ウクライナ西部に隣接するポーランドで15日、ウクライナ国境から約6㌔離れたプシェボドフ近郊にミサイルが着弾し、市民2人が死亡した(ポーランド外務省発表)。2月から勃発したロシアとウクライナの戦闘で第三国にミサイルが着弾した初めてのケースとなる。ポーランドは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、これがロシアによる攻撃であった場合、NATO憲章第五条(集団的自衛権)が発動され、NATOとロシアの全面戦争に発展する可能性が浮上したが、ウクライナ支援を続けるNATOや米国は「ロシアのミサイルではない」と結論づけ、その可能性をうち消した。
日本を含む西側の主要メディアは、ポーランド政府が「現時点では誰がミサイルを発射したのかを示す決定的な証拠はない」としていたにもかかわらず、着弾ミサイルがロシア(旧ソ連)製であったことから「ロシア製ミサイルがポーランドに落下」(NHK)とセンセーショナルに報じた。
ロシア国防省は即日、声明で「報道などで伝えられているロシアのミサイルに関するものは、状況をエスカレートさせるための意図的な挑発行為だ。ロシアはウクライナとポーランドの国境付近を攻撃してない」と関与を否定。翌日、ミサイル破片の写真を分析した結果、「ウクライナの地対空ミサイルシステムS―300によるものと確認された」と発表した。
ウクライナのゼレンスキー大統領は15日のビデオ演説で、「(ロシアの)脅威はウクライナだけに向けられたものではないことはかねてから警告してきたことだ」とのべ、ポーランドでのミサイル被害は「(NATO)安全保障体制に対するロシアのミサイル攻撃だ。それは意図的で、重大なエスカレートであり、(西側諸国が)行動を起こすことが必要だ」「ロシアのテロ攻撃がさらに進展するのは時間の問題だ」と声高に主張し、NATOに報復を促した。これまで通り「この戦争での被害はすべてロシアの攻撃によるもの」とする西側の既定路線に従ったものだ。
ポーランドのドゥダ大統領は16日、ベルギーのNATO本部で開催されるNATO理事会にポーランド大使を出席させ、「北大西洋条約(NATO憲章)第四条の発動を要求する可能性が高い」と明かした。第四条は「締約国は、領土保全、政治的独立又は安全が脅かされていると認めたときはいつでも協議する」としており、同条約第五条では「一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」として、「兵力の使用を含む行動を直ちにとる」としている。
だが、NATOのストルテンベルグ事務総長は16日の会見で、「故意の攻撃であると示す情報も、ロシアがNATOに対して軍事行動の準備を進めていることを示す情報もない」「初期の分析では、ロシアのミサイルから国を守るためのウクライナの防空ミサイルシステムによって引き起こされたとみられる。ただウクライナの責任ではなく不法な戦争を続けるロシアが責任を負っている」とのべた。
ポーランドのドゥダ大統領も同日、「ポーランドへの意図的な攻撃であるという兆候は見られず、ウクライナの地対空ミサイルによるものとみられる」とのべ、ウクライナ軍が発射した地対空ミサイルの可能性が高いとの見解を示した。
さらに16日、インドネシアでG7とNATOの緊急首脳会合を招集した米バイデン大統領は、各国代表に対して、ポーランドに着弾したミサイルは「(ミサイルの)軌道から考えると、ロシアから発射されたとは考えにくい」とのべ、ウクライナから飛来したミサイルである可能性が高いことを重ねて説明。AP通信によれば、NATOはレーダー機を使ってウクライナ東部国境でミサイルの軌道を追跡しており、その解析の結果だという。情報を共有するNATO加盟国もその見解に同調し、第五条発動の可能性はうち消された。
米国やNATOからハシゴを外される形となったゼレンスキー大統領は16日、テレビ放送で「ミサイルがウクライナのものでなかったことに疑いはない。われわれの軍事報告に基づき、ロシアのミサイルだったと考えている」と焦燥感を漂わせながらのべ、ウクライナが調査に参加する必要があると主張している。
また、ウクライナ大統領府のポドリャク顧問は、「戦争はロシアが始めたものだ。ロシアはウクライナを巡航ミサイルで大量に攻撃している」と主張。「ロシアは欧州大陸東部を予測不可能な戦場にしてしまった。意図、実行手段、リスク、エスカレーション、これらすべてがロシアだけのものだ。いかなるミサイル事案もそれ以外の説明はありえない」とのべ、正当性を訴えている。
代理戦争押しつける米国 停戦調停こそ急げ
これまでウクライナ国内で起きたミサイル被害や住民の犠牲についてはすべて「ロシアによるもの」とするウクライナ当局の発表を垂れ流してきた欧米政府や主要メディアだが、現地では当事国双方が激しいミサイルの応酬をくり広げており、誤射誤爆が発生することは自明の理だ。
そこには欧米諸国がウクライナ軍に提供するミサイルや兵器による被害も含まれており、どちらの攻撃によるものであれ、戦闘が続く限りウクライナ国内の住民はもとより、近隣国の住民も命の危険にさらされることにかわりはない。
米国やNATOは「人権」「民族自決」「民主主義」を主張しながら、ウクライナ軍(外国傭兵を含む)の攻撃による住民被害や東部ロシア系住民に対する迫害には眼をつむるという二重基準で、双方歩み寄りによる停戦も許さず、ひたすら背後から武器を送り続けてウクライナに代理戦争を戦わせてきた。今回のポーランドへのミサイル着弾はその政策の帰結であり、当初から想定されてきた事態でもある。
今回の米国やNATOの対応は、自国や同盟がリスクを負うことを避けるため「NATOや米国はこの戦争の直接的な当事国にはならない」というメッセージであり、ロシアとの直接対決の犠牲をウクライナのみに押しつけるという明確な線引きを示したものといえる。
14日に開かれた国連総会では、ウクライナ侵攻による損害賠償をロシアに要求する決議案を採択したものの、賛成93カ国、反対14カ国、棄権は73カ国に及んだ。穀物や燃料の高騰による打撃を受けている欧州やアジア、アフリカでは、早期停戦を求める世論が高まり、ロシアへの制裁やウクライナへの軍事支援に距離を置く動きが広がり始めている。
NATOが史上唯一NATO憲章第五条を発動して集団的自衛権による武力行使をおこなったアフガニスタンでは、20年におよぶ泥沼戦争の末、米軍もNATOも撤退に追い込まれた。
同国で米国の庇護の下で大統領に就任しながら失脚したハーミド・カルザイ氏は3月、「アフガニスタンやウクライナのような国は、超大国がおこなうゲームに関与してはいけない。それは、その結果が完全に人々への損害となり、国土破壊につながるからだ」「このような(外国の傭兵を招き入れるような)措置は、完全にウクライナへの損害に行き着く。なぜなら、アフガニスタン国民はそのような経験をしており、その結果は国内のインフラ崩壊であった」と、自戒を込めてゼレンスキーに忠告した。まさに事態はそのように進行しており、米国内ではゼレンスキーの責任を問う声が強まり始め、対ロシアの前面に立たせた挙げ句、ウクライナを突き放すシナリオが貫かれている。
それは同じく米国がアジアの対中国戦略として進める「台湾有事」で矢面に立たたされようとしている日本にとっても教訓的な事態といえる。