新型コロナウイルスワクチンの接種が世界各国で始まっている。イギリスやアメリカでは昨年12月段階から接種が始まり、4カ月が経過している。4カ月間でのワクチン接種の効果にもとづいてコロナ禍収束に向けての対応を見てみたい。
イギリスは昨年12月8日から全国的に接種を開始した。総人口約6800万人のうち、5月5日現在で3493万人が1回目を終え、2回目の接種を受けた人が1629万人を突破している。国民の半数以上が1回目を、約5人に1人が2回目の接種を完了し、全人口の半数近くが抗体を持ったといえる状況になっている。
接種開始から約4カ月を経て、感染者数、入院者数、死者数は大きく減少した。政府の発表では、新規感染者数は1日当り1882人(4月18日)、死者数は10人(同)、新規入院者数は179人(4月13日)となっている。直近のピーク時には新規感染者数が約8万1000人(昨年12月29日)、死者数は1357人(1月19日)、新規入院者数は4577人(1月13日)だったことと比べても激減している。
イギリスの新規感染者数は昨年11月には3万人を突破し、当時の日本の20倍の水準だった。その後一時低下したが、変異株の拡大で今年1月初めには1日の感染者が日本の10倍の7万人に迫っていた。ところが1月初めから急激に減少し、4月7日以降は日本を下回る日が多い。4月20日には日本の1日の新規感染者が4973人に対してイギリスは2530人とほぼ半分の水準に落ちている。死者数も急減し、過去6カ月で最少を記録している。
ワクチン接種拡大でイギリス政府は冬から実施していた「第2のロックダウン」を4月中旬から段階的に解除している。小売店の営業を許可し、美容院や理髪店、レストラン、パブもオープンした。ただしレストランやパブは「戸外で」「6人まで」の制限付き。イギリス政府は7月末には成人の全員がワクチンを接種できる見通しを示しており、夏ごろの経済正常化をめざしている。
アメリカでも昨年12月からワクチン接種を開始し、4カ月が経過した。4月22日時点でワクチン接種は2億1894万回に達し、人口の40・9%が少なくとも1回の接種を終わらせ、26・9%は抗体獲得のための接種を完了させている。1日当り約300万回の接種が進み、ドラッグストアや野球スタジアムなどでも接種がおこなわれている。7月までに全成人を対象にした接種を終わらせる方向だ。
アメリカでは今年1月初めには1日当り30万人近くの新規感染者が発生したが、その後は急激に減少し、4月20日には5万人台に減り、ワクチン接種の効果が出ている。
米CDC(疾病予防管理センター)の機関紙には、3950人の医療従事者やエッセンシャルワーカーを対象にした週1回のPCR検査の結果、2回目のワクチン接種から2週間以上経過した人に90%の感染予防効果が確認されているとの報告が掲載された。
また、ワクチンの変異ウイルスに対する効果も注目されている。イギリス由来で「N501Y」という変異を持つ「B・1・1・7」や、南アフリカ由来で「N501Y」「E484K」という変異を持つ「B・1・351」などへの効果について、イギリスの医学雑誌に5日付けで掲載された論文では、ファイザー社の新型コロナワクチンは「B・1・1・7」に対して89・5%の有効性を、「B・1・351」に対しては75%の有効性を発揮するとしている。従来のウイルスに比べ有効性は低下するが「有効なワクチン」と認定している。
また、アストラゼネカ社製のワクチンについては「B・1・351」に対する有効性は確認されなかったとしている。
「mRNA」(ファイザー、モデルナ社製)ワクチンの場合は2回目接種から2週間経過すれば十分な効果が発揮されるとの見解だ。だが、接種したとしても社会全体で感染が拡大している局面ではひき続き基本的な感染対策が必要だとしている。また、接種効果の持続期間については現段階では半年後の有効性は確実だが、1年後以降の効果については確かなことはわからず、インフルエンザワクチンのように毎年接種が必要になるかどうかについても結論は出ていないとしている。
副反応の発生も一定数報告
また、副反応については2回目の接種後により起こりやすいことがわかっている。ファイザー社製のワクチンでは海外の臨床試験では以下のような副反応の訴えが報告されている。怠さ、筋肉痛、寒気、頭痛、発熱。アストラゼネカ社製のワクチンでは、接種部位を圧迫したさいの痛み、接種部位の痛み、疲労感、怠さ、筋肉痛、寒気、頭痛、発熱、吐き気など。
副反応としてはもっとも警戒されているアナフィラキシー反応(強いアレルギー反応)がある。ファイザーとモデルナのワクチンでは、接種後に重度の過敏反応であるアナフィラキシーが発生していることが報告されている。アメリカの調査で、その頻度はファイザー社の場合100万回接種当り4・5、モデルナ社製のワクチンの場合は100万回当り2・5回とされている。女性に多く、接種後15分以内に77・4%、30分以内に87・1%が発症している。この頻度は、すべてのワクチンでの頻度100万回当り1・31に比べて高い。薬剤や化粧品に対するアレルギーを持っている人はとくに注意が必要と指摘されている。
