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オリンピック・ゲームの裏で~新型コロナのワクチン・医療格差が広がる世界 国際協力団体がウェビナーを開催し各国の実情を共有

 「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会は8月6日、国際ウェビナー「オリンピック・ゲームの裏で~新型コロナのワクチン・医療格差が広がる世界」を開いた。新型コロナのパンデミックは収束する気配を見せず、変異株の出現によって世界的に感染が広がっている。こうしたなか、アメリカでワクチン接種を完了した人が人口の45%をこす一方、世界全体では人口の10%にとどまっており、著しく先進国に偏っている現状がある。この供給格差が世界的な問題になるなかで、同連絡会は国際市民社会とともにワクチン・医療品にかかる知的財産権の一時免除をWTOや各国政府に求める運動にとりくんできた。国際ウェビナーは、東京オリンピック開催のさなかに、世界のワクチン・医療格差の問題の本質を考えるとりくみとして開催されたものだ。各国からの報告の要旨を紹介したい。

 

ウェビナーで各国事情を報告するパネリストたち

 「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会は、アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子氏、アジア保健研修所(AHI)事務局長の林かぐみ氏、アフリカ日本協議会共同代表理事の津山直子氏と玉井隆氏と国際保健ディレクターの稲場雅紀氏、国境なき医師団日本会長の久留宮隆氏、シェア国際保健協力市民の会共同代表の本田徹氏、世界民衆保健運動日本代表幹事の宇井志緒利氏、日本キリスト教海外医療協力会会長の畑野研太郎氏の呼びかけで設立され、昨年11月に活動を開始した団体だ。

 

 新型コロナパンデミックのなかで、資金力を持った先進国が個人防護具や医薬品を大量に購入するとともに、製薬企業と事前にワクチンの大量の買いとり契約を結ぶなどし、世界の大半を占める途上国・新興国のこれらの物資確保に大きな支障が生じている状況を克服すべく、新規医薬品・新規技術の公正・平等なアクセスをグローバルに保障していくことを目的に政策提言をおこなっている。とくに医薬品などの確保の障害となっている知的財産権について、南アフリカやインドなどの11カ国が新型コロナに関連する知的財産権保護の免除を提案しており、同団体は「独占ではなく共有」「競争ではなく協力」を掲げる世界の市民社会と連動し、日本政府などに対する働きかけをおこなっている。

 

ワクチン供給されず とり残される低所得国

 

 初めにアフリカ日本協議会の稲場雅紀氏が世界の感染状況やワクチン接種状況について概要を報告した。

 

 稲場氏は、昨年3月11日のWHOのパンデミック宣言から1年以上をへて、8月4日までで新型コロナウイルスの感染者は2億36万人、死者が425万人にのぼっていることにふれ、これまで最大の犠牲者を生んできた感染症である結核による年間死者数約125万人を上回る感染拡大となっていると指摘した。

 

 現在、中南米と南部アフリカで感染が拡大しているほか、デルタ株が拡大することで、これまで抑え込んできたタイやベトナム、カンボジアなど東南アジアの国々でも感染が広がっているなかで、ワクチン接種率の低い低所得国がより深刻になっている状況を指摘した。こうした国々では検査や治療面でも体制が整っていないため、感染状況を把握できていない国も相当数あるという。

 

 国連開発計画(UNDP)のまとめでも、低所得国ではほとんどワクチンを確保できていない状況が浮き彫りになっている【図参照】。稲場氏は、高所得国が欧米で開発されたワクチンを確保し、また、人口大国である中国やインドも自国製造のワクチンを確保して一定の接種率を確保してきた一方、それ以外の国の多くは中所得国でもワクチン確保にかなり苦労しており、さらに、低所得国はほとんど調達できていない状況であると指摘した。そのうえで、ワクチン格差について、高所得国で2人に1人がワクチン接種を完了している(日本は高所得国でありながら約40%弱にとどまっている)一方で、低所得国では74人に1人、わずか1・36%しか接種を完了していないと指摘した。稲場氏は、検査や治療についても同様であり、検査の場合、高所得国の10万人当り564件に対し、低所得国では同5・4件と100倍以上の開きとなっていると指摘した。集中治療室など高度臨床ケア病床もアフリカの多くの国で10万人に1床程度しかない状態だという。日本の10万人当り13床という体制もきわめて脆弱だが、アフリカの国々ではそれ以上に治療を受けることが厳しい現実に置かれている。

