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ホームレスシンガーを巡って 美談の陰で土台崩壊進むアメリカ社会の現実

 米国カリフォルニア州ロサンゼルスの地下鉄プラットホームで、ホームレスの女性音楽家がソプラノの美声を響かせていた。その動画がSNSで拡散され、多くの同情と称賛を集め「一夜にしてセレブになった」と騒がれている。だが、こうした一人の「ホームレス・シンガー」をめぐる美談の影で、全米で55万人を超えるホームレスがその日その日を食いつなぎ、明日の展望を見出せない現実がある。

 

 報道によれば、女性はソ連邦崩壊後に「新天地」を求めてアメリカに移り住んだロシア人で、音楽教室でバイオリン教師をして生計を立てていたが、大病を患い住む家を失った。街頭ライブで、路上生活をしていたところ、生活の糧となるバイオリンを盗まれ失望のどん底にいたという。拡散した映像は、地下鉄駅で歌っている女性の姿を警察官が撮影してツイッターに投稿したものだった。

 

 これが話題になるなかで彼女を支援する寄付金サイトができ、短時日で7万7000㌦(約850万円)の寄付が集まった。また、ロサンゼルスの市議会の一議員がリトル・イタリーのフェスティバルで歌うように招待して交通費や宿泊のホテルを用意し、彼女の住居まで探していることを明らかにした。かずかずの賞をとって著名な音楽プロデューサーがCD制作のオファーをし、一躍デビューを果たすことになった、等等。さらには「さすがはロサンゼルスの警官」と、黒人に対する差別的弾圧で知られる警察の汚名返上に向けたささやきまで飛びかっている。だが、一人のホームレス女性が得た奇跡をめぐって、大手マスコミが先頭に立った大騒ぎは荒んだアメリカ社会への一服の清涼剤となりえても、この問題の本質に向かうものではない。

 

 アメリカのホームレス問題は、政府の「好景気」や「ホームレス対策」の叫びにもかかわらず、深刻さを増す一方である。昨年、全米でホームレスが7年ぶりに増加した。とくに、「好況」の熱に包まれた都市部で住宅価格や家賃が高騰を続けるなかで、テント暮らしのホームレスが集う野営地が急増している。

 

 そのなかでもっとも深刻とされるのが、IT産業で急成長を遂げたシリコンバレーを抱える西海岸である。全米人口の12%のカリフォルニア州に、全米のホームレスの25%(14万人)が集中している。

 

 なかでもロサンゼルス市では、高級住宅に暮らす人人がいる一方で、保護施設や車内、路上で寝起きするホームレスは1年間で16%も増え、ロサンゼルス郡・市で約5万9000人となった。高架下や大通り沿い、家賃が何千㌦もするようなアパートの間の路地でも、テントの数が増え続けている。年収10万㌦(約1100万円)以上を稼ぐハイテク企業の社員が、ホームレスのテント村を迂回して通勤する光景が日常となっている。

 

 そのおもな要因は、家賃の高騰だとされる。ロサンゼルス市民の約70万人が収入の半分以上を家賃として支払わねばならない状況にある。ワンルームのアパート家賃ですら3000㌦(約33万円)にもはね上がった。最低時給の13・25㌦(約1450円)で働く者は、週に80時間働かないと「安アパート」の家賃さえ支払うことができない。そのため、多くの人人が住居での生活を諦め、路上生活しながら働いている。

 

 過去2年間で、ディズニーランドの従業員の10人に1人がホームレスを経験したといわれる。カリフォルニア大学の学生のうち10人に1人がホームレスを経験したことがあるという報告も、全米に衝撃を与えた。

 

 巨大IT企業・アマゾンやマイクロソフトの拠点である東部ワシントン州のシアトルでもホームレス問題がいっきょに顕在化している。「シリコンバレーに次ぐイノベーション都市」としてハイテク企業が押し寄せるシアトルでは、アマゾンの急成長と株価上昇に比例してホームレスが増え続けている。すでに1万2000人を超え、全米でもニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐワースト3位となった。

 

 首都ワシントンも例外ではない。ホワイトハウスから1・5、連邦議会議事堂に近いユニオン駅のそばにテントが並んでいる。市のホームレス野営地の撤去は、2015年に29回だったのが、2018年には100回と急増している。アメリカのホームレス支援のNGO団体が、官庁統計上のホームレスは「住宅がなくモーテルなどで共同生活を送っている数百万人規模の米国人を除外した」ものだと告発している現実もある。地下鉄のホームレス・シンガーをめぐるネット上の悲喜こもごもの感情の交錯は、「アメリカン・ドリーム」が全米的規模でその土台から崩壊していることを、はしなくも浮き彫りにする形となった。

 

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