“オーストリアは検査する”
この一文を初めて目にしたのが2020年11月下旬、私たちオーストリア住人がハード・ロックダウンという厳しい外出制限と企業休業強制の下、Covid19ウィルス感染爆発第二波の真っ只中にいた頃だ。
「皆様にお願いです。協力してください! 連帯してください!」
テレビやラジオからは連日、クルツ首相の呼びかけが響いていた。国を挙げての一大プロジェクト“コロナ大規模検査”が突如として発表されたのである。
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昨春の第一波では、他EU国と比べ感染拡大を小規模かつ短期間で抑え、ヨーロッパでは模範とすべきお手本国と賞賛を得ていたオーストリアだが、初秋からじわじわと上がっていた感染者数が突然1000単位で跳ね上がっていったのが10月の中旬。この第二波ではコントロールを完全に失い、他ヨーロッパ各国と同様にもはやハード・ロックダウンを強行する他に手立てはない状態に陥っていた。そこで政府が打ち出した一手が、国内の全住民にコロナ検査の参加を呼びかけるプロジェクト「オーストリアは検査する」である。
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これまでオーストリア政府はコロナ規制で打撃を受けた各職種への十分な補償と、ウィルス拡散スピードを鈍化させ、陽性者数をできる限り低水準に抑え込むための様々な対策を行ってきた。屋内や公共交通機関でのマスク着用義務はもちろんのこと(2021年からはFFP2マスク着用義務に代わり、政府は65歳以上に1人10枚のFFP2マスク配布、各スーパーでも無料配布が行われている。)、コロナ・アプリや飲食店入店者の個人情報記録義務など、陽性と判明した者の行動を追跡し濃厚接触者を洗い出すスクリーニング、全国に検査所を設置し、いつでも誰でも何度でも無料で検査できる体制作りや、最終手段としてのロックダウンだ。
これでも感染拡大を食い止められない要因の一つに、基本的な衛生管理習慣や文化的な違いが一因であるのではないかと私は考える。
日本ではコロナ前からすでに習慣化している手洗い・うがいや毎日お風呂に入るという衛生管理が、こちらではあまり根付いていなかったのだ。国内で感染が始まった昨春から、国営放送やメディア各社が初めて手洗いの仕方を報道した。友人に今までうがいをしたことがないと言う人や、うがいを試したが水を吐き出すことが出来なくてゴクンと飲み込んでしまったという人までいるから驚きだ。そういえば以前うがい式の検査を受けた際、前に並んでいた中年の方々がうがい検査中にむせ返り、うがい液を辺りに撒き散らしていた光景を目にしたこともある。
湯船にゆったりと浸かり、ストレスと汚れを落とし体を温め免疫力を高める習慣もないため、冬の寒い風呂場でシャワーだけ浴びることを嫌う人たちは、2~3日に1回ササッとカラスの行水程度のシャワーで終わりにする事が多い。
食習慣でも違いがある。パンが主食のヨーロッパでは、テーブル上に直でパンを置くことも多く、衛生管理が万全でない場合にはウィルス感染しやすい生活習慣であることは間違いない。
また、オーストリアでは2020年4月の第一波後まで、顔の一部を覆うマスクは医師の診断がない場合、イスラム教の女性が着用する身体を覆い隠すブルカやニカブの禁止に伴いマスク着用も禁止だったのだ。(テロ対策において顔認識をしやすくするため2017年に法律が成立した。)
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話は検査に戻る。コロナ大規模検査とは、既にいる無症状の隠れ陽性者を見つけ出し隔離、感染拡大を極力抑え込むための対策である。全国各地のホールや体育館に検査所を設置し、各所にオーストリア軍の兵隊が検査員として派遣された。
軍人に免疫がない私は少々物怖じしながらも、充分な補償を貰っていることへの感謝を協力という行動で示すため、早速大規模検査の登録をした。(フリーランスのアーティストでもある私は、毎月12万円の芸術家用ベーシックインカム式給付金やロックダウン・ボーナス25万円を貰っている。)