 

 こうした格差を解消するための国際的な枠組みもつくられてはきた。だが、稲場氏によると、ワクチンを共同購入して途上国に分配する枠組みである「COVAX(コバックス)」は、当初七月までに6億本を世界に供給する予定だったが、インドの感染爆発と輸出停止措置によって1・8億本しか供給できていない。「ACTアクセラレーター」(新規医薬品の開発と途上国における平等なアクセスの確保を一体で手がける国際機関と民間財団等の連合体)も、1・8兆円(166億㌦)の資金不足によって十分機能していないのが現状だという。稲場氏は、世界的にいわれている「皆が安全になるまで、誰も安全でない」という合言葉を紹介し、そのために何をする必要があるか考えることを訴えた。
 南アフリカ、ブラジル、フィリピンから各国の状況が報告された。

 

アフリカ諸国 接種率は平均1・64%

 

 南アフリカのマーザ・セユーム氏は、「アフリカン・アライアンス」パートナーシップ担当責任者、また「ピープルズワクチン連合」メンバーとして報告をおこなった。

 

 「アフリカン・アライアンス」は健康と人権に焦点を当てて活動をおこなっているが、2020年以降は新型コロナウイルス感染症を中心にとりくんできたという。「どのコミュニティも決してとり残さない」という分野横断的な原則を掲げてワクチンの公平性の問題にもとりくんでおり、同団体の創設者は、アフリカ連合とアフリカ疾病対策予防センターが今年1月に設立したアフリカワクチンデリバリーアライアンス(アブダ)の中心的な部門の共同議長を務めている。マーザ氏は、パンデミック下の不公平を目の当たりにするなかで、地球の反対側から届けられる連帯感に勇気づけられていると、感謝の気持ちを強調した。

 

 マーザ氏によると、アフリカ大陸では感染者総数が500万人をこえ、死亡者数は11万9200人となっており、非常に厳しい状況にある。だが、死者約12万人という数字についても、検査や医療を受けることなく自宅で亡くなる人などが多数いることが推測され、潜在的な死亡者はそれ以上にのぼる可能性が高いという。南アフリカでも第三波が、第一波、第二波と比較しても大きな波となっており、7月の最終週は過去最悪の感染者・死亡者を記録。感染者を受け入れる医療機関の不足という大きな問題に発展しつつある。

 

 アフリカのなかでも深刻なのが南アフリカ共和国だ。同国の人口は約5900万人で、アフリカ大陸全体の人口13億人のわずか5%ほどだが、アフリカ大陸全体の感染者数の49%、死者の60%以上を南アフリカが占めており、同国での感染拡大が危機的な状況になっていることがわかる。その原因について、「南アフリカはインフラが整っており、検査や診断も的確におこなわれているため、数字が多くなっている」とする見解もあることにふれつつ、別の要因を指摘した。

 

南アフリカ・プレトリアの病院で治療をける新型コロナウイルス感染症の患者ら 昨年7月

 一つは、新型コロナウイルスの感染が蔓延した時期が、南半球が冬季に入る時期と重なっていたことだ。第一波も冬季に始まり、デルタ株の蔓延も冬を迎える現在、広がりつつある。二つ目に、南アフリカの平均年齢は28歳であり、アフリカのほかの国々の平均年齢19・5歳に比べると平均年齢が高い点だ。年齢が高いほど重篤化して死亡する可能性が高まる新型コロナの特性から鑑みると、南アフリカはその他の国よりも影響を受けやすい可能性があるとした。三つ目の要因として、南アフリカでは糖尿病や高血圧、肥満、結核、HIVなどを患っている人々が非常に多い点を指摘した。エイズ患者は南アフリカで770万人にのぼるという。

