ロシア制裁の反動でエネルギーや食料価格が高騰する欧州では、各国でウクライナ戦争の早期停戦を求めるデモや、自国民の生活を顧みず戦争長期化に繋がる制裁や武器支援に勤しむEU、NATO、自国政府に対する抗議デモがあいついでいる。ロシアのウクライナ侵攻以降、それまでロシアから大量の化石燃料を購入していたEUは、ロシアに厳しい経済制裁を科したが、ロシアは欧州各国への天然ガス供給を停止・削減し、圏内ではエネルギー価格が記録的急騰を見せている。暖房が使えない「凍える冬」の到来を前に、戦争終結と国民救済は死活問題となっており、政治変革を求める大衆運動が下から活発化している。
フランスの首都パリでは8日、市民数万人の反政府デモがおこなわれ、参加者らは経済不況や国民の生活費高騰への対策が乏しいことに抗議し、「マクロン、お前の戦争を我々は望んでいない!」「マクロンは辞任せよ!」と声を上げるとともに、「NATOからの脱退!」「ウクライナへの武器供給を停止せよ!」と求めた。このデモを呼びかけたのは国民戦線(党首ルペン)から離脱した勢力による新党「愛国者」で、EU、NATOからの離脱を主要スローガンに掲げている。
フランスでは4月の大統領選挙でマクロンが再選されたが、国内ではコロナ禍の打撃に加えて、ロシアとの関係悪化によってエネルギーや小麦価格が高騰。インフレを引き起こして人々を生活不安に陥れている。
ロシア国営の天然ガス最大手ガスプロムは8月31日、制裁によってフランスの取引企業から代金が支払われないことを理由にガス供給を打ち切った。
マクロン政府は二酸化炭素削減を進める「エネルギー転換法」に基づき、従来から再生可能エネルギーの割合を増やすことを目標にしてきたが、コスト上昇分は消費者の電気料金に上乗せされ、電気代は「2年で2倍」になったといわれる。一方、再エネ開発は十分に進まず、国内電力の7割を占める原発の老朽化・修理も加わり、国は予備エネルギーである天然ガスへの依存を深めた。
世界的に需要が増した天然ガスは価格が高騰し、ロシアへの制裁でさらに拍車が掛かった。
たとえばパリの一般家庭の毎月の電気代は100ユーロ(約1万4200円、1ユーロ=142円で換算)をこえるのが普通で、広いアパルトマン(家具付きアパート)で暮らす場合は、500ユーロ(約7万1000円)に達するという。
天然ガスの一般家庭向け価格の値上がり率は、6月に4・4%、7月に9・96%、8月に5・3%、9月に8・7%と上昇を続け、10月には13・5%も上昇した。
急場を凌ぐため電力企業を国有化したフランス政府だが、燃料不足や価格高騰が避けられないため、国民に「室温が19度未満になった場合にのみ暖房を使用する」ことや、タートルネックの着用を呼び掛けており、「現代版マリー・アントワネット(「パンがないならケーキを食べろ」)か」と反発を招いている。
政府の呼びかけによって、学校や公共施設では、室温19度以上では暖房を使用しないことを決定し、寒さ対策として児童や生徒向けにフリースを購入する自治体があることも報じられている。
さらにひっ迫しているのがガソリンだ。原油高騰により、軽油の平均価格は過去最高の1㍑当り1・56ユーロ(約224円)、レギュラーガソリンは1・62ユーロ(約230円)に到達。政府は店頭価格の割引制度を実施したが、在庫不足が深刻化し、場所によっては1㍑当り2ユーロ(約290円)、給油は1人1回限り、20㍑以内と制限する店もあるという。
インフレ高進で生活費高騰に見舞われるなか、国内ガソリンスタンドの3分の1を占めるエネルギー大手トータルエナジーズでは、従業員らが10%の賃上げを求めて一斉にストに突入(2週間前から実施)。国内製油能力の6割以上が停止した。米石油大手エクソンモービルの仏国内2カ所の製油所でも従業員がストを実施している。
