中南米地域随一の親米国とされてきたコロンビアで19日、大統領選挙の決選投票がおこなわれ反米左派のグスタボ・ペトロ氏が当選した。コロンビアでは初めての反米左派政府の誕生となった。「アメリカの裏庭」と呼ばれ、1980年代から世界に先駆けてアメリカ主導による新自由主義政策に侵食されてきた中南米諸国では、1959年のキューバ革命、1999年のベネズエラでのチャベス政権誕生に続いて2000年代に入ってアルゼンチン、ボリビア、ホンジュラス、ニカラグア、メキシコ、ペルー、チリとあいついで左派政権が誕生し、「左派ドミノ」と呼ばれている。コロンビアでのペトロ氏の大統領選勝利は「左派ドミノがコロンビアにも到達」と報じられている。今年10月にはブラジル大統領選挙も控えているが、ブラジルでも左派候補のルラ元大統領の支持率がトップとなっている。南米諸国は大部分をアメリカから距離を置く政権が占めることになり、アメリカの支配力低下を如実に示している。
コロンビアは中南米諸国のなかでももっとも親米的といわれてきたが、そのことはアメリカの要求をもっとも聞き入れてきたということだ。1990年代には新自由主義政策の格好の導入対象となり、財政赤字削減のために何万人もの公務員の削減や、補助金カットなど財政支出の削減、税制改革による増税、貿易の自由化、多国籍企業の直接投資の推進、国営企業の民営化、規制緩和などを強行してきた。その結果、1999年までにコロンビア経済は最悪の不況となり、失業や貧困は中南米諸国のなかでも突出していた。
歴史的な新自由主義政策への怒りが鬱積するなかで、新型コロナ禍がそれに拍車をかけた。そのもとで昨年4月には増税に反対する反政府ストや抗議デモが全国民的な規模で巻き起こった。
コロンビアの貧困率は2015年の36・1%から20年には42・5%(極貧は15%)にまで上昇し、国民の約半数が貧困状態におかれた。国民の生活水準は2018年以降、急激に低下したが、コロナ禍のなかで2021年の失業率は公式数字で5ポイント上昇し、15・9%に達していた。
そのなかでドゥケ政権は昨年、低所得層への支援のための財源確保という口実で増税案を柱とする税制改革案を議会に提出した。消費税の引き上げと賃金への課税ベース拡大で、これによって23兆ペソ(約60億㌦)の徴収を見込んでいた。消費税の課税対象品目は拡大し、これまで対象にされてこなかった生活品もかかることになり、これで約1万兆ペソの税収入を見込んでいた。また、労働者の賃金への課税枠拡大では、以前は月収420万ペソからが課税対象だったが、260万ペソ(約7万5000円)まで引き下げるというものだった。また、さまざまな控除の撤廃もうち出した。
他方で、多国籍企業への優遇政策は維持し、年間約40兆ペソの支出を認めた。国民のあいだでは「多国籍企業への優遇措置を廃止すれば財源確保に必要な資金は捻出できる」と批判を浴びた。また、金融収入に対する課税は、20~30年間免除されたままだった。これも多国籍企業の投資を促進するためとの口実でおこなわれてきた。
さらに政府は新型コロナ禍で国民生活がひっ迫しているなかで、空軍部隊の更新を表明した。総額40億㌦を投じて戦闘機24機をアメリカから購入する計画だ。コロンビアは南米諸国のなかでブラジルに次いで2番目に軍事費支出が多い。
増税反対全国スト突入 昨年4月末から1カ月間
ドゥケ政府が増税案を議会に提出したことを契機に、コロンビアの6つの主要な労働組合センターが結束して「ストライキ委員会」を組織。昨年4月28日から増税反対全国ストライキに突入し、1カ月以上継続した。ストライキに入った労働者ばかりでなく、国民の多くがストライキを支持し、街頭に出て抗議デモに参加した。当時の世論調査では、18~34歳の84%が「デモは自分たちを代弁している」と回答しており、幅広い層が反政府行動に参加した。
抗議行動の高まりのなかでドゥケ政府は増税案を撤回し、法案を作成した財務相を解任したが、それでもストライキや抗議デモはやまなかった。ドゥケ政府は暴力的な弾圧によって鎮圧しようとして犠牲者も出たが、それでも人々は引き下がらなかった。
同年の6月6~8日にはボゴタ市で「全国人民会議」が開かれ、労働者や教師、学生、医師、農民、先住民、アフリカ系コミュニティなどが参加し、22項目の要求を提出した。そのなかには、①抗議行動参加者を撃ち、拷問し、強姦し、消す命令を下した軍と警察の指導部全体に対する免職、裁判、処罰、②抗議行動のなかでの軍隊や準軍組織による人権侵害や組織的殺人に加担している市長、知事、裁判官、検察官の即時解任、③大規模資本の免税の撤廃と、それを大きな財産に対する累進的かつ恒久的な税金に置き換えること。それらの資源を、保健医療、教育、労働に振り向けること、④IMF、世界銀行、OECDとの断絶、⑤一般的に生活費に応じた給与の増加。ファミリー用商品の消費税の撤廃、⑥解雇・停職の禁止と労働改革の廃止、⑦公的な年金制度、⑧すべての人のための無料の公的高等教育と医療サービス、⑨コロナワクチンの公的生産のために特許排除、⑩土地所有者、銀行、大手不動産会社からの土地の収用と、それを農業活動やまともな住宅施設のために農民や市民へ分配、等々が含まれていた。