30分ごとの時間割で好きな日時に登録ができるのだが、私が登録を終えた直後にどうやら多くの人々が一斉にサイトに集中したため、サーバーダウンしてしまったようだ。ネット上では「これだからオーストリア政府は…」「いつも失敗してばかりだこの国は…」と批判の嵐で、政府にいつも厳しい批評をするメディアも軒並み批判の報道だ。昔からこの国の民はどの政権に対しても疑いの目を持ち、少しでも問題や失敗があると声を大にして抗議する。国民が政府より強い立場であることを啓示し、政府は正しく国民を畏れ、市民のための政治を頑張るのだ。
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検査当日の静かな雪がチラつく12月の午後、いそいそと近所の大規模コロナ検査所に向かった。この大規模検査所は私の住むウィーン市内には3カ所あり、万博や見本市が開催される大ホールで、各州3日~10日間ほどかけて行われる。検査会場には仮設の門が作られており、ここで係員から場内での注意事項のチラシとFFP2マスクを配布された。
施設内に入ると数人の兵隊が参加者を各ブースに振り分けている。床には様々な色のテープ線が張り巡らされており「あなたは緑の線に沿って歩いて行ってください。」と指示された。感染拡大に繋がる他人との接触を防ぎ、自由に動き回らせないための床テープだ。検査員である兵士は全員カーキ色の制服とオーストリア国旗の腕章を身につけ、直接検査する係は防護服で完全防備。
ブースにたどり着くと検査員たちは「ご協力ありがとうございます!」と予想外の笑顔で、緊張が一気にほぐれた。登録確認後、鼻をかむティッシュを渡され間髪入れずにすぐ検査だ。「では入れます。」長い綿棒が鼻腔深くに差し込まれた。予想外の不快さに思わず頭をのけぞらせてしまい、検査員から優しく頭を固定された。「分かります、不快ですよね。直ぐ終わります。この検査に参加したこと、お父さんお母さんに聞かせてあげてください、きっと喜びますよ。ほーら終わった! 安全なクリスマスをお過ごしください!」。
鼻の粘膜を擦られている最中、明らかに私より年下と思われる兵隊さんから優しく語りかけられ目を潤ませながら30秒間を耐え忍び、終わりに飴を手渡された。結果が出るまで15分、2メートルずつ離された椅子に座り待機する。その場でプリントアウトされた陰性の検査結果をサッと手渡され、出口へ向かう白色の線上を歩いた。
この抗原検査で陽性が出た場合は、直ぐにPCR検査へ回され二重の検査をする。
会場到着から終了まで、約20分で検査は終了した。
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第一回大規模コロナ検査の結果、参加者は人口の22・6%に留まった。全住民の半数近くの参加を期待していた政府だが、自由意志による参加要請は個人の自由を愛すこの国では限界なのかもしれない。それでもこの検査では参加者198万4513人中、無症状の隠れ陽性者約4200人が発見され、その内の約300人が教員であった。参加者は予想より下回ったにせよ、クリスマス前にこの大検査をしなかった場合、更なる感染拡大が起こっていたかもしれない。
現在(2月中旬)は2回目の大規模検査が終了、今月からは全企業に従業員とその配偶者への検査を要請し、協力した企業には検査1人につき10ユーロを出すことを決定した。強制せず検査参加者を増やすために国が報酬を出すのだ。また、全国に1370店舗ある薬局のうち800店以上で無料検査が開始された。事前にネット予約をし、指定の時間に近所の薬局でいつでも何度でも無料で検査を実施している。
出来るだけ検査を控え、検査の自己負担が主流の日本と全てが逆だ。コロナ対策のためにはとにかくなんでも試し、失敗を改善しようと努力するオーストリア政府と、国民にコロナ対策のお願いだけを繰り返し、「今が勝負の3週間!」とのたまいながらほぼ無策の日本政府。自助や共助はもうとっくに日本の人々はやり尽くしている。今こそ政府がちゃんと政治をする番であろう。
日本政府と比較すると、オーストリア政府が失敗をしながらも政府にしかできない策を模索し“普通に”政治を行ってくれることがとても凄いことのように感動してしまう。日本与党の政治家には、オーストリア政府の爪の垢をマイナス60度で空輸しワクチンとして注入して差し上げたいとすら思えてくる今日この頃である。
(オーストリア在住・アーティスト)