公共サービスの再国有化や社会保障の再建
世界に先駆けて1980年代から新自由主義に侵食されてきた中南米諸国で、「反新自由主義」や「反米」を掲げた左派政権があいついで誕生している。新自由主義は「自己責任」を基本に「小さな政府」を推進し、グローバル経済化や国営企業の民営化、市場原理導入、規制緩和と競争促進、企業向け減税などをめざす考え方で、日本でも中曽根行革以降国鉄に始まり、専売公社や電電公社、日本郵政公社の民営化もその一環だ。だが近年、世界各国で所得格差、貧富の格差が顕在化し、治安の悪化や大規模な抗議行動の頻発など新自由主義的な政策の弊害が目立ち始め、見直し論議が起こっている。とりわけ新型コロナ禍のなかで内在していた格差社会の矛盾が噴き出し、新自由主義見直しの声は高まっている。中南米諸国での大統領選挙では「新自由主義」への対応が最大争点になっており、「新自由主義反対」を掲げた候補があいついで勝利し、ドミノ現象を起こしている。中南米諸国での動きは、新自由主義を推進してきた日本の今後の行く末を指し示すものでもあり、注目に値する。
IMF支配から脱却目指す ホンジュラス
ホンジュラスでは11月28日に大統領選挙がおこなわれ、「貧困と格差の是正」や「汚職の撲滅」「中国との国交締結(前政権は台湾と国交を結んでいた)」を掲げた野党の女性候補=シオマラ・カストロ氏(62歳)が勝利した。カストロ氏はセラヤ元大統領の妻で、同国初の女性大統領に就任することになる。
ホンジュラスでは1990年に大統領に就任したカジェハスが新自由主義をめざした経済改革をおこない、IMFの構造改革政策を全面的に受け入れ、規制緩和、貿易の自由化、外国投資の自由化、民営化、緊縮財政、公務員の削減を推進した。これらの政策は世界銀行やIMF、米州開発銀行や米国国際開発庁が推進したものだった。
その副作用は甚大なもので、通貨レンピラは暴落し、輸入品の価格は約2倍に跳ね上がり、緊縮財政で補助金がカットされたことで公共料金も水道からゴミ処理にいたるまで軒並み上がった。
国内での矛盾が激化するなかで2006年に大統領に就任したホセ・マヌエル・セラヤ氏はベネズエラのチャベス政権に賛同し、反米左派グループである米州ボリバル代替統合構想に2008年に参加した。ホンジュラスが第二のキューバ、ベネズエラになることを恐れた与党自由党と軍が結託し、2009年6月、セラヤ大統領を拘束して国外追放するクーデターが起きた。
だが、国内での貧困問題や格差問題を根底とする国民の反抗はその後さらに増大した。2014年ごろから市民の怒りが爆発し、毎週金曜日の夕方に社会正義を求めて「松明行動」と呼ばれる大規模な平和的なデモ行進を始めた。首都だけでも何万人も参加し、参加者は「怒れる市民」と呼ばれ、従来の労働組合や農民団体のみならず、SNSを通じて動きを知った学生や若者、主婦などの一般市民も多く参加し、従来とは異なる多数の民衆の抗議行動が全国的に広がっていった。
カストロ氏は、新自由主義政策を批判し、格差や貧困の是正を訴え、こうした民衆の支持を得た。ホンジュラスでの左派政権発足は2009年まで務めたカストロ氏の夫セラヤ元大統領以来12年ぶりとなる。
外資の略奪で格差拡大 チリ
チリでは11月21日に大統領選挙がおこなわれたが、いずれの候補も過半数を獲得することができず、12月19日に上位2人による決選投票を迎える。
決選投票に残っているのは、35歳の下院議員ガブリエル・ボリッチ氏と右派の共和党党首ホセ・アントニア・カスト氏(55歳)だ。最大の争点は新自由主義政策の是非で、ボリッチ氏は「チリが新自由主義の起源であったならば、それはまた墓場になるだろう」と真っ向から新自由主義に立ち向かう姿勢を明確にしている。
ボリッチ氏は2011~12年にチリ大学の学生会長として大学授業料無償化を求めるデモの先頭に立って頭角をあらわし、その後退学して2014年に28歳で下院議員に当選し、新しい政治勢力のリーダーとなった。大統領選挙では社会保障の強化を訴え、財源として鉱山会社や富裕層への増税を主張している。また、FTAの拡充には慎重姿勢で、当初の公約には「環太平洋経済連携協定(TPP)を含む新たな貿易協定は署名しない」を掲げた。なお、チリはTPPに署名しているが、批准はしていない。同氏の公約は批准しないことを意味している。現状ではTPPは11カ国が署名し、8カ国が批准手続きを終えた。チリ、ブルネイ、マレーシアだけが批准手続きを終えていない。