 

 マーザ氏は、研究が進むにつれ、HIV陽性者は感染率も重篤化する可能性も高いことが明らかになってきたことを指摘。南アフリカだけでなく、アフリカ南部でも感染が拡大しやすい土壌があり、とくにHIV陽性者に対してはワクチン接種を迅速におこなわなければならないことが明確になっているとのべた。

 

 しかし、アフリカでは人口の10%がワクチン接種を終えた国は一握りしかなく、2回目接種を終えた人の平均比率は1・64%に過ぎない。それ以下の比率の国も27カ国あるという。デルタ株をはじめ、今後も変異種が出現する可能性が高い状況のなかで、ワクチンのアパルトヘイトをなおざりにすることは世界全体をリスクにさらすものであると強調し、みなが安全でなければだれも安全を得ることはできないとのべた。

 

 そのうえで最近、製薬会社の貪欲さが世界的に注目され始めていることを指摘した。新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以降、9人の製薬会社のCEOが億万長者の地位を手にしている現状にふれ、この姿勢を続ければ続けるほどパンデミックは長期化するとの見解を示した。

 

 アフリカやインドなどからの提案や世界的な市民運動の動きのなかで、アメリカは新型コロナに関連する医薬品などの知的財産権保護を免除する姿勢を表明している。マーザ氏は日本の市民社会に対し、ワクチンやその他の医薬品に関する知的財産権保護の免除を日本政府やその他免除に反対している国々に対して働きかけることを呼びかけた。また、今後もワクチン・アパルトヘイトに関する注意喚起をおこない、ワクチン及び医薬品の特許を手放すことがない製薬会社がその姿勢を恥ずべきことであると認識するよう活動を継続することを要望した。

 

ブラジル死者56万人 政治の腐敗で状況悪化

 

 続いてブラジルの報告に移った。まず、ジャーナリストの下郷さとみ氏がブラジルにおける新型コロナ禍とワクチン接種状況を解説した。

 

 下郷氏によると、ブラジルでは8月5日、累積の陽性者数は2000万人(人口の10%)を突破し、死者は約56万人にのぼった。新規陽性者は4万716人、死者は1175人となっている。一時は一日の新規陽性者数が10万人を突破した日や死者数が4000人を突破した日もあり、ピーク時に比べると落ち着いてきているものの、変異株が広がっている。

 ブラジルではガンマ株(ブラジル株)が大多数を占めていたが、リオデジャネイロ州のケースでは、6月までガンマ株が78・36%だったものが1カ月後に66・58%となる一方でデルタ株が増加している。リオデジャネイロ州の州都リオデジャネイロ市(以下、「リオ市」)では7月、デルタ株が45%を占めた。第一波のさいは自粛していた人々も、長期化するなかでマスクをせず外出する状況もあり、デルタ株による第四波の到来が懸念されている。

 

 ワクチンの接種状況は、1回目の接種を終了した人が人口の49・14%、2回目を終了した人が20・61%となっている。使用されているワクチンはアストラゼネカ製がもっとも多く、次いで中国製のコロナバックとなっており、ともに国内の国公立の研究所で製造されているという。輸入品としてファイザー、ジョンソン&ジョンソンがあり、承認審査中のものとして、インドのコバクシンとロシアのスプートニクVがある。多くのワクチンが承認を待っているが、数が不足していることが指摘されているという。

 

 続いてジゼリ・マルチンス氏(マレー運動前線、コミュニティジャーナリスト)が「新型コロナ禍におけるボルソナロ政権の失政・腐敗、そして貧困コミュニティの住民アクション」として報告した。同氏はリオデジャネイロのスラム街・ファベーラで生まれ育ち、現在大学でジャーナリズムを学びながらジャーナリストとして活動しつつファベーラでのコロナ対策に奔走している。ファベーラのコミュニティには医療者や心理士などさまざまな専門性を持った住民がおり、それぞれが得意分野を持ち寄り、この危機に対抗するための運動をおこなってきたという。

