおこさなければならないほど過酷な労働環境を無視し、労働者の要求とは無関係に、ストを無効化する権利だけを政府や企業に与えるものだ。労働者個人にはストをおこなう権利がないにもかかわらず、企業側が出勤しなければならない人を指名し、個人がピケをこえなければ解雇される。これに異を唱えた組合には罰金を科す。それは人権を抑圧するものであり、もし私たちがこれに抵抗できなければ、労働者だけでなく、社会の市民としての私たちの未来が脅かされる。私たちは自由と権利が厳しく制限された社会で生きていくことになる」とのべ、業種の違いをこえた労働者の団結と一般市民も交えた運動で徹底抗戦を呼びかけている。
英国社会では、ストライキは賃金や労働条件の改善を勝ちとるための不可欠な手段として根付いており、市民が生活に対する不当な攻撃から身を守るための最後の手段とみなされている。1980年代のサッチャー政権による新自由主義改革で吹き荒れたのが労働運動への攻撃であり、それが現在に続く低賃金と格差急拡大の主な要因となったからだ。それは、一般市民にとっても公共サービスを守るための「最後の砦」と認識されており、最後のカードを切ってきたスナク政権への反発は強まっている。
社会歪める労働者攻撃 劣化した公共サービス
英国の労働運動を追ってきたフリーライターのタージ・アリ氏は、ストによる混乱の責任を労働者側に求めるメディアのキャンペーンについて、次の様に指摘している。
「これらの攻撃は、鉄道混乱の責任を、その運営に真に責任を負っている政府や鉄道会社ではなく、鉄道労働者に突き付けることを目的としたものだ。ストライキによる混乱に焦点を当てるマスコミの報道は、これまで政府が平然とおこなってきた鉄道網縮小に対する報道とは対照的だ。英国では過去5年間で、67万4452本の列車が時刻表から削除され、ストライキの36日間以上に相当する運行本数が削減された。しかもストによる運行停止とは異なり、これらの減便は永久的なものだ」。
英国政府は、コロナ禍で危機に陥った鉄道網維持のために投じた160億㍀(約2兆5000億円)の財政支出を、労働者の搾取やサービス削減によって償還させるため、今年度と来年度の両方で20億㍀(約3200億円)削減することを目的とした鉄道分野の緊縮政策をうち出し、コロナ禍でおこなわれた運行ダイヤ廃止や乗務員減などのサービス削減を恒久化し、運賃も値上げした。
アリ氏は、「切符売り場を閉鎖し、列車から職員を排除する当局の提案は、鉄道職員の雇用の安定を脅かすだけではない。安全で利用しやすい鉄道そのものに対する脅威だ。同時に鉄道事業者は、人員不足、削減、民営化の機能不全から生じる鉄道の問題を、職員のせいにしている。たとえば、経営破綻したフランチャイズでは、その所有者がその原因を非公式の労働運動のせいだとする誤った判断をしている。政府は、鉄道の問題を労働者と乗客の対立にすり替えたいようだが、実際には鉄道労働者は乗客の側にいる。鉄道労働者は、運行や乗客のサポートによって重要な公共サービスの機能を維持しており、緊縮財政によってサービスを低下させ、鉄道を破壊しようとする動きに対抗しているのは彼らだ。鉄道労働者と乗客は、利益追求のために鉄道を破壊しようとする政府によって同じく不当な扱いを受けてきた。鉄道労働者は全国民のために反撃しているのだ」と強調している。
また、英リベラル誌『トリビュート』編集者のカール・ハンセン氏は、「効果的なストライキの脅威がなければ、団体交渉は集団的な物乞いに過ぎない。労働組合はロビー団体と化し、労働者は上司の提案を何でも受け入れなければならなくなる。労働を放棄する権利が制限されれば、結果として国民の生活危機が深まり、不平等が急増し、私たちが依存している重要な公共サービスが破壊される。右派政権は、生活水準を破壊し、国家を破壊する自由裁量権を持つことになるだろう」と警鐘を鳴らし、続けて次の様に訴えている。