カスト氏は弁護士で、新自由主義を導入したピノチェト軍事独裁政権を支持する立場を表明し、法人税率引き下げを主張し、FTAの拡大や深化に意欲を示している。
チリでは1973年に成立したピノチェト軍事政権が、「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれる米シカゴ大学で学んだ新自由主義派の学者たちに経済政策を委ね、市場原理を最優先する新自由主義政策に舵を切った。1970~73年にかけて大統領を務めたアジェンデ氏は医療の無償提供など社会主義的な改革を進めたが、73年のクーデターで政権は転覆された。政権の座についたピノチェト氏は国家の役割を最小限にとどめ、公共住宅や教育、社会保障、インフラなどの予算削減、国有企業の売却をおこなった。教育、年金、医療システム、水資源などは民間の企業が担うようになり、1973~80年までのあいだに国が運営する会社が300社から24社に減った。
1980年には新自由主義を推進する新憲法を制定し、政府が社会福祉を拡張することや企業に介入することを制限し、社会サービスの担い手を国家から民間に変えた。80年代には、1982年に始まる債務危機に対応して14の銀行や2つの年金基金、銀行グループの関連企業、電力、通信、航空、鉱山などが民営化された。
1990年には住民投票がおこなわれ独裁政権から民政に移行したが、新自由主義的な経済政策は継続された。90年代に上下水道事業の民営化が本格的にスタートし、2004年9月にはすべての州の主要水道事業会社が民営化され、イギリスやスペイン、フランス、その後日本の東芝などの多国籍企業が参入した。
新自由主義経済の推進で、チリは1990年ごろから高成長を遂げ「中南米の優等生」と呼ばれてきた。だが中南米でもっとも裕福な国の一つである一方で、世界でもっとも不平等な国の一つでもある。人口の1%が国の富の33%を所有し、中間層や労働者層の多くが貧困に苦しんでいる。土地も1%の地主が70%以上を所有している。教育、医療、年金システム、水資源などの民営化によって、社会サービスに関する不平等な状況はより拡大している。
教育では、政府が高等教育に費やす予算はGDPのわずか0・5%で、OECD諸国のなかでもっとも低い。大学にかかる平均費用は平均収入の約41%を占め、裕福な家庭の子弟は高等教育を受けることができるが、金を払えない家庭の子どもは学校に行けず、よい就職先もないという経済格差が生まれている。2007年に政府が支援する学生ローンが提供されることになり、約70%の学生が高等教育を受けることができるようになったが、多くが卒業後に巨額の奨学金の返済に苦しんでいる。
医療分野でも、圧倒的に医療費が高く、金のない人が利用する公共の医療機関では質が低い。世界で初めて民営化された年金シムテムは、低所得層や非正規雇用の労働者の老後の生活を十分に保障できない。民間から支給される平均年金額は、最低賃金である約400米㌦を下回っている。税金のシステムも貧しい人々に多額の税負担を求めるものであり、貧困層では食料や生活必需品を十分に買うことができず、栄養失調に苦しむ人々も少なくない。他方で裕福な人々や権力のある人々の多くは税金逃れや汚職をくり返している。
また、水道民営化のなかでチリはラテンアメリカでもっとも高い水道料金を払っており、飲料水を大規模な多国籍企業が所有していることに批判が高まり、「チリの水はすべて民営化されている。これは盗難が制度化されていることを意味する」と怒りが噴き上がっている。水資源も完全に民営化され、たとえ所有地に流れる水であっても勝手に水を飲んだり、使用することはできなくなっている。飲料、燃料、薪、エネルギーなどの産業は三つの大企業が所有しており、価格を決定し、生活に不可欠なサービスを独占的に提供している。
こうした不平等な状況は年々耐え難くなり、広範な層が社会的・経済的な格差に反発を強めるようになっていった。2011年には教育制度の不平等を背景にした大学授業料の無償化などを求めて学生を中心としたデモが起こり、2016年には年金システムに反対するデモが発生した。
さらに2019年10月には地下鉄運賃の約0・04米㌦(30チリペソ)相当の値上げを発端に大規模なデモが首都サンディアゴを中心に起こり、国全体に広がっていった。1日約120万人がデモに参加し、軍政から民政に移管して初めて軍が鎮圧に出動するほどの規模となった。チリ・ペソが急落したほか、2019年11月に予定されていたアジア太平洋経済協力(APEC)の首脳会議と翌月の第25回気候変動枠組条約締約国会議(COP25)の二つの国際会議の開催が中止となった。