パリ市内では3分の2のガソリンスタンドが閉鎖され、残ったスタンドには数㌔に及ぶ長蛇の列ができ、各スタンドの列では警察官が車のタンクの空き具合をチェックし、残量十分と見なされると帰されるという事態にもなっている。
給油待ちの列に並んでいる車の運転手は現地メディアの取材に、「もう50分以上も並んでいる。こんな状況になったのはEU、NATO、国連のせいだが、特に米国が責められるべきだ。彼らが最悪な状態に追い込んだ。私たちはガソリンを満タンにするためにさらに毎回30~35ユーロ支払い、月に10回給油すれば合計で350ユーロ~400ユーロ(約5万6000円)多く支払うことになる。ありがとうマクロン!」と皮肉を込めて語っている。
マクロン政府は、労組に対して燃料貯蔵所の封鎖を即座に解除するよう求め、状況が改善されない場合は「追加措置を講じる」と警告。ボルヌ首相は「国民が直面している状況は非常に困難であり、耐えられない事態」として、エクソンモービルに「燃料貯蔵所の運営に不可欠な人員の徴集」を開始するよう県知事に要請した。だが脅しは功を奏しておらず、同国の専門家は「社会的対話の失敗」と酷評している。
フランス大統領選で「不服従のフランス」党首メランションの選対本部長を務めたマニュエル・ボンパール欧州議会議員は、「フランス国民の96%がプーチンがウクライナ戦争の責任者だと考えている一方、NATOにも責任があると考えている人が68%いる。特に、(メランション率いる)“不服従のフランス”党に近い人たちでは82%、緑の党支持者では78%、社会党支持者では66%がそのように考えている」とSNSで発信している。
ロシア制裁とウクライナ戦争長期化の影響は、食料品価格も上昇させている。鶏肉や卵は、養鶏場における飼料用トウモロコシがウクライナ情勢によって不足し、鳥インフルエンザの大流行も加わって全国的に品薄状態となった。生産量が世界第6位の小麦も、輸出大国ロシア・ウクライナからの供給が滞ったことで、世界的な需要がフランス産に押し寄せたためひっ迫。小麦粉の入手が困難になり、主食のフランスパンやパスタの生産に影響している。
ドイツ 天然ガス価格は7倍に
ドイツの首都ベルリンでも8日、「いい加減にしろ――凍えるより抗議せよ! 暖房とパンと平和を」のスローガンの下、8000人が物価高に抗議し、早期停戦と対ロシア制裁の解除を求めた。右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が呼びかけたもので、参加者らは「国益が第一」「ロシアの石油とガスが必要だ」「NATOは武器を送るな」などのスローガンを書いたプラカードを掲げた。
社民党主導のシュルツ政府が米国、NATOの指示に従い、対ロ制裁、ウクライナ支援、ノルドストリーム2(ロシアと結ぶ天然ガスのパイプライン)の凍結などの政策をとったことが、燃料費の高騰、生活費の危機、戦争の危機を招いたとして批判が噴出している。
ドイツ国内では「月曜デモ」という形で各地で継続的にデモがおこなわれており、かつてなく多くの一般市民が参加している。特徴的なのは旧東ドイツ地域で動きが大きく増していることで、10月4日の東西統一記念日には、旧東ドイツ地域で約10万人がデモに参加。生活費の高騰に抗議し、ウクライナへの武器供与をやめ、和平交渉の推進、対ロ制裁の中止を訴えた。
旧東欧諸国では、チェコやハンガリーなどでの燃料費高騰に反対する運動が、NATO反対、EU反対の声の高まりと呼応して結びついており、ソ連崩壊後にこれらの地域を支配下に置いたアメリカや西側陣営との矛盾が顕在化している。
ロシアからドイツへの天然ガス供給はウクライナ戦争勃発後には40%に抑えられていたが、7月末には20%にまで削減され、9月下旬、唯一の供給ラインであるノルドストリームの爆破事件によって無期限の供給停止となった。