 

 ジゼリ氏はまず、政治的には極右であり、軍を背景に政権運営するボルソナロ政権が2019年1月に発足し、さまざまな面で政権の悪影響が市民社会に及んでいることに言及した。そのなかでパンデミックが始まったが、「新型コロナは存在しない」という言説をはじめとしたフェイクニュースが出回るなど、病気そのものを軽視する動きがあり、その発信源が大統領であるという状況を指摘した。大統領が、効果が認められていない医薬品を新型コロナ予防の特効薬や新型コロナの特効薬として大々的に宣伝したり、新型コロナによる死者をバカにするような発言をメディアを通して発信しているという。

 

 また、コロナ禍において保健予算、国家予算が削減され、予算が横流しされる腐敗の状況があるとのべた。医療機関では物資が不足し、見かねた医療者がポケットマネーでオキシメーターを購入して患者に提供するといった姿もあったという。ブラジルには無料の公的医療制度があり、医薬品の研究・製造分野でも国立の研究機関がワクチン製造などもおこなっているが、これらの予算が大幅に削減され、骨抜きにされる状況が続いているという。さらにコロナ下で保健大臣が次々解任され、同省の高官ポストに大統領の出身母体である国軍の軍人が任命されることも起こった。専門性を持たない軍人がトップに配置され、国民に向けた予防啓発の真っ当な情報が届かない。

 

 ジゼリ氏が住むリオデジャネイロ州リオ市には1000カ所以上のファベーラと呼ばれるスラム街が存在し、もともときれいな水、保健・医療へのアクセスはもちろん、人間らしい住まいや職業など、基本的な権利が保障されない状況に置かれてきた。そこに新型コロナパンデミックが襲いかかった。ファベーラでは狭い家にひしめきあって暮らす環境であり、密集を避けることができない。きれいな水を手に入れることも難しい。

 

 同氏が居住するマレーという住民数14万人のファベーラでは、パンデミック当初から住民が力をあわせて活動をしてきた。「マレー運動前線」というグループをつくり、まずとりくんだのが実態の把握と情報の共有だ。ファベーラでどの程度感染が蔓延し、死者が出ているのか、公的機関がまったく把握できない状況下で、ファベーラの住民であり公的医療制度の保健ワーカーの人々と協力して実態を把握し、共有していった。また困窮世帯への緊急支援として貧困層への緊急現金普及制度を政府に求めていくアドボカシー活動や、きれいな水やアルコールなどの衛生用品を確保する運動などをおこなってきたという。政府に期待できず、待っていても助けは来ない現実のなか、「連帯こそが私たち自身を救う」を合言葉に、「水がある人は隣人と分け合おう」「食料、マスク、アルコール、余分なものがある人は隣人と分け合おう」と助け合ったという。一連の活動のなかで活躍したのはコミュニティの住民自身だ。ジゼリ氏のようなジャーナリズムを職業とする若い世代は多くおり、得意分野を生かして情報を共有し、啓発にとりくんだ。

 

 ジゼリ氏によると、実態把握・情報の共有はブラジル国内全体に広がった運動で、「COVID19ニュースレター」という仕組みをつくってインターネット上で数字を共有し、報告し合う動きも生まれたという。政府の発表する感染者数・死者数は実態を必ずしも反映していない。もっとも実態が把握されていないのはファベーラであり、そこをもっとも熟知しているのは生まれ育った住民自身だという意識が活動の根底にある。情報共有の方法は非常に工夫が凝らされている。マレーでは壁にパネルを設置して手書きで2週間ごとにデータを更新していったという。新型コロナに対する知識がないところからのスタート。住民が理解できるよう言葉を選び、横断幕やポスター、街宣車で音楽を流しながらなど、知恵を絞り工夫を凝らして予防などを呼びかけてきたという。

 