デモのスローガンは「30ペソではなく30年間だ」というもので、デモの抗議は30ペソの運賃値上げに対してではなく、民政に戻ってからの30年間に及んで続く経済格差の状況に抗議しているのだという意味だ。2020年になると、新型コロナによる都市封鎖がおこなわれたことで経済が大きな打撃を受け、生活に困窮する人々によるデモも続いた。
2019年から続くデモを抑えこむための政府の譲歩策として出てきたのが新たな憲法作成に関する住民投票だった。2020年10月に住民投票がおこなわれ、賛成多数で憲法を新しく書き直すことになった。新憲法を作成するための代表者会議は155人で構成されることになっており、これを選ぶ選挙が今年5月に実施され、左派勢力が多くの議席を獲得した。中道右派連合は37議席と拒否権に必要な全体の3分の1にも届かず、憲法草案は「格差是正や国や政府の役割を高める」「新自由主義の見直しをはかる」などの方向で進むと見られている。
また、6月におこなわれた統一知事選挙(13州)でも、左派は擁立した11人のうち8人が当選を果たした。中道右派連合は候補者9人のうち1人しか当選しなかった。こうした動きのなかで迎える大統領選挙の決選投票に注目が集まっている。
社会主義標榜する新大統領 ペルー
ペルーでは4月11日に大統領選挙がおこなわれたが、いずれの候補も得票数が過半数に至らず、6月6日に決戦投票がおこなわれ、新自由主義に反対する左派のペドロ・カスティジョ氏(51歳、ペルー・リブレ党)が福祉や教育の拡充を訴え、地方の貧困層の圧倒的な支持を得て勝利した。対抗馬は新自由主義推進のケイコ・フジモリ氏(46歳、人民勢力党)で、政財界や都市部の中間層以上からは支持されたが敗北した。カスティジョ氏は無名の政治家で、小作農の息子で地方の小学校教師をしていた。ペルー・リブレ党は社会主義をめざし2016年に政党登録した新興政党である。
ペルーでは1990年に登場したアルベルト・フジモリ大統領が、経済立て直しのために新自由主義経済政策を導入して以降、約30年にわたって新自由主義経済政策が実施されてきた。そのなかで、地方の農村部を中心に貧困状態が解決されずにきており、人々の政治不信は蓄積されてきていた。ペルーの人口の3分の2は農村・山間部の低所得層が中心で、カスティジョ氏は無償のワクチン接種などコロナ対策や失業対策・貧困対策を訴えた。
新自由主義経済政策に対する不満や既存の政治家に対する不信を背景に、大統領選挙では左派の泡沫候補であったカスティジョ氏が予想に反して一次投票で一位通過し、決選投票でも過半数を上回る票を獲得した。カスティジョ氏は選挙公約に新自由主義からの転換をはかるために新たな憲法制定や国家の役割の拡大を掲げた。とくに歴代政権の経済政策に関して、「1990年代から続いてきた新自由主義経済政策が貧富の格差を是正しなかった」と強く批判した。また、鉱山会社が富を「略奪」していると非難し、医療や教育向上のためにかれらに増税を課すとの公約を掲げ、「巨大な格差を解消する本当のたたかいが始まる。われわれは決して虐げられる者にはならない。常に自分の足で立ち、膝を屈しないようにしようではないか」と訴えた。
米企業から水道権を奪還 ボリビア
ボリビアでも2020年10月18日に大統領選挙がおこなわれ、左派のルイス・アルセ元経済・財務相(57歳、社会主義運動党)が、カルロス・メサ元大統領に大差をつけて当選した。アルセ氏は、選挙戦では富裕層への課税や低所得層への分配などの経済政策を中心に訴え、勝利宣言では「われわれは民主主義と希望を復活させた」「飢餓に対するボーナスを払う」と低所得者向けの現金給付にとりくむことを表明した。
ボリビアは1999年から2000年4月にかけて、コチャバンバ市で水道事業の民営化と水道料金の値上げに対して市民の大規模な反対運動が起こり、民営化が撤回されたことで有名だ。
水道事業民営化に参入したのは、アメリカに本社を置く世界最大の建設会社ベクテルだった。民営化開始と同時に水道料金は2倍に跳ね上がり、ボリビアの平均的国民の収入の3分の1が水道代で消えたといわれる。貧困層はコップ1杯の水さえ飲めなくなり、雨水を溜め込んで水道替わりに使うこともベクテル社は「天から降る水の管理権もわれわれにある」として、貧者からも容赦なく料金を徴収した。スラム街の貧しい市民がバケツに雨水を溜めて飲むとベクテル社は「雨水の料金」として数㌣を請求した。