ドイツでは今も天然ガスが全電力の14%を占める発電源であり、全国約半分の家庭で暖房に使用されている。政府は大量のガスが必要となる冬までにガスの貯蔵を進めていたが目標達成にはほど遠いのが現実だ。
独誌「シュピーゲル」によると、ブリュッセルのシンクタンクは、EU全体では寒さが厳しい来年3月までに、ドイツでは同年2月までに貯蔵ガスを使い切る可能性があると試算している。それを防ぐためには使用量削減が避けられない。
そのため国内の新規ガス契約の平均価格は、9月初めに前年の7倍弱にまで上昇した。電気代は10月以降から一気に約3倍に急騰した。
100平方㍍の住居で暮らす平均的な4人家族の場合、1年間で1万8000㌔㍗時を消費するが、昨冬に年間1080ユーロ(約15万円)程度だった電気・ガス代が、今冬には年間3240ユーロ(約44万円)に膨れあがる。料金を支払えない家庭が続出するとみられているが、ドイツ政府はガス使用量削減を優先し、料金引き下げなどの直接的な支援策をとろうとしない。
逆に国民に対してエネルギー節約を呼びかけ、シャワー時間の制限、暖房の設定温度を下げることを求めている。暖房をつけられない「凍える冬」の到来を前に、「エネルギー危機に比べたら、コロナ危機は公園の散歩だった」と、その切迫感が語られている。
エネルギー危機は企業も直撃し、欧州最大の鉄鋼企業アルセロール・ミタルは9月下旬、ドイツでの鉄鋼生産を停止。「ガス・電気料金が昨年の10倍に達し、25%を輸入によってまかなわれている状況で生産続行は不可能」とする声明を出した。中小企業でも電気料金が4~10倍にはね上がり、現地メディアは、毎月の電気代が500ユーロ(約7万1000円)から3000ユーロ(約42万6000円)に急騰した企業もあると報じている。
エネルギー危機が落ち着く見通しは立っておらず、すでに2023~24年の冬の天然ガスの先物価格も例年の4倍に膨れあがっている。
ついにドイツ政府は9月末、エネルギー高騰対策のために最大2000億ユーロ(約28兆円)を投じる方針を示し、専門委員会は今月10日、ガス代高騰の負担軽減策として、消費者や中小企業のガス代を1カ月政府が肩代わりすることを提案。9月のガス消費量を基に算定された1カ月分のガス代に相当する額を12月に政府が負担することを検討している。
イギリス 10万人がストやデモに
イギリスでは1日、「いい加減にしろ!(Enough Is Enough!)」の全国一斉行動がおこなわれ、首都ロンドン、エジンバラ、リバプールなど50以上の都市で実施された集会やデモに10万人以上が参加した。
呼びかけたのは労働組合や社会活動団体で構成する「いい加減にしろ」キャンペーン。鉄道や郵便などの労働者のストライキへの支援活動と結びつき、全国民の生活費高騰に抗議する運動が発展するなかで生まれた全国的な運動体だ。
今夏の同キャンペーン結成時には「裕福なエリートのためだけに運営されている社会によって何百万人もの人々が押しつけられている悲惨に反対する」と宣言し、生活費の危機を打開するため、1年間で何倍にも膨らんだ光熱費の引き下げ、飢餓の解決、すべての人たちに手頃な価格の住宅提供、富裕層への課税を要求している。
1日、全国同時におこなわれたストライキは今年最大規模となり、11万5000人の郵便労働者、5万4000人の鉄道労働者、2600人の港湾労働者が参加した。産別や企業、労組組織を横断するたたかいとなって広がっている。人々は「燃料の貧困を終わらせろ」「福祉ではなく戦争を切り捨てろ!」と書いた横断幕を掲げ、ストライキ中の全国鉄道・海事・運輸労組(RMT)の代表団は、「鉄道を守れ」の横断幕を広げた。