「ストライキの権利は、民主主義社会に不可欠な自由だ。それは長年にわたる集団的闘争によって懸命に勝ちとられたものだ。もしこれらの法律(反ストライキ法案)の成立が許されるなら、すべての労働者の権利を脅かす前例が作られることになる。ほんの数カ月前までは、鉄道労働者だけが法案の対象とされていたが、生活費危機が深刻化し、賃金や労働条件をめぐってより多くの労働者が職場を離れるようになると、今度は膨大な数の公共部門労働者が攻撃されることになった。この先には、民間・公共部門を問わず、すべての労働者の権利が射程に入ることを想定すべきだ」。
「政府が何をいおうとも、ストライキの権利に対する彼らの攻撃は、混乱を防ぐためのものではない。鉄道の機能不全、NHS(公的医療)の致命的な待ち時間、きしむような教育制度は、現在の政府に公共サービスを守る意志がないことを裏付けている。そのかわりに、労働者の賃金を抑制し、富裕層にのみ有利に働く経済秩序を脅かそうとする労働運動を打ちのめすことを目的としている。労働組合運動の発展は、人々を貧しくする政府に自分たちの力で抵抗できるという希望を労働者に与えてきた。労働組合は全力で抵抗するだろうが、彼らだけで成功することはできない。この権威主義的な法案を阻止するためには、職場、街頭、裁判所、そして市民社会全体でたたかわなければならない。エリート層は自分たちの階級のために必死でたたかっている。私たちも自分たちの階級のために同じことをする時が到来している」。
「いい加減にしろ!」 全国民の連帯へ
政府やメディアによる分断攻撃にもかかわらず、昨年末からおこなわれてきた公共部門の大規模ストでは、バス運転手、外部発注の医療従業員、消防士、港湾労働者、国立大学や高等教育部門の職員、通信労働者などが賃上げや年金改定などの一定の権利を勝ちとってきた。それは個々バラバラの労働者や市民を繋ぐネットワークが構築され、個別要求を全社会的な要求と結びつけてたたかってきたことと無関係ではない。
英国内では昨年から、生活費危機とたたかうための広範な国民運動として「Enough is Enough!(いい加減にしろ!)」キャンペーンが始まり、ここに交通運輸分野のRMT、通信労働者組合(CWU)、消防・救急隊員労働組合(FBU)などの労組や独立メディア、フードバンクなどの地域団体も合流している。
同キャンペーンは、「公正な賃金、手頃な請求書(生活費)、十分な食事、そしてまともな住まい。これらは贅沢品ではなく、あなたの権利だ!」と訴え、英国全土の地域や職場、街頭での抗議集会を展開し、地域グループを結成し、各職場のスト(ピケ)の連帯を組織している。反ストライキ法案に対しても、「国民が生活費の圧迫に反撃しているまさにその瞬間に、この権利が攻撃されていることは偶然ではない。現政府は、エリートの強欲によって引き起こされた危機の代償を、またしても労働者に支払わせようとしている。私たちはそれを受け入れない!」として反対署名活動を開始した。
「実質的な賃金上昇」「光熱費の削減」「食料貧困の終焉」「すべての人に適切な住居の確保」「富裕層への課税」を要求し、「私たちの問題を解決するために体制(権力組織)に頼ることはできない。すべての職場、すべてのコミュニティで、私たち自身にかかっている。だから、もしあなたが生活苦で給料が生活費をカバーできないのなら、もしあなたが低賃金で一生懸命働くことにうんざりしていて将来が心配なら、あるいは私たちの国に起こっていることを黙って見ていることに耐えられないなら、私たちに加わってください。いい加減にしろ!――今こそ、怒りを行動に移すときです」と呼びかけている。
このうねりはイギリス国内だけでなく、新自由主義で社会が荒廃し、同じく生活費危機に見舞われている欧州全体に波及する趨勢にあり、ゼネスト(全業種によるストライキ)に発展する勢いをともなって共鳴を広げている。