こうした国民的な反政府行動の歴史的な盛り上がりのなかで今年5月29日に大統領選挙を迎えた。ペトロ氏は得票率40・32%でトップに立ったが過半数を獲得できなかった。2位にはロドルフォ・エルナンデス氏(同28・15%)が入り、ドゥケ大統領の後継であったフェデリコ・グテイエレス氏は決選投票にも残れなかった。
ペトロ氏とエルナンデス氏の決選投票となったが、グテイエレス氏はエルナンデス氏支持を表明し、決選投票に向けての世論調査では拮抗の激戦と予測されていた。だが、投票結果はペトロ氏の得票率50・44%で1128万1002票、エルナンデス氏は47・31%で1058万399票と、70万票以上の差がついた。
ペトロ氏は選挙戦で、国民の4割に達する貧困層への対策強化と税制改革による貧富格差の是正、汚職撲滅の推進などを公約した。具体的には年金再分配による年金改革、社会保障の拡充、公立高等教育の無償化、失業者に対する国の直接雇用、富裕層への増税、国内産業の育成を目的とする自由貿易協定の見直しなどを訴えた。そのほか、同国最大の武装組織であるELN(民族解放軍)との和平交渉推進を掲げた。
また、2012年に発効したアメリカとの自由貿易協定(FTA)の見直しなどの政策転換を表明した。多くの南米諸国の最大貿易相手国がアメリカから中国にかわるなかで、コロンビアもそれに続く可能性がある。
さらに反米左派マドゥロ大統領が率いる隣国ベネズエラとの関係再開を主張した。アメリカはマドゥロ政権を認めず、経済制裁を続けている。これはアメリカの南米政策にとっては重大な打撃となり、見直しをよぎなくされるのは必至だ。
新自由主義の実験場となった中南米
中南米の左派ドミノの経緯を見ると、1999年のベネズエラでのチャベス政権の成立後、2000年にチリのラグス政権、02年にブラジルのルラ政権、03年にアルゼンチンのキルチネル政権、06年にボリビアのモラレス政権、07年にエクアドルのコレア政権と続々と左派系政権が成立した。その後、チリ、ブラジル、ボリビア、エクアドル、アルゼンチンでは右派が政権をとり、揺れ戻した。だが18年のメキシコでのロペス・オブラドール政権の成立後、19年にアルゼンチンのフェルナンデス政権、20年にボリビアのアルセ政権、21年にペルーのカスティージョ政権、今年に入ってホンジュラスのカストロ政権、チリのボリッチ政権とふたたび左派政権が続々と成立したのに続く、コロンビアでのペトロ政権の誕生となった。
こうした中南米での「左派ドミノ」と呼ばれる事態は、1980年代からのアメリカ主導の新自由主義政策への反撃、たたかいのなかで実現していることが共通している。新自由主義政策によって、財政支出削減や補助金カット、大企業優遇の税制改革、金利の自由化、貿易自由化、多国籍企業の投資促進、国営企業の民営化、規制緩和などがどの国でも強行された。その結果、貧富の格差は拡大し、国内産業は破壊され、電気や水道など生活に不可欠な分野の民営化で国民生活はひっ迫し、医療や福祉、教育さえもがもうけの道具とされ、大多数の国民は「金次第」の悲惨な現実に直面した。そのもとで多国籍企業や金融資本の天国がつくられた。
世界に先駆けてアメリカ主導の新自由主義政策導入の舞台となった中南米諸国では、新自由主義政策に対するたたかいも先頭を切っている。
昨年11月の大統領選で12年ぶりに左派政権が誕生したホンジュラスでは、2014年頃から市民の怒りが爆発し、毎週金曜日の夕方に社会正義を求めた「松明行動」と呼ばれる大規模なデモ行進がおこなわれた。首都だけで何万人もが参加した全国的な民衆の行動のなかでの勝利だった。
もっとも早い1970年代に新自由主義が導入されたチリでは、今年3月にボリッチ氏が大統領に就任したが、ボリッチ氏は「チリが新自由主義の起源であったならば、それはまた墓場になるだろう」と表明した。チリでは2019年の地下鉄運賃値上げ反対を発端にして大規模なデモが起こり、1日に約120万人が参加するという巨大なうねりとなり、政府を追い詰めた。