 また、無料の公的医療制度もファベーラの住民はアクセスが困難で、検査を受けることができなかったため、ファベーラ内で無料の検査体制を整備するよう行政に訴えることに力を入れた。それまでは症状を自覚しても薬局で高い検査キットを購入するか、私立の高い検査を受けるしかなく、一件の検査が300レアル以上(貧困層の月収の半分近く)していたという。

 

 これらのとりくみは寄付を募り、ボランティアでおこなわれ、月に1000人の困窮家庭を支援し、のべ2万人に食料やマスク、アルコールなど必要な物資を配布した。

 

 最近、国立の医学系研究所から固定の支援を受けることが決まり、水や医薬品の確保のほか、ワクチンの集団接種もファベーラ内で実現し、すでにマレー住民の約半数が接種を受けることができたといい、コミュニティの強さを教えるものとなっている。

 

 ジゼリ氏は、パンデミック下でも警察が治安維持を名目にファベーラ内で武器を乱用する問題や、公有地からの強制退去処分・土地収用がおこなわれる問題などが依然としてあり、パンデミック下での停止を求めていること、貧困層向けの現金給付制度の再開を求めていることなどにもふれつつ、ここまできたボルソナロ政権の失政・腐敗に対し、貧困層や先住民族の団体、公立学校の教師の団体など、コロナ禍で苦しむさまざまなセクターの人々が路上に出て「ボルソナロはやめろ」という運動が大きなうねりとなって広がっていることを語った。

 

フィリピンの現状 医療受けられぬ貧困層

 

 フィリピンからは現地の医師であり、保健開発協議会(CHD)研修・サービス部長、民衆健康への権利連合(CPRH)共同代表であるジョシュア・サン・ペドロ氏が報告をおこなった。

 

 コロナ禍によって世界中で保健・医療制度の脆弱性が明るみに出たが、それはフィリピンも例外ではなく、フィリピンにおいてはコロナ以前からヘルスセンターやプライマリーケア、そして政府によって認定されている医師の不足という問題は健在していたという。

 

 現在フィリピンはロックダウンに相当する措置がすでに510日間続いている。フィリピンの感染者数は東南アジアでは2番目、WHOの資料では上位に名前がある状況となっている。他の多くの地域と同様、デルタ株による感染の急拡大が見られているが、デルタのみならず、フィリピンで生まれた変異種も存在している。

 

 コロナの感染拡大についてジョシュア氏は、フィリピンでも検査数が限られている状況を指摘した。またフィリピン特有の問題として、検査を受けられる検査センターが首都・マニラなど都市部に集中しており全国に平等に分配されていないという。さらに検査センターが民間の施設であるため、検査を受けたくても場所的にアクセスが悪いか、非常に高価であるため、そもそもアクセスができない。フィリピンでは、国民に対してユニバーサルヘルスカバレッジ(すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、必要なときに支払い可能な費用で受けられる状態)が整っているわけではなく、検査を受けるのに非常にお金がかかる。場合によっては最低賃金よりも検査を受ける料金の方が高くなるため、賃金によって生活をしている人にとっては検査を受けること自体とても手の届くものではないという。

 

 濃厚接触者の追跡体制においても、国が目標として掲げているのは1人の感染者に対して37人の追跡であるのに対し、現状では1人の感染者に対し平均で6人しか濃厚接触者を追跡することができていない。患者の隔離についても、フィリピンにおいては効果的に隔離をおこなうことができる施設が乏しいのが現状だという。また一般の人々はコロナが感染拡大しても生活の糧を得る必要があるため、外に出て仕事を続けている。そのため職場において感染が広がり、この人々が帰宅したあとに家庭にウイルスを持ち込み家庭内感染が広がっている現状を訴えた。

 

 お金がないことによって仕事をする。仕事をすることによってさらに感染が拡大する。このような人たちは隔離施設に収容されることを避けるため、街に出てまた感染がさらに広がる。

 

 またブラジルと共通している点として、国の指導者の問題を指摘した。フィリピンでも大統領がきちんとしたプロトコールを浸透させるということをせずに、決定に従えない場合は容赦なく逮捕する手段をとっているという。マスクをつけていないだけで、ウイルスをうつすとして拘束する場合もある。フィリピンのコロナ対策は、軍事色が濃く反映されたものになっているとのべた。