ベクテル社に対する市民の怒りは噴き上がり、これに押されたコチャバンバ市当局がベクテル社に契約解除を要請すると、違約金・賠償金として2500万㌦(約30億円)を支払わせた。当時の市民代表は「2500万㌦あれば、2万5000人の教師を雇用し、貧しい子どもに教育を受けさせ、12万世帯に水道を敷き、雨水でない衛生的で安全な水を提供することができた」とし、この教訓を忘れてはならないとのべている。
ベクテル社は総合建設業を営む多国籍企業で、世界最大級の建設会社。年間売上5兆円をこす世界最大の企業で世界で原発利権や戦争ビジネス、復興利権などの一環として水道事業にも参画している。
「生活に必要不可欠なすべてが公共物から私的所有物に転化し、ベクテルのような多国籍企業によってすべてが商品化される新自由主義的グローバリズムこそが“民営化”の本質だ」として、コチャバンバ水紛争は世界の民営化反対の民衆抗議の出発点となった。
ボリビアでは2005年に登場したモラレス大統領が、民衆の力を背景に2006年に石油・ガスセクターの国有化を宣言したのに続き、国内のすべての油田・ガス田を収用し、国営企業の過半数株式と全所有権を掌握した。ボリビアでは1990年代に地上・地下資源の所有権とコントロール権について民間契約を結び、採掘された鉱物を商品化・販売する権利を国が手放していた。
また、年金基金についてもモラレス政府は2010年に民間所有の個人拠出制年金制度から賦課方式の公的制度に転換し、年金受給者数も増やし、年間給付金額も引き上げるなど、1990年代以降の新自由主義政策によって民営化された各部門で再国有化、再公営化を推進してきた。
モラレス政権は14年間続き、2019年10月20日の大統領選挙でも当選したものの、米国の後押しを受けた国家警察や国軍による事実上のクーデターで国外逃亡をよぎなくされた。ルイス・アルセ氏はモラレス氏の後継者として大統領選に立候補し、アルセ氏の当選後モラレス氏は亡命先のアルゼンチンからボリビアに帰国した。
郵便事業の民営化破綻 アルゼンチン
アルゼンチンでは2019年10月27日の大統領選挙で中道左派のアルベルト・フェルナンデス元首相(60歳)が中道右派のマウリシオ・マクリ大統領に勝利し、左派・ペロン党が4年ぶりに政権の座に復帰した。
前政権のマクリ大統領は新自由主義経済路線を推進し、急速な市場開放に突き進んだ。だが、物価高騰、為替暴落、財政肥大、外貨不足など深刻な経済危機を招いた。インフレ率は年率53・8%、貧困率(生活に必要な基本的ニーズをみたせない世帯比率)は35%に達していた。
ペロン党は1940年代なかば、労働者階級をベースに陸軍軍人フアン・ペロンを軸に結成された政党で、工業の国産化を推進し、外資排斥をうち出すなど民族主権を掲げてきた。フェルナンデス政権の経済大臣は反新自由主義の立場に立つマルティン・グスマン氏(37歳)で、IMFに批判的で大きな政府を志向する。2020年4月にはメルコスール(南米南部共同市場)が進める第三国とのFTA(自由貿易協定)からの離脱、6月には穀物大手商社ビセンティン社の国有化などをおこなっている。アルゼンチンでは1990年代にメネム大統領のもとで民営化、規制緩和等を実行したため、その後経済不振が続き、2001年末の経済破たんに至った。国民の怒りの矛先はこれらの政策を積極的におし進めたIMFに向き、2003年の大統領選挙ではIMFや自由化・民営化政策を厳しく批判したキルチネル大統領が現職のメネム氏を破った。
キルチネル政権が最初に国有化した公共サービスは郵便事業=コラサ(CORASA)で、1997年に民営化されていた。郵便事業は民営化からわずか2年後の1999年には、地方には十分なサービスが提供されず、郵便料金は何度も値上げされ、サービスの質も向上しない事態に陥り、深刻な赤字経営にあった。2003年にキルチネル政権が再国営化し、諸サービスを回復させ、地方へのサービスの拡充にも努め、郵便料金を値下げした。
その後2015年の大統領選挙でマウリシオ・マクリが大統領の座についたが、かれは郵便事業の民営化に参入したマクリグループ所有者の息子で、新自由主義政策を推進し破たんした。
最低賃金2倍に引上げ メキシコ