ボリビアでは1999年から2000年にかけてコチャバンバ市で水道事業の民営化と水道料金値上げに対して大規模な反対運動が起こり、民営化を撤回させたことで有名だ。水道民営化に参入したのはアメリカに本社を置く世界最大の建設会社のベクテルで、民営化開始と同時に水道料金は2倍に跳ね上がり、貧困層はコップ1杯の水も飲めなくなった。「生活に必要不可欠なすべてが公共物から私的所有物に転化し、ベクテルのような多国籍企業によってすべてが商品化される新自由主義的グローバリズムこそが“民営化”の本質だ」としてコチャバンバ水紛争は世界の民営化反対の民衆抗議の出発点となった。
アルゼンチンでは1990年代にメネム大統領のもとで民営化、規制緩和を強行したため、その後経済不振が続き、2001年末の経済破たんに至った。国民の怒りの矛先はこれらの政策を積極的におし進めたIMFに向き、2003年の大統領選挙ではIMFや自由化・民営化を厳しく批判したキルチネル氏が現職のメネム氏を破った。キルチネル政権はまず1997年に民営化されていた郵便事業をふたたび国有化した。その後2015年にマクリ大統領が新自由主義政策を復活させたが破たんし、2019年の大統領選で左派のフェルナンデス氏が政権の座についた。
メキシコでは2018年の大統領選挙で左派のロペス・オブラドール氏が圧勝し、メキシコの歴史上初めての左派政権が生まれた。同氏は歴代政権の新自由主義政策と一線を画すことを宣言し、医療サービス無償化や年金給付額2倍化、大学生を対象とする奨学金拡大といった社会福祉政策の拡充のほか、地方を対象にした巨額のインフラ投資をおこなってきた。また、「外資の手に石油を渡さない」と公言し、アメリカからのガソリン輸入削減による対外依存度の引き下げをめざし、ガソリン輸入を削減する方向を示している。また、エネルギーや食料の自給率の向上や政府調達における自国製品優遇策をとり、トウモロコシ等の農産品の自給自足、零細農家に対する最低価格保障制度導入をめざし、電力国有化に向けた憲法改正案を国会に提出している。
中南米は南米12カ国、中米8カ国、カリブ海諸国13カ国の計33カ国からなり、資源が豊富で一次産品の輸出がさかんだった。だが、1980年代に入って累積債務危機に直面し、その危機に乗じて介入してきたIMFが、融資条件として迫ったのが新自由主義政策の導入だった。アメリカは第二次世界大戦後、中南米を「アメリカの裏庭」「アメリカの勢力圏」として覇権支配をおこなってきた。1951年には中南米諸国33カ国とアメリカとカナダが参加する米州機構(OAS)を設立し、中南米地域を支配する体制を整えた。
だが、21世紀初頭にかけて新自由主義政策の破たんが露呈し、深刻な不況が中南米諸国を襲い、失業率は悪化し、貧富の格差は拡大した。1999年のベネズエラでのチャベス政権の誕生は新自由主義政策の破たんのもとで実現し、反新自由主義、反グローバル化の流れが中南米諸国で台頭し始める。民営化に反対し、公共的な事業の再国有化をめざし、貧富の格差是正を求める左派政権があいついで誕生している。
そうした政権は同時に、アメリカの支配の縛りから抜け出す方向性でも共通している。
2004年にはベネズエラのチャベス政権がキューバとともにALBA(ボリバル同盟)を結成した。2008年にはBRICsのメンバーであるブラジルの主導で南米国家連合(UNASUR)が発足、2011年には「中南米の問題は中南米諸国が独自で解決する」ことをめざす地域協力体制としてラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)が設立された。アメリカとカナダを除く33カ国が参加している。
アメリカのロサンゼルスで8日から開かれた米州首脳会議には、米州機構を構成する35カ国のうち21カ国の首脳しか参加しないという前代未聞の事態となり、中南米地域でアメリカ離れが急速に進んでいることを世界中に示した。
ちなみに、ウクライナ問題をめぐって、国連総会が4月7日に開かれ、ロシアを国連人権理事会から除名する決議についての投票がおこなわれたが、除名賛成国は93カ国。ブラジル、インド、南アフリカなどのBRICsをはじめ58カ国が棄権、中国など24カ国が反対票を投じた。これに無投票もあわせれば100カ国となり、賛成票を上回る。
「親欧米派」93カ国に対して「欧米に距離を置く派」が100カ国ということになり、中南米だけでなく、国際社会における欧米離れも進んでいる。中南米諸国での左派ドミノは日本の進路とも無関係ではなく、注目に値する。
アメリカは、今ロシアとバトって、中国とも敵対して、またトランプの時には大騒ぎになって最近は下火だけどイランとも敵対してる。全部というわけではないけど中東は反米国家が多い。アメリカがヒッチャカメッチャカしたんだから当然なんだけど。その上、南米でも左派が躍進してるのか。
アメリカは世界中が敵だらけだな。まぁ、身から出た錆なのは言うまでもないがね。