日本国内では医療従事者への優先接種で、3月11日時点でファイザー・ワクチンが18万1184人に接種され、副反応疑い報告としてアナフィラキシー(疑いを含む)が37件報告されている。1人を除きすべて女性で、いずれも回復している。
さらにアストラゼネカ社製やJ&J(ジョンソン・アンド・ジョンソン)社製のワクチンについては接種後に血小板の数が少なくなる特殊な血栓症が起きるリスクがあると報告されている。
EMA(欧州医薬品規制当局)はアストラゼネカ社製のワクチンについて、接種した人に血栓が見られることはまれに起きる副反応との見解を表明している。これを受けイギリス政府は、アストラゼネカ社製のワクチンは30歳未満の成人への接種には使用しないことを決定した。
スペイン、イタリアでは同社のワクチンは60歳以上に接種、ベルギーでは55歳以上の人にのみ接種する方針だ。
アメリカ政府はJ&J社製のワクチン使用を一時中止したが、その後4月24日に「ワクチン接種による効果はリスクを上回る」として使用を再開した。
現段階で血栓のリスクはmRNAワクチンに関しては報告されていない。
なお、日本神経学会は4月10日にワクチンに関する見解を発表しているが、そのなかでワクチンの接種を受けられない人と接種に注意が必要な人についてのべている。
ワクチンの不適当者=①発熱している人、②重い急性疾患にかかっている人、③ワクチンの成分に対し、アナフィラキシーなど重度の過敏症の既往歴のある人
ワクチンの要注意者=①過去に免疫不全の診断を受けた人、②近親者に先天性免疫不全症の方がいる人、③心臓、腎臓、肝臓、血液疾患や発育障害などの基礎疾患のある人、④過去に予防接種を受けて接種後二日以内に発熱や全身性の発疹などのアレルギーが疑われる症状が出た人、⑤過去にけいれんを起こしたことがある人、⑥ワクチンの成分に対して、アレルギーが起こるおそれがある人、⑦抗凝固療法を受けている人、血小板減少症または凝固障害のある人(筋肉内注射のため接種後の出血に注意が必要)
日本の接種世界に大幅遅れ
日本は先進国のなかでも最低のワクチン接種率だ。4月23日段階で100人当りの接種率を見ると、イギリス64・69人、アメリカ64・57人と高く、ドイツ、フランスがそれに続く。中国は14・19人、インドは9・39人で日本は1・86人ときわめて低い。経済協力開発機構(OECD)37カ国中で韓国にも及ばず最下位だ。
10日段階での接種人数は全体で473万4029人、そのうち医療従事者は431万8682人、高齢者が41万5347人だ。16歳以上の国民1億1000万人の4・3%でしかない。国民の半分以上が少なくとも1回の接種を終えたイギリスやアメリカなどと格段の差が開いている。
日本政府は7月末までに3600万人の高齢者にワクチン接種をおこなうという目標を発表しているが、この目標を達成するためには1日当り約80万回のワクチン接種をおこなう必要がある。だが、5月10日の実績は1日当り約27万回で3分の1にすぎず、これまでの最も多く接種をおこなった日に比べても2倍以上のペースが必要だ。
なぜ日本のワクチン接種がこれほど遅れているのか。イギリスなどとの違いはどこにあるのか。
イギリスでは新型コロナの存在が浮上した昨年1月、科学者たちは新たなウイルスの研究を開始した。中国がコロナの遺伝子コードを公開すると即座に科学者たちが対コロナワクチンの開発・研究を開始した。先陣を切ったのがオックスフォード大学のチームで、以前から手掛けていた関連ウイルスのワクチン開発を新型コロナに応用し始め、生産・供給の相手として製薬大手アストラゼネカと契約を結んだ。政府は昨年4月にワクチン開発・生産・供給を速やかに進めるための「ワクチン・タスクフォース」という部門を新設し、ここが中心になって接種までの道筋をつくった。
今年1月時点で政府はアストラゼネカとファイザーのワクチンを含む7種類のワクチンを大量に注文し、約4億万回分を確保した。
他方で日本政府は昨年5月、ワクチン研究開発や生産体制整備に約2000億円の補正予算を組んだ。ちなみにアメリカは同月1兆円以上を計上している。だが日本政府がたとえ1兆円を投入していても、平時の研究開発の「蓄積」がないためワクチン開発には届かなかった。
2014年に国内企業が遺伝子組み換え技術によるインフルエンザワクチンを厚労省所管の「医薬品医療機器総合機構」に承認申請した。従来の鶏卵で培養するワクチンより製造効率や有効性が高く、アメリカではすでに承認されて使われていたが、同機構は承認に難色を示し、メーカーは2017年に申請をとり下げた経緯がある。
ところが昨年1月、新型コロナウイルスは鶏卵を使う従来型技術では開発が困難であることが判明した。新しい開発技術を育成していなかった日本では迅速な対応は不可能だった。また、日本でも国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所がmRNAワクチンの開発を進めてはいたが、感染症対策におけるワクチン臨床試験の予算がカットされ2018年に計画が凍結されていた。