メキシコでは、2018年7月1日におこなわれた大統領選挙で新興の左派政党である「国家再生運動(2014年に政党登録)」のロペス・オブラドール候補が圧勝した。オブラドール大統領は歴代政権の新自由主義による「成長重視」の戦略とは一線を画し、「富の創出」と「富の正当な分配」により「社会構造の再構築」と「国民生活の向上」の実現をめざすとしている。「富の創出」においてはこれまで疎外されてきた先住民の多い南部地域における農業活性化およびマヤ鉄道などに代表されるインフラ整備と北部国境地域における最低賃金引き上げを軸とする「産業新興」を掲げている。北部国境地域では就任早々の2019年1月に最低賃金を2倍に引き上げた。全国でも最低賃金を20%引き上げており、任期中に全国で最低賃金を2倍にすると公約している。
前政権のペニャ・ニエト大統領は、歴代の新自由主義的経済政策を引き継ぎ、2013年12月に憲法を改定し、外資を含む民間資本が石油・天然ガス開発や電力事業に参入する道を開くエネルギー改革をおこなった。また、TPPへの参加など自由貿易を積極的に推進し、日系企業のメキシコ進出ラッシュも起きた。
これに対してオブラドール大統領は1982年の累積債務危機以降の36年間の新自由主義時代を「持続的な劣化の時代」と批判した。医療サービス無償化や年金給付額2倍化、大学生を対象とする奨学金拡大といった社会福祉政策の拡充のほか、地方を対象に巨額のインフラ投資の実施を志向している。さらに原油セクターへの民間資本開放などの構造改革については、政府の関与を強化するなど路線の巻き戻しを主張している。アメリカとのあいだで再協議中のNAFTAについても、農業セクターの再興をめざして交渉のやり直しを主張している。
オブラドール大統領は「外資の手に石油を渡さない」と公言してきている。アメリカからのガソリン輸入削減による対外依存度の引き下げをめざし、原油輸出より精製に注力する方向への転換をはかり、製油所の近代化・新設によってガソリン輸入を削減する意向を示している。
また、エネルギーや食料の自給率の向上や政府調達における自国製品優遇策をとり、トウモロコシ等の農産品の自給自足、零細農家に対する最低価格保証制度の導入を掲げている。10月1日には国会に電力国有化に向けた憲法改正案を提出した。
このほかコロンビアでは来年5月、ブラジルでも来年秋に大統領選挙を控えているが、いずれの国でも新自由主義を推進する現職が逆風に直面している。
実験場にされた中南米 「新自由主義の墓場に」
中南米は南米12カ国、中米8カ国、カリブ海諸国13カ国の計33カ国からなる。資源が豊富で一次産品の輸出が盛んであった中南米では、80年代に累積債務危機に直面する。危機打開のためにIMFが融資条件として迫ったのが新自由主義的政策の導入だった。だが、そのために貧富の格差が拡大し、社会的な矛盾は激化した。1999年にベネズエラで反米、反新自由主義を掲げたチャベス大統領が登場したのを皮切りに、中南米の多くの国で反米左派政権が誕生した。03年にブラジル・ルーラ大統領、同年にアルゼンチン・キルチネル大統領、04年にウルグアイ・バスケス大統領、05年ボリビア・モラレス大統領、07年エクアドル・コレア大統領、11年ペルー・ウマラ大統領などで、南米のほとんどの国で反新自由主義を掲げた左派政権が誕生した。1959年にはキューバ革命が起きており、ニカラグアはオルテガ大統領が就任していた。この時点で中南米で親米的な国はメキシコ、コロンビア、チリなど少数派になっていた。
ところがその後2014年ごろから右派の復権が起こり、ブラジルのボルソナロやコロンビアのイバン・デゥケ、アルゼンチンのマウリシオ・マクリ、チリのセバスチャン・ピネラら新自由主義推進派が政権についた。
そして今、中南米でふたたび「反新自由主義」や「大きな政府」「反米」を掲げる左派の台頭が起こっている。しかも新自由主義政策の推進で「中南米の優等生」と呼ばれてきたメキシコやチリ、ペルーなどを含めて2000年代を上回る規模で新自由主義からの離脱が始まり、それにかわる社会の実現をめざした運動のうねりが巻き起こっている。
ちなみに、TPPは当初はアメリカが主導したもので、中南米からは親米的ですでにアメリカとFTAを締結していたチリ、ペルー、メキシコが参加した。ところが今、ペルー、メキシコでは反新自由主義を掲げる政権が誕生し、TPPの見直しも遡上にのぼっている。チリでもTPPなど自由貿易協定に批判的な勢力が台頭しており、中南米におけるアメリカの影響力の衰退も著しい。