ロンドン中心部のキングクロス駅前では、スト決行中の鉄道労働者たちと一般市民のデモが合流して5000人規模になった。RMTの代表者は「億万長者が寝ていても国は機能するが、労働者が家にいれば話は別だ」「私たちはこの国を変え、国民のために勝利する」と決意を訴えた。
約4000人が参加したマンチェスターでの集会では、各労組の代表が、「政府は労働者やその家族には無関心で、株と富にしか関心がない」「交通機関を公共の管理下に戻し、料金を制限する」「危機がどのようなものであろうと、どの政党が政権を握っていようと、私たち労働者階級が常に代償を払わされる。それは私たちが団結し、変化のために闘わない限り続く」と訴え、運動を全国に拡大していくことを呼びかけた。国民世論のうねりのなかで、ジョンソンから政権を引き継いだトラス政府は、富裕層への減税をとり下げざるを得なくなっている。
EUから離脱したイギリスでも、エネルギー価格は高騰し、10月からは家庭の電気・ガス料金が8割値上げされる。一般的な家庭の光熱費は年間3549ポンド(約57万5000円)となり、1カ月当り約4万8000円になると試算されている。日本の統計では4人家族の光熱費が1カ月約1万6000円であり、その3倍近い。
インフレ率は4月に9%に達し、水道料金は平均1・7%上昇、国民保険料も1・25%上昇した。食料品の値上がり率も平均3・14%で、大手スーパーの食品の一部は20%をこえる価格上昇となっている。
英国内の消費者団体「Which?」が3000人を対象に実施した調査では、国内世帯の半数が食事回数を減らしていると答え、同じく半数が健康的な食事をするのが以前より難しくなったと回答し、約80%が「経済的に苦しい」と答えている。同団体は「生活費危機の直撃で数百万人が食事を抜くか、健康的な食事を取れない事態となっている恐れがある」と指摘している。
また国立経済社会研究所は、来年までに25万世帯以上が貧困に陥り、150万世帯が食料とエネルギー料金の支払いに苦労すると予測しており、国民的な抗議行動はさらに拡大する趨勢にある。
欧州全土に波及 戦争長期化で社会麻痺
すでに電気料金が5倍に上昇しているイタリアでも8日、労働組合総同盟(CGIL)の呼びかけで大規模な集会が首都ローマで開かれ、数千人が集結。集会ではウクライナへの武器支援停止、早期停戦を求め、生活費上昇と低賃金、エネルギー危機への無策に抗議した。「私たちにはガスプロムが必要だ。ヤンキーゴーホーム」と大書した横断幕も掲げられた。
CGILの代表や集会参加者たちは、「命を危険にさらすコストとエネルギー上昇が目の前で起きている。今は国家主権ではなく、国民主権の時代だ。労働者の力でヨーロッパの政策を変えるときがきた。核戦争の危険すらも漂っており、そこに参加することの意味が過小評価されている。停戦が必要であり、和平交渉を進めて戦争を止めるべきだ」「これは恐怖ではなく現実だ。インフレ率は10%をこえ、雇用者、年金受給者、失業者に深刻な打撃を与えている。何十万人もの仕事が失われている。社会全体が麻痺し、労働者は路上で解雇される」「労働者は次々と届く請求書のために嵐のように流され、家賃すらも払えない。戦争によってもたらされた社会的危機が何百万もの人々を貧困に追い込んでいる」と怒りをあらわに訴えた。
これらの大衆運動は、オランダ、チェコ、モルドバ、ギリシャなど欧州全体に波及しており、ウクライナ戦争が長期化するなかで、自国民を犠牲にして武器支援を続けるEUやNATOに対する怨嗟の声となって高まっている。
また、NATOを牽引するアメリカがこの危機を利用して自国のガスを高値で売りつけていることや、ロシアとの長年の経済協力関係を分断して欧州市場を犠牲に自国経済圏を立て直そうとしていることへの批判も強く、対ロ制裁の継続は「欧州の自殺」に繋がるという認識が現実のものとして実感されている。