 

 ワクチン接種に関しても同じく強硬な手段がとられており、ワクチン接種を拒んだ人たちは拘束され、家に連れ戻される。そして外出が禁じられる。コロナ対策は医療保険に従事している人たちが担う仕事であるにもかかわらず、フィリピンでは軍服を着た兵士が権限をふるっているという。

 

 ワクチン接種においては、フィリピンは主に中国製のシノバックが使われている。フィリピンは非常に潤沢な種類があり、6種類のワクチンが使われている。しかし十分な供給量がないため、現時点では集団免疫は獲得できていない。集団免疫を獲得するためには70%の人々がワクチン接種を受けなければならないとされており、フィリピンでは70%を目標に掲げている。しかし現状はワクチン接種を希望する人たちの数が増え、長蛇の列ができ、さらには割り込んで待つ人たちがいる。需要に対して十分な供給がないため、目標の70%は現状において達成される見込みは見えていないという。

 

打つ手ない比政府 逮捕や脅しで解決せず

 

 またフィリピンには保健医療のキャパシティについて顕著な格差があるという。裕福な人々は自家用車の中から医療用の酸素を吸引することも可能だが、貧しい人たちは仮設の粗末な営業施設や床の上で治療を求めて待ち続けなければならないという。これは医療施設の不足が前提として存在しているからだと指摘した。

 

 そしてフィリピンにおいてもワクチン格差という不平等が現実に起きているという。ワクチンのほとんどは海外から無償で供給されているが、なかには密輸されているのではないかという事案も発生している。COVAXによって調達されるものもあるが、フィリピンでは何百万㌦という大金をつぎ込んで何とかワクチンを入手したいと努力を重ねている。しかし世界中でワクチンに対する需要が高まるなか、フィリピンはすでに打つ手がない。それは、80%のワクチンがすでに裕福な先進国によって調達されてしまっているからだと訴えた。

 

 その結果、現在フィリピンでは国民の強い不信感、そして連帯感や結束の欠如が発生している。とくに貧困に苦しむ人たちにとってロックダウンという状況は厳しいものがある。現実問題としてこれらの人々は隔離をされ仕事ができなくなれば、日々の食事にも困る。飢えてしまうことが現実的に起きてしまう。だからこそ貧しい人たちのコミュニティにおいて依然として感染拡大が続く状況がある。

 

 また政府、そして保健・医療制度に対する不信感も募っている。ワクチンの接種を求めたとしても、そこに至るまでのプロセスが非常に複雑であるため、貧しい人たちの間では結局コロナは裕福な人たちが利益を受けるための詐欺行為のようなものではないかという考え方が広がっているという。

 

 フィリピンでは、本来コロナ感染に対して提供されるべき支援や安心感が得られず、現在国民が目にしているのは逮捕や脅迫というような行為だ。そのためジョシュア氏の団体では、このような思いをしている人たちに対して、もう一度連帯感が感じられるように、そして信頼をとり戻すようにコミュニティに対して働きかけを続けているという。

 

 そして最後に、フィリピンでもWTOでの知的財産権の免除提案を支持するように働きかけはおこなっているものの、政府としてまだ明確な姿勢は示していないことから、知的財産権の免除がフィリピンでもおこなえるよう日本からの援助を訴えた。知的財産権の免除はワクチンだけに限ったことではなく、技術や治療法、医薬品などさまざまなものにかかわってくる問題だ。現状は特許の方が人々よりも優先されている。そのため「皆が安全になるまでは誰も安全ではない」と訴えた。

 

 各国からの報告をへて、貧困や格差などもともと抱えていた問題がパンデミックによって先鋭化していること、どの国も共通した問題を抱えていることが共有され、国境をこえて連帯、団結、つながりを深めていく重要性が再確認されるものとなった。

 

 このウェビナーの模様はユーチューブまたは「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会ホームページで動画配信されている。

 

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