新型コロナ感染拡大の当初から日本政府には自国でワクチンを生産する気はなく、欧米から買えばいいという姿勢が露骨だった。昨年の一時補正予算では国内のワクチン開発費は100億円だが、国際的なワクチンの研究開発等には216億円を投じている。ちなみにGoToキャンペーンには1兆7000億円もの巨額な予算をつけている。
その間に欧米政府は巨費を投じて、通常なら10年以上かかるワクチン開発をわずか11カ月という短期間で実用にまでこぎつけた。そこには1961年のmRNA発見以来積み上げてきた、遺伝物質をワクチンに活用する技術の蓄積があり、それをすぐに応用できたという点がある。
日本学術会議はこの間に開発された新型コロナワクチンについて、「有効性はきわめて高く、一過性の副反応の頻度も比較的高い」「長期的な安全性に不明な点はあるが、現時点では接種する意義は大きい」「ワクチンの効果に対する過度な期待は危険であり、基本的な感染対策を継続することが必要」「海外ワクチンの供給には限度があり、有効で安全な国産ワクチンの普及が望まれる」と指摘している。
日本が現在調達しているワクチンは、ファイザー製(厚労省が承認)が年内に7200万人分、アストラゼネカ製(2月に承認申請)が3月までに1500万人分とその後4500万人分、モデルナ製(3月に承認申請)が6月までに2000万人分となっている。
加えて菅首相が訪米し、ファイザー社から追加で9月までにすべての国民に接種できるだけのワクチンを確保したと発表している。これについては、ファイザー社が日本に優先的にワクチンを回してくれたのではなく、9月までには欧米での接種がほとんど終わりワクチンが余るので、余ったものを日本に回すというものだと経済ジャーナリストの荻原博子氏が指摘している。
備蓄量に対し少ない接種量
だが、ワクチンはあってもそれを実際に接種することができなければ意味がない。
イギリスでこの部分を担ったのが国営の「国民保健サービス(NHS)」で、家庭医と病院体制を組み合わせるサービスで診察料は無料。これに加えて数万人規模のボランティアを募りNHSの運営を助けた。医療資格を持たないボランティアが15時間のオンライン講習を受けるだけで接種にかかわれるよう法律が改正された。そして講習を受けた薬剤師がワクチン接種をおこなった。ワクチン接種場所は家庭医がいるクリニック、病院、薬局、特設会場、市民会館、学校、教会など多岐にわたる。
日本で大混乱しているワクチン接種の予約はイギリスでは非常に簡単で、たとえば自宅の郵便番号を入れると近くの接種場所のリストが表示され、その中から好みの場所を指定することができる。接種も混雑を避け、待ち時間も少なくスムーズにおこなわれるよう工夫された。イギリスでは昨年12月の接種開始以来、4カ月余りで人口の半分以上の接種を実現したが、重要な原動力となっているのは大量のボランティアの存在だ。
日本では4月下旬にファイザー社製のワクチン2800万回分を輸入したが、これまでに使用されたのは備蓄量の15%にすぎず、残りの2400万回分は冷凍庫に保管されているとNHKが報じた。これに加えて20日にはモデルナ社とアストラゼネカ社のワクチンが承認される予定だ。モデルナ社のワクチン第一便はすでに日本に到着しており、アストラゼネカ社は約3000万回分が国内のパートナー企業の工場で生産が準備されている。加えてファイザー社からの出荷も5~6月にかけて3500万回分以上の予定だ。
しかし、ワクチンはあるが、実際の接種は進んでいないというのが実際の姿だ。それについてワクチン担当の河野大臣は「予約システムに障害」があるといい、自民党の下村政調会長は「医療関係者の協力が足りず、65歳以上に限定しても今年いっぱいか、場合によっては来年までかかるのではないか」と発言している。コスト削減、人員削減を叫びマンパワーの重要性を軽視してきた政府の行政改革や市場原理導入、民営化政策のつけが回ってきている。
世界で広がるワクチン格差
世界的に見ると新型コロナワクチンの争奪戦をめぐって貧富の格差が露骨に出ている。アメリカ、中国、イギリスの3カ国が世界全体のうち半分のワクチンを打っており、他方でアフリカではごく一部の国でしか接種が始まっていない状態だ。
新型コロナワクチンの接種は世界187カ国・地域で始まっている。11日段階で、5カ国・地域で人口100人当りの累計接種回数が100回を、19カ国・地域で50回を上回っている。累計接種回数で1000万回をこえているのは19カ国・地域となった。米欧諸国で接種が比較的進んでいるが、一部の先進国が巨費を投じてワクチンの確保を進める一方、経済力に劣る発展途上国での接種は遅れている。
そうしたなかで新型コロナが世界で再び猛威を振るっており、高所得国と低所得国との分断がさらに進む恐れが出ており、世界経済の成長全体を損ねる可能性がある。世界保健機関(WHO)は、欧州を除いて新規感染が増えていると警鐘を鳴らした。急増するインドだけでなくアルゼンチンやブラジル、トルコでも感染が広がっている。コロナ感染を制御できなかったり、ワクチンを均等に配分できなかったりして新たな変異株の拡大を許せば、新興国から先進国にも広がる恐れがあり、世界経済に影を落としている。